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ベトナムで「昭和の高度成長期」が再現! 初のプロレス興行やボウリングブームも

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ベトナム戦争の終結から40年。GDPは1980年後半から10倍以上の伸びで「奇跡の復活」といわれるベトナムでは、南シナ海の領有権をめぐり中国との緊張関係が続く一方で、日本との絆がより深まりつつある。

8月31日放送の「未来世紀ジパング」(テレビ東京)は、日本企業のベトナム進出に密着。アウンコンサルティングの調査によると「日本が好きですか」という質問に、ほぼすべての人が「好き」と答えるベトナム人。2012年には45%が「大好き」と回答したが、2015年には64%に増えており、親日ぶりはさらに高まっている。
400年前に作られた「日本町」も健在

ベトナムには現在1400社以上の日本企業が進出している。日本経済新聞社・編集委員の後藤康浩氏は、ベトナム社会が豊かになってきたおかげで日本のブランドにも手が届くようになり、より親しみが増したと解説した。

日本とベトナムの関係は古く、1600年代前半に江戸幕府が鎖国するまで続けられていた朱印船貿易までさかのぼる。古い町並みがユネスコの世界文化遺産に登録されているホイアンには、400年前に1000人以上の日本人が移り住み「日本町」がつくられていた。

日本人が作ったといわれる「来遠橋」、通称「日本橋」がその象徴だ。ベトナムの紙幣にも描かれた名所で、いまも多くの観光客で賑わっていた。隣の「中国町」は閑散としており、現地の人たちは「日本のほうが親しみやすい」「中国のイメージはあまりよくないからね」と印象の差を語る。

後藤氏の解説によると、1960年代の日本の高度成長期と2013年のベトナムの人口構成が似ており、「日本で昔受け入れられていた産業が、今ベトナムで花開く」とのこと。ベトナム初のプロレス興行が行われ、日本が開校した理容専門学校が人気だ。栄光ゼミナールや公文式の教室、ボウリングやカラオケも進出している。
ベトナムでの「パン屋」開設に向けて3人の研修生が奮闘

災害備蓄用の缶詰パンを開発したことでも知られる、栃木・那須塩原のパン屋「パン・アキモト」は今年4月、ベトナムから3人の研修生を受け入れていた。ユイさん(30歳)と妻のフイさん(24歳)、そしてベトナムの大学で日本語を学んだハンさんだ。

秋元義彦社長はこの3人にベトナム店を任せようと考えていた。海外初進出をベトナムにした理由を、秋元社長はこう語る。

「ベトナム人は、ぞっこん日本に惚れています。それをひしひしと感じる。日本人というと憧れの目で見てくれる。日本人の優しさとか衛生、おもてなしを伝えられたら楽しいでしょうね」

月に一度、東日本大震災の被災地を訪れて応援活動を行っているアキモト。ベトナムの研修生たちも福島県二本松市の仮設住宅を訪れた。人生初のボランティア活動を行い、人の役に立つ仕事の大切さを実感したようだ。

3か月後、パン作りも接客も上達した研修生たちは、社内あげての壮行会で「日本に来てたくさんの人と価値観に出会い、成長するきっかけになった」と涙ながらに挨拶していた。

外国人研修生というと、安くこき使う人員として悪評があるが、アキモトでのベトナム人研修生の様子を見ていると、待遇は悪くなかったのだろう。「社員は家族」というアキモトの社風にも触れ、本当に感激している様子だった。
外資の参入規制が緩和。チャンス増える

ベトナム店オープン時には多くの客が詰めかけ、開店1時間半で用意した500個のパンがすべて売り切れた。まずは順調な滑り出しで、店長のユイさんも「やったー。バンザーイ!」と安堵の表情だ。秋元社長はこう語った。

「昭和30年代くらいの街のパン屋さんでいい。安心安全・衛生を取り入れて。そうすれば、ベトナムでちょっと目立つパン屋さんになる」

2017年にはセブン・イレブンジャパンが進出する予定。これまでベトナムでは外資の参入に規制が多かったが、「今年の9月から大幅に規制緩和が行われるので、ビジネスチャンスは増える」と後藤氏は解説する。

「いまこそベトナムへ!」。そんなキャッチフレーズが広まっていって欲しいと後藤氏は力強く話していた。続々進出する企業たちが、現地の人たちを正当に評価し活かしながらビジネスを広げて欲しいと感じた。(ライター:okei)

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