センスを共有できれば、立場を越えて人は集える―――アノヒトの読書遍歴:『Casa BRUTUS』編集長・松原亨さん(後編)
暮らしにまつわる「デザイン」をテーマに、その背後にある文化やストーリーまでをも伝える雑誌『Casa BRUTUS(カーサ ブルータス)』。同誌の編集長を務め、読書スタイルは”雑食系”だという松原亨さんに、最近気になった本を紹介していただきました。後編では、デザインや同誌の編集の本質にそのものズバリ迫る選書が続きます。
――今回、ご紹介いただいた『現代アートの学び方』。さまざまな立場の美術関係者が、アーティスト志望者たちに向けて「どうすれば現代芸術作家として生きていけるのか」ということをアドバイスした本ということですね。
正直、多くの人にとって現代美術って見ていて面白くはあるけれど、何のためにあるものか分かりにくいものではないでしょうか? 基本的にこの本は美大に通っている人たちに向けての本なので、鑑賞者のために書かれたものではありません。けれど作り手がどのような思いで現代美術を作っているかがよく理解できて、鑑賞する側にも発見が多い本です。
――本書全体を貫くコンテンツとして、日比野克彦さんと会田誠さんという、日本を代表する現代美術作家のお二人の対談があります。
異なる世代の2人の芸術家の対話が興味深い。中でも印象的だったのが、会田さんの「作りたい欲求の対象には既成のジャンル、たとえば漫画とかアニメーションとかゲームとか、それらどこにも入らない、無理に入れても落ち着かないという種類のものは永遠に出てくるでしょう。そういった表現の受け皿としてアートは利用できたりする」という言葉。つまり現代美術とは”ほかのどのジャンルに当てはまらない表現の受け皿”というわけです。作り手側の会田誠はそう捉えている。これにはすごく納得がいきましたね。
――『Casa BRUTUS』も女性誌でも男性誌でもない、既存の雑誌ジャンルに収まらない印象があります。ちなみに最近、同誌の編集に影響を与えた本というのはありますか?
インテリア・デザインの作品集で、『ローマン アンド ウィリアムスの軌跡』の日本語版が最近出ました。この「ローマン アンド ウィリアムス」とは、今アメリカで最も注目を集めているインテリアデザイン事務所のひとつで、代表作はニューヨークにある「Ace Hotel(エースホテル)」です。このホテルのコンセプトは「権威から解放された自由な空間」。そのロビーには、アップタウンからもダウンタウンからも人が集まり、業界人やお金持ちがいたと思ったらバックパッカーもいる、そんな空間になっています。
――ありそうでなかなかない風景ですよね。エースホテルがそのように誰もが訪れたいと思うような場所になったポイントは何だったのでしょう?
ヴィンテージ家具を使った内装で、「何てないことないけどいい感じ」という絶妙なさじ加減のセンスが感じられるのが、エースホテルが注目された理由でしょう。彼らは「アンチデザイン」という言葉を使っていますが、概念的にデザインするのではなく、本当に心地よく、それでいて刺激的である、というような部分を狙っているそうです。
――「アンチデザイン」というデザイン?
「方向性としては、アンチデザイン」と彼らは言っていますね。ただ、デザインしないと言っても “もの”がそこにある時点で”かたち”が存在するわけだし、デザイナーでそういうことを唱える人は多いのですが、実のところ分かりにくい。だけど、この作品集のエースホテルの写真を見れば、「アンチデザイン」というか、「デザインしてないデザイン」といったものが実際にどのようなものかということが雰囲気として分かるような気がします。
―――高級ホテルとか、安いホテルといったホテル特有の階級的な感じがしないですね。
そう、いわゆる社会的な階級関係なく集える空間をつくっているということが素晴らしいと思っていて。つまり、ある種のセンスを共有していれば立場を越えて人が集まるということを示してくれたのがこのホテルだと思います。『Casa BRUTUS』も、高い価格のものも安い価格のものも載せるし、対象読者の性別も年齢も限りません。ただ、「デザインにこだわる」という共通点がある人が集まる場であることを創刊以来ずっと大事にしてきた雑誌です。ですから、「ローマン アンド ウィリアムス」がやっていることには非常にインスピレーションを得ましたし、共感するところがあります。
<プロフィール>
松原亨
まつばら・こう/1967年東京生まれ。1991年早稲田大学卒業、マガジンハウス入社。雑誌『ポパイ』の編集に携わった後、2000年より月刊『カーサ ブルータス』編集部勤務。2012年同編集部編集長に就任。
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