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石巻トリビア18連発(伊達政宗からタラコ・お菓子まで)

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今回は『石巻百景』さんからご寄稿いただきました。
※すべての画像が表示されない場合は、http://getnews.jp/archives/274581 をごらんください。

石巻トリビア18連発(伊達政宗からタラコ・お菓子まで)

石巻にまつわる、ちょっとしたトリビア(雑学)を集めてみました。
食べ物ネタが多いです。管理人が食いしん坊のせいでもありますが、石巻は、海の幸に限らず、食品の生産や加工が、盛んな街なんです。

1.伊達政宗は、石巻の日和山に城を作りたかった。

伊達政宗は、仙台を城下町とし、青葉城を築きましたが、当初は石巻も有力な候補地でした。
本当は、水運の拠点となる石巻に築城したかったのだけど、徳川家康に警戒されて実現しなかった・・・という説もあります。

写真: (左)仙台・青葉城址にある伊達政宗像、(右)石巻の、北上川の河口近くにある日和山。
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http://gdgdtrip.jp/files/2012/11/001.jpg

2.金華山に3年続けてお参りすると、一生お金に困らない。

牡鹿半島の沖合いにある離島・金華山の、黄金山神社。
震災後は、定期船の運休が続いていますが、チャーター船を使って参拝を続ける人もいます。
「今年が3年めだから」と、遠方から訪ねてくる人も、珍しくありません。 →詳細*1

*1 : 「おすすめ見学ルート(3)県道2号~鮎川港~金華山」 10月6日 『石巻百景』
http://ishinomaki-photo.blogspot.jp/2012/10/blog-post_6.html#04

写真: (左)金華山黄金山神社の山門。(右)拝殿の鈴の緒には、5円玉や50円玉が結び付けられている。
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3.石巻名物のかまぼこは、昔は黒ずんだ色をしていた。

石巻でかまぼこの製造が始められたのは、明治30年前後。東京方面にも出荷されていました。
今でこそ、石巻地方のかまぼこは、味も品質もハイレベルですが、当初は黒ずんでいて、味も良いとは言えず、「小田原の上物とは全くの別物」と評されていました。
→石巻のかまぼこランキング*2

*2 : 「石巻かまぼこ人気ランキング!! 全国各地の71名が20種を食べ比べ」 2012年8月10日 『石巻百景』

写真: 東北各地のスーパーに笹かまを出荷している石巻・高重商店の工場
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4.「カステラかまぼこ」という、独特な甘い風味のカマボコがある。

魚のすり身に卵を加えて、カステラ風にしたかまぼこは、宮城県の沿岸部ならではの味。
独特の強い甘みがあり、初めて食べて「カルチャーショックを受けた」と言う人も・・・。
地元ではお茶うけになります。おせちやお祝いごとの際にも使われます。

写真: 粟野蒲鉾店のカステラかまぼこ ※食べてみた人の感想はこちら*3
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*3 : 「カステラかまぼこ3種の食べ比べ」 『石巻百景』
http://ishinomaki-photo.blogspot.jp/p/blog-page_10.html#05

5.タラコの生産量が日本一だった。

石巻といえば、かまぼこが有名ですが、タラコの生産地としても国内屈指。どちらも、原料がスケソウダラという点が共通です。
博多名物の明太子も、実は石巻産のものが少なくありません。
津波のダメージが大きかったものの、次第に復活してきています。

写真:石巻のタラコ・明太子といえば・・湊水産 マルイチ*4
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*4 : 「海の幸マルイチたかはし」『楽天市場』
http://www.rakuten.co.jp/maruichi-takahashi/

6.馬っこ山の眺めの良さは、地元の人の草刈りのおかげ。

石巻の隠れた絶景スポットである馬っこ山(トヤケ森山)。
クルマで登ることができ、頂上付近は草地になっていて、ほぼ360度の眺望が楽しめます。
ふもとの農家の方々が、年に2回、頂上周辺の草刈りをしているそうです。
→馬っこ山の詳細*5 →地図*6

*5 : 「馬っこ山(トヤケ森山)」 2012年9月18日 『石巻百景』
http://ishinomaki-photo.blogspot.jp/2012/09/blog-post_18.html

*6 : 「トヤケ森山(馬っこ山)」『Google map』
https://maps.google.co.jp/maps/ms?msid=217011080172659176573.0004bea26c05f5c164077&msa=0&ll=38.459067,141.316152&spn=0.028732,0.066047

写真: 馬っこ山の頂上で、お菓子を食べながら休憩する農家の人
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http://gdgdtrip.jp/files/2012/11/09-DSC_0048.jpg

7.石巻焼きそばは、基本的には「おうちごはん」だった。

麺そのものが茶色いのが特徴の、石巻地方の焼きそば。
B級グルメブームに乗って「石巻焼きそば」と名のり、売り出す飲食店が急増しましたが、もともとは、家庭で食べるのがメインの地味なもの。
給食のメニューにもありました。

写真: 日和山のさとう売店では、昔ながらの味の焼きそばを楽しめます。住吉町の食堂パレスもおすすめ。
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8.ラーメンを食べたあとで、ソフトクリームを注文するのが定番だった。

「それって中華楼だけでは」というツッコミが入りそうですが、中華楼、やはり石巻を代表するラーメンの名店でしたから…震災で閉店したのは本当に残念です。
サバだしのすっきりしたラーメンとソフトクリーム、不思議なくらい相性が良かったんですよね…。

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9.お菓子屋さんと中華料理屋さんの密度が高い。

石巻市内には、菓子店が50軒以上と、けっこうたくさんあります。
本格中華の店も、揚子江、北京大飯店、北園、長寿飯店、温州菜館 ・・・等々、20軒ほどあります。
要するに、甘いものと脂っこいものが好きな人が、多い街なんですね。

写真: (右)石巻のお菓子といえば「揚げまんじゅう」。(左)中華料理の揚子江は、海鮮をふんだんに使っているのが特徴。
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10.「がんづき」は、ういろうタイプ、蒸しパンタイプ、そしてモサガンの3種ある。

がんづきは、宮城県や岩手県で食べられているお菓子ですが、「ういろうタイプ」と「蒸しパンタイプ」は、別物といっても良いくらいに、見た目も食感も違います。
石巻地方では、蒸しパンタイプは「モサパン」と呼ぶ人が、多いようです。
道の駅・上品の郷で売られている「モサガン」は、蒸しパンタイプに近いのですが、*7 自然薯入りでもっちり度が強く、独特のものです。

*7 : 「上品の郷の名物「モサガン」と相性抜群! 黒糖アイスのレシピ」『石巻百景』
http://ishinomaki-photo.blogspot.jp/p/blog-page_8288.html

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11.女子高生を「大根足」にしてしまう坂道がある。

日和山にある「だいこん坂」は、市立女子高への通学路。
急な坂道を日々歩くうちに、女子高生が大根足になることから、坂道の名が付いたと言われています。
以下の写真のように、高校に入る前から、足腰を鍛えている子供もいるわけですが…。

(左)山城坂は一方通行。(中)屈指の急坂・梅ヶ丘坂。(右)毎朝、女子高生が坂を登っていく「だいこん坂」。
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12.スナックの数が、人口比では日本一といわれるほど多い。

北洋漁業が盛んだった時代、石巻の街は、腹巻に札束を差し込んだ漁師が、たくさん歩いていたそうです。
店も映画館も大にぎわい。飲み屋街も、東北屈指の規模でした。
その頃の名残りで、今もスナックがたくさんあり、人口比では日本一という説もあります。

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13.道に落ちている魚を拾って、おかずに使うのが日常だった。

大正から昭和にかけて、北上川の岸に魚市場があった頃の話。
朝、魚を山積みしたトラックが、町の曲がり角で、魚をボタボタっと落としていくんだそうです。
町の人たちは、それを拾って、日々の食事のおかずにしていました。

写真: 魚市場の周辺のカモメたちは、現在も魚を拾って食べており、かなり肉付きがよい。
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14.石巻駅は、1990年まで駅舎が2つあった。

石巻線の「汽車駅」とは別に、仙石線の「電車駅」が、100mほど離れた場所に、独立してありました。
仙石線が、もともとは「宮城電鉄」という私鉄だったためです。現在は、旧・汽車駅を増改築するかたちで、統合されています。

写真: (左)石巻線の駅と、(中)仙石線の駅。(右)石巻線の旧駅舎の左側に、三角屋根を増築した統合駅舎
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15.中瀬は、明治以前には人は住んでいなかった。

北上川に浮かぶ島「中瀬」に、人が住むようになったのは、明治15年に内海橋が開通して以降のこと。
商店や造船所、劇場が建ち並び、石巻の中心として栄えました。
津波の被害が大きく、今後は、居住禁止の地域に指定されます。

写真: 東西2つの内海橋で、川の両岸とつながっている「中瀬」
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16.石巻は、最初は中央1丁目の範囲だけだった。

伊達藩の水運の拠点として、石巻が栄えはじめたのは、江戸時代の初期のこと。
まず本町(中央1丁目)に家が増えはじめ、次に中町(中央2丁目)、住吉…と広がっていきました。
周辺の町村と合併を繰り返したことで、現在の市域は、東京23区に匹敵する広さとなっています。

写真: (左)現在は、小さな商店が点在している中央1丁目(右)鮮魚店「まるか」には食事コーナーもあり*8 、昼時は賑わう
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*8 : 「石巻の海鮮が数百円で楽しめる、鮮魚店「まるか」の飲食コーナー」 2012年6月29日 『石巻百景』
http://ishinomaki-photo.blogspot.jp/2012/06/blog-post_29.html

17.北上川の河口は、明治時代には歩いて渡れるほど浅かった。

石巻は長年、北上川の河口部を港として利用してきましたが、上流から土砂が流れてくるため、浅くなりやすいのが欠点でした。
特に河口には砂が溜まりやすく、干潮時には、歩いて渡れるほど浅かった時もあるそう。
船の大型化に対応するため、今では、海岸に造られた港が使われています。

写真: 北上川河口の突堤と、赤灯台・白灯台
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18.お正月には「まゆ玉」という飾りを家の中に付ける。

まゆ玉は、東日本の各地で見られる風習ですが、地域によって特色があるようです。
石巻の場合は、年末になると、近郊の農家の人が露店を出して、手作りのまゆ玉を売ります。
柳の枝に、米を原料にした玉を付けたものが主流。カラフルに着色されています。

写真: (左)年末になると、スーパーの前などで、しめ縄などと一緒に売られる「まゆ玉」 (右)モチを丸めて枝に付けたものもある。
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執筆: この記事は『石巻百景』さんからご寄稿いただきました。

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