はじめてのかんせんき(執筆者:我孫子武丸)

 2月11日、電王戦初日の際は、東京では45年ぶりとも言われる8日の大雪の名残が都内各所で見られたものだったが、14日に再び関東甲信越を襲った大雪は都心の交通網も大きく乱した。電王戦二日目の16日朝になってもまだその影響は残っていたものの、準備はなんとか整い、対局は10分遅れでスタートすることとなった。

 人間側・江村棋弘(えむら・きこう)アマ7段は紋付き袴姿(注1:気合いの表われかと思いきや、運営側の用意したもの)。20代か、どうかすると学生にも見える顔立ちだが大学院で法律を学ぶ34才だそう(注2:年齢を知ったのは打ち上げの飲み会の解散時で、誰かに年齢を聞かれて「34です」と言った江村氏に対し出席者一同「えーっ!」という声をあげたことは報告しておかねばならないだろう)。世界大会を二度も経験しているとはいえ、初の幽玄の間での対局はやはりかなりの緊張を強いられたとのこと。対するコンピュータ側・zenを操るチーム代表加藤英樹氏は、幽玄の間の隅で自宅と繋がったマシンのディスプレイを見つめている。後で伺ったところによると、勝ち負けより何より、zenへの入力ミスをしないか、代打ちとの連携がうまくいくかどうかが最大の心配事であったそうだ。終盤、zenが敗色濃厚な局面で加藤氏の表情が苦しそうに歪むのも、照り返しで見にくいディスプレイを必死で睨んでいたせいだったという。

 一局目先番江村7段の向かい小目に対し、zenは二手とも星。13路での二連星とは何とも「高い」印象を誰しも抱いたようだが、とにかくzenは中央志向、超宇宙流ともいえる「棋風」なのだという。その後も切られた右下をあっさりと捨てて厚みを取るなど、コンピュータらしい非情さ(感情の無さ?)を見せつける。その性格上、序盤ではある程度損をするものの、中盤、終盤の読み合いで破格の強さを発揮し、逆転するのが本来の勝ち筋であるらしい。しかし残念ながら、本局では江村氏のその後の打ち回しにはつけいる隙がなく、左下をすっかり荒らされた時点でzenの投了となった(注3:投了はzen自身が様々な要素を考慮して行なうとのこと)。

 二局目先番となったzenはまたしても星の連打だが今度はなんとタスキ!(注4:右上と左下、というふうに斜めに打つこと)これが悪手だとはもちろん誰も言えないし言わないだろうが、大胆であることは間違いないと思う。一局目よりもずっと落ち着いて打てたという江村氏は、相変わらず中央を囲もうとするzenに対し鋭いハサミツケを放つなどして乱戦に持ち込み、結果左下星回りの四子を飲み込んで優勢を保ち、またしても中押し勝ちとなった。

 江村氏二連勝のため三局目がなくなったおかげで、筆者まで市ヶ谷から六本木ニコファーレに移動して突然のニコ生出演ということになったのだが(注5:誰が興味あんねん、とヤナギブソン風に言いたい)、結果的に井澤秋乃四段、高梨聖健八段にもご挨拶できたのでまあよかった(注6:お名前の順番は五十音順であって会えて嬉しい順番というわけではありません。「碁的」の高梨先生の恋愛相談は最高です!と言いそびれたのでここに書いておこう。読んでない人はここでバックナンバーのPDFをダウンロードできるので読むといいよ。多分棋力は上がらないし恋人もできないだろうけど、笑えます。)。

 

 さて、長い待ち時間の後、いよいよ今回のメインイベント?小沢一郎氏の19路一番勝負である。かつては今よりももっと多くの政治家が囲碁を嗜んでいたそうだ。大局観が必要とされ、政治家や企業トップに向いているゲームであるともよく言われる話。そして恐らくは金にあかせてプロを自宅に呼んだりなんかして指導碁もたっぷり打ってもらえるからすぐ強くなれるし、強くなくても2段、3段くらい上乗せした免状を発行してもらって5段だの6段だの名乗ってるのに違いないきっとそうだ……なんて思ってる人はいませんか? そんなことは絶対にない!……と筆者は信じていますよ、ええ。

 小沢氏は公称アマ6段だが、2007年には政界最強との噂の与謝野馨アマ7段との勝負に勝っている。6段はあると言われる現在のzenとはまさにベストマッチ。

 黒番のzenが二連星なのはもはや予想通りだが白の小沢氏も星が好きらしく三連星。中央志向同士の激突だ。しかし続いてzenが上辺と下辺の星を先に打ち、白が逆に右辺星に打ち込むという変わった展開に。結果、置き碁のようになった右半分で白は攻められ、ミスも出て分断されることになってしまった。その代わり左辺に広大な模様ができ、大きすぎる地や両方空いている三々などにお互いいつ入るのか、果たしてこのまままとまるのかとギャラリーもハラハラ。zenが白の地には打ち込まずに自分の三々を守った時点でもう白が苦しそうに見えたのだが、小沢氏は悠然と打ち続ける。どうやら左上の黒を殺せると思っていたようだったが、実際にはzenに読み違いはなく、生きてしまう。そして今度は逆に右辺で小沢氏が死活を見損じ、丸呑みに。引き替えに下辺を食い破ったものの及ばず、残念ながら白投了、zenにしてみれば今大会初勝利となった。

 小沢氏は終始鼻を噛み、時折咳をしていたが、やはり風邪を押しての対局だった様子。万全の体調であったなら、見損じも少なかったに違いない。これに懲りずにぜひリベンジマッチをお願いしたいところだ。コンピュータは寒くても風邪引かんからええよなー。オーバーヒートしそうな真夏の方がコンピュータは不利かも?

 

 さて、丸一日付き合って一番強く感じたことは「zenにはキャラが必要だ」ということである(そこか!)。もちろん初音ミクのような萌えキャラである。zenたん、でもいいし、星が好きみたいだから星一徹子でもいい(それはあかんか)。モンテカルロ法によって判断された「勝率」が「江村56:zen44」という風に画面上部に表示されているのだが、そのような判断の推移を表情に取り入れ、好手を打たれてはっとしたり、優勢を確信して(勝てる!)と内心の声が聞こえたりすれば、きっともっとみんなzenを応援する気にもなると思うのだ。

 というような話を打ち上げで加藤氏に力説したのだが、「zenが弱く見えそうなものはちょっと……」と難色を示された。「zenは『殺し屋』なので、殺し屋的なキャラなら」ともおっしゃっていた。関係者一同、ぜひ前向きにご検討いただきたい。冗談ではなく本気ですからね。

◇関連サイト
・[ニコニコ生放送]第1回囲碁電王戦
http://live.nicovideo.jp/watch/lv166870371?po=newsgetnews&ref=news
・碁的について – オンナの知的好奇心を刺激する フリーペーパー『碁的』
http://goteki.jp/backnumber/

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