「強大な力を持ってしまった東電を再生させるには」――”古賀プラン”最新版(後篇)
ひきつづき経産省の古賀氏による「古賀プラン」についてお話をおききします。前篇はこちらです。このプランのベースとなった古賀氏の東電処理に関する私案は当初雑誌に掲載予定で4月18日に執筆されていましたが、経産省等関係者に事前送付したところ投稿を止められてしまったそうです。その文書の内容が批判されたというわけではなく、一職員が意見表明することによって政府に圧力をかけるのは不適当であるとの理由だったとのこと。しかしそれでも古賀さんは意見表明を続けておられます。公務員改革に関しても職を賭して挑んでおられましたが、その姿勢は今回もそのまま。古賀さんは以前、大きな病気を通して、死を覚悟したことがあり、以来信念を貫き通すことにしたとおっしゃっていました。
●古賀茂明さん(経済産業省 大臣官房付)
ダイエー、カネボウなど事業再生のプロフェッショナル。昨年末公務員改革に及び腰の民主党と衝突し、現在閑職に。まさに「戦う官僚」。
●パニックになっているのは銀行自身
――銀行の債権カットを行うと、金融不安になるという話もでています。
それも一種の脅しです。社債市場が崩壊するという大げさな噂もありますね。確かに、社債市場は一時混乱状態となりました。投資家は気が気じゃないかもしれませんが、東電債は電気事業法37条の規定により優先債権となっているので、実際にカットはおこなわれないでしょう。一時的に多少の混乱はあるかもしれませんが、それは市場がリスク判断を調整している過程だと考えるべきです。
JALの場合も社債カットをしたら大混乱にあると言われていましたが、実際は8割カットしても何の問題もありませんでした。
銀行の債権のカットであればさらに影響は限定的です。数千億円単位であれば十分耐えられます。
ではなぜこれほどまでに騒いでいるのか。それは債権カットがおこなわれると、金融機関の経営者の責任が問われる事態になるからです。3月末には2兆円近い融資を東電に対しておこないましたが、これは無謀な融資で、株主の了解を得ずにこのようなことをおこなえば背任罪にさえ問われる可能性もあります。
また、株に関しても、もし100%減資がおこなわれれば、金融機関の損失は膨らみます。そうなったら経営判断のミスを問われますので、銀行としては反対するわけです。
「上場を維持しないと東電の信用力が落ちてしまい、大変なことになる」という脅し文句も、上場廃止などになれば銀行経営者が責任を問われてしまうからなんです。
JALの場合、100%減資をして、上場廃止になりましたが、大きな混乱はありませんでした。
●電力会社の資金調達コストが上がれば消費者負担も増える
――電力料金は上がってしまうのでしょうか
原子力発電を使い続ける限り、原発事故のリスクがあるということが今回認識されました。そのことが原発を持つ電力会社の資金調達コストにもはねかえってきます。つまり原子力発電事業のコストが上がるということになってきますが、そうなると電気料金も上がってきます。しかしそれは市場のリスク評価が本来あるべき姿になってきただけで、これによって真の原発のコストがわかる、と考えることもできます。
ただ、実際には東電のコスト構造はおそらくジャブジャブなので、第三者が入ってちゃんとチェックすればむしろ値下げ要因がかなり出てきます。全国の電力会社も同じです。経産省と電力会社が癒着していたので今まで本当のチェックは行われていなかった可能性が高いです。
●圧倒的に強かった「東京電力の影響力」
――東電はその経済力をもって各所に「影響力」を持っているという話もききますが、実際はどうなのでしょう。
政治家、省庁、経済界、マスコミ、大学。すべてに東電の影響力が及んでいます。
・政治
自民党には全国の電力会社にお世話になっている議員も多く、資金面や選挙活動においても影響力があります。自民党で具体的に東電を解体せよと述べているのは、衆議院議員の河野太郎さんぐらいでしょう。かなり少数だと思います。そのようなわけで、自民党では東電に厳しい政策はなかなか通りません。今後も電力会社にお世話になろうという議員が多いからです。
民主党も、連合での最有力組織である電力総連の影響を受けています。現在、内閣特別顧問を務める笹森清氏は東電出身で連合会長となった人物です。(3月16日に菅首相が「僕はものすごく原子力は強いんだ」と語ったとされる相手)
菅政権は一見、東電に厳しいように見えるが、最後は国が責任をとるような言動が目立ちはじめています。
東電の影響力はやはりあるようですが、それを排除するために、東電及びその関連企業と役職員・東電労組による政治家への「献金」「便宜供与」「ロビー活動」などを禁止する必要があります。
・省庁
関連機関としては、「原子力委員会」「資源エネルギー庁」「原子力安全委員会」「原子力安全・保安院」があるが、いずれも事実上電力会社、東電の支配下にあると言ってよいでしょう。
過去50年間で経産省からは68人が電力会社へ天下っていますし、今も電力会社の役員には天下り役員などがいます。
さらに東電の影響力は経産省の人事にまで及んでいると信じられていて、実際、
電力自由化を強く唱えた官僚は左遷や早期退職に追いやられていると言われています。このような状況ですから、今や電力自由化などで東電と戦おうという人は省庁からいなくなってしまい、そういう声もあがらなくなってしまっていました。
・経済界
東電は巨大な企業ですから、大量の製品を買ったり、燃料や資材など巨大な調達をおこないます。また、これまでは銀行から見たらすばらしく優良なお客さんだった。これらの企業が集まる「経団連」もやはり東電擁護であるのはそういう理由もある。
・マスコミ
東電は巨大な広報予算を持ち、大量の広告を打つ。広告を掲載するメディアから見ると、素晴らしいお客さんである。現に今も、大量のお詫び広告がながれている。あれは東電がお金を払って流しているものであって、無料掲載ではないはずだ。あるテレビ局の看板報道番組のプロデューサーは、現場に対して「電力に逆らうな」とか「電事連と戦うのか」などと露骨に圧力をかけていて、若手のスタッフからこれを告発しようという動きもあるようです。
・学者
電力会社から研究資金や便宜供与を受けていた学者は影響下にあると言われています。
●マスコミ・学者への影響力排除
――これらの影響力をなくすにはどういう方法があるのでしょうか。
マスコミ等への不当な影響力排除のために、東電には広告を禁止してはどうでしょう。他の電力会社も独占企業ですから広告など必要ない。止めさせた方がいいです。また、これまでに行ったマスコミに対する接待・便宜供与に関しては個人名を含めすべて公表させるとよいと思います。
学者に関しても同様で、資金拠出・原稿料・講演料などの支払いに関しても全て公開を要請。メディアと専門家による「東電寄り」の情報による影響を弱めることができます。
●発送電分離・発電分割・電力自由化
これらの影響力の源泉は東電の巨大な経済力です。東京電力は発送電で事実上完全独占状態となっており、そのことを背景としてこの巨大な経済力は成り立っています。この状況を崩し、根本から変えるために、発電部門は分割しそれぞれの規模を縮小しながら自由競争の下におきます。そして再生可能エネルギーの利用や自家発電などあらゆる分野で規制緩和をおこないます。
現在の構造を温存せず、将来の電力市場のあり方も見据えて改革をおこなっていかなくてはなりません。
●事故調査は独立機関で
今回の事故は内閣そのものの責任も問われます。ですので、内閣がつくった調査委員会で公正な調査ができるのかというと疑問があります。今回に関しては、国会に事故調査委員会を設置して国会に対して報告する形にすべきでしょう。偽証罪に問われる証人喚問も行って徹底的に検証すべきでしょう。
また、今回の事故では、日本の原発の危機管理が世界と比べてもかなり遅れているというこが露呈しました。日本の専門家のみならず、世界の専門家を招聘する必要があります。
●経産省と内閣府の責任
――東電は国の定めた基準に従っており、すべての責任を東電に負わせるのは問題だ、という議論もあるようですが。
現在は東電がバッシングの対象となっていますが、経産省や政府の責任があいまいなまま進むのはおかしいですね。
原発事故の原因となった地震や津波に対する安全対策基準が甘かったことは明らかです。それぞれ、責任をとる必要があるでしょう。
・原子力安全・保安院、資源エネルギー庁の関連幹部の退任と退職金返上。過去の幹部も補償金のために退職金返納
・東電をはじめとするすべての電力会社に天下っている経産省OBの退任。今後全電力会社への天下り禁止。
・補償財源確保のため、政府の持っている資産の売却。JT株(3兆円)、NTT株、日本郵政株。公務員幹部宿舎、印刷局その他の土地、独立法人の保有する株、債権など。
・核燃料サイクル推進を前提とした積立金の取り崩しを認める。
●再生に向けた第2段階
――東電再生に向けて、どのような手順をとるべきでしょうか。
先ほど言ったとおり、巨大企業の再生の過程では、多くの無駄なコストが必ず隠れていて、それをカットするだけでもかなり収益構造の改善ができます。東電は独占企業で、これまでは経営危機などもなくやってきました。ですので、隠れた無駄なコストはかなりのものとなる可能性が高いです。これらのコストカットはどんどん進めていかなくてはなりません。
料金査定についても徹底的に見直す作業が必要です。それによって、電気料金が下がる可能性もあります。
これらの作業を素早くおこなうため、東電の経営は早急に「再生処理専門家チーム」に任せなくてはいけません。
分割の一つの案を提示してみます。
・東京電力を持株会社とする
・その傘下に「東京発電株式会社(発電)」と「東京電線株式会社(送電)」を子会社としてつくる
・次に発電部門を事業所単位で分割。持株会社の下に子会社として配置
・福島第一原発の廃炉事業は別会社でおこなう
・発電会社は順次売却
・送電会社は上場を目指す
・電力事業規制委員会を過渡的に設置して、電力事業の規制をおこなう
●原発規制について
――原発規制はどうなりますか?
現在の原子力安全規制のあり方は根本的に変える必要があるでしょう。
1.原子力安全・規制は経産省から完全に切り離します
2.原子力安全・保安院は廃止。原子力安全委員会を抜本的に改組・強化して独立性の高い3条委員会とします
3.能力のない者は雇用しません
4.委員会の委員の独立性・公正性を確保するための措置を導入
5.事務局には、外国人を含む民間人を大量に登用します
この分野は極めて専門性が高いですが、日本のレベルは米・仏などに比べると官民とも極めてレベルが低いことが今回わかりました。
原発規制分野はまさに「ガラパゴス化」しています。人材の国際化と高度化を図らなくてはなりません。
※3条委員会:専門性と公正中立性が必要な問題を扱う行政委員会。内閣から独立した地位と権限が与えられている。国家行政組織法第3条に基づくためこのように呼ばれる。
●スマートグリッド・再生可能エネルギー
――将来に向けて、どのようなビジョンを持つべきでしょうか。
まずは原子力偏重の政策を見直す必要があります。これまで原子力関連予算として使っていたものの大半を再生エネルギーの普及策に回す、といったことも考えるべきです。長期的視野に立ち、再生可能エネルギーを中心としたエネルギー供給構造が出来ないか、真剣に検討する必要があります。これまでは原子力に肩入れをしすぎていて、再生可能エネルギーが不当な扱いを受けていたとも言えます。
これらを実現するには、少数精鋭の改革魂にあふれる独立性の高いプロを集め、内閣にチームをつくり、作業にあたってもらうのです。スマートグリッド推進のための環境整備を今こそ進めるべきです。
※スマートグリッド:これまでの中央制御式送電網では実現できない自律分散的な電力制御方式。発電整備から末端の機器までをネットワークされたコンピュータで制御する。
※再生可能エネルギー:非常に長期間にわたり枯渇しない自然現象に由来したエネルギー源による発電方法。
●参考
古賀氏の著書『日本中枢の崩壊』(講談社)
古賀 茂明¥ 1,680
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(以上)
※写真:東京電力 / shibainu [Link]
トンチの効いた新製品が大好き。ITベンチャー「デジタルデザイン」創業参画後、メールマガジン発行システム「まぐまぐ」を個人で開発。利用者と共につくるネットメディアとかわいいキャラに興味がある。
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