少年犯罪の実名報道、被害者心理に立った議論を
少年犯罪の実名報道の議論で、被害者視点が欠落
名古屋市で起きた殺人事件で逮捕された女子大学生(19歳)の実名と顔写真を週刊誌が掲載したことについて、日本弁護士会など弁護士側から、少年本人とわかる報道を禁じた少年法に違反する、として抗議声明が出されています。一方、週刊誌側は、事件の残虐性と重大性や19歳という年齢なども総合的に考慮した上での判断、と述べています。
弁護士会が声明で述べるように、保護という少年法の理念からは、加害者であってもそのプライバシーは極力守られるべきとなるでしょう。一方、国民の知る権利や社会の安全の立場からは、週刊誌側が主張するように事犯の重大性によっては実名報道も必要となります。
しかしながら、この法律家と報道関係者との議論の中で、当の被害者(被害者の遺族)の考えは見えてきません。
「修復的司法」から「被害者の権利」の確保は不可欠
特に、最近のいわゆる「修復的司法(Restorative Justice)」の考え方では、法律の専門家や国家ではなく、加害者・被害者とそれを取り巻く地域社会といった「当事者」が問題解決に積極的に関わることが真の刑事政策になる、との視点があります。とすれば、この少年犯罪の実名報道の議論も、一方の当事者である被害者側の意向を無視しては議論が始まらないといえます。
「修復的司法」の一つの重要な概念は、「被害者の権利」です。つまり、被害者は犯罪によってこうむった被害の回復を受ける権利を有するという考え方です。その中には情報を得る権利(知る権利)が含まれています。ただ、少年犯罪に関する情報を知る権利であれば、メディアによる実名報道でなくても、警察が被害者側に個別に連絡することで満たされることになります。
実名報道が被害者の被害回復に資するか、について調査が必要
したがって、被害者側の視点に立った少年犯罪の実名報道に関する議論は、それが被害者側に被害の回復の面で心理的な満足をもたらすかどうか、と言い直せます。特に殺人といった凶悪な犯罪の被害にあった家族(遺族)にとっての「心理的な被害の回復とは何か」といった問題となります。つまり、犯人が少年であっても、その名前を公表することによって「社会的制裁」をすることが被害者遺族の心理的な被害の回復に資するか、ということです。
この点については、当然のことながら当事者である被害者家族の考えを調査する必要がありますが、私が調べた限りではそれに関する国内での調査結果は見当たりませんでした。ですから、仮に今まで被害者家族の意見聴取がなされていないのであれば、まず国が犯罪被害者に対し調査して客観的な資料を得る必要があると考えます。海外では、2013年9月にオーストラリアのクイーンズランド州政府が再犯を重ねる少年の名前を公表する方針を発表した際には、犯罪被害者団体はそれが将来の犯罪抑制効果を持つとして賛成した、とオーストラリアのメディアが伝えています。
ただ、心理学的には、大きな心理的トラウマから立ち直り前進するには、相手(この場合、殺人犯)を制裁するよりも、「許容(Forgiveness)」することが必要、とする心理学者もいます。少年犯罪の実名報道の問題は、一方の当事者である被害者側にとって、その被害回復に資するかどうかの視点も含めて再検討する必要があると考えます。
(村田 晃/心理学博士・臨床心理士)
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