『ブランカとギター弾き』 長谷井宏紀監督インタビュー

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ヴェネツィア国際映画祭をはじめ、各国の映画祭で数々の賞を受賞した映画『ブランカとギター弾き』が、7月29日に全国公開される。ストリートで暮らす主人公の少女ブランカは、“お母さんをお金で買う”ことを思いつき、お金を稼ぐために盲目のギター弾きと共に旅に出る…。

フィリピンのスラムを舞台にしたイタリア映画だが、実はメガフォンを執ったのは日本人。巨匠エミール・クストリッツァに認められ、世界を旅しながら写真家として活動してきた長谷井宏紀の初の長編作品だ。ここでは日本公開を前に、監督自らに制作の舞台裏や作品に込めた思いを語ってもらった。ブランカが歌う、監督が作詞したという劇中歌「ホーム」は必聴だ。

ー『ブランカとギター弾き』はイタリアのヴェネツィア・ビエンナーレとヴェネツィア国際映画祭、シネマカレッジから出資を受けて、フィリピンで撮影されたそうですね。なぜフィリピンのスラムを舞台に映画を撮ろうと考えたのですか?

長谷井宏紀「28歳くらいのときに、現地のゴミの山で暮らす子どもたちと『いつか映画を撮りたいね』と約束した自分がいたからです。今は42歳なので、とても長い約束になってしまいました」

ーでも、ちゃんと約束を守ったわけですね。

長谷井「約束を守ることが僕のモチベーションになっていましたから。33歳くらいのときにセルビアに移り住むまでは、毎年クリスマスの時期にフィリピンに通っていました」

ー最初はなぜフィリピンに行くことになったのですか?

長谷井「友人の写真を見て、行ってみたいなと思ったのがきっかけです。それでスモーキーマウンテンと言われる場所に行って、だんだん友だちができていったんです」

ー当時、映画を作ると約束した子どもたちは、今はどうしているんですか?

長谷井「すっかり大人になりました。結婚して子どもが3人もできちゃったりして(笑)。本作にも2人くらいは脇役で出演してくれています。あとはみんなバラバラになって、居場所がわからなくなってしまったんです。とにかく彼らと約束したことと、あとはフィリピンの子どもたちと映画を作ってみたいという想いがずっとあったことが、この作品につながりました」

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ーとてもシンプルなストーリーの中で、エネルギーに満ちた役者たちが輝いていました。このストーリーは長い間温めていたものなのですか?

長谷井「内容は全然違うのですが、ずっとドイツのプロデューサー(カール・バウハウトナー)と動かしていた別の企画があったんです。でも、途中で彼が他界してしまって。それで帰国して日本の仕事をし始めたときに、イタリアのプロデューサー(フラミニオ・ザドラ)から『企画を出してみない?』と言われました。そこでこのストーリーを考えて送ったら通ったんです」

ーギター弾きのピーター役のピーター・ミラリさんともストリートで出会ったそうですが、脚本は彼をイメージして書いたのですか?

長谷井「そうです。自分が知っているピーターを考えながら書いたら、本当に彼の人生とシンクロしてしまったんですよ。ピーターから『この話、知ってる!』と言われたのですが、彼も11歳の女の子とクラブで歌っていた時期があるそうなんです。その子は日本の大阪に住む方の養子になって、フィリピンを去っていったそうです。本を書いていると、本当の人生とリンクすることが多々あると思います」

ーブランカ役のサイデル・ガブデロさんも素晴らしかったです。目に強い力があって、小さな体からとてつもないエネルギーを発しているように感じました。

長谷井「僕がパリで脚本を書いていたときに、イタリアのプロデューサーから彼女が歌っているYouTubeのリンクが送られてきたんです。動画を観たら、自分が書いているキャラクターとすごく近くて、彼女で撮ろうと決めました。でもフィリピン入りしたら、彼女はすごく遠い島に住んでいるから諦めるように言われてしまって。絶対に無理だと言われたのですが、どうしても彼女にアプローチしてほしいと再度お願いたんです。そうしたら、たまたまマニラの事務所の近くに来ていて(笑)。すぐにお父さんと一緒に来てくれました」

ー最初に会ったときの印象は?

長谷井「ブランカは歌う役なので、まずは歌ってもらったんです。僕のインスタグラムにそのときの映像が残っているんですけど、彼女の歌がとにかくすごかったので、『これから演技のワークショップが10日間くらいあるんだけど、どう?』と話したら、『やりたい』とワークショップに参加してくれたんです」

ー彼女はYouTubeで歌を配信していただけで、プロではなかったのですか?

長谷井「完全に独学で歌って、お父さんが配信していたんです。演技も今回が初めてです」

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ーラストシーンの表情など、思い出しただけでも鳥肌が立ってしまいます。演技未経験の11歳の女の子から、どうやってあのような表情を引き出したのですか?

長谷井「あのシーンは僕も撮りながら鳥肌が立ちました。脚本を書いている時点で、あれが撮れないとこの映画はダメだと思っていたので、本当に撮りたかった映像が撮れてうれしかったです。11歳の女の子にとって、クルーやカメラに囲まれた中での演技は難しいですよね。それで周りのクルーが語りかけたり、踊り出したり、ジョークで和ませたりして、泣き笑いの表情を引き出しました。あれはフィリピンのクルーじゃないと撮れなかったと思います。最高のクルーでした」

ー映画を観ていても、現場の雰囲気の良さが反映されているような気がしました。

長谷井「映画ってそういうものだと思うんです。現場で生まれるものがスクリーンから出てくることははっきりしていて、『そこは大事にした方がいいよ』と言われ続けてきました」

ー本作は子どもの目線で展開していくのが印象的でしたが、そういった視点にもこだわったのですか?

長谷井「僕はよく子どもになめられるというか、同レベルの友だちになっちゃうんですよね(笑)。だから、子どものころからあまり変わっていないんだと思います。子どものころに持っていた感覚が今もある。子どもってシンプルに物事を見ているから、こういう作品になるのかもしれません。実は本作は子どもの映画祭などにも呼ばれていて、子ども審査員にグランプリをもらったんですよ」

ー劇中に登場する他の子どもたちもストリートでオーディションをして選んだそうですね。

長谷井「セバスチャン役のジョマル・ビスヨは両親も兄弟もいるのですが、スラムに住んでいます。ラウル役のレイモンド・カマチョは、すごく離れたゴミの山の近くの集落に家族と一緒に住んでいます。子どもたちは全員素人でした」

ー初めて演技をする子どもたちとの仕事で苦労したことは?

長谷井「ないです。唯一あるとしたら、セバスチャンが撮影準備中に、ゴミがたくさん浮かんでいる汚い川で子どもたちが泳いでいるのを見て、『泳ぎたい』って飛び込もうとしたんですが、スタッフが『風邪を引いちゃうからダメ』と止めたらふてくされて、出番なのに現場からいなくなってしまって……。みんなで右往左往してセバスチャンを探しに行ったんです。しばらくしたら帰ってきて、エナジードリンクを『はい』って僕にくれました(笑)。『僕は泳ぎたかったんだ』って。苦労はそれくらいです」

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ー子どもたちは完成した作品を観たんですか?

長谷井「観ました。セバスチャンたちと一緒にスラムの路上で観たんですけど、頭から終わりまですごく盛り上がってくれました」

ー劇中に登場するストリートのオネエさんたちも良かったですね。

長谷井「彼女たちはトランスジェンダークラブでオーディションして決めました。1人はすっぽかされてしまって、撮影当日に新しい人が来たんです。本作のキャストにはそういう人が結構いるんですよ。キャスティングでは路上を歩きまくって、背景に映る人やセリフが少ししかない人もたくさん選びました。それなのに当日になると連絡が取れなかったりして、ほぼ全滅。でもスタッフから、『心配ないよ。当日カメラを置いておけば人が寄って来るから、そこでキャスティングして』と言われて。実際にカメラを置くと見物しに人がたくさん集まって、その中から僕が選んで、その場でセリフを練習してもらいました。ほとんどそんな感じです(笑)」

ー初めての長編映画なのに大変ですね。

長谷井「あと、3人のオネエさんのシーンでは愛について叫んでいるおじさんが出てくるのですが、実はフィリピンの俳優のレジェンドなんです。日本で言うところの浅野忠信さんや渡辺謙さんのような(笑)。撮影をしていたら、あの人がたまたま現場で棒立ちしていて、スタッフたちが『レジェンドがいる!』と驚いてました。レジェンドがいるならセリフを言ってもらおうということになって、予算がないのでギャラはポケットマネーから1万円を払って(笑)。僕が書いたセリフはほとんどシカトされましたけど、言っていることは悪いことじゃなかったからOKです。そんなこともあったし、無茶苦茶なことがいっぱいあったので、とにかく波に乗りまくったという感じです」

ーブランカが映画を見ていると、ピーターが「映画の中のことは全部本当なんだ」というシーンが印象的でした。ピーターさん自身もストリートで演奏して暮らしていたそうですが、演技がすごく良かったですよね。タフな生活を送ってきた彼らに脚本上でインスパイアされたことはありますか?

長谷井「今までたくさん旅をしてきた中で、いろんな言葉が自分の中に入っていて、それがいろいろ出てきたんだと思います。本作にはインプロ(即興)で撮ったシーンもあるんです。その場では彼らが何を言っているのかわからないのですが、大体のフローは聞いておいて、編集室に入った段階でエディターに英訳してもらいました。そしたらすごく良いことを言っていたので、そのまま使ったんです」

ーストリートチルドレンを描いた作品と聞くと、どこか辛いイメージが浮かびますが、本作はとても心温まる映画でした。日本で公開するにあたって、日本の観客にはどのようなことを感じ取ってほしいですか?

長谷井「楽に生きよう、と。(ストリートチルドレンというと)”弱者”とか”貧困”というワードがよく出てきますが、僕は彼らがどれだけ優れていて才能があるのか、どれだけユーモアや人とのつながりを大事にしているかという部分をすごく感じてきました。東京にいると、自分自身も閉ざしてしまう部分はいっぱいあります。でも、いわゆる物がある世界や社会を回していかなければならない日常において、どれだけ人とつながれているかというと、なかなかそうもいかないじゃないですか。皆さん忙しいし、家族の問題、恋人の問題、ペットの問題、仕事の問題……いろいろあるわけで。でも、物に支配されていない人々の暮らしは、人とのつながりや愛がほぼすべてを占めているわけです
もちろん、みんな大変だから欲しているものもいっぱいあるけれど、でも物がない分、人や人とのつながりをとても大事にするんです。それはとても豊かなことだと僕は思います。物を持って、ローンを組んで、あれやこれを買って…とやっているのって、本当に豊かなのかな?と思うところがあって。僕はその中で彼らの温かさにすごく助けられてきました。
だからフィリピンに行くのも、何かプレゼントをあげたいから行くというわけではなくて、行くと自分が助けられるんです。それで自分も文房具を持って行ったりしていました。よくかわいそうとか言いますけど、じゃあ車や家や金があればかわいそうじゃないのか、というのがそもそも疑問です。僕はウルグアイのムヒカ元大統領が好きなのですが、『本当の貧乏は終わりのない欲望を抱えている人だ』とおっしゃっていて、本当にそう思います。そこはこういう映画を通してアプローチしていきたいですし、いろんな人に観てもらって、自分が旅を通して見てきたのはこういうことだったと伝えられたらうれしいです」

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『ブランカとギター弾き』
シネスイッチ銀座他にて7月29日(土)より全国順次公開
監督・脚本:長谷井宏紀 製作:フラミニオ・ザドラ(ファティ・アキン監督『ソウル・キッチン』) 制作:アヴァ・ヤップ 撮影:大西健之 音楽:アスカ・マツミヤ(スパイク・ジョーンズ監督短編『アイム・ヒア』)、フランシス・デヴェラ 
出演:サイデル・ガブテロ / ピーター・ミラリ / ジョマル・ビスヨ / レイモンド・カマチョ
2015年 /イタリア/ タガログ語 / 77分 / カラー / 5.1ch / DCP /
原題:BLANKA / 日本語字幕:ブレインウッズ/ⓒ2015-ALL Rights Reserved Dorje Film 
HP:transformer.co.jp/m/blanka/ 

長谷井宏紀
岡山県出身 映画監督・写真家。セルゲイ・ボドロフ監督『モンゴル』(ドイツ・カザフスタン・ロシア・モンゴル合作・米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)では映画スチール写真を担当し、2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画『GODOG』では、エミール・クストリッツァ監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。
その後活動の拠点を旧ユーゴスラビア、セルビアに移し、ヨーロッパとフィリピンを中心に活動。フランス映画『Alice su pays s‘e’merveille』ではエミール・クストリッツア監督と共演。2012年、短編映画『LUHA SA DISYERTO(砂漠の涙)』(伊・独合作)をオールフィリピンロケにて完成させた。2015年、『ブランカとギター弾き』で長編監督デビューを果たす。現在は、東京を拠点に活動中。

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