ディズニー涙目? 米著作権局が議会に「保護期間短縮」を近く要請か
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉において米国通商代表部(USTR)が他の交渉参加国に対して著作権保護期間の延長や非親告罪化を強硬に主張していることに対して反発が広がっている中、その米国から驚くべきニュースが飛び込んで来ました。
20日にも議会に対して「著作権保護期間短縮」を要請?
IT系ニュースサイト『techdirt』が15日付で「特報」として配信した記事によると、米国議会図書館著作権局が20日(日本時間21日)にも下院の法務小委員会に対して現行の著作権法を全面改正するよう要請する見通しであるとされているのですが、その要請において目玉と位置付けられているのが“ミッキーマウス法”の別名で知られる1998年成立の著作権延長法(CTEA)を廃止して保護期間を短縮することだと言うのです。
CTEAは1998年にディズニーを筆頭とする米国コンテンツ作業のロビイング攻勢によって成立し、それまで「個人の死後50年または法人の公表後75年」であった米国の著作権保護期間が「個人の死後70年または法人の公表後95年」に延長されました。それだけではなく、米国がベルヌ条約に加盟する以前の著作物で旧法下において保護期間を満了していなかった著作物については「個人の死後95年または公表後120年のどちらか短い方」まで延長すると言う極め付きの条項も盛り込まれています。「著作権切れが近付くたびに延長を繰り返すのでは独占権を永久に認めるのと同じだ」として違憲訴訟も起こされましたが、最高裁は「保護期間の最適水準を決めるのは議会の裁量である」として原告敗訴の判決を言い渡しました。
それ以来、米国は各国との自由貿易協定(FTA)締結に際して相手国の著作権保護期間延長を強要し続けており、直近でもシンガポールで開催されたTPPの交渉会合でUSTRが招いたディズニーの幹部が交渉参加国に対して米国と同水準、理想は5年後に“Xデー”を迎える米国を含め遅れて交渉に参加した全世界最長のメキシコと同じ「個人の死後または法人の公表後100年」に著作権保護期間延長を延長するように訴えたというニュースが報じられていた矢先に、米国内で著作権局自らここ15年の流れに逆行する提案をしたと言うのですから、非常に大きなインパクトがあります。
無視し切れなくなった“オーファン・ワークス”問題
著作権局がこの提案を行う背景には、CTEAに対する違憲訴訟が起こされてから注目を集めるようになったオーファン・ワークス(Orphan Works)、直訳すれば“孤児著作物”の問題が存在します。ベルヌ条約では加盟国に対して著作権保護期間の最低水準を「50年」と定めていますが、公表(個人の死後ではありません)されてから50年後もなお市場で供給され続けている著作物は2%弱と言われています。ミッキーマウスを含めて「不朽の名作」と呼ばれる作品はごく少数にしか過ぎないのです。
そのごく少数の作品(と言うより「商品」)のために残る98%以上の著作物は引き継ぎ手もなく絶版や廃盤となり、たまたま図書館の書庫から発掘されればまだ運が良い方でそうならないまま朽ち果てて行く作品の方が圧倒的多数を占めるのは言うまでもありません。一例を挙げると、日本の国立国会図書館が『近代デジタルライブラリー』(http://kindai.ndl.go.jp/ [リンク])を開設するに当たり、明治・大正期に刊行された著者が無名であったり、ペンネームを使用していたなどの理由で著作権保護期間を満了し、パブリックドメインとなったかどうかの判断に必須となる没年の情報が不明な作品5万点以上について情報を求めたところ、没年が判明したのは約1%の532件でした。
インターネットが本格的に普及する前の1990年代に不毛な延長合戦を繰り広げた米国とEUは、今になって自分たちで人為的に拡大したと言っても過言ではないこのオーファン・ワークス問題にひどく頭を悩ませており、EUでは「著作権者を探す努力」をした場合はオーファン・ワークスの非営利使用を認める旨を柱とする指令が昨年9月に成立しましたが、オーファン・ワークスを発生させる問題の根本には切り込んでいないため付け焼き刃の感が否めません。米国でもオーファン・ワークス問題への注目の高まりを受けて同様の法案が何度か提案されましたが、そのたびにハリウッドなどコンテンツ産業の強硬な反対で法案は潰され続けました。ミッキーマウスのような「1%弱」の作品(商品)について権利を独占し続けるのは無論のこと、商業価値が失われたタイトルであってもパブリックドメインとなって解放されない方が多額の投資をした最新作との競合が発生しないから都合がいいと言う考え方が米国のコンテンツ産業では主流を占めているのです。
しかし、昨年11月8日の記事で報じた通りCTEAの“旗振り役”だったメアリー・ボノ・マック下院議員が大統領選と同日に行われた下院議員選挙で落選するなど、米国コンテンツ産業の議会に対する影響力も15年前に比べると低下していることがうかがえます。その代わりに台頭しているのがGoogleを始めとするシリコンバレー陣営であり、著作権局の提案もそうした米国内の産業界のパワーバランスを反映したものであると考えられます。
「短縮」の前例はあれど早期の実現は困難か
『techdirt』の記事によると、マリア・パランテ著作権局長が近く議会で行うと見られる“短縮”提案はCTEAを廃止して著作権保護期間はベルヌ条約における最低水準の「50年」を原則とし、権利者が特に希望した著作物に限ってプラス20年で最長70年までの延長を認めると言う内容であるとされています。この提案通りに著作権法が改正された場合、2003年に原則は「50年」で据え置きながらも映画著作物だけ20年延長して「公表後70年」とした日本と細かい部分での相違はあるにしてもほぼ同水準と言うことになるでしょう。
ここで問題となるのは当然に予想されるコンテンツ産業の強硬な反対運動に加えて、米国にしろEUにしろ延長の一点張りだった中で短縮の前例があるのかと言う問題ですが、1987年にスペインがそれまでの「80年」から「60年」に短縮した前例が存在するので(現在はEU指令により70年)、最低でも「前例がない」と言う主張に対する反論は可能であると思われます。それ以外にも現行の「死後95年または公表後120年」の著作権収入を前提に事業計画を立てていた個人や企業に対する補償措置など課題は少なくないとみられ、著作権局が要請する形での短縮が一朝一夕に実現するかどうかには不透明な要素もあることは否めません。
実際にどのような提案が行われるのかは当日になってみないとわかりませんが、日本国内の権利者団体が言うような「TPPに参加する以上、著作権延長は当然」などと言うUSTRの尻馬に乗った安易な主張をくじく契機となるかどうか目が離せません。「実現した時にはTPPのせいで一面の荒野が広がっていた」と言うことのないように、日本でも特に政治の場に対して青空文庫(http://aozora.gr.jp/ [リンク])や近代デジタルライブラリーの活動の素晴らしさを伝える努力をして行く必要があるでしょう。
Surprise: Register Of Copyrights Expected To Call For Reduction In Copyright Term [リンク](techdirt)
画像:米国議会図書館著作権局公式サイトのトップページ
http://www.copyright.gov/ [リンク]
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