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レールがつながっていたあの頃へ…… 志布志鉄道記念公園レポート

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志布志市志布志町志布志……鹿児島県大隅半島に位置する街です。

かつてフジテレビ系列で放送されていた人気バラエティー番組『トリビアの泉』でも同じ文字が連続して表記をされる街として、取り上げられたこともありますね。

志布志は「ちりめん」や「さつまあげ」など海の幸を使った特産品や太平洋に面している立地から、大阪や海外への航路も多数運行されている、南九州の海の玄関口としての機能もあります。

その反面、大隅半島は鉄道が“ほとんど”通らない、鉄道空白地帯です。

ですが、大隅半島に鉄道がなかったわけではありません。

国鉄がJRに分割民営化される直前の昭和62年(1987年)3月14日まで日豊本線国分駅から国鉄大隅線、同じく昭和62年3月28日まで日豊本線西都城駅から国鉄志布志線と、2つの路線がこの志布志まで通っていました。

どちらも沿線の過疎化やマイカー普及の波を受けて利用者が減り、廃線になってしまっています。

そんな大隅の鉄道の名残を残す、志布志鉄道記念公園をご紹介します。

迫力あるSLと、懐かしいディーゼルカーがお出迎え

旧志布志機関区の跡地に整備された志布志鉄道記念公園には3両の車両が出迎えてくれます。

通称、シゴハチの愛称で親しまれたC58形蒸気機関車、国鉄時代に貨物列車の最後尾に連結されて大量輸送を支えた車掌車、ヨ8000形。そしてローカル用ディーゼルカーとしてかつて日本全国で活躍したキハ52形です。

特にキハ52形は全国でも保存されているのは3両のみで、九州では唯一その姿をたたえてくれています。

C58形112号機

C58-112

C58形は昭和13年(1938年)から昭和22年(1947年)にかけて427両が製造されたローカル線用の蒸気機関車です。

保存されている112号機は昭和14年(1939年)2月に製造され、鹿児島機関区に配属されました。
後に、大分県の豊後森機関区、大分機関区へ転属しましたが、昭和47年(1972年)6月に再び鹿児島へ里帰り。
昭和50年(1975年)1月の廃車までこの志布志機関区を拠点に活躍しました。

廃車までの走行距離は地球を約53周したことになります。この機関車は旧国鉄の好意により、昭和50年(1975年)3月から志布志町(当時は合併前で曽於郡志布志町を名乗っていました)が無償で貸与されて保存されているものです。

C58 動輪

迫力ある動輪をはじめとする足まわりをじっくりと観察できるのもポイントです。

車掌車 ヨ8951

ヨ8000

ヨ8000形は昭和49年(1974年)から昭和54年(1979年)まで1000両以上が製造された車掌車です。
車掌車で初めて照明の蛍光灯化や暖房石油ストーブ化、便所の設置など乗務環境を向上させた画期的な車両でした。

昭和61年(1986年)に貨物列車の車掌乗務が廃止されてしまい、現在はこのように保存車として姿をたたえてくれています。

キハ52-130

キハ52-130

キハ52形は昭和32年(1957年)から昭和42年(1967年)まで1000両以上が製造されたキハ20系ディーゼルカーの改良・派生形です。

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