子どもが走り大人も踊る!? 科学とゲームがコラボする日本科学未来館の新感覚展示『アナグラのうた~消えた博士と残された装置~』レポート
日本科学未来館が情報科学分野の10年ぶりの常設展示更新にゲームクリエーター飯田和敏氏を起用。空間情報科学の未来って何? 科学とゲームのコラボってどうなの!? 何かと興味深い『アナグラのうた~消えた博士と残された装置~』を体験してきた。
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日本科学未来館
日本科学未来館は東京・お台場にある宇宙飛行士の毛利衛氏が館長を務める日本の最先端科学技術を展示するサイエンスミュージアム。その外観が映画『オースティン・パワーズ ゴールドメンバー』のロボット工業社屋として使用されたことでも有名だ。最近有機ELパネルにリニューアルしたシンボル展示『Geo-Cosmos』が美しい。
さまざまな企画展示に加え、“地球環境とフロンティア”、“生命の科学と人間”、“技術革新と未来”そして“情報科学技術と社会”といった分野の常設展示を行っている。
たくさんのゲームクリエーターが参加した『アナグラのうた』
『アナグラのうた~消えた博士と残された装置~』は“情報科学技術と社会”エリアに展示されている。
グラスホッパー・マニファクチュアのゲームクリエーター飯田和敏氏(『太陽のしっぽ』『巨人のドシン』『ディシプリン』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版-サウンドインパクト-』など)が演出、エウレカコンピューターの犬飼博士氏(『eスポーツグラウンド』『Mr. SPLASH!』など)がディレクション、ブレインストームの中村隆之氏(『Nagi』『ルミネス』『バーチャファイター』など)がサウンドシステムを手がけるなど、多数のゲーム関係者が参加している。最先端の科学技術の紹介が彼らの参加によってどのような展示になったのだろうか。
写真:左から犬飼氏、中村氏、飯田氏、アニメーション・グラフィックを担当した納口氏
どんな展示なの?
『アナグラのうた~消えた博士と残された装置~』は私たちが暮らす実空間での人やモノのふるまいを計測し、その結果を計算して理解し合うことで、人々の暮らしを支援しようという“空間情報科学”の展示だ。
ストーリー
世界に危機が訪れたとき、博士たちは世界を救おうと、アナグラにこもって空間情報科学を参考に5つの実験装置をつくりあげた。5人の博士がいたが時間の経過してひとりずつ消えてゆき、だれもいなくなってしまった。博士たちの面影が残るアナグラで、装置たちはずっと待っていた。長い時間訪れる人はいなかったが1000年の時がたち、私たち(この展示の来場者たち)が訪れた。
この展示の中で、博士たちの作った装置を体験し、博士の机に残された2011年頃の実際の研究者の生の映像や資料を見て、空間情報科学とは何か、博士たちがどのようにしてこの世界を救おうとしていたのかを感じてみよう。
博士の装置
アナグラの中には博士たちが世界を救おうと開発した5つの不思議な装置が置かれている。
空間を計測して地図を作る”ナガメ”、体験者の軌跡をトレースしている”イド”。体験者の声から生体情報を得る”イキトイキ”、個人情報を匿名化することでプライバシーを守る”ワカラヌ”。そして”シアワセ”。これは各装置から得た体験者情報を統合、解析し、体験者固有の”うた”を自動生成する。それぞれの装置が空間情報科学で大切な意味をもっている。
博士たちが残した資料
アナグラの中には、これらの不思議な装置のほかに博士の机が残されている。モニターからは空間情報科学に取り組んでいる現実の研究者たちのメッセージ映像が流れていて、空間情報科学を理解する上で基本となる考え方を知ることができる。アナグラの体験が空間情報科学という研究につながっているということがわかる。
出口近くには『ANALOG(アナログ)』という本が置かれている。アナグラの記録(ログ)であるこの本には、空間情報科学についてのより詳しい解説や、各装置の意味、また“アナグラ”の物語などがつづられている。
この展示についてインターネットの特設ページが用意されている。こちらからも空間情報科学や展示について詳しく知ることができる。
・アナグラのうた 特設ページ『日本科学未来館』
http://www.miraikan.jp/anagura/
さっそく体験
この展示は一人一人の動きをとらえて動作することから、同時に体験できる人数が限られている。8月いっぱいは整理券を配布して体験してもらっているとのこと。今日は平日のためすぐに体験できたが、土日は混雑するので早めに整理券をもらっておこう。
さっそく体験してみる。まず入口にある端末で言語を日本語か英語から選択。
“ミー”がかわいすぎる
ゲートをくぐり、次の端末でログインすると、足下に“ミー”という自分の分身のような存在が現れる。
カラフルな“ミー”はなんだかかわいい。ミーは自分が歩くといっしょに動き、残り時間を知らせてくれたり、まだ見ていない展示を教えてくれるなど、体験者をナビゲートしてくれる。
他の”ミー”に近づくと、”ミー”同士が握手をすることがある。”ミー”は自らの分身であるのと同時に独自の「つながりたい」という欲求があるようだ。
知らない人とリアルには手をつなげなくても、自分の分身である“ミー”はかんたんにつながってくれる。握手をしてつながるとうれしくなる。なんだかニヤニヤしてしまう。相手が気がつかないこともあるのがまた楽しい。
子どもたちと輪になってみた。
博士の作った不思議な装置を体験
アナグラには博士が作った5つの不思議な装置が残されている。装置は近づくと話しかけてくる。話を最後まで聞くと、“ビットちゃん”と呼ばれるひし形のマークが“ミー”の目の上にくっつく。
“イキトイキ”に向かって声を出すと、その声は“シアワセ”がつくる“アナグラのうた”に反映されるようだ。
“イド”で話を聞くと、自分がアナグラでたどった足跡が床に表示される。
急に現れる足跡に他の来場者も「わぁ!」とびっくり。
シアワセで“うた”を作ってみる
装置をまわり、さっそく記者も“シアワセ”に”うた”を作ってもらった。歌詞には“アナグラ”でのその人の行動が反映されている。自分の”うた”だと思うとなんだかうれしいものだ。
“うた”は歌詞やメロディーが人によってそれぞれ違うので、しばらく聞いていても飽きない。
“アナグラ”の3通りの状態
この展示の中は“うた”が流れていない静かな状態、体験者ひとりひとりの“アナグラのうた”が流れている状態、そして“まつり“の状態という3通りの状態がある。
うたが流れていない状態も静かで、鳥が飛んだり魚が泳いでいたり、ゆったりしていて心地よい。なんだかここにずっといたくなる。
“アナグラのうた”が流れている状態は、それぞれの人が作りだす音楽を楽しむことができる。
“シアワセ”という装置はみんなが情報を多く集めて、力をあわせると、”まつり”を発生させる。ここで流れる“うた”には未来館の職員や開発に関わった人々のメッセージが込められている。
展示についてのプチ情報
その1)“まつりのうた”のコーラスには50名あまりの未来館スタッフが参加(毛利氏も!)している。体験に行かれる方は注意して聞いてみよう。
その2)『ANALOG』のイラストはなんとあの寺田克也氏が担当している。ファンの方は必見だ。
その3)“うた”が演奏される際、壁にはダンサーたちの映像が投影される。その一人が『ガジェット女子』にも登場してもらった秋葉原ディアステージのアイドル古川未鈴ちゃん!
・ガジェット女子 7月
http://girls.getnews.jp/2011_07_01_archive.html
その4)サウンドゲーム『Nagi』もこの展示に使われている。静かなときに耳をすませてみよう。
・「傷ついた心をおだやかに」復興への祈りをこめたサウンドゲームソフト『なぎ -Nagi-』無料公開
https://getnews.jp/archives/105905
その5)今回の展示を記念してiPhone版Nagiが無料に!
・Nagi 『iTunes』
http://itunes.apple.com/jp/app/id432773192
境界のない体験の共有
こどもたちは“ミー”とつながったり、追いかけたり、“うた”を作ってよろこんでいた。「すっごく楽しかった!」と興奮して話すその笑顔は本物だ。
来場者が体験する姿を少し離れて見ているだけでも楽しい。みんなの“ミー”がつながるのをながめる。みんながたどった足跡に驚く。
みんなの“うた”を聞かせてもらう。”うた”が展示会場に流れることが”共有”なのだ。”うた”によって無機質だったアナグラの内部(美しさと同時に不気味さがある)が一転し、カラフルに彩られる。この一連の演出がゲームクリエーターたちによる”情報、共有、パワー”の解釈なのだろう。
一般公開日の初日、遊びだす子どもたちを見て、サウンドを担当した中村氏は「あー、この感じ(お客さんが実際に夢中になっているところを共有する)、アーケードゲームを作っていた時と一緒だ」と話し、ディレクションを務めた犬飼氏もプロゲーマー(『鉄拳』のスタープレイヤーだった)として、作り手と受け手の中間を行ったり来たりしていたそうだ(飯田氏談)。
作り手と遊び手の境界がない、そんな世界がここに生まれている。
未来を築くのは私たち自身
いままでは私たちが検索して必要な情報を得るといった世界だったが、これからはドコモのCMの渡辺謙さんや木村カエラさんのように情報が人に寄り添う世界になるという。寄り添うということは逆に自分の行動や情報をいつも見られているということ。そう考えると少し怖い気持ちにもなるが、それも一つの現実なのだ。
博士の机の映像に登場する空間情報科学の研究者たちは、その危険性を切実に感じ、そういう世の中でどうしたらいいか、どうせならそれをみんなの役立つ形に変えなければという強い使命感をもって研究に取り組んでいると、未来館のスタッフの方から聞いた。
研究者たちをつないだ小沢淳氏(展示のテーマを決めて研究者たちに話を聞きにいった博士のモデルのような方)が、この展示について説明してくれた言葉が心に残る。
小沢淳氏
作った人も自分のまわりのみんなも楽しくなったりハッピーになる。それを願ってシアワセという装置が生み出す“うた”。来場者のアナグラでの行動が歌詞にあらわれています。自分が生み出した情報が価値にかわり、自分や他の人の役に立つ。この展示ではそれを音楽で表しています。多用なデータが集まれば集まるほど、いろんな有用な価値が生まれます。ここで描かれているのはつながった世界です。つながった後にどういう世界を望んでいるか、どういう世界にしていくかというのは、実は我々自身が決めていく問題でもあるんです。
つながったけれど情報を共有しないで、独り占めして自分だけでいい思いをしようという人も当然いるかと思います。もしかしてそれがディストピア的な世界を招いてしまうかもしれない。われわれはそういう世界ではなく、情報を共有して、シアワセで有用な世界を築いていければと思っています。
写真:『日本科学未来館』科学コミュニケータ小沢淳氏
*ディストピア:理想郷ユートピアの正反対の社会である。ユートピア極端な管理社会で、基本的な人権を抑圧するという社会として描かれることが多い(『Wikipedia』より引用)
http://ja.wikipedia.org/wiki/ディストピア
3・11を超えて
日本化学未来館も建物の損傷があり、その修復と安全確保のため震災から3か月間閉館していた。『アナグラのうた』のスタッフも作業中に地震があり、不安な一晩を避難所で過ごしたいう。この体験は作品の完成させるにあたって大きな影響を与えたはずだ。
最後に、今回の展示を演出した飯田和敏氏のメッセージを紹介したい。
飯田和敏氏のメッセージ
震災と原発の事故が重なったことで、想像上の“アナグラのおはなし”を現実が追い越してしまった。作品を完成させるにあたり、この置いてけぼりになってしまった“おはなし”をどう扱えばいいのか悩んだ。余震が続き作業が中断している間。そして、いまも。だからこそ「情報、共有、パワー」というメッセージは重要だと思う。
ある日、毛利館長が「困難な時だからこそ、美しいものを目指して」と僕らに言った。
「美」といった定量化が困難な領域に対して科学のアプローチは始まっている。だったら「遊び」の専門家である僕らゲームクリエーターはもっともっと先を行かなければいけない。たとえば人類が進化した姿を思い描きながら、宇宙を大爆笑させるような大きなネタを。
ひとまずは、科学とゲームの奇妙なコラボを体験してください。ヨロシクー。
『アナグラのうた~消えた博士と残された装置~』は5年間展示される予定。日本科学未来館ではこの他にもさまざまな先端技術の常設展示や特別展示が行われている。科学が描く未来を見に出かけてみてはいかがだろうか。
アナグラのうた 特設ページ『日本科学未来館』
http://www.miraikan.jp/anagura/
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日本科学未来館
http://www.miraikan.jst.go.jp/
東京都江東区青海2-3-6
新交通ゆりかもめ 「船の科学館駅」徒歩約5分、 「テレコムセンター駅」徒歩約4分
東京臨海高速鉄道りんかい線 「東京テレポート駅」徒歩約15分
開館時間:10:00~17:00(入館は閉館30分前まで)
休館日:火曜日
入館料(常設展示):大人600円 18歳以下200円
※小学校未就学者は無料。土曜日は18歳以下の入館料無料(特別展示を除く)。
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