【舌対音感】第4回:田中知之(FPM)【俺が愛したローカルフードたち】

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「旅をしない音楽家は不幸だ」という言葉を残したのはモーツァルトだが、では、旅する音楽家の中でもっとも幸せなのは? それはやはり、その土地土地ならではの旨いものを味わい尽くしている音楽家ではないだろうか。そこで! ライブやツアーで各地を巡るミュージシャンたちに、オススメのローカルフードや、自分の足で見つけた美味しい店を伺っていく連載企画。

第4回は、今年で活動20周年を迎えるFPMの田中知之さん。全国各地でDJプレイを披露し続けてきた田中さん、なんと5年前には47都道府県を制覇するという偉業を成し遂げています。全国各地の美味いものを知り尽くしている田中さん、最近ハマっている飲み歩きの楽しみがあるそう。飲ん兵衛必読のインタビューをどうぞ!

 

話す人: 田中知之(FPM)

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DJ、音楽プロデューサー。京都市出身。1997年『The Fantastic Plastic Machine』でデビュー以来、FPM名義でオリジナル音源をリリースするかたわら、国内外でDJとして活動。また、数々のアーティストのプロデュースやリミックスを手がける。ファッションや時計、車などへの造詣も深く、特にヴィンテージ・ウェアのコレクターとしては知る人ぞ知る存在。最近では自身のブランド、ListやConnecteeのディレクターとしての顔も。

 

一流割烹レベルの料理が、1/10の値段で!?

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──田中さんは全国々浦々にDJとして訪れていらっしゃいますが、その土地土地で美味しい店の情報を本当によくご存知ですよね。

「僕はその昔、雑誌の編集者をやってたんです。だから美味いメシ屋を取材したりロケハンするのが仕事だったんですね。そこで鍛え上げられた期間があったので、未だに美味しい店の情報を逐一入れていくっていうのが、自分のルーティンな行動になってるんでしょうね。ただ、生来へそまがりなもので、ここが美味いですよって教えてもらって、それが一般的に広くシェアされてたりすると、そこは別に僕が行かなくてもいいやって思ってしまう。友人たちにもグルメな人が多いけど、彼らが行ったことがない、僕だけが知っているっていう店をDigしたいって気持ちが強いのかも」

 

──なるほど。そんな田中さんが、最近ハマっている店はどこになりますか?

「最近、あらためて大阪の食文化の底力を感じています。やっぱり大阪は食いだおれの街だし、自分が編集者時代に基盤としてた土地だから、街の変化のグラデーションもなんとなく見えてたり、人気の場所の変遷も押さえてはいたんだけど、そういう流れに関係なく、地元で揺るぎなくやってる店がすごいもの出してたりするんですよね。だから今回も、本当は言いたくないネタばっかりなんだけど……大阪の野田阪神駅に〈お多福〉という店があるんです」

 

──野田阪神! おそらく観光客はほとんど訪れないような駅ですね。

「最近でこそ下町の飲み屋に、スノッブな人たちが呑みに来るようなケースも多いけど、その店は口が裂けてもスノッブとは程遠い、本当に地元のブルーカラー系の方々しか集まらないような居酒屋で。日曜祝日は朝8時からやってて、店構えからしても大きな暖簾に鉄の看板、アルミサッシの間口に赤い座面の丸パイプ椅子……っていう、僕の中ではかなりの理想型でね。そんな店構えからは想像できないんですけど、一流割烹レベルの料理が、おそらく1/10ぐらいの値段で出てくる店なんです」

 

──えっ! 1/10ですか?
「手描きのホワイトボードにメニューが書かれてるんだけど、ほとんどが1品300円。穴子の天ぷらとか、カツオのタタキ、アジのなめろう、ハモの天ぷらも全部300円なんです。こないだも行ったばかりなんだけど、その時注文してビックリしたのは、れんこん饅頭。すり下ろしたれんこんを蒸し上げて、そこにちゃんとした餡をかけて、もみじおろしや生姜の薬味も綺麗にのせてあって、見た目からしても懐石料理の域。で、完全に料亭の味なんです。これが300円で食べられるなんてありえないでしょ?(撮りだめしてあるスマホの画像を見せながら)」

 

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──たしかにこの画像を見せてもらっても、下町の酒場で出てくるレベルの料理じゃないっていうのがわかります。

「ハモの天ぷらも、一流料亭とタメ張るぐらいの美味さ。僕は京都人だからハモにはめちゃめちゃうるさいけど、すっごい美味しいんです。朝びき鳥のタタキっていうメニューは400円だったけど、それも朝仕入れた鳥を、鉄板でしばらく焼き目をつけてから、フタをして蒸し焼きにして、それを大量の氷で締める。俺が今まで食べた鳥の中でも一番美味いと思ったぐらいで。下町の居酒屋のメニューって、素材そのままだったり、昔ながらの調理だったり、素朴で安くて美味いっていうのが当然だと刷り込まれてるでしょ? そんなんじゃない、ありえないぐらい手の込んだ料理が出てくる。そういう奇跡に出会える喜びっていうのが、お多福にはある」

 

 FPM流!大阪下町ハシゴめし

──それにしても、どうしてそんな手の込んだ料理を出してくれるんでしょうね?

「僕らは土曜日の夜にDJをすることが多いから、明けて日曜日の昼ぐらいに行くことが多いんです。お店の大将は土曜日にしか立ってなくて、僕らが行くよく日曜日は二代目の息子さんが厨房を任されてる。おそらくその息子さんが、ちゃんとした料理のお店で修行をされて実家の店に戻ってきたんじゃないかと想像するんだよね」

 

──古くから続いてるお店の歴史を引き継ぎながら、次の世代が新しい風を吹き込んでいる、と。

「昔ながらの伝統の味で継承していくことも大切なんだけど、そこに新しい世代の技術や発想でちゃんとした化学変化が加わってる。あの内装と客層の中で、この料理が食べられることのギャップが素晴らしくてね。メニューも豊富だから、自分でセレクトした料理で懐石のコースを組み立てることもできるわけ。300円の料理を10品選んで二人でシェアしたら、ものすごいボリュームのある、上質なクオリティの懐石料理が一人当たり1,500円で食べられるってことなんだよね。大瓶ビールは1本440円と、大阪最安値の330円に比べるとやや割高なんですが、1本ずつ頼んでも1人2,000円でおつりがきちゃう。でも、内容的には15,000円とか2万円ぐらいの懐石と遜色ないものが食べられるって、僕は感じているんです」

 

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──もう、今すぐ野田阪神に飛んで、自分なりの懐石コースを作ってみたくなりました!

「でもね、ここの店は特別だから! こんな店ばかりが世の中に2軒もあるわけじゃないからね(笑)。そこで僕が最近実践してるのは、ここの店ではこの一品注文して、次の店でまた一品頼んで……という感じで、数軒ハシゴすることでコース料理が成立するっていう飲み歩き方。とくに大阪で、そういう楽しみ方を実践してるんです」

 

──たとえば、どんな風に回るかモデルコースを教えてもらえませんか?

「たとえば……まずはアメリカ村の〈トレボン〉っていう鉄板焼き屋。ここは僕が生涯の中で一番通ってる店だと思うんだけど、鳥ハートっていうメニューが素晴らしい。鳥のハツを目の前で開いて鉄板で焼いて、スパイスを数種とネギをかけて出してくれるんだけど、大きなハツが5個で300円。300円で食えるものとしては最高の美味しさで、大阪にグルメな友達が来る度に連れて行くんだけど、誰もが大絶賛してリピーターになってますね。で、地下鉄を乗り継いで野田阪神の〈お多福〉に移動し、さっき話したれんこん饅頭とハモの天ぷらを食べて。それから今度は天満に移動します。天満って、東京でいう立石みたいな感じで昼から飲める街として盛り上がってて。その中でも一番名店だと思うのが〈天満酒蔵〉。ここに行くと僕が絶対注文するのが、あさりの酒蒸し。値段は確か200円で、これもまさに割烹レベルの味なんです。天満酒蔵は店構えも内装も100点! 雰囲気も素晴らしいね」

 

──もうそろそろ終わりですか?

「いや、まだまだ(笑)。その後、同じ天満にある〈ダイワ食堂〉に行って。ここの名物メニューは2つあって。炙りいかおろしは、いかの刺身の上に大根おろしとマヨネーズがのってる。あとミノポン酢っていうメニューもオススメで、どっちも大と小があって、小で360円。だけど小でも充分にボリュームがあって、ものすごく美味しくて。そこから歩いて数分のところに、おでんとドテ焼きの立ち呑み〈権兵衛〉もある。そうやって、1軒で1品ずつ最高のものを食べていって、組み合わせてコース料理を完成させることができるのが大阪のすごさだね」

 

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一皿300円の料理も3万円のコースも、心意気が大事

──お話を伺っていると、なんだか大阪って街をひとつのお店のように捉えるような楽しみ方ですね。

「まさにそういう風にして楽しめる。天満だけでもコースを組めるし、ちょっと範囲を広げて天満から裏なんばのほうに流れてもいいよね。裏なんばも、博多の高級居酒屋で出す刺盛りと同じようなクオリティで、1人前が500円で食べられる〈新川にしや〉って居酒屋があって。下町の居酒屋の刺身って、魚の繊維も関係なく荒っぽく切って、ドかっと盛って、安かろうほどほど美味かろうみたいなもので満足することが多いと思うんだけど、そんなレベルじゃないんだよ。僕は、ただ単に安いだけで味は大したことないなって店には、何も魅力を感じない。でも、この1品だけは許せるって店があるでしょ? 他のメニューはそこそこだけど、この一品だけはやたら美味いみたいな。そういう情報を自分なりに精査して、今日はどういうコースで回ろうかって考えるのが楽しいんです」

 

──お昼ぐらいから新幹線の最終便までの5~6時間で、田中さんは4、5軒回るぐらいですか?

「いやいや、5~6時間もあれば10軒は回りますね。この時間帯に開いてる店はここって、自分の中にデータもありますからね。1店1品で懐石料理のコースを組めるし、それを和洋折衷にもできる。ロールプレイングゲーム的にメシを楽しめる街として、やっぱり大阪の底力を再確認しているところです」

 

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──そういう下町の酒場から、高級料理まで、田中さんは広く食べ歩いていらっしゃいますよね。

「欲張りなんでしょうね。どっちかだけじゃいやだし、両方知っておきたい。たとえば値段が高かったり、予約が取りにくい店っていうのは、それだけ僕もハードルを格段に上げる。それでもなお想像を超えた美味しい店ってごく一部だと思うし。単にネットの評価が高いだけで胡座をかいてる店がいかに多いか。これでこの値段だったら、もっと行くべき店を俺はたくさん知ってるわ。このレベルの懐石で3万取るんやったら、俺は野田阪神のお多福で100皿食うわって、そう思っちゃう(笑)」

 

──最高です(笑)。

「ひと手間をかけて料理を出すってことにおいては、一皿300円の料理でも、3万円のコース料理でも一緒だと思うんだよね。そこを俺はフラットに見たいと思うし、そういう心意気を感じる店に行きたい。店それぞれでチェックするポイントや、ジャッジする基準は違うけど、いろいろある中で、自分はなぜこの店に惹かれるんだろうっていう部分を考えながら、いつも店を選んでるんです」

 

撮影:沼田学

 

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書いた人:
宮内健

1971年東京都生まれ。ライター/エディター。『バッド・ニュース』『CDジャーナル』の編集部を経て、フリーランスに。以降『bounce』編集長、東京スカパラダイスオーケストラと制作した『JUSTA MAGAZINE』編集などを歴任し、2009年にフリーマガジン『ramblin’』を創刊。並行してイベントのオーガナイズ、FM番組構成/出演な ど、様々な形で音楽とその周辺にあるカルチャーの楽しさを伝えている。 Twitter:@powwow

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