四万十川友美、曽我部恵一を迎え、通算17回目の『PENIS』レコ発開催

四万十川友美、曽我部恵一を迎え、通算17回目の『PENIS』レコ発開催

大阪在住のシンガー・ソングライター、四万十川友美から、12月5日(金)に曽我部恵一とのレコ発ツーマンを下北沢・風知空知にて開催すること、及びバナナについての論文発表の知らせが届いた。

これは、構想2年、制作期間3年を要し、やっとの思いで完成させた2ndアルバム『PENIS』の発売を記念した通算17回目のレコ発ライヴ。明日25日にOTOTOYで独占配信される『氷穴EP』の予約(http://ototoy.jp/feature/20140910)も絶好調の曽我部恵一を迎えたツーマン形式で行われる。

そもそも今回のツーマン・ライヴ開催に至ったのは、曽我部氏が今年4月の深夜にTwitterで、「四万十川友美と東出昌大は似ている」とつぶやいたことがきっかけ。それをみつけた四万十川が曽我部に熱いラヴコールを送り、本企画が実現した。

今回フライヤーデザインには、四万十川のTシャツ・イラストや、おとぎ話のアートワークでも知られる、ちえちひろが協力。イベント・タイトルでもある、色鮮やかで見事な「バナナ」が描かれている。

さらに四万十川による「バナナについての考察」なる論文も発表された。四万十川友美とはいったいどんな人物なのか、この論文から垣間見えるのではないだろうか。本ページの最下部にて展開されているので、ご一読いただきたい。

チケットは10月1日より販売開始。数年ぶりに再び動き出した、自称「純粋の塊」四万十川友美を、この機会にぜひ観に行ってみてはいかがだろう。(尾原智子)

〈BANANA ~四万十川友美2ndアルバム“PENIS”発売記念ツーマン・ライヴ〉
2014年12月5日(金)風知空知
時間 : 開場 / 開演18:30 / 19:30
料金 : 前売 / 当日 2,500円 / 3,000円 (+1drink)
出演 : 曽我部恵一、四万十川友美
http://fu-chi-ku-chi.jp

【予約受付方法】
2014年10月1日(木)17時~
風知空知電話予約 : 03-5433-2191(17時~26時)

・四万blog
http://blog.livedoor.jp/babynanimokamo/

・曽我部恵一オフィシャルサイト
http://www.sokabekeiichi.com/

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「バナナについての考察」

変な人と言われる事がある。頻繁にある。多少は変人としての自覚もあるが、やはり、僕は、「変」と「普通」の境界線を明確に判断できない。これでは何時まで経っても変な人扱いだ。どうにかして普通の人になりたい。ところで、僕はバナナの事が無性に好きなのだが、では、果たして、これは変な事なのだろうか。何だか、少し変な事の様な気がする。考察してみる事にした。

原始体験として記憶しているのが、まだ小学校に入る前の頃、そう、初めてバナナを食べた時の事だ。どうしてバナナというものは、かくも黄色く、甘く、そして湾曲しているのだろうかと、その奇妙さ奥ゆかしさにいたく感動したのを忘れない。それからというもの、当分の間はバナナに関しての文献を読み漁る日々を過ごし、もりもりと知識の実をつけていった。その目にした中でも興味深かったものと言えば、’96年刊行の「図説・人類とバナナ史」という本に記載されていた、「バナナ」という名前の由来である。その内容は、遥か昔、東南アジアの密林にて、痴呆の老婆が七人集まりむしゃむしゃと夢中にそれを頬張っている姿が発見され、「婆七(ばあなな)」と呼ばれる様になったのが語源、というものであった。

考察を始める。まず、バナナが何故黄色いのか、考察してみる。それでは、他の色に仮定してみて、例えば赤いバナナがあったとする。これはとても辛そうであり、七人の老婆も、食べる事は無かったであろう。青いバナナだと、これもまた赤いバナナとも違ったベクトルで食欲に繋がりそうに無い、さらに握った時も非常に冷たそうだ。老婆も手に取らなかったに違いない。緑のバナナは、まだ硬い。料理用としては使えるかもしれないが、バナナは皮を剥いて、手に持って三、四口程で食べ切ってこそバナナだろう。黒いバナナは、ほんの数日間前までは黄色いバナナなので、今回の考察の対象としては省かせて頂く。茶色はただ腐っている。しかし、バナナが黄色であると、突如愛苦しさを醸し出し始め、さらに、白人、黒人、黄色人、全ての人種に寄り添う「柔らかさ」を伴う事になる。さらに、バナナの黄色は人を癒し、慰め、励まし、そして見た夢がバナナ色であれば、朝の目覚めも良いとされる。つまり、バナナの黄色はとても能率的なカラーであり、生活に於いての大きな活力となり得る、という事が伺える訳だ。バナナは人に愛されるべく黄色なのである。

次に、甘さについてであるが、そもそも、バナナの味は甘さだけでは無く、酸っぱさもある。酸っぱさ、これこそがとても重要な事項であり、甘さと酸っぱさの均衡が崩れてしまうと、美味しく無くなってしまう。「人」という漢字の成り立ちが示す様に、人はバナナを食べる事で、人間的成長を図り、さらには世界を取り巻く大いなる善悪の矛盾に気付く事が出来るのだ。例えば、僕の知人で、人生の半分を獄中で過ごした奴がいるが、朝食にはよくバナナが配給されていたという。彼もバナナを食べて人間的成長を経験した一人であり、朝にバナナを食べた日は、その一日を思慮深い面持ちで過ごしたそうだ。彼から言わせれば、刑務官が朝食にバナナをチョイスしていたと言うよりも、バナナが自らの意思で朝食プレートの上までやってきたと言う方が、ずっと真実に近い感覚らしい。バナナは、顔も無く無関心風に見えて、元来利口であり、世の中の不条理に対してメッセージを投げかけ続けているのである。

そして、湾曲の謎であるが、ここで思い出して欲しいのが、「水の流れ」である。水は、地球上全ての生命の根源であり、生きている上で水の存在を否定する事は不可能と言ってよい。水は蒸発して空高く登って雲になり、雨となって地上に降り注ぎ、川となる。川の流れを思い出せば自ずと浮かぶのが、そう、自然の作り出した見事な「湾曲」である。重力、抵抗力、加速度、慣性、ありとあらゆる自然界の掟の中で湾曲は作り出される。その湾曲とバナナの形状をイメージの中で重ね合わせれば、どんな説明も必要としないほど完璧な「一致」が起こる。バナナの湾曲は、自然界の摂理に依って無駄を極限まで削ぎ落とされた結果であり、それは最も完全な形状なのである。バナナの流線の可能性を裏付ける事柄としては、古来カタカムナ古代文明の書物にて、バナナを光速で宙へ放ると、その速度は落ちること無くそのままで、バナナは回転しながら宙での転回を維持し続け、四次元以降の多次元を証明する事を示唆する文書が発見されている。京都大学では、バナナの湾曲を専門化した研究が始められており、これは次世代エネルギーの発見にも繋がると言われる。バナナの湾曲が、人の暮らしを支える未来も、そう遠くないかもしれない。

以上の考察により、バナナは、愛されるべき「黄色」なのであり、人生を哲学的に豊かにする「甘さ」を持ち合わせており、無限の可能性を有する「湾曲」を行ってみせている事が分かる。つまり、「バナナが好き」というのは、「変な事」なんかでは無く、論理的に考えて必然的な事象なのだ。

そしてバナナの考察を進める事により、いかに僕が「変な人」であるか、という事も見事証明された訳である。

2014.9.21

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