梅雨のしっとりした季節に聴くJ.D.サウザーの繊細な歌声。今宵は彼のロマンティックな歌の世界に静かに身を委ねて――。

梅雨のしっとりした季節に聴くJ.D.サウザーの繊細な歌声。今宵は彼のロマンティックな歌の世界に静かに身を委ねて――。

どうして、こんなにもロマンティックな歌声なんだろう…。70歳になっても恋の切なさや愛おしさを甘いハイトーン・ヴォイスで伝えてくれるJ.D.サウザー。彼の歌声が響き始めると同時に、会場は深い雰囲気に満たされ、徐々に甘美で艶かしい空気が広がっていった。

 J.D.サウザー――デトロイト出身のシンガー・ソングライターである彼は、自らが歌うだけでなく、リンダ・ロンシュタットやカーラ・ボノフ、イーグルスなど70年代アメリカ西海岸のミュージシャンたちと多くの曲を作り、多数のアーティストに楽曲を提供してきた“職人”だ。ただ、彼が他の職人と決定的に違うのは、無骨で一途な頑固さの代わりに限りなくロマンティックな心を持っていることだろう。

 そんな繊細な性格は、例えば79年にリリースした彼の代表作にしてソロ3作目に当たる『ユア・オンリー・ロンリー』のタイトル・ソングや、81年にジェイムズ・テイラーのアルバム『ダディーズ・スマイル』の中で披露した「憶い出の町」での追憶感覚に彩られたデュエットなどに顕著に現れていると言っていいだろう。とにかく彼の歌には、どこか昔の記憶を呼び起こすようなデジャ・ヴな感覚があり、それがまるで子供のころに頬張ったキャンディのように甘く懐かしい味なのだ。いろいろな経験を重ねてきたからこそ味わい深く感じられるAOR的なテイストを持った彼の楽曲は、決して平坦ではない“人生”という旅の疲れを癒し、自己を見つめ直すフィルターにもなる。そんな巧みな曲作りに、近年はジャズ的な響きも加わって、より深みのあるムーディなナンバーを書き、しっとりと歌っているJ.D.サウザー。

 今回の来日は8日に大阪でライブを行い(「Brown(Osaka Story)」は歌ったのかな?)、昨日(10日)も『ビルボードライブ東京』で歌っての最終日。彼自身もリラックスしてステージに上がってきたようで、心地好い余白がある、寡黙でありながら饒舌な歌が次々に披露されていく。イーグルスのメンバーと共作した「ニュー・キッド・イン・タウン」をシックに、「ハートエイク・トゥナイト」を躍動的に、さらにはアンコールで「ベスト・オブ・マイ・ラヴ」をジェントルに、ピアノとベースをバックにしたトリオ編成で、繊細でゆったりとしたリズムの間を漂うかのようにロマンティックに歌っていくサウザー。聴いている僕も自然と身体の緊張がほぐれ、歌の世界にのめり込んでいく。こんな現実逃避なら、誰にでもたまにはあっていいのではないか――。

 人間同士のプライベートでのちょっとした摩擦や男と女の微妙な心の距離感のズレを機微に富んだ言葉で綴っていく彼の詩人としてのセンスは、まさに掛け替えのない才能と言ってもいいだろう。無頓着に触ると壊れてしまいそうなほど、まるでガラス細工のようにデリケートな世界観とメロウな旋律のバランスは、他のミュージシャンからは決して得られないものだ。

 5月にリリースされたばかりの、キャンドルの光から離れたところにあるほの暗い空間を感じさせる新作『テンダネス』からの曲も披露し、観客の多くが彼の表現する深い心理描写に甘いため息をついている。心なしか拍手の響きもやわらかく感じられるほどだ。ぜひとも、早い再来日を期待しながら、僕は彼の歌に聴き入り、ライブが終わった後も、頭の中で響き続けている繊細な声を何度も反芻しながら帰路についた。必ず、また来て欲しい――心からそう感じる一夜だった。

Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。さて、そろそろジメジメした梅雨の到来。でも、気分をげんなりさりさせる必要はない。こんなときは飛びっきりカラリとドライなアルザスの白ワインがオススメ。リースリングから作られる上品な辛口の味が清涼感を高めてくれるから、1度お試しあれ。

Photo: Masanori Naruse

◎公演情報
ビルボードライブ大阪
2015年6月8日(月)
ビルボードライブ東京
2015年6月10日(水)~11日(木)

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