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言葉で伝えにくいものの正体

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今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。
※この記事は2014年03月29日に書かれたものです。

言葉で伝えにくいものの正体

twitterで佐々木俊尚と尾原和啓が会話をしていた。

「佐々木俊尚xnanapi けんすう, 元Google現楽天執行役員 尾原 2020年のIT ウェアラブル文化は日本がリードする」 2014年03月30日 『Togetterまとめ』
http://togetter.com/li/648501

「非英語の世界がやってくる?『ITビジネスの原理』」 2014年03月28日 『週末に読む』
http://www.pressa.jp/blog/2014/03/it.html

たしかウェアラブルデバイスがどうとかという討論をするとか言ってたから、つまらなそうだったのだが、なんか内容が予想してたのとぜんぜん違う(笑)。非言語によるコミュニケーションの話。

まあ俺としてはあくまで人間の思考の基本に言語を位置づけたいんだよね。それは「こうだ」というより、「こうであってほしい」という願望。人間の思考はすべて言語化できるべきだという願い。

ただ動画やスタンプは広い意味で言語だと思うのだよね。確かに多義性はあるが、言葉にだって多義性はあるし。なので狭義の言語か否かの部分で境界線を引くのはあまり本質的な意味がないように思う。以下、人間がなんらかの手段で表現できるもの=言語ということで話を進める。

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それは裏を返せば言語化できないものは何か?ということでもある。言語化できないものというと、感情や直感などが先ず思い浮かぶ。この場合言語化できるというのは具体化できると同義。

不思議なもので言語というのは普通は抽象化の産物と位置づけられている。「食べ物」という物体は存在しない。「りんご」とか「みかん」とか個別の物体が存在するだけだ(まあもっと厳密に言えば「りんご」というのも存在しないわけだけど)。

しかし言語化の可否の話になると言語は具体的なものに分類されてしまう。それだけ言語化できないものというのは抽象度が高いと考えるべきなのか、あるいはもっと違うものなのか。

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以前「健康」というものは定義できないという話を書いた。健康等のは「病気でない」としか定義できない。つねに否定的にしか語れない。だまし絵のように、その輪郭を描き出すことで始めて、「それ」が浮かび上がる。病気でないところをしらみつぶしに列挙してはじめて健康が表現できる。

尾原和啓の発言に「地」の部分が大事だというのがあって、それでこの話を思い出した。語られていない部分に本体がある。

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いぜんオンラインRPGのFFXIにハマっていた。仲の良いメンバーとゲーム内でチャットをするのだが、「あれ?なんかこの人いつもと違うな」と感じる時がある。聞いてみると忙しかったり、なにかあって落ち込んでたり。

でその「あれ?いつもと違う」と感じるのは、なぜか?といえば、語ることよりも語らない部分にあるように思う。いつもならこの話をするとノリノリで突っ込んでくるのに、今日はなんかおとなしい、もしくはツッコミに切れがなく、どことなくおざなり。そういう部分でなんとなく感じるのだと思う。

本人は会話で「今日は落ち込んでるんだ」といったわけじゃないのに、相手はそれを察知するのだ。

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ただこういうことは初対面の相手には無理。長い時間ゲーム内でさまざまな経験を共有したからこそ、わかること。これをもう少し分析的に表現すれば、人は自分の中に相手のモデルを構築しているのだ。この人はこういう時にこういう反応をするはず、と。

それは長い時間をかけて多くの経験を共有した中で組み上げられたモデル。そして実際の相手がそのモデルと一致しないと「あれ?どうかしたの?」となる。

考えてみれば「雑談」というのは、親しい相手とでないと、なかなかできない。くだらない話を楽しめるのは、こう言えば相手は高反応するだろうという予測がつくから。

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ちょっとまえにリモートワークの困難さについて書いたが、それも「雑談」の要素が足りないことが大きなウェイトを占めるように思う。上記のように雑談によって相手のステータスを感知しているのだ。

ゲーム内でも親しくないとなかなか雑談は盛り上がらない。まして仕事だと「雑談」はなかなかできないものだ。しかもスケジュールが押して忙しい時など。結局それがコミュニケーション不足を生み、自体をより悪化させるのだけど(苦笑)。

忙しいと必要なことすらあまり語らなくなる。まして不要な雑談などしている暇がない。しかし雑談によって伝わる情報がある。そしれてそれは雑談内で語られたことというよりも、語られなかったこと。

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ということで、「言語で伝えられないもの」といっても、それは言語で能動的・肯定的に伝えられないものであって、まったく言語で伝えられないということではないと思うのだよね。現に上述のようにネット越しのオンラインゲーム内でも、伝わるものはあるわけで。この場合、使用しているのはテキストのチャットだけだ。

ただ「伝えないことで伝える」というちょっとややこしい方法で伝達しているだけで。それは「健康」のように否定的にしか伝えられないものなのだと思う。「いつもの○○さん」と「ちょっと元気のない○○さん」。その違いはいつもなら伝える情報を伝えないという点。

なのでネット越しに伝えることは不可能ではない。ただ否定的に表現するしかないので、残りの部分をしらみつぶしに伝えて始めて伝えられるという複雑さがある。「いつもと違う自分」を伝えるには、まず「いつもの自分」を伝えなければならない。このためのデータ量は膨大だ。この転送データの非対称性が、「言葉で伝えにくい」ものの正体。

AとBのデータの差分をとって、差分データだけ伝えられればいいんだけど、なぜか差分データは言葉では伝えられないので、それぞれ単体ですら膨大な量のAとBの両方を伝えなければならない。

執筆:この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年04月09日時点のものです。

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