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映画界の震災復興支援はその後、どうなったのか? 検証4.被災地からの声

映画界の震災復興支援はその後、どうなったのか? 検証4.被災地からの声

今回は、『シネマトゥデイ』から転載させていただきました。
※すべての画像が表示されない場合は、http://getnews.jp/archives/283259をごらんください。

映画界の震災復興支援はその後、どうなったのか? 検証4.被災地からの声

検証4.被災地からの声

映画界の震災復興支援はその後、どうなったのか? 検証4.被災地からの声

Image.Fukushimaで行われた講演の様子
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://px1img.getnews.jp/img/archives/cinema14.jpg

福島第一原発事故の状況がまだ見えなかった2011年5月、福島以後の未来について映画を媒体にして語り合うImage.Fukushima実行委員会*1が発足した。実行委員長を務めるのは映画批評家で福島県郡山出身の三浦哲哉氏。第1回は2011年8月9日~14日、フォーラム福島で開催され、鎌仲ひとみ監督のドキュメンタリー『ヒバクシャ 世界の終わりに*2』や土本典昭*3監督『原発切抜帖』などが上映された。6日間の観客動員は約600人。

*1:『Image.Fukushima(イメージ福島)』サイト
http://image-fukushima.com/about/

*2:「ヒバクシャ 世界の終わりに」 『シネマトゥデイ』
http://www.cinematoday.jp/movie/T0001922

*3:「「土本典昭」の映画関連情報」 『シネマトゥデイ』
http://www.cinematoday.jp/name/土本典昭

だが中には「外から来た人にああだこうだ言われたくない」「こういう企画をしてくれるのはありがたいけど、君たち若者はなぜもっと怒らないのか」「こういうイベントは福島第一原子力発電所の電気を使っている東京でこそ開催してほしい」という厳しい声もあったという。

 それでもその後も、事務局のある東京、金沢でも開催して回を重ね、2013年1月26日にはVol.8をフォーラム福島で、同3月2~8日にはVol.9を東京・オーディトリウム渋谷*4で開催する。東京事務局長の渡辺祐一さんは「日を重ねるうち、回を重ねるうちに常連さんが増えてきました。今では福島の上映に東京から、あるいは福島から東京の上映会に参加してくださるお客さんもいます。ここでの出会いがまた別の企画や活動につながっていくことも。それは動員数の多寡とは違う手応えです」と語る。

*4:『オーディトリウム渋谷』サイト
http://a-shibuya.jp/

運営資金は入場料収入と賛助金で成り立っており、「主催している自分たちの身の丈に合った範囲でプロジェクトを運営し、活動を継続していくこと自体にやりがいや意識を感じています」。渡辺さんは、震災から学んだことの中で大切なことが、この「身の丈に合った」「持続可能な」という考え方だという。

映画界の震災復興支援はその後、どうなったのか? 検証4.被災地からの声

映画『希望の国』より-(C) The Land of Hope Film Partners
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http://px1img.getnews.jp/img/archives/cinema15.jpg

2012年10月5~7日には、三陸映画祭in気仙沼*5が開催された。震災後に被災地で大規模な映画祭が開催されたのは初めて。園子温*6監督『希望の国*7』のジャパンプレミアも行われ、観客動員数は述べ約8,400人。実行委員の藤光佳考さんは「開催で苦労したことは多々あるのですが、やはり資金難で結局は赤字です。準備期間も足りず、また地元ではいろいろな仕事やイベントで忙しすぎて、正直一枚岩になりきれていなかったですね」と反省しきりといった面持ちだ。

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