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殺人事件の「被害者」の実名や個人情報が報道されることでどんな社会的メリットがあるのか、本当にさっぱり理解出来ない(不倒城)

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今回はしんざきさんのブログ『不倒城』からご寄稿いただきました。

殺人事件の「被害者」の実名や個人情報が報道されることでどんな社会的メリットがあるのか、本当にさっぱり理解出来ない(不倒城)

タイトルで完結しているんですが。

今回の大阪の件でもそうなんですが、殺人事件の加害者についての実名報道の是是非非が議論される中、何故か被害者については、昔から一貫して実名報道が貫かれております。

加害者、ないし加害容疑者の実名報道について、社会的なメリットが存在し得ることはまだ理解出来ないでもないです。まあ、こちらについても議論の余地は色々とあると思うんですが。

それに対して、被害者の実名やら個人情報やら遺族の情報やらがガンガン報道される件については、もう本当に、社会的にはどんなメリットがあるのかさっぱり分かりません。実際のところ、「興味を引いてメディアが視聴率を稼げる」以外のメリットってあるんでしょうか。

デメリットなら色々と思いつきます。


・単純に、被害者、及び被害者遺族のプライバシーが侵害される
・被害者遺族に対する嫌がらせ、誹謗中傷などが行われるリスクが上がる
・被害者遺族の情報がコントロール出来なくなり、遺族の人間関係に影響が出るリスクが上がる

それに対して、例えば「今後の犯罪防止に詳細な情報が必要!」とかおっしゃる方もいないではありませんが、「被害者の氏名の公開」が防犯にどう結び付くのか、その辺も良く分からないところです。別に実名や個人情報が報道されなくても防犯対策は出来ると思うんですが。

もちろん、被害者遺族が「具体的に、自分たちの事情を広く広めたい」と言われるなら話は別かも知れませんが、遺族が明確に「そっとしておいてほしい」という意思を表明している場合ですら、実名報道されることがままあります。アルジェリア人質事件の時とか、そんな感じでしたよね。

「アルジェリア人質拘束事件 実名報道 朝日新聞記者と私のやりとり」 2013年02月06日 『モトシロブログ』
http://livemedia.jp/?p=1363

今回の大阪の件でも、もう既に出てますよね色々と。被害者、及び被害者遺族に対する責任論と、それに端を発する諸々の誹謗中傷。被害者の事情や個人情報がどんどん表に出てきて、それに対してヒートアップするネット文言。

子どもを失ったばかりの家庭に対して、「被害に遭ったのはお前らが悪い」という声を浴びせかける意味って、一対地球上のどこに存在するんでしょうか。殺人被害を受けて、それ以上に責任を追及される必然性が何故あるんでしょうか。

以前からあった話だとは思いますが、「被害者遺族に対する報道被害」というものは、ネットで可視化されているのをしばしば観測できます。

「事故遺族をネット中傷 書類送検」 2013年09月21日 『livedoor NEWS』
http://news.livedoor.com/article/detail/8087745/

「グアム無差別殺傷事件、心から皆さまにお願い」 2013年02月17日
http://tokuhain.arukikata.co.jp/guam/2013/02/post_490.html

ぱっとリンクが出てきませんが、先日の川崎市のいじめ殺人や、2011年の大津市のいじめ殺人ですら、被害者側に対して「自己責任」の罵倒があびせかけられていた記憶があります。

これら、被害者や被害者遺族のリスクやダメージに対して、引き換えになり得る程の「メリット」って本当にあるんでしょうか。

以前も、似たようなテーマの記事を二つばかり書きました。

「正義感で個人情報を晒すことを許容していると、またスマイリーキクチ氏の中傷被害事件と同じようなことが起きると思います」 2015年03月03日 『不倒城』
http://mubou.seesaa.net/article/414963943.html

上記は、どちらかというと容疑者の情報に関しての話です。

それに対してもう一方、上でも出しましたアルジェリア人質事件の報道に対して、こんな記事も書きました。

「アルジェリア人質事件に関するBLOGOSの記事は、議論のすり替えしかしていない」 2013年01月23日 『不倒城』
http://mubou.seesaa.net/article/315176767.html

これについては被害者側の実名報道寄りの話だったと思うのですが、ここでの「メディア側の論理」と思われる内容は、正直本当にわけが分かりませんでした。手前味噌になりますが、そのまんま引用します。

毎日起きている交通死亡事故の中にも、思わぬ社会の不備が隠されていることがある。遺族への取材が社会を突き動かし、事故対策が進むことは決して少なくない。

その一方で「Aさん」という匿名に社会を動かす力はない。

僕は「個人情報の保護」「匿名報道」という綺麗ごとや事なかれ主義よりも「実名報道」という疼きを伴う地道な作業が社会をつなぐ力を信じたい。

みんなで泣き叫んだり、怒ったり、笑ったりする記憶を共有する社会は「匿名」の中からは生まれてこない。語り、言葉を紡いで、つないでいくという作業から社会に連帯感が生まれてくると信じている。

僕が犠牲者なら事件の背景を徹底的に調べて、何か問題がなかったか報じてほしいと願うだろう。

僕は「実名」で死にたい。それは、僕が社会で生きていく上での誓約でもあり、権利でもある。

といった部分だろうと思う。

ここでは何点かの錯誤が発生している。


・ 首題で提示されている「個人や遺族の了解」という問題が(恐らく意識的に)無視されている。
・ 個人情報の保護という問題を、「綺麗ごと」「事なかれ主義」と無根拠にレッテリングしている。
・ 上記に付随して、個人情報の保護という問題を実名/匿名だけの問題にすり替え、矮小化している。
・ 「「Aさん」という匿名に社会を動かす力はない」という主張が無根拠。「連帯感」などの曖昧な言葉にすり替えられている。
・ 最終的に、首題に対する回答として、「僕は「実名」で死にたい。」という、いわば自分の意志しか提示していない。

他にも色々あるんですが。結局のところ、「殺された人の個人情報が暴かれる」ことで、一体どのように「社会に連帯感が生まれる」のか、私には今でもさっぱり分からないままなのです。

被害者や被害者遺族の人権についても、最近はようやく議論になってきたようではありますが。

より一層、「被害者のプライバシー保護」に対する機運が盛り上がり、最終的には「そっとしておいてほしい」と願う被害者遺族の感情こそ、最も大事にされるようになればいいなあ、と。

そんな風に思う次第なのです。

執筆: この記事はしんざきさんのブログ『不倒城』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2015年08月26日時点のものです。

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