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書き手の責任 読み手の責任

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『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』

今回はParsleyさんのブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』からご寄稿いただきました。

書き手の責任 読み手の責任

「岡田斗司夫さんと記事を書いたParsleyさんのニコ生に関するニュース記事を巡るやりとり」 2011/06/02 『Togettter』
http://togetter.com/li/143362

えーと。いろいろとお騒がせしております。Parsleyです。特にお騒がせというか、物議を醸したであろうのが、下記の箇所。今回はそれについてつらつら記しておこうかと。

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じゃあなぜ、それを誤解したツイートが増えているんだと思う?この「誤解」の責任はあなた?それとも掲載したニコ生ニュース? #niconews RT @parsleymood:「ジオン軍と日本人は同じ」と見出しにするのが婉曲(えんきょく)だとは認識してません
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岡田斗司夫(ToshioOkada)さんのツイート『Twitter』

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@toshiookada 「誤解」の責任は「読み手」だと思いますよw 一次情報(生放送)を見ずにコメントしているわけですから。さらに言えば、ツイートの「数」には一定の力があると思いますが、一つ一つのツイートに社会的な価値はそれほどないというのが個人的な考えです。
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parsleymoodのツイート『Twitter』(編集部注:parsleymoodさん=parsleyさんです)

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ええっ!プロのもの書きがそんなこと言っちゃダメですよ!「誤解するのは番組見てない奴らの自業自得。つられた奴がバカ」って言ってるも同然だよRT @parsleymood: 「誤解」の責任は「読み手」だと思いますよw 一次情報(生放送)を見ずにコメントしているわけですから。
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岡田斗司夫(ToshioOkada)さんのツイート『Twitter』

このやりとりを見て、いろいろなご批判やご意見を頂いたけど、まず一言。私は「誤解やミスリードの責任は誰にあるか」という問いに“読み手”と断言した。でも、「誤解するのは自業自得。つられた奴はバカ」とは発言していない。「そう言っているも同然」とツイートしたのは岡田氏で、私に言わせればそう読み手に印象つけている=ミスリードしているのは岡田氏ということになる。

特に『Twitter』は140字という制限があるから、無意識のうちに印象が操作されたり、ミスリードが起こりやすい。今回の岡田氏の「バカといっているも同然」という歪曲(わいきょく)で私は“迷惑”したけど、仕方ないよ、それが『Twitter』との特性だし、脊髄反射するひとが沢山いてもおかしくないから。この件で岡田氏を責める気はない。

今挙げた話は本質からずれるので話を戻すと、私はニュースメディアでの“書き手”の責任は、次のように考えている。

・クライアント(ニュースサイト運営社)の方針に従った記事を書く。
・事実に正確な内容の記事を書く。
・PVあるいはコメントなど話題になり、サイト上が活発化するような記事を書く。

まずは、各ニュースサイトにはそれぞれにポリシー・運営方針があるので、その範疇(はんちゅう)で記事の内容を選定して書かなければならない。これは記事を掲載する上で鉄則。

で、次の“事実に正確な”というのが実は非常に難しい。というのも発言者が誤解をして話をしていることが多々あるからだ。例えば『ニコニコニュース』での「田原総一朗 談論爆発!」全文起こしで、石原慎太郎都知事が「なんかパリの軍縮会議に行った時、山本五十六に賀屋(興宣)さんはぶん殴られた。山本五十六か、その部下か知らないが」と発言しているが(参照 * )、正確には1929年ロンドン海軍軍縮会議でのエピソード。ここをそのまま発言者のまま通すのか、訂正を入れるのかは、それぞれの媒体のポリシーになる。

参照 * :「石原慎太郎×田原総一朗(5)「大手出版社のアニメエキスポ震災でパーになった。ざまあみろ」」 2011年5月18日 『ニコニコニュース』
http://news.nicovideo.jp/watch/nw64383

要するに、「事実って何なのよ?」という話なのだが、私は発言者が発言したこと、その内容、文脈が違わないようにすること、を“事実”として記事を書くことにしている。今回問題になった箇所は、ここの認識の差で起きている、というのが私の理解になるかな。

最後のPVに関しては、内容もさることながら記事のタイトルがかなり影響してくる。ある程度、PVや反応のある見出しにすることで、コンテンツとしての魅力を最大限引き出すべき、というのが私の考え。ここは編集部で変更される場合も多いが基本的にそこも“書き手”の責任の中に含まれるというのが私の認識になる。

では、肝心の部分。なぜ読み手に“責任”が発生するのか。それは、コンテンツ(記事)の反応を、書き込むことができて、コンテンツの情報を付加する(あるいはしない)ことができるから。

記事には書かれていない箇所から疑問点を挙げたり、内容を端折って大まかにまとめたりして『Twitter』もしくはコメント欄などにpostされたことによって、後から読むひとにとっては、postされた情報を含めて、一つの情報として捉えられる。その付加情報が“誤解”だったり、書き手が意図せざる“ミスリード”だった場合、その責任は、情報の付加=ツイートやコメントをした“読み手”にある。

まぁ、もっと刺激的な言葉を使うならば。「この程度の金額(場合によっては無料の場合もある)で、読み手の反応まで責任取れません」というのが正直なところになるかな(笑)。
これまでは、読み手の反応が可視化されることがなかったので、こういった問題は起きなかった。それぞれの読者の判断で感想や考えたことを述べたりすることが、インターネットのコンテンツを作る側には無意識のうちに浸透していた。少なくともそのように機能しているということは、インターネットを利用しているひとなら自明のことだと思っていた。けれど、そういうように意識していないひとも(識者の中でも)多いということが分かったので、あえてリスクを犯して「読み手にも責任がある」と明言してみた次第。

もっとも、誰もが“責任”なんて取りたくないし、今回みたいに当事者が“誤解”や“ミスリード”を指摘することもできるのがインターネットの生態系で、しかも多くのひとはコンテンツを暇つぶしとして消費しているに過ぎないということも加味して考えると、一つ一つの記事に対してイメージコントロールを考えるのはコストが合わないと個人的には考えるけれど。そこはひとによって異論があるだろうし、異論を表明する自由と権利は誰にでもあるから、別に止めたりはしない。

ただ、インターネットで発言したことがその言葉通りに解釈されることさえ覚束ない空間である、ということは、誰もが覚えておいた方がいいと思う。もちろん、先程も述べた通り、書き手として事実に則した上で、可能な限りクオリティを求めるというのは当然のこと。だが、どれだけ手を尽くしたとしても、誤読やミスリードは起こり得ることで、しかもそれも含めて一つのコンテンツのして機能してしまうことがある、ということは、もっと真剣に論じられるべきなんじゃないかな、と思う。

そんなこんなで、私の方からこの件に関して石を投げるのはこのエントリーでおしまいにする。皆様がどんな石を投げ返してくるのか、楽しみにしています。

執筆: この記事はParsleyさんのブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』からご寄稿いただきました。

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