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直木賞作家に聞く“作家にとっての「文学賞」”とは? 『僕が殺した人と僕を殺した人』東山彰良さんインタビュー(後編)

直木賞作家に聞く“作家にとっての「文学賞」”とは? 『僕が殺した人と僕を殺した人』東山彰良さんインタビュー(後編)

出版業界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。

第90回目となる今回は、新作『僕が殺した人と僕を殺した人』(文藝春秋刊)が好評の作家・東山彰良さんです。

『僕が殺した人と僕を殺した人』(文藝春秋刊)は1984年の台湾と2015年のアメリカを舞台に、4人の少年たちの運命を描いたミステリーです。

嫉妬と友情、絶望と希望、そしてマイノリティの問題まで。直木賞を受賞した傑作『流』とのつながりも感じさせる本作は、かの名作『スタンド・バイ・ミー』を彷彿とさせるという声もあがる青春小説としても高い評価を得ています。

そんな『僕が殺した人と僕を殺した人』について、著者の東山彰良さんにお話を伺いました。その後編をお伝えします。

(インタビュー・写真/金井元貴)

『ベストセラーズインタビュー』アーカイブはこちらから

■直木賞を受賞すると何が起こる? 作家にとっての文学賞とは

――現代の文学では「越境」という言葉がキーワードの一つになっています。東山さんは台湾国籍を持ちながら日本で日本語を使って小説を書かれていますが、「越境」について意識されることはあるのですか?

東山:全く意識をしていません。実は『流』を書いた後、にわかに僕の作品が「越境文学」として扱われるようになったことがあり、戸惑ったことがあるんです。そこで「越境文学」について調べてみると、定義が定まっていない。昨年台湾の高雄にある大学で越境文学のシンポジウムがあり、出席されたいろんな大学の先生方にも聞いてみたのですが、明確な定義はまだないそうなんです。

一応、日本をベースにして考えたときに「外国人が日本で、自分の母国語ではない日本語で小説を書いたら越境文学」になるという定義は一つありそうなんですが、これを当てはめると僕の小説は全部「越境文学」になってしまいます。こんなおかしな話はないでしょう。

ただ、作家としてこれまでを振り返ったときに、越境によって他者と出会い、そこに葛藤が生まれて価値観が相対化していくという要素が作品に入り込んでいるのであれば、曲りなりにも越境文学と呼んでもいいのではないかと思うんですね。

作家自身が越境したその経験に基づいて書いたり、物語の主人公が越境して他者と出会ったりすることで、読者自身も価値観の相対化をせざるを得なくなる。そして読者と本の間に葛藤が生じるというところまでいければ、越境文学の役目は果たせるのではないかと。ただ自分の作品がその役目を果たせているかどうかは分かりません。

――東山さんは2015年に『流』で直木賞を受賞されましたが、台湾では“東山フィーバー”が起こったそうですね。エッセイ集を読ませて頂きました。

東山:それは言葉のあやです(笑)。でも、去年は台湾総統にもお会いしましたし、翻訳版も出版していただきました。また、台湾に金石堂という大きな書店があるのですが、そこで毎年行われている「その年最も影響力のあった10冊の本」というフェアの中にも選んでいただきました。

――台湾で自分の書いた小説が出版されるということに、日本とは違った緊張感があるのではないですか?

東山:そうですね。『流』は台湾が舞台ですし、台湾人ならば知っていることもたくさん書かれているから、目新しさはないんじゃないかと思っていました。でも、若い世代の読者からは意外な反応が返ってきていて、過去の歴史を知らなかったから知れて良かったという声が多かったんです。これは新鮮でした。

――では、直木賞を受賞されてから日本での私生活で変化はありましたか?

東山:私生活ですか…。何かあったかな。

――街で声をかけられるようになったとか。

東山:そういう意味では、福岡に住んでいるのですが、情熱的な方が多いのでよく話しかけられるようになりましたね。おばちゃんたちに「あなた、もしかして…?」と。でも名前までは覚えてもらっていないのですが(笑)。

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