狂言師の裁縫道具

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狂言師の必須アイテム『糸針(いとはり)』

突然ですが、針山の中身って何か知ってますか? 綿? 多分正解。今市販されている物の多くは、おそらく綿だと思います。でも実は昔は、中身に人間の髪の毛を使ってたんです!

我々狂言師には、歌舞伎のように衣装専属の人間はおりません。よって、着付の際に留める必要があったり、小道具の細部を固定する必要があったり、という時には役者が裁縫道具を使います。そしてその裁縫セットは通称『糸針(いとはり)』と言われていて、各々が自作します。

私も、入門時に作った物を10年以上愛用していたのですが、この度見事に紛失してしまいました……。どこのホールや能楽堂に電話しても見つからないので、諦めて一から作ることにしました。

『糸針』の作り方

その一 材料集め
まずは中に入れる髪の毛の収集。実はこれが一番の難関だったりします。だってこのご時世、
「そこそこの長さの、きれいな黒い髪の毛ください!」
なんて美容院でいきなり言ったら通報されかねないですからね。
幸いここ数か月は同じ美容院に通っていたので、事情を詳しく説明してなんとか入手。

そして通販で好みの柄の和財布を買って、帯揚げを買って、前回の余りの真綿を引っ張り出してきて、針も買って、糸のストックも出してきて、これで材料はそろいました!

その二 山を作る
まずは綿をうすーく慎重に広げます。そこに髪の毛を適量乗せてくるみます。髪の毛を使うのは針を錆びさせないためで、綿の針山は油でも注していない限り、使わずに放置しておくと針が錆びます。さらに、昔の人は毎日風呂に入らなかった、椿油などを使っていた、というようなことから、針山の中身にするのに大変都合がよかったと言います。また、出産前や入院前に髪を切って針山を作り、それが形見となる場合もあったとか。
とりあえず今回は髪の毛そのままだとピョンピョン飛び出して整形もしづらいので、軽く綿で包んでおきます。

次はこれをさらにお好みの布でくるみます。本当はちりめんの端切れが欲しかったのですが、何軒かまわってよい物がなかったので正絹の帯揚げで代用。これを適当な大きさに切って、財布の大きさに合わせて何重かにくるみます。これも巻き過ぎては針の通りが悪くなるし、巻く回数が少なくても耐久性が低くなります。

その三 財布に山を縫い付ける
“その二”で作った山を、財布にガシガシ縫い付けていきます。ちなみにこの針山の台は、必ずしも和財布でないといけない、というわけではなく、これも各々の好みによります。しかしサイズ的には財布程度の物を使っている人が多いようです。
やはり財布はなかなか針が通りにくいうえ、特に底辺部分は財布の中に手を入れて縫わねばならず、かなり苦労します。そして四方を縫い付けて完成!

その四 針をセットする
糸も特殊な縒(よ)り方をしています。ふとん針という太い針に、穴糸という縒りのかかった太めの糸を通し、それを二重にしてさらに縒ります。そうすることで、分厚い装束や小道具の固定にも耐えられる糸が出来上がるわけです。大体、白・黒・赤の三色ぐらいあれば事足ります。
これでやっと『糸針』の完成!!

何分不器用な私としては、今回もかなり苦労したので、もう二度となくさないようにしようと固く心に誓ったのでした。

※役者、家、流派などによって変わる部分は多々あります。

※この記事はガジェ通ウェブライターの「増田浩紀」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?

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