IPv4アドレス枯渇 その意味と恐らくこれから起きること(後編)
今回はあきみちさんのブログ『Geekなページ』からご寄稿いただきました。
IPv4アドレス枯渇 その意味と恐らくこれから起きること(前編)はこちら
https://getnews.jp/archives/97056
IPv4アドレス枯渇 その意味と恐らくこれから起きること(後編)
・恐らくジワジワと進むIPv6への移行
「IPv6はユーザーメリットがあるわけではないから普及しない」という意見を散見しますが、現時点におけるIPv6への流れは、ある意味ユーザーニーズとは直接関係ないところで進行しています。“メリットがあるからIPv6へと移行する”というよりも、“IPv4アドレスが枯渇してしまうのでインターネットインフラ事業者は移行せざるを得ない”という状況に近そうです。
インフラ側が提供するサービスを調整することで、時間をかけてユーザーを誘導可能であることは携帯電話(たとえばmovaからFOMAへの移行など)などを見ていれば何となく想像可能かもしれません。
IPv6も同様で、インターネットインフラ業界では既に世界レベルでIPv6化が進んでいます。インターネットインフラ側としてIPv6へと移行しなければならない明確な理由があり、恐らくユーザーもIPv6へと自動的に移行へと誘導されていくのだろうと推測しています。
インターネットインフラ側がIPv6を推進しなければならない理由の一つとして、IPv4の運用コストがIPv4アドレス枯渇ととともに今後増大する可能性が挙げられます。まず、IPv4アドレスが枯渇したときに、IPv4を使い続けるために必要になりそうなのが大規模NATであるLSN(Large Scale NAT、別名CGN/Carrier Grade NAT、さらに別名Multi-User NAT)です。このLSNは、通常の家庭用NAT機器とは異なり、さまざまな機能や規模性が求められるため、現時点では、高価になるだろうと言われています。
LSN環境では家庭用NATとあわせて2段NATになる環境も登場します。
そして、ISPが全ユーザーに対してLSNによるサービスを提供するには、それなりの台数が必要となります。 ISPとしては、高価な機器を大量に購入しなければならないのは大きな負担なので、購入台数を最小限に留めつつ、LSN購入時期を可能な限り後ろにずらしたくなるのだろうと思います。
一方、現在販売されているネットワーク構築用のルータ(家庭用SOHOルータを除く)やスイッチの多くは、既にIPv6対応されているため、IPv6ネットワークは複雑な機器を購入しなくても可能です。そのため、IPv4アドレスが枯渇後には、IPv6ネットワークを構築するほうがIPv4ネットワークを構築するよりも安価になる可能性が高くなります。
時間の経過とともに、機器の値段だけではなく管理コストの面でもIPv4のほうが高くなっていくことが予想されます。上限が限られたIPv4アドレス空間により多くのユーザーを詰め込むような運用をすることが求められ、ネットワークが複雑化するためです。
その他、IPv4アドレスが枯渇して、IPv4アドレスそのものが“貴重な資源”となってしまうことによって“価値”が産まれてしまうことによる“コスト増大”も予想されます。
・IPv4アドレス移転と“IPv4アドレス売買” “IPv4アドレス市場”
IPv4アドレスが貴重な資源になると価値が発生し、組織間でIPv4アドレスの“売買”が行われるだろうと言われています。しかし、IPv4アドレス枯渇が間近に迫るまでは、IPv4アドレスを組織間で移転することは認められていませんでした。
とはいえ、IPv4アドレスが枯渇した後に、余っているIPv4アドレスを組織間で移転できる仕組みがなければ、IPv4アドレスがどうしても必要な組織は闇取り引きへと走らざるを得なくなってしまいます。
IPv4アドレスの闇取り引きが活発になってしまうと、誰が実際にそのIPv4アドレスを管理しているのかがわからなくなるという問題があります。現在のインターネットでは、“誰がどのIPアドレスブロックを持っているか”という点が管理されており、何か問題が発生したときに、管理者がIPアドレスから問題発生組織を知って連絡ができる体制が整えてあります。 IPv4アドレスを統括的に管理している組織を通さずに、自由なIPv4アドレス取引や、IPv4アドレスの闇取り引きが横行すると、各IPv4アドレスを実際に利用している組織が把握できない状態が多発するため、微妙なバランスで成り立っているインターネットを根底から変えてしまう恐れすらあります。
そのため、全てを禁止するのではなく、手続きを経てIPv4アドレスを移転する仕組みが用意されました。日本が参加しているAPNICでは、2010年にIPv4アドレス移転が実装され、組織間でIPv4アドレスを移転できるようになりました。
しかし、ここで重要なのは良く言われている“IPv4アドレス市場”や“IPv4アドレス売買”と、実際に仕組みが存在している“IPv4アドレス移転”はニュアンスが違うという点です。 IPv4アドレス移転は移転するためのものであり、自由市場というわけではありません。
また、IPv4アドレスを新規に受け取る団体に対する審査は、従来の新規割り当て同様に存在するため、IPv4アドレス移転の仕組みがあるからといって、IPv4アドレス自由市場が登場するわけではありません。そのため、投資目的でのIPv4アドレス取得のような事は困難であると推測されます。
さらに、IPv4アドレス市場が確立したとしても、IPv4アドレスの供給は簡単に増やせるものではありません。 IPv4アドレス枯渇後も世界的に増加し続けるIPアドレス需要に対して、使い続ける事が前提のIPv4アドレス供給は減少していく事が予想できます。 IPv4アドレスは“使い続ける”ことが重要なので、最初のうちは各種組織が利用していないIPv4アドレスが“市場”に登場する可能性がありますが、一度売られたIPv4アドレスが再度流通する可能性は低いと思われます。そのため、時間が経過すればするほど供給が減少し、IPv4アドレスの価格は高騰していく可能性があります。
IPv4アドレスが高騰すれば、売る事に対して前向きになる組織が登場する可能性もありますが、IPv4アドレスを売るというのは自分のネットワーク規模を縮小するという意味でもあります。どの組織も一定以上は身を削る事はできないので、価格が上昇したからといって供給が永遠に増加し続けるというものではなさそうな気がしています。
・IPv4アドレス移転と経路爆発問題
IPv4アドレス移転が頻繁に行われるようになると、IPv4アドレスを譲渡する側の組織は自分保持しているIPv4アドレスブロックから、自分が使っていない部分を切り出して渡します。そうすると、今まで一つだった経路が複数に分割されてしまいます。たとえば、大きなアドレスブロックを持つ組織が“IPv4アドレス売買”を行って収入を得るために、IPv4アドレスを細切れにして多数の組織に売り渡すと、それだけ大量の経路がインターネット上にあふれることになります。
さらに、IPv4アドレスの“売買”が活発に行われ、注文が発生する度に細切れにしたIPv4アドレスが販売され、同じ組織が連続しない細切れのIPv4アドレスを利用するという事例も発生する可能性があります。
このようなことが、世界各地で活発に行われてしまうと、今までにない勢いでインターネット上で経路数が増加してしまいます。インターネット上の経路数が増加してしまうと、処理性能が低い(メモリが少ない)古いルータが処理しきれなくなり、一部の経路への到達性を失うネットワークが登場する可能性があります。 このため、IPv4アドレスの過度に自由な売買は結果としてインターネットを不安定にしてしまうかも知れないと言われています。
・IPv4アドレス移転の効果の試算
IPv4アドレス移転が、IPv4アドレスの新規割り当てが不可能になる時期を遅らせるための延命策としてどれぐらいの効果があるのかという試算が2009年12月に発表されていました。 JPNIC(社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター)による試算では、現時点での移転の仕組みを活用して、日本国内でIPv4を延命できる期間は“0.9年”だそうです。*1
*1:参考:「IPアドレス移転制度に関する状況」 2009年12月17日 社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター
※Adobe Acrobat Readerが必要です
http://www.soumu.go.jp/main_content/000049871.pdf
そこでは、非常にざっくりとした試算から0.9年分という移転可能アドレス数を推測しています。その根拠は以下のようになっています。非常にざっくりです。
*旧クラスAで配布済みなものがAPNIC内で38個あり、そのうち経路表にのっているものが20個である
*38個のうち、18個は経路表にのっておらず、グローバルに使われていない
*グローバルに使われていないIPv4アドレスのうち半分が移転に利用可能で市場に流通と仮定すると、9個のクラスA分アドレスが移転に利用されることになる
*この9個というのは、APNICの年間需要の0.9年分である(ただし、2009年当時)
色々非常にざっくりではありますが、“2009年時点で経路にのっていないもの”という視点で考えると、IPv4アドレス移転で稼げる時間はそう長くはなさそうです。
なお、現時点でIPv4アドレス移転が行えるのは同一RIR内の組織同士に限定されている点です。最も多くのIPv4アドレスが割り振られている国はアメリカですが、日本とアメリカではRIRが異なるため、RIRを越えたIPv4アドレス移転はできません。(ただし、RIRを越えるIPv4アドレス移転に関する提案や議論は行われています)
・とはいえ日本国内での影響は限定的
とはいえ、個人的には、日本国内においてはIPv4アドレス枯渇による一般ユーザーへの影響は限定的になるのではないかと予想しています。
IPv4アドレス枯渇問題は、インターネットが拡大するのが困難になるという問題であるため、“成長”が大きな要素です。既にある程度の成長を達成し、ユーザー増加による急激な成長フェーズを過ぎてしまった日本での影響は、いままさに拡大を続ける国よりは軽いものと思われます。
総務省による「平成21年「通信利用動向調査」の結果」 *2 を見ると、企業におけるインターネット利用率は99%、個人普及率は平成21年末で78.0%で増加に関しても数年前から緩やかなものとなっています。回線もブロードバンド回線が76.8%(ただし複数回答可)です。
*2:「平成21年「通信利用動向調査」の結果」2010年4月27日 総務省
※Adobe Acrobat Readerが必要です
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/100427_1.pdf
このため、今後、国内でインターネットユーザーが急激に増えることに起因するIPv4アドレス需要の急激な増加が発生するわけではないと思われます。さらに、ISPではLSN導入が検討されているため、一般家庭用のIPv4アドレス利用は圧縮される可能性が高いです。
極端な話、IPv4アドレスが枯渇したときに日本国内で苦労するのは、外部からのアクセスが必要になるようなサービスを行うために新規立ち上げを行いたいサービス事業者などに限定されるのかも知れません。例えば、データセンターのような事業を立ち上げたくてもIPv4アドレスがないのでできないという可能性があります。また、IPv4による、P2P、VPNサービス、IP電話なども影響を受けるかも知れません。(『Skype』や『Winny』や『Bittorrent』などは恐らくLSNの影響を受けるでしょう。そのような背景から『Bittorrent』は早期にIPv6対応しています)
しかし、影響を受ける人が限定的だからこそ大きな問題もあります。日本国内の多くの一般ユーザーにとってはIPv4アドレス枯渇は自分とは関係ない問題に映ってしまいがちです。そのため、ISPなどはIPv6のための大規模な追加投資を行いづらく、腰は重いけど危機が確実に近づいているのはわかっているのでツライという状況がここ数年続いていました。
・日本でのIPv6対応状況
日本でも、徐々にIPv6対応サービスが開始しています。大手としては『Yahoo! BB』が昨年4月時点でIPv6サービスを開始しています。*3
*3:「ソフトバンクグループのIPv6サービスのご案内」 『Yahoo! BB』
https://ybb.softbank.jp/ipv6/
その他にも、徐々に各ISPがIPv6の接続サービスを開始するものと思われます。今年の4月に開始されると言われているNTT-NGNでのIPv6サービスが一つの転換点になりそうです。(NTT-NGNでのIPv6マルチプレフィックス問題は話がややこしくなるので割愛。案2(トンネル方式)が4月開始で、案4(ネイティブ方式)が4月以降の開始であると言われています。“4月以降”がいつなのかは、今のところ私は知りません)
日本でのIPv6対応状況を知るには、『IPv4アドレス枯渇対応タスクフォース』が公開しているIPv6サービスリストを見るのがお勧めです。*4
*4:「 IPv6サービスリスト」『IPv4アドレス枯渇対応タスクフォース』
http://www.kokatsu.jp/blog/ipv4/data/ipv6service-list.html
・「IPv6間に合わなかったね」について
「IPv6が間に合う」という表現をチラホラとネット上で見ますが、恐らくIPv6はどのような状況であっても「間に合う」という状態が発生しない“何か”なのだろうと思います。
もし、IPv4アドレスが枯渇するような状況になる前に世界全体がIPv6へと移行していたならば、IPv4利用者が激減する状況になるはずで、そのような状況下ではIPv4アドレスは枯渇しません。そのため、「間に合う」か「間に合わない」かではなく、「IPv4って昔あったよね」と言う人がいるぐらいになりそうです。さらにいうと、IPv4アドレスが枯渇する前にIPv6が普及していれば、「IPv4アドレスは枯渇しないじゃん! IPv6って本当に必要だったの!?」という意見が多く出ることだろうと思います。
一方で、IPv4アドレスが枯渇して、本当に困った状況になってから渋々様々な事業者がIPv6へと移行するような状況では、「IPv6は間に合わなかった」と言えそうです。
要は、問題発生前に何かを解決してしまうと、それに対して批判的な意見が増えるだろうし、問題発生してからではないと人々は動かないという事例の一つかも知れません。現時点での状況を見る限り、IPv6は必要なものだろうと私は思いますが、それが本当に望まれているかというと必ずしもそうではなさそうだという微妙な感想を持ってます。 IPv4アドレスが枯渇せずIPv6への移行を行わずに済むのであれば、多くの人々はIPv6への移行という複雑で面倒なことは避けたいのだろうと思います。
・“焼け石に水”な非難
IPv4アドレス枯渇の話題になると、現時点でIPv4アドレスを保持している組織に対して「持ってるんだから返せ」という意見がネット上で多数出ています。しかし、たとえ複数の企業が持っているIPv4アドレスを返却したとしても、それは焼け石に水でしかなく、実はあまり建設的ではありません。
IPv4アドレスの1/256の大きさである/8ブロックは約1か月で割り当てが行われるほど、今のインターネットは成長しています。その1/256である/16ブロックは、ざっくりと計算すると成長を続ける世界のインターネットの3時間分の需要しか満たせません。
たとえば、/16ブロックを返却するために何か月(場合によっては年単位)も組織内ネットワーク構成変更の準備をして返却したとしても、一瞬で割り当てが行われて終わってしまいます。しかも、IPv4アドレス枯渇に関連するニュースが去年から増えていることもあり、割り振りスピードは加速しています。
そのため、今既にIPv4アドレスを持っている組織から返却があったとしても、砂漠にバケツ一杯の水を撒くような状態になってしまいそうです。
・最後に
IPv4アドレスが枯渇が現実のものとなりましたが、今後何が起きるのかに関しては、誰もはっきりとしたことはわかりません。今まである程度自由に拡大し続けることが出来たインターネットですが、今後も拡大を続けるためには様々な工夫が必要とされると同時に、その他の要素による影響を受けながら“新しいインターネット”がこれから構築されていくものと思われます。
・過去に書いたIPv4アドレス枯渇/IPv6関連記事
「IPv4とIPv6の違い」 2011年1月31日 『Geekなページ』
http://www.geekpage.jp/blog/?id=2011/1/31/1
「IPv4アドレス枯渇に関して色々」 2010年11月10日 『Geekなページ』
http://www.geekpage.jp/blog/?id=2010/11/10/1
「IPv6はIPv4アドレス枯渇を直接解決するものではない」 2010年9月13日 『Geekなページ』
http://www.geekpage.jp/blog/?id=2010/9/13/3
「OECDレポートから垣間見える「日本のIPv6」」 2010年4月14日 『Geekなページ』
http://www.geekpage.jp/blog/?id=2010/4/14/1
「「IPv4アドレス売買」とIPv6への移行」 2010年2月10日 『Geekなページ』
http://www.geekpage.jp/blog/?id=2010/2/10/1
「IPv4アドレス枯渇/IPv6関連記事一覧 」『Geekなページ』
http://www.geekpage.jp/blog/ipv4ipv6.php
執筆: この記事はあきみちさんのブログ『Geekなページ』からご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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