【犬との暮らし】支配性理論に惑わされる人々

柴犬

 “犬と共に暮らす”と表すと、言葉こそ美しく見えますが、犬が起こす行動によって苦しんでいる飼主さんも多くいます。たとえば、噛む・吠える・暴れる・自虐行為などを抱える飼主さんは、日々悩み、解決策を求めています。飼主さんの中には、気苦労が限界を超えてしまい、犬と共に暮らす事を諦めて、保健所などに持ち込む人もいます。
 犬が持つ、人に悪影響を与える行動をどのように解決させるかというのは、飼主さんの課題だけではなく、ドッグトレーナーやドッグビヘイビアリストの課題でもあります。この課題に取り組むべく、前出の専門家たちは様々な方法で解決に取り組んでいます。様々というのは、本当に多様であり、例えば10人の専門家がいれば、10通りの方法があるほどです。その中でも、特に2000年以前の問題行動矯正の考え方の基本に支配性理論というものがありました。これは、“飼主がボスになり、犬を支配しないと、犬にボスの座を奪われる”という考え方です。それ故に、ボスとなった犬は好き勝手に振る舞うとされます。また、ボスとなった犬は、ボスとしての振る舞いからストレスを溜めやすいとされます。故に犬が可哀想だから、飼主がボスになりましょうというものでした。これらの考え方は旧来のオオカミの行動研究に基づいたもののようです。
 2000年以降の考え方では、この支配性理論を否定する流れが産まれます。これは、犬とオオカミは違う動物だという視点から、オオカミの行動や習性は犬に当てはまらないとしています。さらにオオカミの行動研究も進み、一概に支配性理論がオオカミにも通用しないという事が判りつつあるようです。
 さて、この一連の流れで米国や日本においても、支配性理論の問題点が取り上げられる記事が多く散見されます。アメリカのプロフェッショナルドッグトレーナーズ協会(APDT)はプレスリリースで「支配性理論を用いるべきでない」という趣旨の声明をだしています。支配性理論に頼った訓練法を行なうことで、犬は多大なストレスを受け問題行動が悪化することがあるとされています。米国や日本の訓練士の中には、この支配性理論に基づいたトレーニングを行っている人も多く、依頼者である飼主さん達を混乱に追い込んでいる状況でもあります。支配性理論では犬の行動に対して、主に罰を用いて対処します。これを陰性強化型訓練と言います。他方、反支配性理論では犬の行動を罰を使わず、犬が望ましい行動を取った時に褒める事で対処します。これを陽性強化型訓練と言います。最近では、この陽性強化型が多くの支持を集めているようです。
 ここで、新たな混乱が生まれてきます。“陽性強化のみを行い、陰性強化は行わない”という専門家が増えてきました。いわゆる“犬は褒めてしつける”というものです。これは飼主さん(特に女性)には受け入れやすく、支持されやすい側面もあるようです。しかし、これによってもやはり、問題行動が改善されない・または悪化するという事例も出てきています。これは、犬が望ましい行動を取った時に、褒めることで犬に自信を付けさせる事ができても、問題行動の根源にある要因を取り除けてない事が原因にあると考えられます。原因そのものが残ったままなので、問題行動がなくならないのは当たり前のようにも思えます。
 
 こういった、陰性強化・陽性強化の理論を用いて、訓練を行っても犬の問題行動がなくならないのは何故なのでしょうか。これは一重に“ドッグトレーナーの質の悪さ”が起因していると考えられます。陰性強化・陽性強化どちらの手法でも結果がでないとすれば、理論そのものが間違っている可能性があります。ここで邪魔をするのが、専門家のプライドです。犬の問題行動を解決するという最大の使命より、ドッグトレーナー達の自身のプライドの方が勝っていると混乱はさらに深まります。一方の理論を否定し、自分の理論が正しいということを主張し始めます。こうなるとただの論戦でしかなく、本題である犬の問題行動は主眼に置かれなくなります。「陽性強化であるべきだ!」や「陰性強化でないとダメ!」という両者の主張は、これこそ支配性の表れだと言えないでしょうか。また、依頼者である飼主さんを指導する立場にある彼らが、飼主さんに対して、この論戦のような様相で指導してしまうと混乱は収集がつかない状況になります。彼らを支持する飼主さん達は、教えてもらった事を絶対の正義のように振りかざすようになります。結果的に、偏った考え方が“これぞ絶対の正義だ”と言わんばかりに、ネット上で発表されるようになります。個人の考えを発表することは素晴らしいことです。しかし、それが本当に正義かどうか、正解かどうかは別の話です。特に生物の世界において“絶対”などいうことはあり得えません。特に専門家が犬の行動について語る時に「絶対……」という言葉を使うのは、あまりにもナンセンスであり、信用すべきではありません。生物の行動などはまだ未解明なことがほとんどです。なのに何故“絶対”という言葉が使えるのでしょうか。「絶対……である」という言葉を使う専門家がいたとすれば、それは、自身の正当性を承認して欲しいという気持ちの表れでしょう。自身の正当性を犬の問題行動より優先させているようでは、犬の問題行動が治らないのも当たり前のように思えます。大事なのは、犬の抱えている問題を客観的に判断し、飼主さんと共に問題の解決を図ることにあるはずです。

 結局のところ、理論に走ると問題の原因が見えなくなるように思えます。大切にしたいのは理論ではなく、論理的な思考をもって、犬の気持ちを考えることです。専門家であれば論理的な思考によって、飼主さんの気持ちと、犬の気持ちを考えることにあります。そこに自身の考えの正当性などは優先されるべきではありません。APDTの主張はもっともではありますが、そもそもアメリカのドッグトレーナーの質が悪いという事実が背景にあるからこそ、このようなプレスリリースがあったのでしょう。しかしこれを“権威ある団体の意思”として振りかざし、自身の正当性の強化に使うのは、論理的な思考ができないと表しているようなものです。

 問題行動の治療において、英国的な考えを持つドッグビヘイビアリスト達は、このような理論は参考程度にしか扱わないというのが、最近の流れになっています。彼らの対処法は“なによりもまず動物福祉の向上を優先する”というものです。例えば、犬に何かを教える際には、主に陽性強化を用います。しかし、飼育環境が悪ければ陽性強化の訓練を行っても意味がないと考えます。どんなに犬を褒めても、犬をケージに閉じ込めたりしていれば、問題行動は改善できないと考えます。また問題行動の改善には、それぞれの個体の性格・飼育環境・飼主の性格によっても、その方法論は異なってきます。なので一辺の方法論などは、ほとんど役に立たないのです。まして、彼らはこのような考えをも、絶対とはしていません。犬については、科学的な知識を持つことは大前提の上で、個体や飼主さんに合わせて、方法論を専門家自身が考える事がなによりも大事であり、私も、そう教わりました。

 私は保護犬などの、人を襲う犬の行動リハビリを行なう際は、犬を尊重することから始めます。犬が人を襲うというのは、致命的な問題行動です。でも、まずはその犬を尊重します。そして科学的に判っている範囲の生理的な欲求を満たします。このような犬も、もちろん、支配性から人を襲う訳ではないと思います。なので支配性理論などは気にもしません。ただ目の前の犬を尊重します。犬が何を求めているか、犬が何をメッセージとして発しているかを客観的に観察して少しづつ答えを探していきます。犬のニーズが判ってくれば、対処法も見えてくるものです。その対処法を少しづつ段階的に、結果を観察しながら実行していきます。犬のニーズが判らないうちに、こちらが何らかの理論に基づいたアプローチを行なうことはしません。問題を悪化させるリスクが高まるからです。
 この“犬を尊重する”というのは、問題行動のある犬に限らず、全ての犬に同じように用います。こちら(人)からの何らかの要求を犬に伝える場合、まずは相手(犬)を尊重しなければ会話は成立しないでしょう。犬から見ればきっと理論というのは所詮、人による思い込みでしょう。その理論とやらを押し付けらる犬は可哀想でなりません。
 絶対ではありませんが、犬にトレーニングをしなくても、犬のニーズを満たす事で犬から信頼を得て、問題行動が改善されることもあります。この時に一切の訓練も行わないのにも関わらずです。そして問題行動が治まってから、人とのコミュニケーション方法を犬に教えます。この時に陽性強化は大いに役に立ちます。しかしこれも、背景にある犬のニーズが満たされていることが前提です。

 少し難しい話になりましたが、犬に関わる人として、理論や自身の正当性などは隅に置いてはいかがでしょうか。犬が発するメッセージを読み解き、その犬のニーズを満たし、信頼関係を築く事に主眼を置く。あとは自分の頭で考えることが大切なのではないかと思います。生物の世界での、このような理論などは所詮、時が経てば変わるものです。人と犬が互いに意識と意識で繋がれるということは、今までの人類と犬との歴史の歩みが証明しています。科学的根拠であれ、理論であれ、それらはツールの一つに過ぎません。そのツールに依存して、思考停止になってしまっては元も子もないように思えます。
 目の前の犬と誠意をもって正面から向き合えば、きっと解決策はあると信じて疑いません。彼らは一生懸命に、素直にメッセージを発しています。常に思考をニュートラルにして彼らのメッセージに心を寄せたいと思います。

 より多くの犬が笑顔をでいられますように。

(TOP画像は著者撮影の物)

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(執筆者: MASSAORI TANAKA) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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