引越記念! 関係者に聞くシェアハウス”渋家”の過去・現在・未来

渋家

渋谷にあるオルタナティブスペース渋家(シブハウス)。

2008年にシェアハウスとして池尻大橋に誕生。以降、駒場東大前、恵比寿と場所を移りながら、イベントスペース兼住居として、数々の企画やクリエイターの交流の場として使われてきた。

最近では、ポップミュージックとダンスミュージックを中心としたネットレーベル『Maltine Records』の主宰tomad氏がDJをするイベントを定期的に開催して人気を集めていた。

※Maltine Records

http://maltinerecords.cs8.biz/[リンク]

そんな渋谷のカルチャーシーンに切り込んでいる渋家だが、道玄坂近くにある四代目の物件への引越しを済ませ次のステージへと進もうとしている。引越し費用が50万円足りずに、在住メンバーがtwitter上で寄付を募るなど、かなり綱渡りの状況の中、多くのtiwtterユーザーの支持を受けて、ようやく物件を借りることが出来た。
そんな中、中心人物の齋藤桂太さん、山口季邦さんにこれまでの渋家の経緯と現在の状況、これからの展開についてお話を伺った。

引越し真っ最中の渋家

引越し真っ最中の渋家

-まずは、渋家の成り立ちを教えて下さい。

齋藤:「池尻大橋で2DKの50平米いかないくらいの部屋を借りて渋家と呼んだのが最初ですね。ちょうどシェアハウスが社会的に出てきたので、シェアハウスということにしました」

山口:「その一番最初の住人が僕なんです。当時ネットカフェ難民だったんで。当時メンバーが5人いたんですけれど、それより先に住んじゃった(笑)」

齋藤:「来てくれた人と話をしてコミュニケーションをして、新しいことを生み出す場にしたかった。もしくは、やりたい企画があるのに、場所がない人に提供するということをやっていきたかったというのがきっかけですね」

山口:「最初の家では宅飲みしか出来なくて、隣近所の苦情もあったので、限界だというのが1年半後で、それで引越しをしたんです」

-そこが駒場東大前の一件家ですね。

山口:「それで続けるなら広い家を、ということで、母親が自分の知らない貯金を100万円していてくれて(笑)。それで移ったのが駒場東大前の一軒家ですね。下の階が広かったので、イベントが出来たんです。毎週40人くらい集めてやるパーティーを開催していました」

齋藤:「それは完全に赤字で、食事3万、飲み物1万を出してやっていたんですけれど、『みんなチップを出して』といっていたのですが、学生ばかりだったので、ほとんど集まらなかったんです」

山口:「それでも、イベントをしてきたことでメンバーもコネが出来てきたので、アート系のイベントをやってみようと企画したんですね」

齋藤:「ただ展示するだけでなく、海外のアートの作家が家を布で覆っているのを見て、真似してみようと思って」

山口:「日暮里の問屋街で布を買って自分達で縫いつけて、ロゴマークを書いて家に被せたら…。大家から『二週間で出て行け』と言われてしまいました」

齋藤:「僕らとしても、近所から白い目で見られているというのを感じていて、これも限界だと思って、新しい家を探したのですけれど、僕らみたいな人に貸す酔狂な大家さんがなかなか見つからず…しばらくメンバーはホームレスみたいになっちゃって…」

山口:「それでも、不動産屋さんが見つかって、『事務所兼住宅』という体裁で借りることが出来ました。それが三代目の渋家です。ここで、やっとある程度多く人がいても不自然ではない状況になりました」

齋藤:「それが2010年の11月ですね」

-住んでいる人たちはどんな人たちなんですか?

齋藤:「僕らみたいに、いろいろですよ(笑)」

山口:「留学するのが決まっていて、それまで友達と住んでた家から出ないといけなくなったので、三ヶ月間のために家を借りるのがバカバカしいから渋家に来た、という子もいますよ」

齋藤:「両親が亡くなって、行く場所がない、という女の子もいます」

山口:「通勤が遠くて中継地点として使っている人もいますし、住居としての使い方も自由ですね」

-今回、引越しをする背景は…。

山口:「人が増えてきたというのがあるんですけれど。アメリカではホームパーティーの文化があるじゃないですか?」

齋藤:「営利目的ではなく、個人的に楽しむためにDJを呼んだりする文化が、向こうではシーンとしてあって有効に機能している。そういうことって、草の根だけど重要だと思っています。それをやるには、今の家では音が出せない、とか人の出入りが多いと怪しまれるとか、また限界が出てきたんですね」

-ルームシェアって、基本的に不動産屋や大家さんは歓迎しないですね。

山口:「『たかる』ということが嫌がられる傾向はあります。昔は宗教団体が一つの場所に集まってしまって、住民の反対運動が起こって貸した不動産屋が潰れてしまうということもあったので、今はルームシェアやシェアオフィスというのが出てきて、不動産屋や大家さんが迷っているみたいですね」

-新居はどんなところが決め手だったんですか?

山口:「渋谷で地下室がある物件って10件くらいしかないんですけど、それがちょうどあって。たまたま大家さんが元々音楽関係の仕事をしている方で、『好きに使いなよ』と言って下さって。敷金・礼金もギリギリまで下げて貰いました。でも、今度は渋谷駅から徒歩圏内なので、月の家賃が50万円を超えるんですよ。初期費用としてどうしても300万円近くかかりました」

齋藤:「250万円あればなんとかなるんですけれど、引越し数週間前で200万円しかないというシビアな状況で…。それでtiwtterで『助けて下さい!』と呼びかけて、いろいろお騒がせしたという(笑)」

-広さはどれくらいなんですか?

山口:「約140平米で4LDKですね」

齋藤:「20畳強のLDKと10畳の地下室があって、そこをイベントする場として使いませんか、ということです」

山口:「とにかくホームパーティーが出来る環境が欲しいんですね。家として遊びにこれて、パーティーもできるという場が作りたいんです。全然接点のなかったお客さん同士のコミュニケーションがあるのが楽しいですね。そこで出会って付き合っちゃうカップルもいる(笑)」

齋藤:「なるべく営利的にならないように気をつけています。場所貸しだと他の箱と同じになってしまうので。だから、パーティーをやってそれがシーンに接続する、という形になれば、と考えてやってきてます」

山口:「ここでは実験できるので。例えば『VJやりたいんだけどやったことのない』という人が、夜中に練習できたりする場も提供したいですね」

齋藤:「クラブや大きな箱になるとコネやお金がないと借りれない。それでイベント出来ないというのは残念ですよね」

山口:「失敗も成功も一番リスクがないところでやれればいいし、そういった場を提供したいですね」

齋藤:「最近では佐藤雄一さんがされている詩の朗読会『サイファー』の打ち上げなども、毎回渋家でやって頂いているんですよ。そういったことで、渋家の存在の認知度が上がってきているというのはありますね」

山口:「少なからずこういった場にニーズがある以上、それがなくなることは避けたいし、よりよいものにしていきたい」

齋藤:「今すぐは利益が出ないですけれど、運営費用はちゃんと回るような計画も立てています」

山口:「だから、今回寄付してくれた方々には、本当に足を向けて寝れないですね」

齋藤:「今は渋家のメンバー一同、感謝の気持ちしかないです。応援して頂いた皆さんのためにもイベントの企画などで楽しいムーブメントを起こすよう動いていきたいと思っています」

渋家では、スペースシャワーTV『Nandacoole -ナンダコーレ-』で前田勝彦氏によるエレクトロニックプロジェクト、world’s end girlfrienとのコラボレーション企画を8月1日より開始。すでに廃盤となっている幻のファーストアルバム『Ending Story』が8月5日よりVirgin Babylon Recordsから再リリースが決定している。

※『Nandacoole -ナンダコーレ-』×渋家×world’s end girlfriendが濃厚タイアップ!!
http://www.qetic.jp/?p=70981[リンク]

また『Maltine Records』が8月21日に渋谷UNITで開催するイベント『なんかもうやけくそでサマーオブラブ』の前売券(2300円)を持っている人を対象としたホームパーティーを8月13日19時より開く。これが実質的に新生渋家で開催する初めてのイベントになる。

※『なんかもうやけくそでサマーオブラブ』
http://yakesummer.exblog.jp/[リンク]

多方面から注目を浴びている渋家。今後も動向がますます目の離せない存在になりそうだ。

※この記事はガジェ通ウェブライターの「ふじいりょう」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
乙女男子。2004年よりブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』を運営。ネット、メディア、カルチャー情報を中心に各媒体に記事を提供している。

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