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人権救済法案を巡る議論が混迷する本当の理由とは?

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29日、与党・民主党の法務部門会議は党内に根強い反対のあった人権救済機関設置法案を座長の小川敏夫前法相に一任する決定を下し、近く閣議決定を経て法案が国会に提出されることが確実視されています。この法案は元々、2002年に当時の小泉内閣が提出し2003年の衆議院解散に伴い廃案となった人権擁護法案と同様に法務省・人権擁護推進審議会が答申した3点の報告書をベースにしたものですが、旧人権擁護法案の提出時から与野党において強い反対が続いています。そして、旧人権擁護法案と近く国会に提出されるであろう人権救済機関設置法案を比較した場合、それぞれの法案に対する反対理由は時期と共に変遷してきたのに対して法務省が主導する本質部分はほとんど変わっていないのが見えて来ます。

 

「メディア規制三法」の一つだった旧人権擁護法案

第154国会に提出された人権擁護法案(http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g15405056.htm[リンク])では、第42条4項における以下の規定が「報道の自由を侵害する」として特に強い反発を招きました。

第四十二条 人 権委員会は、次に掲げる人権侵害については、前条第一項に規定する措置のほか、次款から第四款までの定めるところにより、必要な措置を講ずることができる。
(中略)
四 放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関又は報道機関の報道若しくはその取材の業務に従事する者(次項において「報道機関等」という。)がする次に掲げる人権侵害
イ 特定の者を次に掲げる者であるとして報道するに当たり、その者の私生活に関する事実をみだりに報道し、その者の名誉又は生活の平穏を著しく害すること。
(1) 犯罪行為(刑罰法令に触れる行為をいう。以下この号において同じ。)により被害を受けた者
(2) 犯罪行為を行った少年
(3) 犯罪行為により被害を受けた者又は犯罪行為を行った者の配偶者、直系若しくは同居の親族又は兄弟姉妹
ロ 特定の者をイに掲げる者であるとして取材するに当たり、その者が取材を拒んでいるにもかかわらず、その者に対し、次のいずれかに該当する行為を継続的に又は反復して行い、その者の生活の平穏を著しく害すること。
(1) つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の付近において見張りをし、又はこれらの場所に押し掛けること。
(2) 電話をかけ、又はファクシミリ装置を用いて送信すること。

これらの規定は罪被害者に対して多数の報道機関が一斉に押しかける「メディアスクラム」を想定したものだと説明されていましたが、法案の提出時から政治家や官僚がスキャンダルに対する防衛策としてこのような条項を入れたのではないかと疑われ、個人情報保護法(一度廃案後、2003年に修正案が成立)・青少年有害社会環境対策基本法(提出に至らず、2004年に「青少年健全育成基本法案」として参議院に提出され廃案)と共に「メディア規制三法」と総称され新聞・放送媒体でも連日のように反対運動が展開され、2003年11月の衆議院解散に伴い廃案となりました。

 

「人権侵害」の定義を巡る紛糾と放棄された「委員会の独立性」

その後、自民党内では古賀誠幹事長(当時)を中心に法案の再提出を目指す動きが活発化し、廃案前に批判の対象となったマスメディア条項に関しては“凍結”扱いにしてマスメディアの姿勢によっては凍結を解除するという案が有力視されていましたが、今度は自民党内から全く別の理由で強い反対論が噴出します。それはマスメディア条項以前に、もっと根本的な部分を問うもので「『人権侵害』の定義が曖昧で、人権委員会の胸先三寸で何でも『人権侵害』扱いされかねない」というものでした。合わせて、現在は日本国籍を要件とする各地域の人権擁護委員の国籍要件を撤廃して外国籍の人権委員を任命可能とする点についても強い反対があり、連立与党の公明党が何度も法案提出を働きかけたのに対して自民党の党内手続きは頓挫したまま、2009年に政権交代を迎えます。

 

2005年に当時は野党だった民主党より提出された案は「人権侵害による被害の救済及び予防等に関する法律案」(http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g16201033.htm[リンク])の名称で自公案と比較した場合、新設される人権委員会を法務省の外局、つまり国家行政組織法第3条における“三条委員会”としてではなく、同法第8条に基づき公正取引委員会と同様に内閣府の直下に置く独立性の高い“八条委員会”としている点に大きな違いがありました。これは人権委員会が本来、国内人権機構の地位に関する原則(パリ原則)に基づき公務員の人権侵害に対処する機関として設置が求められている性質を考えれば当然であり、法務省の外局とした場合は特に人権侵害が起こりやすい場と目されている検察庁や入国管理局などの“身内”に対して手心を加える懸念が当初から指摘されていたことを考えれば理に叶っている案と言えました。ただし、旧人権侵害済法案に対しても自公案と同様に曖昧な一般人権侵害規定が存在することや、前述の人権委員の国籍要件撤廃で「逆差別」を喚起することに対する歯止めが設けられていないなどの批判が為されています。

 

2009年の政権交代後、民主党政権下における検討ではメディア規制条項こそ無いにせよ野党時代に提出した旧人権侵害済法案よりも自公案、つまり旧人権擁護法案に歩み寄った内容の法案へと変質して行きました。特に決定的だったのは人権委員会を八条委員会でなく三条委員会、つまり法務省の外局として設置することを容認した点であり、この点だけを取っても国会に勝者は無く法務官僚の“一人勝ち”と言える内容となってしまいました。自民党内でそうだったように、民主党内でも強い反対があったにも関わらず、法案提出を急ぐ背景には民主党の支持基盤の一つである人権団体に対するアピールがあるのではないかとも見られています。

 

「身内に甘い」三条委員会形式にこだわる法務省

人権擁護法案にしろ人権侵害救済法案、そして近く閣議決定される人権救済機関設置法案にしろ反対運動に目立つのは政党や人権団体の支援を受けていると目されている議員に対する批判ばかりですが、そもそも人権を擁護・尊重すべきであるという原則に関しては大きな異論は存在しないはずです。では、その手段を巡ってここまで議論が紛糾する原因はどこにあるのでしょう?

 

単刀直入に言えば、最初の人権擁護法案から現在まで一貫している法務省の態度こそが原因と言えます。前述した通り、パリ原則は「公務員による人権侵害に対処する機関」の設置を求めているのであって、一般市民の言論・表現活動を定義が曖昧な「一般人権救済」の名において取り締まるのはその目的を全く逸脱した行為です。人権委員会の独立性が求められるのは警察や検察、入国管理局など公務員による人権侵害が起こりやすい組織に対抗する存在であることが求められる性質上、当然の要請であり自らの手元に置くことで“身内”の人権侵害に対して無力な存在に留めたい余り三条委員会形式にこだわり続ける法務省の姿勢はもっと非難されて然るべきでしょう。併せて、野党時代に提出した対案の肝だった八条委員会形式をあっさり放棄して法務官僚に白旗を掲げた現政権の対応は“破廉恥”と評されても仕方が無いと言えます。

 

参議院では野党による総理大臣問責決議が可決されており、現状で法案が成立する可能性は皆無に等しい状態ですが今一度、本当の意味での「人権の擁護・尊重」に立ち返る意味でも定義が曖昧な「一般人権救済」は全て白紙撤回し、新設される人権委員会はパリ原則で求められている「公務員の人権侵害に対処する機関」としての性格を確かなものとする為に三条委員会でなく八条委員会として設置するという二点を紛糾する議論の再出発点とすべきではないでしょうか。

 

画像:法務省「Q&A(新たな人権救済機関の設置について)」

http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken03_00041.html

※この記事はガジェ通ウェブライターの「84oca」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?

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