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チェスにおけるコンピュータ不正行為の歴史(Masayuki Hatta a.k.a. mhatta)

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今回はMasayuki Hattaさんのブログ『Masayuki Hatta a.k.a. mhatta』からご寄稿いただきました。

チェスにおけるコンピュータ不正行為の歴史(Masayuki Hatta a.k.a. mhatta)

将棋における不正疑惑がこのところ話題だが、お隣のチェスではどうなんだろうと思った。私は一応チェスも指すのである(将棋と同じくらい弱いが)。調べてみると、WikipediaにすでにCheating in chessというそのものずばりの項目があった。

一口にチート(不正行為)といってもやり方はいろいろあるわけだが、おもしろいのでコンピュータがらみのものだけ訳してみた。

なお、将棋しか知らない人にはやや奇異に思われるかもしれないが、チェスには別に将棋の順位戦のようなものはなく、世界各地で毎週のように大小様々なトーナメントが行われている。その勝敗でレーティングが上下し、ある基準をクリアするとFIDE(国際チェス連盟)からグランドマスター(GM)やインターナショナルマスター(IM)といった称号が与えられる。そうしたトーナメントの賞金稼ぎで生計を立てているプロ・プレイヤーもいれば、そういった連中のコーチとして食べている人もいる。テニスみたいなもんですね。

■ 1993年のアメリカ・フィラデルフィアにおけるワールド・オープン。「ジョン・フォン・ノイマン」を名乗る(明らかに偽名)全く無名のプレイヤーが自由参加部門に参加。グランドマスター(最高位、レート2500以上)と引き分け、レート2350の強豪プレイヤーを破るなど4勝1分けの好成績を収める。ところがこの人物はヘッドフォンを着用しており、ポケットにはゲームの勝負どころでブンブン音が鳴る怪しげな膨らみがあった。後で主催者に問い詰められたこの人物はそもそもチェスに関してほとんど知識がないことを露呈し、大会から追放。これがコンピュータを使ったチートの最古の例の一つのようである。

■ 1998年のドイツ・ベブリンガー・オープン。あるプレイヤーが、著名コンピュータ・チェス・プログラムのFritzを使ってチートしたのではないかと疑われる。地方検事による調査(そこまでやるんか)でははっきりした証拠は出なかったものの、バヴァリア・チェス連盟はこの人物を将来の大会から追放。

■ 2002年のドイツ・ランペルトハイム・オープン。あるプレイヤーに不審な動き。彼は(多くの場合自分の手番で)相当な時間トイレへ行き、数手ぱっぱっと指してはまたトイレへという感じだったので怪しまれた。主催者が(複数人で)トイレまで追跡。音からは用を足している雰囲気はなく、下から覗いて(!)足の向きから便器に腰掛けているわけではないことを確認。隣りのブースに入り便器に乗って上から覗き(!)ハンドヘルドPCでチェスプログラムを使っていることを確認。この人物は電子メールを見ていただけと反論したが、コンピュータの提出は拒否。すぐに大会から追放。他のトーナメントからの追放も要請。これは主催者のほうがセクハラか何かで訴えられそうな気がするが(笑)。

■ 2005年のアメリカ・ミネアポリスにおけるHBグローバル・チェス・チャレンジ。レート2000以下部門のあるプレイヤーが、ゲーム中に携帯電話で何度も会話(そもそも通話自体禁止されていたのだが)。6週間後、同じプレイヤーがワールド・オープンに参加。レート2200以下部門で3位となり、5,833ドルを荒稼ぎ。6週間前の出来事を把握した主催者は大会から追放しようとしたものの、この大会での不正の証拠は無く、プレイヤーが法的措置も示唆したので参加続行を認める。

■ 2006年のインドにおけるサブロト・ムカージー記念国際レーティング・チェス・トーナメント。あるプレイヤーがBluetoothによる受信機を仕込んだ帽子をかぶって参戦し、コンピュータで解析する共犯者からの連絡を受けながらプレイ。短期間に急激にレートを上げた(1933から2484)こと、複数の対戦相手からの苦情、コンピュータと指し手が一致などの傍証があり、7回戦でインド空軍が(!)金属探知機で調査、機材が露呈。全インドチェス連盟による調査(弁明の機会あり)のあと10年間の追放処分。厳しすぎるとの意見には「一罰百戒」と。

■ 2006年のフィラデルフィア・ワールド・オープン。低レート部門の決勝戦に進み、賞金18,000ドルに手をかけたプレイヤー。主催者に問い詰められ、耳栓型のPhonitoという無線受信機を使っていることが露呈して大会から追放。

■ 2007年のオランダ・リーグ2Cのチーム戦。AASというチームのキャプテンがPDAを使用。新鮮な空気を吸いに行くという名目で許可を得て会場の外へ出ていた。主催者は彼を追跡し、Pocket Fritzを使っている現場を押さえる。画面には現在進行中のゲームの盤面が表示されていた。無効試合としオランダ・チェス連盟に通知。チートした人物はオランダ・リーグから3年間追放。

■ 2008年のドバイ・オープン。イラン人プレイヤー(レート2288)が、携帯電話でテキストメッセージを受信しているところを押さえられる。対戦相手がグランドマスターだったのでゲームの棋譜はインターネットで中継されており、共犯者がコンピュータ分析の結果を送っていたと考えられる。

■ 2009年、オーストラリアのノース・チェス・クラブ100周年記念トーナメントのレート1600以下部門で、14歳の少年がトイレで「コンピュータ」を使っているところを押さえられる。無効試合とされ、大会から追放。といっても、使っていたのはプレイステーション・ポータブルで、プログラムはChessmasterという弱いものだったのであまり意味が無かった。

■ 2010年のFIDEチェス・オリンピアード。フランス・チームの三人がチート。一人は自宅でコンピュータ解析。結果をチームのコーチにSMSで送信。コーチはテーブルに座ったり立ったりといった身振りでプレイヤーに伝えた。FIDEの倫理委員会により、プレイヤーは2年9ヶ月の出場停止、自宅コンピュータ担当は1年6ヶ月の出場停止、コーチは3年間の出場停止。三人ともグランドマスターやインターナショナルマスターの強豪。チェス・オリンピアードは大きな大会なので話題となった。

■ 2011年のドイツ・チェス・チャンピオンシップ。FIDEマスター(レート2300以上)のレベルのプレイヤーがスマートフォンでチェス・プログラムを使用していた。不正を認め大会から追放。

■ 2012年のヴァージニア・研究者/学生チャンピオンシップ。PDAでチェス・プログラムを動かしていたプレイヤーが捕まる。大会から追放、ヴァージニア・チェス連盟の会員資格停止、USCF(アメリカ・チェス連盟)に通知。このケースは、USCFトーナメントで使用が許可されている棋譜記録ソフトに見せかけたチェス・プログラムを使用というのが特異(チェスでは棋譜は自分で記録する)。プレイヤーはこの大会での不正しか認めなかったが、他の大会でも使っていた疑いがある。

■ 2012年と2013年のボリスラフ・イワノフのケース。ブルガリアの2つの大会でチートが疑われる。当初ブルガリア・チェス連盟から4ヶ月の禁止を言い渡されるものの処分撤回。これは手続きに問題があったのに加え、そもそもチートではなくイワノフの対戦者への態度が悪いことへの処置だったため。このケースでは、バッファロー大学の研究者(チェス・プレイヤーでもある)によりコンピュータとの指し手との一致の統計分析が行われたが、結局それは証拠としては採用されなかった。いずれにせよイワノフはブルガリア・チェス連盟により永久追放され、FIDEのレーティング・リストからも除外。

■ 2013年のアイルランド・コーク・コングレス・チェス・オープン。16歳のプレイヤーが、トイレでスマホのチェス・プログラムを使っている現場を押さえられる。捕まえたのは対戦相手で、トイレ個室のドアを蹴破り、腕力で叩き出したらしい。チートした人物は4ヶ月出場停止となったが、この対戦相手も暴力をふるったということで、チートした奴よりも長い10ヶ月の出場停止。FIDEのルールではチートそのものではなく「ゲームの品位をおとしめる行為」を罰することになっているので、暴力沙汰のほうが厳しい処分になったようだ。

■ 2014年のルーマニア・イアシ・オープン。あるプレイヤーがトイレで携帯電話を使用。オランダ連盟とFIDEから1年間大会参加禁止。

■ 2015年のドバイ・オープン。ジョージア(グルジア)のグランドマスターがトイレでスマートフォンのチェス・プログラムを使用。スマホはトイレットペーパーの中に隠していた。グランドマスター剥奪、3年間大会参加禁止。インターナショナルマスターの称号は維持。

■ 2016年1月。視覚障害のあるノルウェー人プレイヤーがチートを告発される。コンピュータの指し手と高い相関。障害のため、イヤープラグと連動したレコーダで棋譜を記録することを認められていたが、実はイヤープラグがレコーダに対応していないことが判明。Bluetoothでメッセージを受け取っていた疑い。ノルウェー・チェス連盟から2年間の国内大会参加禁止。抗議したものの裁定は覆らず。

■ 2016年2月のモスクワ・オープン。あるプレイヤーがトイレでスマホを使用。配管の後ろの外れるタイルの裏に隠していた。1年間大会参加禁止。

あと、これはWikipediaに載っていなかったが、2015年には、イタリア人のプレイヤーがイタリア・チェス連盟によって追放されている。この人は、まばたきと手首のジェスチャーでモールス信号を表現することで外部の共犯者と連絡を取り、コンピュータ解析の結果を教えてもらっていたようだ。

分かること

■ 強豪でもチートはする。チームを組んでやることもある。
■ スマホ上のチェス・プログラムが悪用されることが多い。他のプログラムに偽装するようなこともある。
■ トイレが現場になることが多い。
■ 現場を取り押さえたケースが多い。というか、おそらく現場が押さえられなかった場合には不問にしているのではないか。
■ トーナメントの主催者というか運営側が奮闘。
■ 処分は割とばらばら。疑わしきを罰したケースも無いわけではない。大体は1年間大会から追放。数年から10年という重いケースもある。永久追放は案外少ない?
■ コンピュータ・プログラムの指し手との一致率を見るような統計分析は、すでにやられてはいるが、それが決定的な根拠になったケースは(まだ)ないみたい。

結局こういうのは、たとえどんなに疑わしくとも現場を押さえないとダメで、その意味では日本将棋連盟はすでに大しくじりをやっているような気がしてならない。大金が絡むのでなかなか難しいとは思うが、過ぎたことは過ぎたこととして今後は金属探知機とトイレのチェックをしっかりやるということにでもすれば、こんなに揉めなかったんじゃないですかねえ。これを機に、(どこも経営が苦しいはずの)新聞社がタイトル戦のスポンサーから降りるのではないかと心配だ。一つ降りたら皆降りるのではないか。

執筆: この記事はMasayuki Hattaさんのブログ『Masayuki Hatta a.k.a. mhatta』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2016年10月21日時点のものです。

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