中学レベルの数学で量子テレポーテーションを理解してみよう

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中学レベルの数学で量子テレポーテーションを理解してみよう

今回は林田さんのブログ『misatopology』からご寄稿いただきました。
※すべての画像が表示されない場合は、https://getnews.jp/archives/404198をごらんください。

中学レベルの数学で量子テレポーテーションを理解してみよう

10月9日にノーベル物理学賞が発表*1されて、量子コンピューターへの関心が高まっていますね。今回お話しする量子テレポーテーションもまた、Wineland氏やHaroche氏らの貢献した装置やしくみを使用して実験します。

*1:「【2012年ノーベル物理学賞】量子光学から量子コンピューターまで」 2012年10月09日 『misatopology』
http://misatopology.com/2012/10/09/quantum_optics/

量子テレポーテーションとは、前回*1ご紹介した量子の不思議な性質を利用して情報を伝達できるしくみのこと。ファックスのように、送られた量子情報が遠隔の場所にコピーされて届くのです。極秘情報も安全に送信でき、量子コンピューターにも利用できると期待されています。

量子テレポーテーションでは、前回お話しした量子の性質に加え、さらに不思議な現象がおきます。その現象とは、ある特殊な量子と量子の間では情報が瞬時に送られ、「情報は光速を超えて送ることはできない」という法則を破ってしまう、というものです。(このため、アインシュタインは「薄気味悪い(spooky)」といって量子力学を嫌いました。)

実際のところ、通信自体が超光速になるわけではありません。量子テレポーテーションでは、送られた情報の解読のために、別経路の従来の(光などの)通信による「鍵」が必要になるからです。

しかしこの量子テレポーテーションが実験で実証されて、現在は実用化にまで手が届きそうなところまできました。量子の不思議な現象も実証されたことになります。

さて、本記事はちょっと長めです。全部読んでいただければ、どうやって量子をテレポートするのか理解できます。ちょっと頭のエクササイズをしてみたい方は紙とペンをご用意いただいて、ロジックをフォローしてみてください。(えほん素粒子論第二弾「タウ氏と小悪魔ニュートリノ」*2のテーマも量子テレポーテーションです。現時点ではまだ完結していませんが、よければフォローください^^)

*2:「えほん素粒子論「タウ氏とこいびとニュートリノ」」
http://misatopology.com/picturebook_tauslove/

量子テレポーテーションの概要はこう

まずニュー君とリノちゃんの2人がいたとしましょう。二人はそれぞれ、ある特殊な量子を持っています。この二つの量子は、「もつれ」あっていて、一方に対する操作が、他方にも影響を与えます。(二つがどれだけ遠くに離れていても、瞬時に影響は伝達されるのです!)

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さて、ニュー君はもつれた量子の一方とともに、地球の外に旅行にいきました。リノちゃんは、ある秘密をニュー君に送ろうと思います。その秘密の情報を持った量子を、リノちゃんの手元にあるもつれた量子と一緒に測定します。

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その測定情報を、惑際電話でニュー君に伝えます。ここで、送らなければならない情報は2ビット(00, 01, 10, 11)。つまり、1か2か3か4かという情報です。誰かが電話を盗聴していたところで、そこに送られている情報はまるでありません。

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ニュー君はリノちゃんから受けた情報を元に、手元にあるもつれ量子にある操作を行います。すると、ニュー君のもつれ量子はリノちゃんの秘密量子と全く同じ状態になるのです。

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つまり、情報を送るのに、情報自体を送る必要はなく、2ビットの測定結果を送ればよいということになります。

さて、いったい何がそんなにスゴイんだ、共有したモノをあらかじめ持っているんだから、2ビットのコードがあれば送れて当然じゃないか、とお思いになるかもしれません。

しかし考えてみてください。リノちゃんが手元の量子を測定した時点で、すでにニュー君の量子はその影響を受けているのです!

けれどそのままでは、4つの状態が考えうるのです。これをリノちゃんの秘密量子の状態に絞るために、2ビットの情報が必要ということになります。

ここまで読んで、わけがわからないと思われた方はいらっしゃいますか。いったい「測定する」だとか「状態をとる」だとか「測定情報」だとか、なんの意味があってそういうややこしい言い方をするのかというと、それは、量子という不思議な性質のためです。前回記事*1をまだご一読いただいていない方は、まずそちらを読んでいただければその意味が明らかになるかと思います。量子ビットでは、日常の電子回路で使われるような「ON/OFF」のロジックだけでは表現できないのですね。

さて、では量子ビットからはいりましょう。

量子ビットともつれ

前回の復習をしますと、0と1という2つの状態をもった量子ビットは、数学でこのように表されます。

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ここで、0と1は、量子のとびとびの量をあらわす状態。abは、係数です。この式の現す意味は、1つの量子が2つの状態を同時にとっている、ということでしたね。従来のコンピューターでは、1ビットは0か1かどちらかしかとれませんが、量子は1ビットで2つの状態を合わせもっています。

そして量子ビットが2つ以上あると、互いにもつれた状態になることも学びました。

たとえばこの最大限にもつれた「ベル状態」

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このベル状態がじつは量子テレポーテーションのニュー君とリノちゃんが共有している「特殊な量子」です。

さてこのようにもつれてからまりあっている量子ビット。コンピューターとして機能するためには、測定しなくてはなりません。量子ビットを測定する、とはどういうことなのでしょうか。

量子ビットを測定するというのは?

量子は測定すると、ある値に確定されます。つまり、0と1の重ね合わせだったものが、0なり1なりの値をとることになります。(その値をとる確率が、係数のaとbで表せるのでしたね。)

1つの量子ですと、それで話はおわります。しかし、量子コンピューターの威力を発揮するためには、2つ以上のもつれあっている量子を考える必要があります。

たとえば2つの量子ビットがあって、1つ目の量子ビットを測定します。その結果が、残された量子のシステムに影響を与えるのです。

というと難しく聞こえますが、数学的には簡単です。

まだ測定されていない2つの量子ビットは、こんなふうに書けます。(ただ単に括弧を展開しただけです)

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(注:01と10は違う状態です。01は、1つ目の量子ビットが0で2つ目の量子ビットが1という状態。10は、1つ目の量子ビットが1で2つ目の量子ビットが0という状態。ですので、(ad+bc)01のようにまとめることはできません。)

そして、一つ目の量子ビットを測定すると、結果が0だったとしましょう。すると、残された量子は、上記の式の項のうち、1であるものを消せばよいのです。(そして確率が1になるように、係数の二乗の和の平方根で割ります)

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これだけです。(測定するときに、0か1かを決めるような測定である必要はありません。たとえば、(0+1)か(0?1)かを決めるような測定でも有効です。)

測定することの他にも、量子状態に影響を与えることのできる操作が、いくつも理論的に証明されており、実験でも実現されているものもたくさんあることを前回ご紹介しました。量子ゲートとよばれるものです。

ここでは量子テレポーテーションに使われる量子ゲートを紹介していきましょう。

前回ご紹介した0はそのままで1の符号を反対にする(+→‐)、Zゲート

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の他にも、0と1をひっくり返す、Xとよばれる量子ゲート

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0を(0+1)に、1を(0‐1)に変換する、Hとよばれる量子ゲート

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などがあります。インプットが1量子ビットである必要はありません。

たとえば2量子ビットで行う操作としては、Wineland氏が実現したCNOTがありましたね。アウトプットの1つ目は、インプットの1つ目に同じ。アウトプットの2つ目は、インプットの1つ目が1である場合だけ、インプットの2つ目の量子をひっくり返します(0→1, 1→0)。インプットの1つ目が0の場合はそのまま。

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こちらも量子テレポーテーションで使われる重要な量子ゲートです。

さて、これで量子テレポーテーションを理解する準備は整いました。

量子テレポーテーション完全理解!

したい方は、ペンと紙でいっしょに計算してみてください。数学的には中学校レベルで充分です。

まず、ニュー君とリノちゃんが共有している特殊な量子とは、ベル状態にある量子です。つまり↓

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この1つ目の量子をリノちゃんが、2つ目の量子をニュー君が持っているとしましょう。そしてニュー君は地球外に出掛けます。

さて、リノちゃんがニュー君に新しく送りたい量子を用意します。この量子の状態はこれ↓

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aとbの値はわかっていません。

さて目標は、ニュー君がリノちゃんから惑際電話で2ビットの情報を得たあとに、ニュー君の手元の量子がリノちゃんが送りたい秘密量子になるように操作することです。

まず、リノちゃんは、秘密量子と手元のベル量子をCNOTにかけます。秘密量子がインプットの1つ目、ベル量子がインプットの2つ目です。すると、アウトプットがこのように計算できます。

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次に、CNOTでえられた2つ目(下)のアウトプットに注目します。そして、まん中の量子ビット、つまりベル量子の1つ目のビット(=リノちゃんの手元にあるベル量子ビット)を測定します。すると、0か1かが結果としてでてきます。この結果によって、残された2つの量子(秘密量子とニュー君のベル量子)の状態が変わります。この状態を計算するとこのようになります。

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次に、リノちゃんの秘密量子をHにかけます。

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そしてこのアウトプットを測定するのです。この測定結果も0か1のどちらかです。そしてその結果により、残されたニュー君の手元にあるベル量子の状態が計算できます。それがこちら。

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さあお気づきでしょうか。1番上のニュー君のベル量子は、リノちゃんの秘密量子と同じ状態になっています。2番目はZの操作を、3番目はXの操作を、4番目はXの操作とZの操作を組み合わせれば、それぞれリノちゃんの秘密量子になるのです!

つまり、惑際電話でリノちゃんから2ビットの情報が送られてきたら、その情報に準じた操作を行うことで、ニュー君のベル量子はリノちゃんの秘密量子と一緒になるというわけです。

これが量子テレポーテーション。量子自体がテレポートするわけではありません。量子状態がテレポートするのです。そしてこのとき、リノちゃんの秘密量子もベル量子も最終的には測定するので、量子状態は壊れてしまいます。つまり、一方の量子が壊れて他方に状態がコピーされて、あたかもその場に瞬間移動したかのようになります。

すべてまとめると、このようになります。

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実験で証明されました 次は宇宙展開!?

さて、この量子のもつれを利用して量子テレポーテーションが可能だと理論で示したのが、1993年。ノーベル賞候補と名高い、Charles H. Bennett氏、Gilles Brassard氏、William Wootters氏他です。

量子は、測定しなければ位置やエネルギーなどの量が不確定で、測定しまうと量子に影響を与えてオリジナルの量子ではなくなってしまいます。測定できない量子の状態をテレポートするのは至難のわざ。

そこで3氏他は、測定せずにトランスポートできる「量子のもつれ」を使った手法を考案したのでした。

これは、1998年に実験で実証されます。光子を1メートルほどテレポートさせるのに成功したのです。

それからというもの、レーザー光やイオンなどで実現したり、レーザーから原子にテレポートに成功したり、量子テレポーテーションのフロンティアを開拓すべく研究グループが世界中で競争を繰り広げてきました。

重要なのは、テレポートした距離のフロンティアもグングンのびて、今では140キロメートルもの距離をテレポートするのに成功しています。

これは、衛星に使える単位の距離になりつつあるということです。次は衛星での検証の競争が始まるでしょう。WIRED SCIENCE*3の記事によると、日本でも2014年に打ち上げられる予定のソクラテス衛星で実験がされる計画があるとのことです。

*3:「The Race to Bring Quantum Teleportation to Your World」 2012年10月03日 『WIRED SCIENCE』
http://www.wired.com/wiredscience/2012/10/quantum-satellite-teleportation/

急速に延びている量子コンピューターの世界。これからの展開が楽しみですね!

執筆: この記事は林田さんのブログ『misatopology』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年08月24日時点のものです。

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