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旧フランス植民地の文学が今アツい!――小野正嗣インタビュー(3)

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 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第69回の今回は、新刊『水死人の帰還』(文藝春秋/刊)を刊行した小野正嗣さんが登場してくださいました。
 小野さんといえば今年1月に『九年前の祈り』(講談社/刊)で第152回芥川賞を受賞したのが記憶に新しいところですが、『水死人の帰還』は未発表だった「ばあばあ・さる・じいじい」から2009年に発表された「みのる、一日」まで、長期間にわたる創作が収録された作品集。小説を書き始めたころから現在までの、小野作品の変化を味わうことができます。
 1996年のデビューから19年。小野さんの文学はどのようにスタートし、築き上げられていったのか。たっぷりと語っていただきました。注目の最終回です。

■「読むことで立ち上がってきた世界は、その人だけのもの」
――ここからは、事前に募集した読者の方々からの質問にお答えいただければと思います。
「小野さんといえばフランス文学の研究者としても知られていますが、フランス文学研究をはじめたのはどうしてですか?」(30代男性)。こちらについてはいかがですか?

小野:僕が学生だった頃、フランスの現代思想が隆盛を極めていて、フーコーとか、デリダとか、ドゥルーズの本を学生たちが真剣に読んでいました。当時、僕はフーコーに興味
があって研究していたんですけど、フーコーの初期の仕事って文学作品がたくさん出てくるんですよ。だから研究を通じて文学作品を読んでいたんですけど、そのうちにどうも思想は自分に合っていないんじゃないかと思い始めたんです。フーコーを研究しつつ、それを通じて文学を読んでいたわけだから、文学の方が好きだった。
そんなある日、お世話になっていた先生が、カリブ海地域のフランス語で書く作家たちが非常に面白い仕事をしていると教えてくれたんです。つまり、マルティニークやグアドループといったフランスの海外県の作家ですね。そういった作家の小説を読むと、わけのわからないおっちゃんやおばちゃんが出てきて、悲しい話や笑いがないまぜになっている、僕の田舎みたいな世界が広がっていました。それが気に入って、僕はこの地域の文学を研究してみようと思いました。
だから、僕は「フランス文学」というよりは「フランス語圏文学」を研究しているというのが正確なところでしょうか。

――「フランス語圏」ということはアフリカなども研究対象ですか?

小野:アフリカのフランス語圏の作家は、まさに今やっているところです。アフリカにおけるフランスの旧植民地は広大で、独立後もそうした地域出身の作家たちがフランス語で小説を書いている。そういう作家たちにインタビューをしたり、作品を読んで研究したりといったことをやっています。

――ちなみに、どういった作家がいるのでしょうか。

小野:いまよく読まれているのは、コンゴ共和国出身のアラン・マバンク。それから、ちょうど20年前に47歳で亡くなってしまったけど、ソニー・ラブ=タンシという作家の再評価が進んでいます。彼より少し上の世代でまだ存命のアンリ・ロペスという作家もいます。
セネガルはファトゥ・ディオムという女性作家がいて邦訳も出ています。この人はセネガルからフランスの大学に行って博士号まで取ったんだけど、人種差別などもあって職に就くのに苦労して作家になったという人。
あとは、カメルーン出身のレオノラ・ミアノだとか、コートジボワールのアマドゥ・クルマ、チャド出身のニムロード、ギニアのチエルノ・モネネムボなども興味深いですね。ジブチ出身のアブドゥラマン・アリ・ワベリは『バルバラ』という作品が邦訳されていますね。おもしろい作家がたくさんいるんですよ。

――「小説を書く上で絶対に欠かせないものがあるとしたら、どんなことですか?」(20代男性)という質問も来ています。

小野:これはもう、書きたいという気持ち、欲望でしょうね。

――「大学で教壇に立っている小野さんですが、芥川賞を受賞した後、学生からの反応は変わりましたか?また、学生と飲みに行くことはありますか(行くとしたらどんなことをお話しされるのでしょうか)?(20代女性)こちらはいかがでしょうか。

小野:反応は変わらないですね(笑)。受賞した直後の授業は、教室に入ると学生が拍手して迎えてくれましたけど、それ以降は全くいつも通りです。
「賞を取ったから履修希望者が増えて大変ですよ、先生」なんてみんな言うから、僕もまんざらじゃなかったんですけど、ふたを開けてみたら定員にも達していなくて(笑)。
飲み会については、学生に誘われることもないし行っていないです。文学部の文芸・思想専修というところで教えてるんですけど、一人で本を読むのが好きな学生が多いのか、あんまり飲みに行きたがる感じでもないですし、圧倒的に女子学生の方が多いんですよ。女子学生がおっさんを飲みに誘わないでしょう。誘われたとして、僕が「じゃあ飲みにいくか!」というのも何だかヤバい気がするし。というわけで、学生とは飲みに行きません(笑)

――小野さんが人生で影響を受けた本を3冊ほどご紹介いただけますか?

小野:それはちょっとわからないですね。その時の気分で変わりますから、今挙げるのは難しいです。
人生に影響を受けたというと、本よりは人かもしれません。物書きとしての自分が大きな影響を受けたと思うのは英米文学者で翻訳家の柴田元幸先生と、先ほど名前が出たクロード・ムシャールさん。それから今も僕の田舎にいる「しいちゃん」というおじいさん。3冊ではなく、この3人からは、強く影響を受けたと思っていますが、それに比べると本はそれほどでもないです。これまで素晴らしい本に出会ってきたと思っていますが、そうした本との出会いも人を通じてでしたからね。

――最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いいたします。

小野:作者は「こういう風に読まれたい」と思って作品を書くことはできません。もしかしたらこの作品は皆さんが抱えている問題にうまく反応しないかもしれない。でも、この作品と繋がるような問題意識を持っている人もいるはずで、そういう人が自分自身のバックグラウンドや読んできたものの記憶と重ね合わせて「自分だけの作品」を作っていただけたらいいなと思っています。読むことで立ち上がってきた世界は、その人だけのものですから。

■取材後記
質問させていただくたびにお話が膨らんでいく楽しい取材でした。自分の作品について語るのと同じくらい熱心に、研究対象であるフランス語圏の作家について話してくださり、わずか一時間の取材中に読書世界が大きく広がりました。
これからも素晴らしい作品を書き続けるとともに、世界の知られざる秀作、傑作を日本に紹介していただきたいです。
(取材・記事/山田洋介)


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