「ジャングル黒べえ」が絶版になっていた本当の理由 – 安藤健二「封印作品の謎2」
今回はよしてるさんのブログ『庭を歩いてメモをとる』からご寄稿いただきました。
※この記事は2011年03月22日に書かれたものです。
※すべての画像が表示されない場合は、https://getnews.jp/archives/351396をごらんください。
「ジャングル黒べえ」が絶版になっていた本当の理由 – 安藤健二「封印作品の謎2」
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
https://px1img.getnews.jp/img/archives/2013/05/fuin.jpg
人気作品が絶版になっている。なぜ?それを追ったルポルタージュです。ここでは、原作者と作画者の確執がもとで絶版状態が続いている「キャンディ・キャンディ」、取材するもいっこうに絶版理由が明らかにならない「オバケのQ太郎」(最後にはおぼろげながらに真相らしきものが浮かび上がります。ちなみに藤本さんと安孫子さんの仲違いではありません)、私自身は存在すら知らなかった手塚治虫の特撮もの「サンダーマスク」と、どれも興味深かったのですが、著者(安藤健二さん)の情熱に一番うならされたのは藤子不二雄「ジャングル黒べえ」についての章です。
※「オバケのQ太郎」は、この本が出版された2006年当時は20年以上にもわたる絶版状態のさなかでしたが、現在は無事出版されています。
※ 2013年5月26日追記:まんが版の「ジャングル黒べえ」は、本書発刊時には絶版でしたが、2010年5月に「藤子・F・不二雄大全集・第一期」にて復刊されています。情報をくださった方々にお礼申し上げます。
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
https://px1img.getnews.jp/img/archives/2013/05/fuin02.jpg
黒人差別をなくす会
現在、「ジャングル黒べえ」単行本が絶版になりアニメも再放送どころかDVD化もされない理由。けっこう有名ですよね。表現が黒人差別にあたると見なされたゆえ。それを指摘したのは「黒人差別をなくす会」。この団体は実は家族3人だけで成り立っているが、出版界への影響は強かった・・・ここまでは私も知っていました。しかしこの本では、事情はもっと深いところにあったことが明らかにされています。
まず、「なくす会」は「ジャングル黒べえ」を糾弾していませんでした。やり玉に挙がったのは、藤子不二雄作品に関しては「オバケのQ太郎」の「国際オバケ連合」というエピソードのみ。世界のオバケが集まる総会に来た「ウラネシヤ」の「ボンガ」というオバケが黒く厚い唇で、「バケ食いオバケ」とされていて、「(悪いやつらは)たべてしまえ」と発言、驚くオバケたちに「いまのはもののたとえだよ」と説明。この造形とやりとりが対象だというのです。89年7月の出来事です。しかしこの時、「なくす会」は「ジャングル黒べえ」を対象とはしていません。
当時、「なくす会」は破竹の勢いでした。堺市在住の公務員有田利二氏が妻・当時小四の息子と結成したこの会は、88年の渡辺美智雄政調会長の「黒人だとかいっぱいいて・・・(破産しても)アッケラカーのカー」発言以後、黒人を揶揄したような商品を糾弾し始めます(海外旅行に使うはずだった25万円で100点以上の商品を購入)。商品を出している会社に改善要望の手紙を送るなどしたのです。その後は、有名な「ちび黒サンボ」の絶版、タカラのダッコチャンマークやカルピスの黒人マークの変更。そして上述の「オバQ」を含む多くのまんがが次々と出荷停止・書き換えとなっていきます。この中で、出版社は過剰反応し、直接やり玉にあがっているわけでもない「ジャングル黒べえ」を自主規制してしまった可能性が高いようです。では、なぜ出版社はそれほど「なくす会」を恐れていたのでしょうか。
出版社自らが作り出した「恐れ」
京都産業大学の灘本昌久教授(被差別部落研究史に詳しく、祖父母が被差別部落で育ったことから「部落民三世」を自称)はこのように推測します。1985年頃からの10年間は、部落解放同盟が差別表現の摘発路線を最も過激にやっていた時期なので、「物言えば唇寒し」の風潮が強かった。そのためではないかと。実は、「なくす会」の有田氏は、もともと地道に部落差別反対運動を続けていた人でした。当時の講談社法務部長で、この問題に深く関わった(後述します)西尾秀和氏も、「なくす会」のバックには部落解放同盟がいるのではと錯覚していた時期があったし、他の出版社も同じ理由から「なくす会」を恐れていたのでは、と述べています。
しかし、実態は異なりました。「なくす会」の有田氏と西尾氏を含む講談社幹部3名が議論した際、部落解放同盟の阪本書記が立会人として参加しましたが、同盟は有田氏と完全に距離を置いていたそうです。また、有田氏も同盟がバックにいることをにおわすような発言等をすることもありませんでしたし、お金に関する要求も一切なかった。すべては出版社自らが作り出した「恐れ」だったのです。
このことについては、出版社がことなかれ主義過ぎる、という批判もあるかもしれません。しかし私個人の感覚としては、いわゆる「糾弾」が横行している時期には、暗闇にいるはずのないお化けを見てしまうのはいたしかたないとは思います。出版社の人たちだって、文化を広め守るという使命以前に、自分や家族の生活が大事なのはその他の職業の人たちと同じだと思いますし。また、「糾弾」の内容や手段によっては、糾弾される側が萎縮して当然ということもあるでしょう。
もちろん、そんな現状に対し果敢に立ち向かう方については、本当にすごいと思いますし、そういった方にこそ文化を広め守る仕事についていただきたいという思いももちろんあります。そして、まさにそういった行動を取ったのが前述の元講談社法務部長・西尾和秀氏でした。
変化 ー 手塚治虫作品への抗議と出版社の対応
西尾氏が立ち上がったのは手塚治虫作品が抗議を受けた90年頃です。一部の作品がいったん出荷停止になったものの、西尾法務部長が、日本を代表する漫画家の作品をそんな簡単に回収絶版にしていいのかと社内で意見し、同社の手塚治虫漫画全集は注釈*1をつけて出版を続行するようになったのです。以後、多くの漫画作品がこの対処方法を参考にするようになりました。しかし、「ジャングル黒べえ」は今だ絶版のまま(まんがは2010年に復刊)です。この理由は明らかにはなっていません。しかし、この作品がこうなってしまうまでの道のりは、単なる糾弾→絶版の流れとは異なることがわかりました。
*1:「「読む」から・・・「観る」マンガへ」 『手塚治虫Mマガジン』
http://mmaga.jp/attention.html
70年代の日本にとってのアフリカ
この本では、「ジャングル黒べえ」は本当に黒人差別にあたるのかも地道に検証しています。この作品が生まれた70年代、アフリカは日本にとって「交通事故や公害のない」理想郷という側面もあった(当時の番組宣伝用ポスターにそういう文言があります)。自然回帰への一環で制作側に差別の意図はなかったのではないか、そしてそんな「理想郷」への憧れが、80年代以降は一転して差別表現だという恐れを生むまでになってしまったのではないか・・・そんな考察を、関係者へのインタビューを通じて明らかにしていっているのです。(中にはオスマン・サンコンさんも。彼の語る日本人の黒人観は非常に興味深いものでした。なお、サンコンさんは「ジャングル黒べえ」のどこが差別にあたるのかわからないと語っています。)
この部分を読んで私が連想したのは、同じく70年代に放映されたアニメ「新造人間キャシャーン」*2。敵「ブライキング・ボス」は、もともと環境をクリーンにするために人間が作ったロボットでした。それが落雷のショックで「地球環境を良くするなら人間を地球からなくすのが一番」ということに気づいてしまい人間の「敵」となる・・・という設定なのですが、こんなアイロニーが生まれる背景には、やはり当時の日本に公害への恐れがはっきりあったということなのでしょう。当時子どもだった私も、テレビや本で今よりも公害が身近かつ頻繁に登場していたこと、川がどんどん汚くなり(というか、明らかに現代より汚く、洗剤の泡とかがよく浮いてました。においもひどかった。)空き地がどんどん宅地に変わっていったことははっきり覚えています。キャシャーンのことは、幼稚園児らしく強くてかっこいいヒーローとして応援していただけで、そんな設定があることなどもちろん知りませんでしたが。
*2:「新造人間キャシャーン」 『wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/新造人間キャシャーン
安藤健二さんの姿勢
この本の著者安藤さんは、こういった、下手をすると単に人がいやがる秘密を暴くだけの「暴露もの」になってしまう題材を、地道ながらも絶版作品への愛情と関係者への理解ある眼差しを通じて解きほぐしてくれています。取材対象や取材結果の興味深さだけでなく、そのような著者の姿勢がこの本を「暴露もの」とは一線を画する存在にしていると感じました。
執筆: この記事はよしてるさんのブログ『庭を歩いてメモをとる』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年05月31日時点のものです。
ガジェット通信はデジタルガジェット情報・ライフスタイル提案等を提供するウェブ媒体です。シリアスさを排除し、ジョークを交えながら肩の力を抜いて楽しんでいただけるやわらかニュースサイトを目指しています。 こちらのアカウントから記事の寄稿依頼をさせていただいております。
TwitterID: getnews_kiko
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。