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就職活動は波乱万丈!? 就活四コマブロガー・プラ子さんインタビュー [オタ女]

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2016年3月12日に開催された『ジャーナリズム・イノベーション・アワード2016』。新聞社やウェブメディアも参加するイベントに筆者も参加していたのですが、ひときわ異彩を放っていたのが、自身の就職活動を四コマ日記でブログに連載していたというプラ子さん。ご自身のお母さんが亡くなったことにより、内定していたIT系営業に決めるまでの就活体験を、文とイラストで表現していました。
なぜ就活を四コマブログで発信していこうと思ったのか、興味が湧いた筆者はプラ子さんにコンタクトを取りインタビューを申し込むと、「ぜひに」と快諾頂きました。大学新聞の編集長だったというプラ子さんが、絵を描くようになったルーツや就活で感じたこと、今後の表現活動についてまで、お話をお聞きしました。

ーーまずは、就活日記をブログで連載していこうという動機から伺いたいのですけれど。

プラ子:もともと新聞部に所属していて、大学1年から3年まで学生新聞を作っていて、編集長もやっていました。引退後も「何か発信したいな」ということは考えていていました。それで、就活中にある企業の人事の方から、「紙でなくウェブで集客できたなら加点するかもしれない」と言われたのもブログをはじめたきっかけになります。

ーー特に、四コマにしようと思ったのはどういう理由だったのでしょう?

プラ子:ウェブといっても、文章と写真だとそんなに画期的でないし、読んでもらう材料にはならない。他の人と差別化を図るために何ができるかを考えた時に、四コマだとなりました。

ーー子どもの頃から、絵を描くこと自体は好きだった?

プラ子:幼稚園のときの夢が絵描きと書いてありました(笑)。ただ、私は3人姉妹で、双子の妹がいるのですが、彼女が美大に行くくらい私よりも絵が上手なので、中学や高校の頃は何となく避け気味になっていましたね。ただ、文化祭とかがある時には、自分がポスターを描いていました。

ーーなるほど。若い人に聞くと漫画やアニメを見て描き始めたという人も多いのですが、そのあたりはいかがでしょう?

プラ子:中・高と声優オタクだったんです。『アニメージュ』とか買ったりしていて、高校の頃までは神谷浩史さんが好きでした。あと、姉も妹も同人誌、薄い本を描いていて、私はスクリーントーンを貼ったり、ベタ塗りをしたり……。

ーーアシスタントですね(笑)。

プラ子:ベタ塗り要員でした(笑)。でも、大学受験に失敗して浪人生をしている間にちょっとアニメとかは遠ざかってしまったんですけれど、『昭和元禄落語心中』とか漫画は買っていました。

ーーそんなバックボーンもありつつ、四コマ漫画をブログで連載をはじめたわけですけれど、人事の方からはウェブをやるだけでなく「集客」を求められていますよね。そのあたりいかがでしたか?

プラ子:「君がブログでも開設して、1日200人でも訪問者がコンスタントに来れば、加点するかも」と言われて。タイトルに『女子大生プラ子』と入れていたので、最初の頃の読者は女子大生好きの男性が主だったのですね。私にもそれを狙ったというか、アクセス増やすという下心があったんですけれど。例えばアプリを作っている会社で、自分なりに研究するためにアプリをダウンロードするんですけれど、選考に落ちたら煩わしいから消しますよね。だから、アプリを消されたくなければ「通過させなきゃ」となる。そういった現代の就活事情といったネタが受けましたね。

ーーなるほど。逆に、同年代に読まれたというネタはいかがでしょう?

プラ子:圧迫面接というものは、就活を始める前から知識としては持っていたのですが、自分が行った時に面接官の人が表情をピクリともさせずに表情が死んでいて、「会社の中でもこんなふうにコミュニケーションとったらヤバいんじゃないか」と思って、圧迫面接だと気づかなかった。そういった文字だけだと実感が伴わないものが絵がつくことでちょうどよくなる、といった印象はありましたね。あとは、学歴フィルター。私の場合は説明会で弾かれてしまうとか、そういうネタは受けました。

ーーご自身、就活を体験することで、思うことや感じたことがあったと思うのですけれど、そのあたりはいかがですか?

プラ子:そうですね。全員が幸せになるってヘンな言い方かもしれませんが、そんな時期はないと思うのが正直なところですね。2016年は面接選考が6月スタートで、私の時よりマシだと思うんですけれど、私は文学部だったのですが、教育実習生が就活をちゃんとできなかったり、そういうことがあると思うんです。

ーーこういうと語弊があるかもしれませんが、文学部って他の文系の学部と比べて不利じゃないですか。

プラ子:不利。同じ大学でも、経済学部や法学部の学生が優秀かといえば、失礼かもしれないけれどそうじゃない。ただ、リクルーターがついていましたね。あと、カリキュラムにも問題があると思っていて、経済学部だとグループワークが多いけれど、日本文学科にはなくて、文献を調べて発表という形で個人プレイなんですよね。だから、就活になってはじめてグループワークをやったり、プレゼンの仕方もそれほどわからないということはありましたね。

ーーそんな中で、もともとは出版やメディア企業を目指していた?

プラ子:入学した時はそうでした。中・高校と放送部でアナウンスや朗読や脚本を書いていたのですけれど、NHK杯で1位になるような強豪校で……。私は頑張っても(東京)都までしか進めなくて、努力は報われなかった。それで大学受験全部落ちた時に、母親に「あなた、6年間遊んでいたわね」と言われたんです。それで、放送って声なので残らないんですよ。紙だと形になって残るというのも、新聞部に入った理由です。あと、父親がコピーライターで、母親が編集者なので、得意なことで頑張れば評価されるかもしれない、という気持ちがありました。でも、続けていくうちにやっぱり紙だけじゃ厳しいというのは学生新聞なりに感じてはいました。

ーーどういうところで厳しさを感じていましたか?

プラ子:本も好きだったので、「紙のよさってあるでしょ」と思っていたんです。でも、学生のスマホの普及率が年々上がると、新入生へのサークル勧誘とかで、本当に紙を受け取ってもらえなくなったんです。そうなると新聞も読んでくれないというのがわかるじゃないですか。それで、ウェブも重視していない出版社には行きたくないな、ということで、ちょっと新聞社に興味を持ったんです。

ーー3月に開催された『ジャーナリズム・イノベーション・アワード2016』に出展したのも、その延長線だった?

プラ子:でも、私はジャーナリズムにあまり興味がないというか……。私は新聞部では珍しく文学部の編集長だったのですが、どちらかというと普通の人が何に興味を持つのか、というところに関心があって、政治色の強い議論には入れなかったんです。
『ジャーナリズムイノベーションアワード2016』に出たのは、軽井沢のスキーバス転落事故がきっかけでした。学生に絡んだニュースだったので、もう(編集長は)引退していましたが、かなり細かく情報を追っていて。それで『Facebook』で知り合いの知り合いが亡くなっていたんです。そこに、全然知らない人が「ご冥福をお祈りします」コメントしていたり、新聞社の人が「取材させてくれませんか」と書き込んでいて、「これが時代だ」と感じたんですね。

ーー『Twitter』でも、たびたび新聞やテレビが情報提供を求めるケースが話題になりますね。

プラ子:そうですね。実際に身近なところで起こると、自分が記者ならきっとそうしているけれど、ちょっと嫌な気持ちになるし、バスの事故の被害者の顔写真も引用されているのが気になって調べ始めていたら、藤代(裕之・法政大学社会学部准教授)さんの記事を読んで、チェックしているうちに(アワードの)存在を知りました。自分のブログはジャーナリズムでないけれど、エッセイもOKとあって、ならば応募して「浮いてみるか」と。私、空気読めないところがあるので。

ーーその「浮こう!」という意識がスゴいと思います(笑)。先ほど新聞社に興味を持ったとおっしゃっていましたが、できれば記者になりたかった?

プラ子:どう言えばいいのかな……まず、配属先を選べないですよね。

ーー社会部や文化部といったところや、地方勤務とか?

プラ子:あと、事件があった時の遺族からのコメントを取りたくなくて。これを言うと皆さん「それが理由になるの?」とおっしゃるんですけれど、高校の時に卒業生の仕事体験を語ってもらう場があって、テレビ局の人が殺人現場の近くのマンションを一軒一軒、半日聞き続けるというムービーを見せてもらって、「やりたくないな」と思いました。

ーー2015年8月にお母さんがくも膜下出血でお亡くなりになって、内定が出ていた企業への就職を決めることになった後も、ブログを更新続けた理由も聞かせて頂けますか?

プラ子:なんというか、ブツっと切れてしまうのが嫌だった。私は文字とか絵とかに人の感情が何かしら込もるものだと思っていますし、記憶が新しいうちに「とにかく残さなきゃ」というのがありました。あと、母がよく人の死に際のことを書かれた本を楽しそうに読んでいて、「あの人壮絶な人生なのよ」とか話していたこともあって、普通は親に起きたことを描かないと思うんですけれど、そういう記憶もあって描いていました。

ーー今後のこともお聞きしたいのですが、4月からはてなブログで『プラ子の双子四コマ。』を新たにはじめて、5月5日の『コミティア116』にも出店されます。先ほど「ベタ塗り要員だった」みたいな話もありましたが、もともと同人即売会の知識はあったのですか?

プラ子:いや、実は一度も行ったことはないんです。なぜ参加してみようと思ったかというと、新聞は皆で協力してやっていたのですね。印刷所とやりとりをしているのは別の子で、文字を流してくれるのはまた別の子というふうに、自分ひとりで一括して全部やったことがなかったんです。

ーーでは、執筆から入稿して、さらに売るというところまではやったことがなかったと。

プラ子:そうです。それを経験してみたかったというのがありますね。

ーー双子の妹さんとのことをテーマにしようと思った理由は?

プラ子:私と妹は二卵性なのですが、それでも顔はそっくりなので、小学校の時に私が上級生に喧嘩を売ったら、代わりに妹が上級生に殴られたというエピソードとか、放送部の大会で「別の学校の制服着ている」「ドッペルゲンガーだ」とか言われたりしたエピソードとかを描きためていたんです。

ーー双子ならではの話がたくさんあると。

プラ子:双子は滑舌が悪い、という話があって、実は赤ちゃんの頃から会話が成り立っていて、もし放っておくと大人と会話ができない子に育つ可能性があるそうなんです。動画だとたくさん出てくるのですけれど、検索してもそういったことについては出てこない。

ーーそういった意味では、ありそうでなかったテーマかもしれません。

プラ子:需要があるかはわからないですけれどね。出してみるまでわからないです。

ーーあと、プラ子さんの将来の展望についてもお聞きしたいと思っていて、IT系の営業職に就職されても四コマを続けるということは、商業出版まで行ければいいな、と考えていらっしゃいますか?

プラ子:思っていますね。そうなればいいな、と。やっぱり辛いところで我慢するという発想はなくて、人から強いられる我慢をしない環境をできるだけ自分で作っていきたいんです。組織に使われてボロボロになって、やりたいことがやれないで死ぬのは嫌だと思っています。とにかく、自分に合った環境に流れていきたいですね。

ーーそのためにも発信を続けるということですね。今日は等身大の20代前半の女子の話をたくさん聞けたと思います。ありがとうございました!

コミティア116 参加情報

ブース名:プラプラ
スペース:Q49b

日程:2016年5月5日 11:00~16:00
場所:東京ビッグサイト 東4・5・6ホール

女子大生、プラ子の就活日記
http://ameblo.jp/chikutaco/ [リンク]

プラ子の双子四コマ。
http://purapurapurako.hatenablog.com/ [リンク]

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記者:

乙女男子。2004年よりブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』を運営し、社会・カルチャー・ネット情報など幅広いテーマを縦横無尽に執筆する傍ら、ライターとしても様々なメディアで活動中。好物はホットケーキと女性ファッション誌。

ウェブサイト: http://yaplog.jp/parsleymood/

TwitterID: parsleymood

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