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内閣府参与辞職にともなう経緯説明と意見表明、今後

yuasa

『年越し派遣村』の村長でもあった湯浅誠さんが内閣府参与就任から辞職までの経緯などについて書かれています。政治が不透明な中、国民と政府の大きな隔たりがあるように思えますが、失敗や実験的なところはあっても、このような一つ一つの積み重ねの中で策が見つけられるのかもしれません。今回は『NPO法人自立生活サポートセンター・もやい』のブログから、ご本人の許可を得て転載をさせて頂きました。

内閣府参与辞職にともなう経緯説明と意見表明、今後 (2010年3月5日)

反貧困ネットワーク事務局長
NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長
湯浅 誠

このたび、10月26日より就任していた内閣府参与の辞職願が、3月5日付で受理されましたので、ご報告します。1月29日の辞職願提出から受理に至るまでの期間が長かったため、多くの方よりご心配等をいただきました。感謝申し上げるとともに、以下、経緯の説明と私の意見、今後のことを述べさせていただきます。
長文になりますが、お許しください。

1.経緯
昨年10月4日に菅副総理より就任の打診を受けた際、私は以下のような“条件”付での就任をお願いし、副総理よりご承諾いただきました。10月26日の任命書自体は、鳩山総理大臣名で「内閣府本府参与に任命する」という、課題も期限もない定例の書式によるものでしたので、私と菅副総理の内々の取り決めでした。

一、(1)実効性のあるワンストップサービス(その場で決済し、居所確保できる)の実現、(2)行政機関の年末年始開庁、(3)国の責任による住宅確保、を年末に向けた主要対策に据える。
一、当面の就任期間を年末までとする。それ以降については、双方協議の上決定する。

以後、年末年始対応までの期間が非常に限られている中、私としては上記(1)~(3)を実現するために努力してきたつもりですが、力及ばず不十分な点が多々ありました。この点については、これまでも報道等で話してきたし、今回の経緯説明とは趣旨が異なりますので、ここでは割愛します(詳しくお知りになりたい方は、近日刊行予定(2010/3/11発売済)の清水康之・湯浅誠『闇の中に光を見出す ~貧困・自殺の現場から~』(岩波ブックレット)をご参照ください)。

1月6日、山井厚労大臣政務官に「現在の年末年始対応が一区切りついたら辞職する予定」との意向をお伝えし、また1月11日に菅副総理にも同様の意向を伝えましたが、両者からは慰留を受けました。

1月18日、東京都の年末年始総合相談が終了しましたが、なかなか最終報告が出てこなかったため、1月29日に1月末日を以て辞職する旨の鳩山総理宛の辞職願を、菅副総理に提出しました(東京都からの利用者状況報告等は、その後2月5日に提出されました)。

2月17日、貧困・困窮者チームとして鳩山総理へ年末年始対応の報告を行う機会があり、その場で改めて辞意をお伝えしました。鳩山総理からは一度は慰留していただきましたが、最終的には「あなた(湯浅)の一番いいと思う方法でやってください」と言っていただきました。

その後も菅副総理・山井政務官と何度か話し合いを重ねた末、3月3日、改めて定例の書式で辞職願を提出し、3月5日、受理されました(辞職のためには解任通知が必要と思っていましたが、解任通知は不要だそうで、辞職願の「受理」が必要だったということです)。

2.意見
1) 政府(政権)との関係
今回の辞任は、政府と私の間で何らかのトラブルがあり、それによって私が辞職を希望したという経緯ではありません。したがって、いわゆる「喧嘩(けんか)別れ」の類ではありません。

また、一連の年末年始対応ですべての課題が解決したと考えているわけでもありません。課題は依然として山積しています。

にもかかわらず辞職するというのは、もしかしたら理解しがたいことかもしれません。しかし、私としてはこのような関わり方が自分にとってもっとも自然なものと考えています。

私は、アドバイザー(参与職とはアドバイザーです)として政府に関わるということを、次のように理解しています。

政府がある“課題”を成し遂げようとしたとき、その“課題”遂行のために外部からのアドバイスを必要と感じ、その要請をします。要請を受けた側は、当然その“課題”の内容や、政府が取り組もうとしている手法や期間を吟味し、双方の方向がある程度合致したとき、両者の「契約」が成立します。それは、“課題”単位の契約関係であり、かつ今回の場合、年末年始対応までの約3ヶ月間でタイムリミットを迎える時限的なものでした。それゆえ、どれだけ内容的に充実していたかは別にして、当初予定していた一連の取組みが終了した段階で、辞職しました。

世間ではしばしば、「政府に入る」ことは、政府を包括的に支持することや、政府と「べったり」になる、あるいは政府に「取りこまれる」ことを意味するかのように語られることがありますが、私にはそれがアドバイザーとしての本来のあり方だとは思えません。議院内閣制の下では、政府の代表は政党の代表です。政府の方針を包括的に支持するということは、政党の方針を包括的に支持するということでもあるでしょうが、そのような立場は民主党員の立場であって、アドバイザーの立場ではありません。

また「言われたことは何でもやります」という、政府の“お手伝いさん”的立場というのとも違うと思います。ピラミッド型の官僚機構の中では、各省庁の政務三役と官僚の関係は上下関係でしょうが、アドバイザーとしての参与は通常の指示命令系統に属していません。したがって、部下もなく権限もない代わりに、政務三役に対してもより水平的な関係に立っています。何でも言うことを聞く人は、アドバイザーにはなり得ません。

したがって、「ある“課題”の遂行のために、政府に対してより水平的・自立的な立場からアドバイスする人」が参与なのだと理解しています。私の勝手な解釈かもしれませんし、一度就任したからには政府がどのような方針決定をしようと最後まで支える、という立場の参与がおられてもいいとは思いますが、私はそうではないし、もし参与になることが政府と一蓮托生(いちれんたくしょう)になることを意味するのであれば(菅副総理が私の“条件”を承諾してくれなければ)、就任しませんでした。私にとって重要なのは、政府ではなく、貧困問題が現実として改善されていくことだからです。政府が貧困問題に取り組むなら、私も協力する。貧困問題に取り組まずに放置するなら、批判する。それは、政府が民主党政権であっても自民党政権であっても同じです。

私は、市民運動家・社会活動家です。そして活動家は、各政党に対して中立的であるべきだと考えています。「日本の運動は政党に系列化されすぎている」というのが、尊敬する宇都宮健児弁護士(反貧困ネットワーク代表)の口癖ですが、私もそうありたいと願っています。そして、大学教授が参与に就任したからといって大学教授を辞さないように、私も市民運動家・社会活動家を辞めたつもりはありません。その意味では、「在野の運動か、政府の参与か」という二者択一が強調されることにも違和感があります。

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