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東山魁夷の作品から心の在り方をもう一度見つめてみる ——アノヒトの読書遍歴:鵜飼秀徳さん(後編)

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 今年5月、日本の寺の将来について描いた作品『寺院消滅』を出版した、「日経ビジネス」記者・鵜飼秀徳さん。さまざまな種類の本を片手に全国100箇所以上のお寺を巡っては住職さんやその後継者の人たちの声を集めてきたそうです。鵜飼さんは仕事柄出張が多いこともあって、普段からその土地にまつわる作品を調べてはその本を読むのだとか。そんな鵜飼秀徳さんに日頃の読書の生活についてお話を伺いました。

——読みたい本を探す際、何か基準はありますか?
「『自然と人間の対峙』みたいな作品が好きで選んでいました。最近は絶版になっている本とかを掘り返したりしています。よく出張に行くので、その土地にまつわる本について調べるんですが、多くは絶版になってしまっているんですよ。ちなみに一昨年、伊豆諸島にある御蔵島というイルカがいる島に行ってきたんですが、有吉佐和子さんがその島を訪れたことを本にしています。それが『海暗』という作品。その本によれば、御蔵島は、海が暗いほど深いブルーだったため、海暗、海蔵、御蔵となっていったそうなんですよ。これも『自然と人間』の本ですね」

——その土地の自然について書かれた本を読むことで、その土地の歴史に触れたりもできそうですね。
「はい。自然といえば、ロジャー・ディーキン著の『イギリスを泳ぎまくる』はとてもよい作品。ロジャーさんは、作家で自然保護主義者でもある方です。この本はカヌーイストの野田知佑さんが監修されています。イギリスにある、ありとあらゆる水辺を泳ぎまくった男の物語という、非常にユニークで類型がないような内容ですね。装丁はやわらかいタッチになっていて、一人の男が水辺で海パンになって準備体操しているという風景です。世にも珍しいスイミングレポートという側面を持っていますが、この本は全英でベストセラーになりました」

——具体的にはどんな内容でしょうか?
「この本は、主人公がケンブリッジ大学の図書館の地図室にこもって、等高線とか沼の目印になる記号などを頼りにして、くまなくイギリスの水辺を回っていくストーリー。沼とか水路とか、時にはよくわからないお堀とかにも飛び込んで徹底的に泳ぎまくるんですが、本当にそれだけなんです。ただ、泳いでいる時の彼の目線は、岸にあるいろんな風景とか建物とかにいっていて。それを通して歴史を、例えば『イギリスと水』についてや、フライフィッシングの故郷としてのイギリスの歴史を感じていくんです」

——水の中に入ることで、いつもと違った視点から風景を眺められると。
「はい。私もフライフィッシングが趣味なのでわかるんですが、やっぱり人間は水と触れ合うと癒されます。日々の雑務が忘れられるわけです。せせらぎだけで五感が刺激されて、明日への英気が養われます。この本は、フライフィッシングをしない方でも、あたかも自分が水に入って水音を聞いているかのような気分になれる。この夏、サメ騒動で海に入れなかったという方に読んでほしいですね」

——ありがとうございます。ほかにおすすめの本があればご紹介ください。
「画家・東山魁夷の『日本の美を求めて』。この本は、日本画家の巨匠でもある東山魁夷さんが、日本の風景、といっても実際に目で見た風景ではなく心象風景について書いた本。つまり、心の目で見るということです。この本の中に、奈良時代の高僧・鑑真について書かれてある部分があります。彼は6回目のチャレンジで日本に到着するのですが、その際に視力を失い、光を失った状態で瀬戸内海に入ります。しかし、当時の記録には大和に入る際の様子が彼の目にはくっきり見えていたと。彼は、匂いとか潮騒の音とか空気感とか風の流れとか、そういったもので日本の風景を捉えていた。つまり、目で見たものよりも心で見た方が実ははっきり見える。そういう人間の心の様子が描かれている本なんです」

——この本のどんなところに影響を受けましたか?
「東山さんは画家なのでこの本で風景画も披露していますが、彼の絵というのは非常に淡いのです。画家という人たちは写実的に風景を捉えてしっかりときちっと描くということをされているんでしょう。しかし、東山魁夷は当然目で見るんですが、同時に心で見たものを投影して描いているんだと思うんです。私は、東山さんの絵をそれで好きになりました。人間の心の様をもう一度考えてみるというか、今日本人が大切にしなくてはならないもの、目で見てそれだけを信じるのではなく、こういった時代だからこそやっぱり心の在り方をもう一度見つめてみる。そういったことがこの本を通して学び直せるのです」

<プロフィール>
鵜飼秀徳 うかいひでのり/1974年、京都市右京区生まれ。日経ビジネス記者。
 成城大学卒業後、報知新聞社に入社。事件・政治担当記者を経て、日経ホーム出版社(現日経BP社)に中途入社。月刊誌「日経おとなのOFF」など多数のライフスタイル系雑誌を経験。2012年から週刊経済誌「日経ビジネス」記者。これまで社会、政治、経済、宗教、文化など幅広い取材分野の経験を生かし、企画型の記事を多数執筆。近年は北方領土問題に関心を持ち、2012年と2013年には現地で取材を実施、発信している。正覚寺副住職(京都市右京区)。

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