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75歳で横浜から北九州へ移住した夫婦。憧れだけじゃないそのワケ

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今、北九州市の移住促進の気勢がすごい。というのも、待機児童ゼロ、高齢者向け住宅や老人ホームなど介護施設の待機数の低さに加え、コンパクトシティならではの生活の便利さが少しずつ移住を検討している人々に伝わってきているのだ。今回は本サイトでも取り上げた北九州市の取り組み「お試し居住」を通じて実際に移住をした佐藤ご夫妻にその後の状況をうかがってきた。

子どもたちに依存しないと決め、今も先も不便のない場所を選んだ

佐藤ご夫妻は今年8月に戸塚の分譲マンションを売却し、北九州の賃貸マンションを借りて移り住んだ。

そもそも、北九州に住むきっかけは自分たちの故郷であることも要因のひとつではあるが、それよりもまず「自分たちが将来、身体が動かなくなったときに子どもたちのお世話になるのか?」と考え始めたときになるべく自分たちでなんとかしようという結論に至ったのが大きかった。

それから地元の戸塚の区役所へ赴き、横浜での特別養護老人ホームの待機状況を聞いたところ、現状で待機数が100〜300人、さらに団塊世代の入所が今後増えることを知ると、自分たちが希望したときにすぐに順番が回る可能性が極めて低いことを実感せざるを得なかった。

佐藤ご夫妻が当時住んでいたマンションは駅から徒歩25分。坂の高低差もあり、これからの生活の難しさは容易に想像できた。何より、築35年のマンションの老朽化が進み、修繕やバリアフリー向けにリフォームする費用を考えると年金生活では負担が大きい。将来、子どもたちにはなるべく頼りたくないと決めた。それであれば、この場所にこだわりをもつ必要もないのではないか。

そんななか「お試し居住」の制度をニュースで知り、ものは試しと直感で動いてみたところ、慎重派の夫と自由思考派の妻の意見が珍しく完全一致。将来の介護生活を見込んだ上で北九州市へと移住を決めた。

そうして物件を探し始めてから約半年で戸塚のマンションを売却し、小倉駅のほど近い地域に移り住んだ。

「子離れするって最初から自分たちで決めたから、全部自分たちでやろうと2人で引越し作業も手続きもやりました。家財道具はより安く回収してもらえるよう、ホームセンターでチェーンソーを購入して庭で解体作業もしました。大変だったけどひとつひとつが良い思い出です」

移住前も移住作業も移住後もエピソードがたくさんある、と二人で笑う佐藤ご夫妻。主体的な選択をすることが自分たちにとって満足のいく今の生活と未来へのビジョンを手に入れたようだ。

【画像1】子どもや孫たちとはFaceTimeで週に1回会話をしています。近いうちに遊びに来てくれるそうなので孫に会うのが一番の楽しみと語る佐藤三征さん(画像提供/佐藤三征さん)

現実的な費用のハナシ。移住前、移住後どちらがお得?

「戸塚の分譲マンションは、築35年で6畳和室1室、4畳洋室2室の3LDK。ローンは既に完済していました。ただ、修繕費と管理費が毎月2万8000円程度、それに固定資産税を加えると年に40万〜50万の出費がありました。そこに臨時の修繕費が発生。加えてバリアフリー設計をするとなると、向こう10年で1000万円の出費が見込まれました。

北九州の賃貸マンションは間取図では築12年の8畳和室、6畳洋室の2LDKとなってますが、図面に含まれてない3.5畳の洋室もあり、そこは書斎として利用しています。家賃は8万1000円です(共益費込・敷金別)。

引越しは不動産選定前からのホテルや食事代、飛行機代を含めて100万円以内というところですが、マンションの売却金で向こう10年は補填(ほてん)が効く上に賃貸なので、突発的な出費の不安がなくなりました。

また横浜に比べると生活費も安く抑えられています。近所にプールがあるのですが、毎日泳いでも月額6300円。都内だとこの倍はします。スーパーも近くに3軒、商店街もあるので地元の食材が安く手に入るのも魅力的ですね。確実に生活の質は上がったと感じています」と語る佐藤さん。

当初、賃貸物件ならではの「75歳の壁」と言われる、貸し渋りをする大家さんが多かったことが移住のネックになったそうだが、佐藤さんが借りたURでは審査条件に年齢は対象とならないので、シニアでも一定の条件をクリアしていれば審査は通りやすかったとのこと。また移住に関しては市の補助金はでないものの、「お試し居住制度」を利用すれば一時滞在の際に1カ月間、お試し居住用の住居(1LDK)を格安で利用できるので、事前に目的をはっきりさせた上で制度を使えば初期投資の負担は軽減されそうだ。

気になる環境へのなじみかた。新しい人間関係に抵抗はなかった?!

「これは北九州市に移住して驚いたことなんですが、最初に地域の合唱サークルに入ったとき、たくさんの人が自分たちを囲んで『どこから来たの? なんで横浜からわざわざ北九州に?』と質問攻めにあいました。普通だったら遠慮しがちなところですが、この地域の、特に元気なシニアはオープンマインドな人が多いような印象です。

僕たちは高校まで北九州にいたのですが、それでも何十年も関東で生活していたので母校の友人たちともほとんど疎遠になっていました。新しい人間関係の構築に不安や抵抗はありましたが、それも最初だけでしたね。妻の性格が明るいので、どんどんつながりができて、そこは感謝しています。

あとは土地の利も影響していて、戸塚にいたときは地域サークルに参加するのもわざわざ横浜に電車で行き、大人数で全員の名前と顔も一致しないまま時間が過ぎていたのですが、ここでは交流センターにも歩いていける、参加者も十数人ほどなので、会話する時間がしっかりもてます。これから何かあるのかもしれませんが、今のところは不自由をあまり感じてはいないかな。趣味のゴルフも再開しましたよ」

【画像2】北九州市内のゴルフ場にて撮影。スポーツや散歩がご夫婦共通の趣味で、時間を見つけては近くの公共施設やスポーツクラブで体を動かしている。電車の乗り換えなどで移動時間がかかった横浜生活と比べて自宅から車で1時間以内で主な施設に到着できるところも魅力に感じているそうだ(画像提供/佐藤三征さん)

【画像3】佐藤蘇美さんは笑顔で語った。「移住して一番の変化は夫の表情です。肩の荷が降りたという感じで、日に日に顔に明るさが灯ってきています。それには私も驚いているんですよ。将来の介護を見越して移住をしましたが、今を十分に楽しめることがまずうれしいです」(写真撮影/フルカワカイ)

シニア移住成功のカギは、自身の優先順位をもつことと具体的な生活イメージができるかどうか

話をうかがっていると全てが順風満帆で移住をしたように聞こえるが、全ての価値観が夫婦一緒だった、という訳ではない。例えば、蘇美さんは移住前は北九州でも分譲マンションを希望していたが、ローン審査が一気に厳しくなるという「75歳の壁」を感じて購入から賃貸へ気持ちを切り替えたという。

三征さんは「地方移住」という言葉がネガティブに受け止められて周囲から反対にあったこともあったそうだ。その度に夫婦で喧嘩もしたが、将来何が必要か、それは亡くなった蘇美さんのお母様の介護生活も通じて得た教訓を思い出し、2人で優先順位を整理していったとのこと。

最後に三征さんはこう語る。「アドバイスをするのであれば、市の制度を利用して移住をしたとしても、それはあくまでもきっかけを提供してくれるだけで、それ以降は自身の責任です。そのため自分自身が移住先でのイメージをしっかり得てないと、移住後にギャップが生じてしまう。定住するポテンシャルがその場所にあるか冷静な判断が必要です」

シニア移住となると多くの壁があるように感じる。

けれど、先立ってクリアしてきた人の話を聞くと、どこでどんな生活がしたいのかという価値観とその街のマッチ具合を冷静に見極めることが大事だと分かる。

また2016年10月には北九州市への移住希望者に向けて相談窓口を東京・有楽町に開設。移住への大きな後押しとして、まずは自身で専門機関に問い合わせる等、確実に歩みを進めることがオススメだ。●参考

・北九州市/北九州ライフ

・佐藤三征さんブログ●北九州市移住相談コーナー

東京交通会館6階(東京都千代田区有楽町2-10-1)

月〜土 9:00~17:45 ※土曜開設は当面2016年12月末まで、2017年は未定
元画像url http://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2016/11/120632_main.jpg
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