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裏原系が終わったのはいつなのか?トレンドの流れを俯瞰し検証する

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今回はdaleさんのブログ『Elastic』からご寄稿いただきました。

裏原系が終わったのはいつなのか?トレンドの流れを俯瞰し検証する

「「裏原宿系ブランド」の終焉 約10年のトレンドは長いか短いか」 2013年03月12日 『日経ビジネスオンライン』
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130311/244791/?rt=nocnt

2月20日に2社は破産手続きの開始決定を受けているので、完全に倒産したということになる。 今回の事態を受けて、ファッション関係者の多くは「やはり裏原宿系はダメになった」との 認識を強くしたのではないか。

1990年代後半から、ストリート、ヒップホップなどのテイストを打ち出したブランドが「裏原宿系」として人気を得た。 しかし、2000年代半ば以降に失速してしまった。それでも約10年もの命脈を持ち得たのは、比較的長かったと評価してもよいかもしれない。

スワッガー倒産のニュースから裏原系は終わったと書かれているのが上記の記事です。「やはり裏原宿系はダメになった」とありますが、裏原系の人気が今まで続いていたかのような認識で驚きました。

そもそもスワッガーは恵比寿系であり(ストリート・ヒップホップ色が強い≒恵比寿系)、裏原(恵比寿系含む)ブームが終わった後はストリート系に吸収されていきました。そしてその裏原系はとっくの昔に死語になっているのです。

裏原系ブームが始まったと言われるのは97年が定説です。藤原ヒロシのグッドイナフが90年、ノーウェアのオープンが93年、ネイバーフッドが94年なので90年代前半から裏原系はスタートしておりますが、 渋カジやストリートブームにより原宿にスニーカーショップ、古着屋、雑貨屋などが次々とオープン、そのカルチャーをベースに古着をポップにアレンジした裏原系ブランドが続いたという流れが一般的な見方でしょうか。

そのブームがいつ終わったのか。それについて明確に記している資料はあまり見ないのですが、『族の系譜学―ユース・サブカルチャーズの戦後史』*1では「その高揚が世紀を跨ぐことはなかったのである」と90年代いっぱいのブームだと述べております。

*1:「族の系譜学―ユース・サブカルチャーズの戦後史 [単行本] 」 難波 功士(著) 『amazon』
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4787232738/

これで終わってもよいのですが、今回はせっかくなのでもう少し広い枠で裏原系を捉え、 スワッガーが台頭してきた2001年から倒産する2013年までのトレンドの流れを俯瞰し、いつ裏原系が終焉を迎えたのか、検証したいと思います。ではさっそく裏原系に関係ありそうなトピックを簡単にまとめてみました。

■裏原系が衰退していく流れ

【2001年】恵比寿系の台頭

デビロック、スワッガー、マックダディー、バランス、スキャナーなどが人気となる。裏原宿ではなく恵比寿界隈にお店を構えるブランドである。これを恵比寿系という。裏原ブランドよりストリート色が強いのが特徴(ヒップホップ寄り)。恵比寿にお店が増えたのは裏原ブームにより裏原一帯の地価が上がったから。ブランドの裏原宿離れ、裏原系終わりの始まりである。

【2002年】ルイ・ヴィトン表参道店がオープン

オープン時の長蛇の行列が話題となる。この頃の消費者はブランド志向。レアやコラボに弱い裏原系はハイブランドのコラボやオープン限定品にも興味を示し始める。先の話になるが2008年に増加するファッションブランドのコラボに目をつけたWWDが「ファッション業界コラボレーション史」とまとめたのも2002年から。トップバッターはヴィトン×村上隆であった。裏原的消費志向は狙い撃たれていたのだ。

【2002年】プレミアムジーンズブーム

セレブ系というジャンルを生むきっかけとなり、ファッションリーダーがストリートのカリスマからセレブへと移行する。お姉系の対となる華美なお兄系が名古屋で誕生し、やがてギャル男と融合し繁栄していく。裏原系は古着(ヴィンテージ)をポップに焼き直したデザインが多い。当然ジーンズはヴィンテージやレプリカだった。裏原系のジーンズの価値観が崩された。

【2003年】ディオールオムが伊勢丹にオープン

ルーズなサイズ感が基本だった裏原系のサイズ感を陳腐化させたディオールオムのデザイナー、エディ・スリマン。モードを意識したスタイリッシュな若者が増えだす。そのストリート(裏原)とモードを半々で取り上げる雑誌として創刊されたのがHUgE。

【2003年】プロペラが閉店

エイプ、ネイバーフッド、リーコン、多数のヴィンテージショップなどが軒を連ねた裏原の聖地ことプロペラ通り。その名前の由来となったアメカジ系のセレクトショップ「プロペラ」が閉店。 この時点で裏原は終わったと見ることもできる。

【2004年】飛びだしゃいい 泣き出しそうな 裏原蹴って

ナンバーナインがパリコレデビュー、エイプはNYにショップを出店、すでにアンダーカバーは2003S/Sでパリコレに進出している。 落ち目の裏原宿から世界に飛び出す裏原系。そしてストリート(裏原)のアイコンの一人、窪塚洋介は9階のベランダから飛び出した。そうです僕は蒼い弾丸。

【2005年】裏原系8社脱税発覚

裏原の勢いがなくなってきた頃に狙ったかのような税務調査。そこにはノーウェア(エイプ)も含まれていた。裏原はノーフューチャーという税務署の判断だろう。

【2006年】プロペラ通りがお兄系に占領される

プロペラ通りに109系ブランドのバッファローボブスやジャックローズが出店。通りの通称が「お兄系通り」となる。さらにきれいめ志向のお兄系の影響かスニーカーより短靴を好む男性が増える。 裏原(ストリート)といえばスニーカー。スニーカーが流行らないと裏原が盛り返すのは難しい。ちなみにこの時流行ったのがアルフレッドバニスター。そして根付いてしまったトンガリ靴のイメージ。

【2006年】裏原専門誌street jackが路線変更(そしてSJは迷走時代に突入)

9月号から誌面に「セレカジ」や「ゆるカジ」という言葉が頻繁に登場するように。セレカジはお兄系、ゆるカジはサロン系(美容師系)に収束していく。その両者が憧れていたブランドNo.1がディオールオム。若者全体にスキニーブームが起こる。そしてブランドの世界観に捉われない自由な着崩しが裏原系に通じるものがあったのだろうか、多くの裏原系はお兄系ではなくサロン系に流れていった。キムタク信仰から奈良裕也(通称ナラ様。サロン系のアイドル)信仰へ。「キム着」と同じように「奈良着」という言葉も生まれた。

【2007年】エディ・スリマンがディオールオムを退任しトム・ブラウンが台頭

お兄系とサロン系は軟派(モテ志向)で肌の色が黒いか白いかの違いであった(特に女性にとって)。そこに硬派なアメトラをひっさげトム・ブラウンが登場。軟派野郎に嫌気がさしていたおじさま達中心に待ってましたとフィーバーが起こる。一方、若者たちは絶頂期のエディ・スリマン退任で枕を濡らしていた。涙でトム・ブラウンの値札も見えないと嘆く。値段の高さ故に若者たちはブランドという記号ではなくその着こなしの方を取り入れていく。半端丈ブームの始まりである(クロップド丈・ロールアップ人気)。

【2007年】ガイアが俺にもっと輝けと囁いている

men’s egg が創刊1000号ということで特大号だったり、WWD第1454号に「お兄系メンズ 1,000億円市場への道」と特集が組まれたり、 お兄系がもっと輝けと囁いた一年。この年からお兄系はギャル男に原点回帰し多様化していく。雑誌smartでも109系が取り上げられるようになった。3年後の2010年にはヴァンキッシュが東コレデビューをはたす。全てはこの時から始まった。千の言葉より残酷な俺という説得力。

【2007年】ナラ様がchokichokiのおしゃれキングを卒業

2006年に男性ファッション誌で売り上げ1位を記録したchokichoki。しかしサロン系の天下は長くは続かなかった。2007年にナラ様が卒業したことで凋落の一途をたどることになる。ファッションリーダー崇拝、レアものハンター、個性的な古着の積極的な活用。この3点セットを裏原から受け継いでいたサロン系は緩やかにトレンドの中心から転げ落ちていき、裏原的価値観も薄れていく。「〇〇着」と付加価値をつけプレミア感を煽る一種の裏原文化もゆるやかに衰退していった。

【2008年】H&Mが日本に上陸、ファストファッション旋風が起こる

ユニクロが「ファッションの専門学生が買うブランドNo.1」に選ばれる(繊研新聞調べ)。もはや、裏原?なにそれ?おいしいの?状態である。前年の2007年にはコスパが高いブランドHAREを愛用する若者が急増。POPEYEが彼らを「ハレラー」と命名している。ブランドやレアもので差異化を図る時代は終わった。

【2009年】ナンバーナインが突然の解散

裏原ファン、最後の心の拠り所であったナンバーナインが2月20日(カートコバーンの誕生日)に突然の解散。この受け皿になったのがナンバーナインと同じロック系として知られるマスターマインドであろう。マスターマインドは2005年にstreetjackの裏原人気ブランドベスト10にランクインしており、裏原系の必要条件である藤原ヒロシとの絡みもある。裏原ブームが終わっても行列ができる稀有なブランドであった(2013S/Sで終了)。その一方、NIGOが新会社NIGOLDをエイプリルフールに立ち上げる。「これは何の冗談か」と各方面から突っ込みが入ったことも記しておきたい。

【2010年】フェノメノン伝説のMA-1が登場

ナンバーナイン解散で各地に散った裏原残党を拾い上げようという動きなのか、藤原ヒロシ周辺のブランドが活発化。ネイバーフッドが新ラインを立ち上げ、visvimがモンクレールVのデザイナーに抜擢、MEN’S NON-NO2月号の表紙でワンピースのルフィがマウンテンパーカーを羽織り話題となったソフネット、そしてVOGUE HOMMES JAPANで取り上げられるなどメディアのプッシュが目立つようになったフェノメノン。大手セレクトショップ、ナノユニバースでの取り扱いもスタートした。伝説のSHIBARI仕様のMA-1が2chで話題になったのもこの年である。

【2011年】エイプが香港のITリミテッドに買収される

負債額は43億円。全てITが負担した。NIGOは11月にオープンした上海店について「熱狂は日本のピーク時より、ずっとすごい」と語る。この発言に「サラマンダーより、ずっとはやい」のトラウマがフラッシュバックした裏原世代がいたとかいないとか。おのれ!パルパレオス!(ITリミテッド)ちなみにこの年に恵比寿系のデビロックが解散している。2011年11月11日というこだわりぶりであった。

【2012年】きゃりーぱみゅぱみゅと原宿系

原宿系としてきゃりーぱみゅぱみゅが大ブレイク。原宿にいるストリートテイスト(個性的)な女の子は「裏原系ガール」と呼ばれていたものだが、「原宿系ガール」として完全に塗り替えられる。原宿にいるお洒落さんは裏原系ではなく原宿系。裏から表返った。

【2013年】有限会社スワッガーが自己破産申請

「ネオ裏原ブーム」と「裏原」という言葉が久しぶりにトレンドに出てくる。どうやら2013年は90年代のストリート系が復活する兆しを見せているようだ。そんな年に倒産してしまうとは・・・あんまりだよ!こんなのってないよ!

■裏原系が終焉を迎えたのは2006年

裏原系は「裏原宿」と街に根差したファッションです。それが「恵比寿」にトレンドが移った時点で裏原系には死兆星が見えているわけですが、2003年にプロペラが閉店したのがその決定打でしょう。この時点で裏原系は終わりました。カルチャーではなく「裏原系」という記号やブランドが独り歩きをしている状態です。2003年に裏原が終わったという見方は人気の面から見て早いかもしれませんが、失速しているのは否めないでしょう。なので、「2000年代半ば以降」ではなく「2000年代前半」にすでに失速しているのです。

2006年以降はスワッガーやエイプの凋落を待たずとも完全に死に体です。聖地がお兄系に占拠され、裏原広報誌と化していたstreet jackは路線の変更を余儀なくされ、裏原宿界隈の美容師の卵や美容系専門学校生のスタイリストが裏原系ではなくサロン系として台頭してくる。この2006年こそ裏原の終焉なのだと私は考えております。

そして2007年が日本のメンズファッションの転換期になっているのがよくわかりますね。潮目が変わり裏原は過去のものになっております。この中で今でも主流なのが元記事にもあるようにトラッド(プレッピー)なのですが、「裏原⇒トラッド」という単純なトレンドの流れではないのはご覧の通りです。さまざまな要因が裏原系を切り刻んでいったのです。

■ネオ裏原系と裏原系の違い

90年代のストリートブームがトレンドになっている影響で「ネオ裏原系」という言葉が出てきています。裏原はまだ終わっていないのでは?という意見も当然あるかと思いますが、ネオ裏原系と裏原系は別物です。

裏原系(ストリート系)ブランドを足し算で全身に身に付けるというのが90年代。トラッドブランドをストリートのノリで崩したり、ワンポイントとしてストリートブランドを 取り入れるのが2013年です。最近よく言われることですが昔のような記号消費ではないのです。それは2007年までです。

今のところ裏原ブームの時のように行列ができたりするのはシュプリームくらいだと思いますが、 他の裏原・ストリートブランドが90年代水準にまで熱狂的に盛り上がることは難しいのではないでしょうか。アダム・キメル、ギャルソン、クラークス、ヴァンズ、ノースフェイス、チャンピオン、ナイキ、 ニューエラなどとコラボを連発しているシュプリームが特殊なだけです。

ただストリートブームはまだ始まったばかり。GOODENOUGH、C.E、RISEYなど裏原系ブランドもいくつか復活しているので、果たしてこの先どうなるのか、仕事や子育てに追われ忙しい裏原世代(年をとったアラサー世代)は参戦するのか、しばらくこの動きに注目したいと思っています。

執筆: この記事はdaleさんのブログ『Elastic』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年03月18日時点のものです。

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