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アップルと任天堂のUI思想(立命館大学映像学部教授サイトウ・アキヒロ)

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『IT批評 2号 特集:ソーシャルメディアの銀河系』(2011年5月刊行)よりサイトウ・アキヒロさんの「アップルと任天堂のUI思想」を転載。

アップルと任天堂のUI思想

ソーシャルメディアのUI(ユーザーインターフェース)をゲームニクスの観点から読み解く。

Facebook、eBay よりもミクシィ、ヤフオクが流行る真の理由

 SNSといえば世界的にはFacebookですが、Facebook に登録はしたものの使っていない……という人が大半ではないでしょうか。日本でいち早く普及したのはミクシィでした。

 同じように世界的なネットオークションといえばeBay ですが、日本で広まったのはヤフーオークションでした。なぜなのでしょうか。

 理由は簡単です。ミクシィやヤフーオークションが、Facebook やeBayよりも使い勝手が良かったからです。

 では日本人にとっての使い勝手とはどういうことなのか。それはゲームライクなユーザーインターフェース(UI)の流れを持ったものです。ではゲームライクなUIとはどういうものなのか。それはマニュアルを参照しなくても直感的にすぐに始められて、ユーザーに負荷がかからないように、難しいことや手間がかかることがアプリケーション側であらかじめお膳立てされているということです。最近のヤフーオークションには落札後のやり取りに使える「文章例」まで用意されています。こんなやりすぎとも思える用意周到さは海外のサービスではなかなか見ることはできません。

 アメリカにおいてパーソナルコンピュータが広まっていくきっかけとなったのはVisiCalc(表計算ソフト)といったビジネスソフトの存在でした。アメリカではサラリーマンは全員確定申告をする必要があるため、税金の計算用途で表計算ソフトが広まったといわれています。

 これに対して日本において推進力となったのはゲームでした。アメリカにおいてもゲームはコンピュータが広まる大きな潮流ではありましたが、あくまでもキーボードの付いたパソコンで大人が遊ぶものでした。日本もその流れを受けてMSXといったキーボード付きのホビーパソコンが発売されましたが、結局受け入れられることはなく、日本に根付いたのは十字キーとA・Bボタンで遊ぶファミコンという子供向けゲーム専用機でした。

 対象が子供である以上、スイッチを入れたらすぐに遊べなければいけません。必然的に複雑な操作内容を究極にまで整理て簡易な操作体系に落とし込むことで、直感的に理解してもらうことが求められました。キーボード操作が前提であったロールプレイングゲームやアドベンチャーゲームも、十字キーとA・Bボタンという簡素なデバイスで操作できるようにアレンジしなければなりませんでしたし、戦略や指令もキーボード入力ではなくコマンド選択方式にしなければなりませんでした。また、「まずはマニュアルを熟読してルールを覚えてから遊んでね」などといったことは通用しません。こうしたユーザーを前提として、ゲームごとに異なるルールを体感的に学んでもらわなければなりませんでした。ましてやゲームをクリアしてもらうには何百時間もの間、熱中してもらわなければならないのです。こうした過酷な条件下において日本のゲームは精緻に発展していったのです。

 まとめると、その発生と拡散において、アメリカでコンピュータといえばパソコンであり、多少操作が面倒でもマニュアルを読みながら対応してもらえる大人が対象のメディアであるのに対して、日本においてコンピュータといえば簡単なデバイスを備えたゲーム機であり、多少でも不満があればすぐに投げ出してしまう子供が対象のメディアとなったのです。

 こういったコンピュータに対しての基本的な姿勢は、ソーシャルメディアにも反映されており、Facebook やeBay は大人が使うことを前提としており、多少の面倒はユーザーの前向きな対処で行ってもらおうという思想のもとに提供されているのに対して、ミクシィやヤフーオークションは、たとえ大人であっても、ゲームという「高度にお膳立てされた環境」に慣れてしまった世代を対象にサービスを追求していった結果、非常に丁寧な作りとなっていったのです。

 日本において新しいメディアを一般に普及させるためにはゲームという入口が必須といってもよい状況です。もちろんソーシャルメディアも、このゲーム主流の延長線上にあります。グリーをはじめ、日本のSNS会社がソーシャルメディアにゲームを乗っけたがるのはこうした背景があるのです。

ゲームの強い影響が見られる携帯電話のUI

 ソーシャルメディアにおいて携帯電話は必須となっています。そこでまずは日本の携帯電話端末を、UIとそれに伴うコンテンツという視点で考えてみましょう。

 携帯電話が「電話をする」以外の役割を持ち始め、いわゆる高機能携帯電話となったときからすでにゲームの影響下にありました。

 ハードウェアのUIという視点で見れば、十字キーによる上下左右の移動による選択と、Aボタン決定・Bボタンキャンセル、という操作デバイスはファミコンの仕様そのものです。ただゲームニクスの観点からいうと、「直感的な操作性」や「マニュアルいらず」といった「快適さ」までは導入できてはいません。これはハードウェアのみ真似ているだけで、ソフトウェアによる快適さの追求をまったく行っていないためです。

 また、真似たはずのそのハードウェアにも2つの大きな欠陥がありました。

 ひとつ目は薄くするという追求のみを優先して、手触り感としての指の感覚を大切にしていない点です。ファミコンの十字キーは右に入力しているときは左側が盛り上がりますし、上に入力しているときは下側が盛り上がりますから、指の腹の感覚のみで入力している方向が確実にわかります。しかし携帯電話の十字入力はフラットな形状なので、いちいち操作盤を見ないとわかりません。A・Bボタンも同じで指の感覚だけではわかりません。

 携帯電話も以前は多様な操作性を持ったものがありました。ソニー・エリクソン携帯のジョグダイヤル方式や、三菱携帯のくるくる回転させてメニューを選択するスピードセレクタなどです。私はこれら二機種の方がハードウェアとしての操作性は優秀であると思っていました。

 理由は、選択・決定・キャンセルが片手の指の感覚のみで操作できるので、手元を見ずに画面に集中できるからです。スピードセレクタはiPod の入力方法と同じ形式といってもよいでしょう。ただしハードウェアの回転による処理ではなく、ハードウェアはフラットな形状にして、指の動きをソフトウェアによる処理で対応することでより洗練された端末としている点はさすがにアップルといえますし、このことは薄くすることと指の手触り感を両立することは可能であることを証明しています。

 ではなぜ操作性に優れていたソニー・エリクソンや三菱の携帯はダメだったのでしょうか。それは携帯電話向けゲーム市場の拡大と大きな関係があります。携帯電話向けゲームソフトの操作がファミコンの十字キーとA・Bボタンという操作性に準じていた(ようするにファミコンから発生したゲームデザインをそのまま持ち込んだ)ために、ソニー・エリクソンや三菱の携帯では遊びづらかったことが最大の原因でした。

携帯のUIに合わせてゲームデザインも進化

 しかしここで2つ目の欠陥が浮き彫りになります。ファミコンが両手で持って操作するのに対して、携帯電話は片手で操作する点です。左手親指で十字キー操作、右手親指でA・Bボタンプッシュというのがファミコンですが、携帯電話は片手の親指だけで十字キーとA・Bボタン(実は複数のボタン)を押すことになります。これでは手元を見ることなくゲーム画面に集中することはできません。手で持っていることすら忘れてしまうほどゲーム画面に集中できるという、ファミコンが持っていたコントローラーの優秀なUIを携帯電話は当初から持ち合わせていなかったのです。

 グリーが携帯電話ゲームで急激に伸び出したのもこの欠点に気がついたときでした。グリー躍進の突破口となったヒットゲーム「釣り☆スタ」は、片手親指によるワンボタンプッシュのタイミングのみで遊べるようになっています。ようするに現在の携帯電話において手元を見ないで画面に集中できる操作方法は、固定されたひとつのボタンを押すことしかないのです。であればそれをゲームデザインに落とすには、そのボタンの操作タイミングのみで遊べるようにするしかありません。「釣り☆スタ」はまさにその方法論で作られています。

 このように端末が持っているUIはゲームそのものの在り方を変えるものなのです。こうして携帯端末におけるUIの特徴に気がついたグリーはその後、「探検ドリランド」など〝いかに決定ボタンのワンプッシュタイミングのみで遊ばせるか〞という方向性を追求して、一気にユーザーの拡大に成功しました。そしてこれはまた、ソーシャルゲームのゲームデザインそのものが変わった瞬間でした。

 このようにハードウェアとソフトウェアの連携はとても重要なのです。

携帯の使いにくさはゲームニクスの配慮がないから

 いままではガジェット端末であるハードウェアに関してのUIの話でしたが、今度はソフトウェア、いわゆるゲームニクスの話です。ゲームニクス(GAME-NICS/ ゲームのエレクトロニクス/ ゲームを作る上での技術という意味の造語)とは本来、飽きっぽく集中力がない子供に対して、思わず夢中にさせるアプリケーションをデザインするための方法論のことで、大きく以下の4点がその基本となっています。

○ 使いやすさを追求した直感的なユーザーインターフェース
○ マニュアル無しでも最初から何をすればいいのか迷わないようにする仕組み
○ はまる演出と段階的な学習効果でおもわず夢中になってしまう工夫
○ 現実であるリアルと虚構であるバーチャルをいかにリンクさせていくか

 ゲームニクス理論とはこの4点を基本理念として、ゲーム業界が長年かけて精緻に積み上げてきたノウハウを体系化したものです。

 先に携帯電話はゲームのハードウェアのみを真似ているだけで、ソフトウェアによる快適さの追求をまったく行っていないと言いましたが、以下にその例を挙げてみます。

 操作入力の形態としては、ゲームの要素である十字キー選択と、Aボタン決定・Bボタンキャンセルが導入されています。しかし、A・Bボタンそれぞれの〝ボタンの役割を固定〞して、Aで決定してひとつ下の階層に入り、Bでキャンセルしてひとつ上の階層に戻るという、ゲームニクスとしての約束事をまったく守っていません。決定は中央ボタンで固定されてはいますが、Bキャンセルが、CLRボタンであったり、PWRボタンであったり、iモードの場合は十字キー左ボタンであったりとバラバラです。

 ゲームニクスには、
(1) 決定とキャンセルの感覚的統一の固定
(2) (1)を踏襲した階層型ツリー構造とメニュー構成の徹底

 という項目があり、「ボタンの役割を固定する」ことを、とても重要視しています。

 そうしないと任意の階層場所に的確に戻すことができないからです。ここがしっかり固定されていると〝ボタンの信頼度が高く〞なります。ボタンの信頼度が高いと、「このボタンを押せばこうなる」という操作の見通しを立てることができますし、操作に迷ったときでも「このボタンを押せば自分が理解できる階層に的確に戻れるから大丈夫」という安心感を抱けます。こうすることで、

(1)新しい機能に対して挑戦するモチベーションが高まる
(2)自然に操作を覚えてもらうための基本的な心情を形成する

 ことが可能になります。

 逆にボタンの信頼度が低いと、ユーザーは操作に混乱しがちになり、操作の見通しが立てられません。そして一度操作に迷うと不安な気持ちになり、しばしばお手上げ状態となります。結果として慣れ親しんだ操作しかしなくなり、当面使わない機能は結局最後まで使わなくなります。せっかくの多機能にもかかわらず、使わない機能がたくさんあるというストレスはこうして生まれるのです。

 アップルの場合、パソコン初期におけるマウスの思想からすでにシンプルなワンボタンクリックにこだわっていました。「いかにひとつのクリックと、それに伴う画面との対話形式のみで複雑な操作をさせるか」にこだわってきたわけです。この思想はしっかりとiPhone & iPad にも受け継がれてお_り、「ボタンを少なくすること」「画面との対話で操作を進めていくこと」という基本理念がそのまま継承されていますし、「決定で一階層深くなり、キャンセルで一階層戻る」、そして(両機種ともボタン操作ではありませんが)「その操作ルールは固定されている」という法則も守られています。ここがアップル製品がゲームニクスとして評価できる点であり、スティーブ・ジョブズのこだわりでもあるはずです。
(ただし「戻る」の役割を担うアイコンの表示位置がバラバラであったり、アイコンの形が変わったりして統一感がとれているとはいいにくく、ゲームニクスとしてはまだまだ改良の余地はあります)

デジタル感を減らすことにこだわったDS、W i i 、そしてi P h o n e

 iPhone を代表とするスマートフォンは、マニアが使うガジェットという範囲を超えて一般女性にも受け入れられているようです。スマートフォンをUIの観点からとらえるならば、「最小限の物理ボタン&スイッチ」「全画面インターフェース」となります。

 ゲームニクスのなかには「デジタル感を極力なくす」という項目があります。たとえば「YES」「NO」ではなく、「そのまますすめますか」「途中ですがやめますか」といった「言葉にも気を使う」であるとか、同じ「決定」という動作でも、軽い気持ちで決定している(電話番号を入力する)ときは「気軽な決定音」、強い気持ちで決定している(全番号を入力して相手に発信する)ときは「力強い決定音」を鳴らす、などです。同じ「ボタンを押す」という行為にも我々はいろいろな感情を込めているわけで、その感情をソフト側で的確にすくい上げて快適な操作感を演出しているのです。

 なぜかというとその前提としての「ボタンを押す」という行為はかなりデジタル的であるからで、そのデジタル感をいかに軽減するかということに作り手はいろいろと気を使っているわけです。

 ニンテンドーDSやWii は、いままでのゲーム機のUIが持っていたデジタル感をいかになくすかという点が大きな開発ポイントでもありました。その打開策として「ペンで操作する」「モーションセンサーでユーザーの動きを検知する」とすることで、「デジタル感覚をなくして、より身体感覚で操作する」という方向性を打ち出したのです。結果としてはゲーム=オタクという概念を破り、シニアの方まで「やってみようか」と思わせることに成功しました。以上のことは世界における両機種の販売数をみれば明らかで、操作性としてのUIがいかに重要であるかを証明しています。

 スマートフォンのように「ボタンではなく指で画面を触って操作する」ということは、「ガジェットデバイスを通して画面内の中のソフトを操作する」という感覚から「画面内のソフトを直接いじれる」という感覚への移行を意味します。そして、このことで機械感が軽減されるとともに「わたしでもなんとかなるかも」という感覚の創出につながり、おしゃれな最先端情報端末として女性にも広く受け入れられる土壌を生み出しているのです。ソーシャルメディアとしていかに魅力的なサービスを提供したとしても、すでに従来の携帯電話が広く使用されているわけですから、スマートフォンの普及には「誰でも使いやすい」というレベルにまでUIを洗練させる必要があります。

電子立国日本が到達できない「操作の心地良さ」

 多様なソーシャルメディアの発達により自分に合ったツールを選択できて、多数の人たちがコミュニケーションできることはとても素晴らしいと思います。このたびの東日本大震災で電話やメールが滞ってしまった際、相互のやり取りにTwitter が役に立ったといいます。ただしその情報にアクセスするUIのハードルが高くては、ITに関する意識が高い人だけの利用に留まり、情報弱者を生んでしまうことになります。

 高機能携帯電話ではまだユーザーがガジェットの仕様に自分を合わせて使っていました。これらを使えない人には機能を簡略化した「かんたん携帯」といった別の端末を用意する始末です。しかしニンテンドーDSやWii のヒット、iPhone の登場などによって、高機能であってもアプリケーション側で入力操作の支援を行い、その敷居を下げることで多くの人たちに利用してもらうことが可能であると証明されました。

 モノ作りの思想の観点でみるとするならば、「高機能携帯電話はハードウェアの機能で全てをコントロールしようとしていた」のに対して、任天堂や_アップルは「ソフトウェアを中心にしてその快適性をいかにハードウェアで実現するか」に重点を置いているといえます。ゲームニクスでいえば「気持ちの良い手触り感」へのこだわりです。

 こういった気持ちの良い手触り感は仕様書に書けるようなものではありません。ソフトウェアのプログラムコントロールだけでも、ハードウェアの性能だけでも実現は不可能で、製品を組み上げながら、両方が歩み寄るようにして作り込んでいかないと実現できないからです。

 ハード、ソフト双方が共有する肌感覚を持ちながら同じゴールを目指して協力していく。そして充実したアプリケーションをユーザーに提供していく。現在それができているのは「アップル」と「任天堂」だけです。

 日本は本来、繊細なセンスを持ち合わせており、ユーザーに対してモノを提供する場合のおもてなし感覚の意識は非常に高いはずです。任天堂のゲームにおける成功の鍵もそこにあります。ところが80年代以降、電子立国日本としてハードウェアテクノロジー先行で成功してきたため、いまだにその成功体験から抜け出せていません。

 私も家電メーカーとゲームニクスプロジェクトを進めていくとその課題にいつも大きくぶつかります。そこでよくよく探っていくことでわかってきたのですが、ハードウェアビジネスが長年続いてきたために経営者にソフトウェアビジネスの肌感覚がなく、ソフトというだけで予算設定やスケジュール管理がイメージできないため、無意識に避けている傾向があるようです。

 またハードウェアのテクノロジーで先手を打ち、その特許でビジネスをするというアメリカスタイルのビジネスが身に染みついている傾向があります。ところがソフトウェアで特許ビジネスをするのはハードウェアよりも簡単ではありません。そのあたりもビジネスとして敬遠する理由のようです。

 たしかにUIという観点で、アプリケーションとしての特許を取ることは難しいようです。しかしアップルもUI自体の特許ビジネスはしていません。そのためマイクロソフトはMac のUIを真似て、MS-DOS からWindows を創り出しましたし、Android を代表とするスマートフォンもiPhone のUIを真似ています。しかしどちらも後発で研究をする時間があるにもかかわらず、これまで本家を超えることはできていません。その見た目のみを真似てみても、その快適さの再現には至っていないのです。

 そもそもUIの操作性は本来特許の対象とすべきものではありません。ソニーのジョグダイヤル方式も特許として押さえたことによって衰退してしまったのです。アップルも任天堂も特許というアプローチではなく、ビジネスモデルそのものをクローズドにすることで他社との差別化を図っています。

真のソーシャルメディアを作れるのは日本人だけ

 先進的で便利かつソーシャルメディアであっても、それを多数の方々に使ってもらうためには、そのUIがいかに重要であるかがおわかりいただけたでしょうか。

 ソーシャルメディアとともに現在話題となっている電子出版なども、同じ課題を抱えているといってもよいでしょう。かつてマルチメディアとして話題になりましたが、ユーザビリティーがまったく考えられておらず、単なる機能の押し付けとなってしまったため、一般に受け入れられることなく消滅していきました。いままたその轍を踏む愚行だけは避けたいものです。

 マニュアルを参照しないでも誰でも簡単に複雑な操作ができて、子供から高齢者まで誰でも高度な情報にアクセスできるようになること。これができて初めて、ソーシャルメディアはみんなのコミュニケーションツールとなります。そしてそれができるのは繊細なおもてなし感覚を持ち、かつ精緻で高度なIT端末を開発できる日本人であると私は確信しています。

※『IT批評 2号 特集:ソーシャルメディアの銀河系』(2011年5月刊行)よりサイトウ・アキヒロさんの「アップルと任天堂のUI思想」を転載
『IT批評』
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