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JASRACが「自由貿易協定で戦時加算解消」を訴える前にすべきこと

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サンフランシスコ講和条約に署名する吉田首相

サンフランシスコ講和条約の発効から51年目となる4月28日に政府が『主権回復の日』記念式典を開催するのに合わせ、同条約第15号(c)項で日本に科されている著作権法の戦時加算についても注目が集まっていますが、以前からこの規定に対して「不平等条約」「戦後復興を果たしても敗戦国扱い」と強く反発していた日本音楽著作権協会(JASRAC)は今年度の重点活動目標に「戦時加算撤廃」を掲げて文化庁や外務省、国会への陳情を繰り返すなど活発なロビイングを実施していると報じられています。

この時期にJASRACが「戦時加算撤廃」を掲げて行動を開始した背景には「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)および日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(日欧EPA)で日本に著作権保護期間の延長が義務付けられる可能性が高く、日本側が相殺で旧連合国に『戦時加算撤廃』を要求すれば受け入れられる可能性が高いのではないか」と言う打算が存在しますが、事はそう簡単ではありません。

5月下旬に訪れるもう一つの“パブリックドメイン・デー”

日本を含め、大抵の国では著作権保護期間の長短に関わらず満了の日を12月31日に定めています。これに伴い、1月1日は“パブリックドメイン・デー”と題して日本の『青空文庫』を含めて多くの国で有志により新年と合わせて著作権保護期間満了を祝う行事が主にインターネット上で行われています。ところが、2003年頃から日本ではもう一つの“パブリックドメイン・デー”が発生しています。それは、5月23日(うるう年は22日)です。

サンフランシスコ講和条約には日本を含めて49の国が署名し8番目の批准国である米国で手続きが完了した1952年4月28日に発効、最終的には46の国が条約を批准しました。条約第15号(c)項では、太平洋戦争開戦日の1941年12月8日から条約の批准までの間、日本がベルヌ条約または個別の二国間協定で義務付けられている相手国の著作権保護が不十分であったことを認めて条約の発効または相手国が条約を批准するまでの日数を通常の著作権保護期間に加算することが義務付けられています。従って、条約を批准した国でも当時ベルヌ条約に非加盟だった国(主に中南米)や日本と個別の二国間協定を結んでいなかった国は対象にならず、以下に挙げる15の国が対象になります。

イギリス・オーストラリア・カナダ・ニュージーランド・パキスタン・フランス・スリランカ(旧セイロン)・米国‥3794日
ブラジル‥3816日
オランダ‥3844日
ノルウェー‥3846日
ベルギー‥3910日
南アフリカ‥3929日
ギリシャ‥4180日
レバノン‥4413日

米英仏など8国が3794日で統一されているのは、米国の批准で条約が発効した1952年4月28日以前に批准が完了した国は批准した日に関わらず発効日までの日数を加算すると定められているからです。その結果、この8国で戦前に公表された著作物は日本で通常の保護期間に10年と4か月3週間が加算され、5月23日に保護期間満了が集中するようになっているのです。

経済の問題か、名誉の問題か

JASRACが戦時加算を特に問題視している理由は、その主張に基づく限り今なお「敗戦国扱い」の「不平等条約」であると言う“国家の名誉”に関わる問題だと言う認識が背景にあるのでしょう。その根拠となっているのが、第二次世界大戦で日本と同じ枢軸国陣営だったドイツやイタリアの扱いです。ドイツは当初、日本と同様に戦時加算が科される予定だったにも関わらず連合国は要求を行わなかったことが文化庁の調査で明らかになっています。イタリアは約6年分の戦時加算を課されていますが、連合国側も同時に「交戦中はイタリアの著作権保護が不十分だった」と認めて相互に加算義務を負う内容となっているので、その点では日本だけが義務を負わされた形のサンフランシスコ講和条約が「不平等条約」であると言うJASRACの主張は確かに一理あると言えるでしょう。

ただ、JASRACが主張しているような「TPPと日欧EPAで日本から旧連合国に戦時加算撤廃を要求すべきだ」と言う案に関しては、2つの点で大きな問題があります。1つはTPP交渉参加国の4国(米国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド)と日欧EPAのEU加盟国中5国(イギリス・フランス・オランダ・ベルギー・ギリシャ)だけでは対象国の全てをカバーしていないと言う問題です。JASRACが「戦時加算は名誉の問題」と考えているのならば、TPPとも日欧EPAとも無関係なパキスタン・スリランカ・レバノン・ノルウェー・南アフリカ・ブラジルの6国とも個別に撤廃を求めるのが筋であるはずですが、その点についてどう考えているのかは今一つ明確にされていません。もう1つは「米欧に対するコンテンツ分野の輸入超過」と言う「経済の問題」ですが、それならばまずは議論の前提となる対象国との相互の著作権料の収支をJASRACが率先して詳細に開示すべきです。しかし、残念ながらそうした議論の前提となる情報開示に積極的な姿勢を現在のJASRACから見出すことは出来ません。「自由貿易協定で義務付けられる著作権保護期間延長との相殺」と言う主張に至ってはもう全くの論外で、3月18日の記事でも指摘しているように米国もEUも「ごく少数のキラーコンテンツを理由とする一律・無条件の著作権保護期間延長は圧倒的にデメリットの方が大きい」と言う認識がこの1年前後で急速に拡大しているのです。“失敗”と言う結論が世界レベルで明確になっている愚策に日本がわざわざ便乗する必要性は、もはやどこにも存在しません。

「米欧に日本より先に著作権が切れる作品は存在しない」と言う誤解

もう一つの疑問は、TPPと日欧EPAの9国に限定した場合でも「米国とEUは1990年代に“延長合戦”をやり合ったんだから、戦時加算が存在しても今では日本の方が結果的に著作権保護期間が短くなっているのではないか」と言う点です。この疑問は旧法で著作権保護期間が満了した作品に対しても遡及適用を課して著作権を復活させたEUに対しては当てはまりますが、米欧の“延長合戦”に加わらなかったので現在もなお著作権保護期間が50年のカナダとニュージーランド、そしてベルヌ条約加盟が1978年と比較的遅かった米国の著作物に対しては必ずしも当てはまりません。

日米が交戦中の1942年に公開されたワーナー・ブラザーズの映画『カサブランカ』は公開年起算で約9年分の戦時加算対象とされ、日本では遅くとも2002年中に著作権保護期間を満了しました(2004年の映画著作物に限定した延長はEUのような遡及適用を定めていないので、本作は対象になりません)。この映画が製作された当時、米国では著作権局に登録してから28年後に1回だけ更新手続きを行うことが認められており著作権保護期間は個人・法人を問わず最長で「公表後56年」でしたが、ワーナーは1960年に『カサブランカ』の更新手続きを行わなかったので「著作権を放棄した」と判断され、米国内ではパブリックドメインとなりました。当時はビデオも普及しておらず、映画館での上映やテレビ放送の頻度が低下した作品は権利が更新されないことも珍しくなかったのです。

3月20日に米国議会下院の小委員会でマリア・パランテ議会図書館著作権局長が行った「著作権保護期間の短縮」を目玉とする画期的な提言では、登録制だった旧法下の1958年から1959年にかけての各分野における更新手続きを行った著作物の割合に関するデータが著作権保護期間を「一律・無条件」とすることのデメリットを示す資料として提示されました。このデータでは「書籍が7%、定期刊行物(新聞・雑誌)が11%、学術論文が0.4%、演劇が11%、音楽が35%、地図が48%、美術品(絵画・彫刻など)が4%、設計図が0.4%、版画が4%、映画が74%」と、同じ法律で保護される著作物であっても公表から28年後に更新手続きを行うだけの商業的利益が期待し得る分野とそうでない分野が明確に分かれており、ハリウッドが「何が何でも著作権延長」に固執する理由とそのデメリットが文学や学術分野のアーカイビング事業を直撃する構図が非常にわかりやすく示されています。このことから言えるのは、JASRACは「戦時加算の存在は経済面でも国の名誉の面でも不利益だ」と言うのであれば、国会や中央省庁へ情緒的に訴えるだけではなく手元にあるはずの詳細なデータをオープンな議論の前提として一般国民に開示することがまず必要なのではないでしょうか。

なお、パランテ著作権局長が行った提言の全文は中川隆太郎弁護士(骨董通り法律事務所)により日本語訳(http://www.kottolaw.com/column/000527.html [リンク])が提供されています。

参考:More Details On Copyright Register Maria Pallante’s Call For Comprehensive, ‘Forward-Thinking, But Flexible’ Copyright Reform [リンク](Techdirt)

画像:サンフランシスコ講和条約に署名する吉田茂首相(出典:在米日本大使館 [リンク]

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