前例のない短篇集〜三津田信三『七つ怪談』

前例のない短篇集〜三津田信三『七つ怪談』

『七つ怪談』は、たぶん世界でも前例のない短篇集ではないか。

 ホラーミステリー作家の三津田信三には独自の作品群がある。三津田本人を思わせる作家が視点人物として登場し、彼が怪異についての報告を行うというものだ。単純に物語の登場人物になるのではなくて、誰かの怪異体験を聞いて、それについて第三者的に論評を行うのだが、という構造をとることが多い。だが、と書いたのは視点人物が怪異の中に巻き込まれるパターンがあるためで、そうではないものもあるため、話を読んでいても終着点の予想がつかないのである。

 視点人物を作家にしたことが奏功している。作家は現実と虚構の間に立つ。現実を虚構へと変換する役割を担うので、前者を素材として見ることになる。それゆえ題材からの距離が取れるのだが、話を読んでいるとその変換が逆に作用する場合もあるのではないか、と思わされるのである。つまり虚構が現実へと変換されるということだ。三津田作品の中ではこれが頻繁に行われるので、今読者が見ているものが何であるか容易に断定できないのである。

『七つ怪談』の巻末に参考文献が掲載されている。中には私が読んだことがあるものもあって、関心のある向きには手に取ってみることをお薦めしたい。それらの多くは民俗学や伝承に関するものだ。実際に起きた出来事をお話として加工し保存したものが伝承であり、そうしたものが蓄積して生活文化の一端を担うようになったものが民俗誌である。三津田が出発点から民俗学に関心を抱いていたのは、その構造が自身の作家的資質と一致していたからだろう。

 というわけで『七つ怪談』である。七つ、とあるが収録作は五つだ。表題作は七人がそれぞれの体験した怪異について話すという形式なので「七つ怪談」なのだ。意図的に実話怪談の形式を踏襲したような語りになっている。

 副題に「「オール讀物」奇譚」とある。五作すべてがオール讀物を初出とする。それはまあいいとして、なぜ副題にわざわざ媒体名を謳うのか。その理由は、各作を読んでいくとわかるのである。

 最初の「ただのろうもの」はこういう一文から始まる。

—-夢枕獏『陰陽師』が刊行から三十五周年を迎えるため、その掲載媒体である文芸雑誌「オール讀物」に〈陰陽師〉をテーマにした短篇を書いて欲しい—-という依頼を受けて、正直ちょっと困った。

 ちょっと困った、理由は実際に読めばわかるので省略する。ただ語り手の〈僕〉には、編集者時代に自身の企画していた本のため夢枕獏に執筆を依頼したことがあるという。そのときに夢枕に同行していた四影という人物から聞いた話、というのが「ただのろうもの」の核になっているのである。

 次の「行逢峠」はこんな一文から始まる。

—-第三十回の松本清張賞の発表に合わせて短篇を書いて欲しい—-という依頼を「オール讀物」から受けた。

 このへんで本稿をお読みになっている方の頭上には疑問符がぷかぷかと浮いているのではないかと思う。思うが一旦措いて説明させてもらいたい。「ただのろうもの」の時以上に〈僕〉は冒頭で自分語りを行う。自分が推理小説作家・松本清張にどのような印象を持っていたか、その作品をどう評価していたか、ということが結構な分量で綴られるのである。この評論的な視点も三津田の特徴で、先行作品を解釈、評価した上で自分はどのような態度で創作を行うのか、ということを読者に説明する義務を感じているように見えることがある。数ある松本清張作品の中から短篇「天城越え」を題材に選ぼうと思いつき、作品が刺激した水面下の意識からゆらゆらと二つの記憶が浮かび上がってくるあたりから、おそらく創作としての本題に入っていく。その記憶の中には正体不明の人物が語り手として登場する。仮の名として八影、と呼ばれることになる。

 わかった。わかる。これをお読みになっている方が言いたいことはよくわかる。だけど三つ目の「七つ怪談」の冒頭までは紹介させてもらいたい。こうだ。

—-八月号で「怪しい話 怖い話」特集をするので短篇を書いて欲しい—-という依頼を「オール讀物」から受けた。

 それまでの二度は、依頼内容が自身の作風と離れていたために苦慮したわけだが「怪しい話 怖い話」であればホラーミステリー作家の本領発揮であろう。ただしそれだけでは間口が広すぎるので「手っ取り早く自分で縛りを設けることにし」、「不吉な数字」の数だけ「怪しい話 怖い話」を紹介するということを〈僕〉は思いつくのである。なぜ七が不吉な数字なのかという蘊蓄は、これまた実際に読んでお確かめいただきたい。

 三つも例を重ねたのでもういいだろう。要するにこれは「作家が最初から連作を意図したのではなく、掲載誌の特集で無茶ぶりされたことをこなしていったら次第にそうなった」という体の連作集なのである。芦沢央が、作家が実話怪談の聞き手として物語に巻き込まれていく『火のないところに煙は』(新潮文庫)という連作短篇集を著している。それだけではなく、語り手の作家が怪異の体験者となるホラーというのは数多く書かれているわけだが、実在する雑誌の、本当にあった特集が内容に反映されているというのは日本初なのではないかと思う。そしておそらく、世界初でもある。

 第四話の「赤錆び色の記憶」では〈僕〉が五つのテーマから一つを選べと言われたことになっている。というか実際に言われたのだろう。その五つとは「直木賞発表」「本屋が選ぶ時代小説大賞」「新春特集」「本屋が選ぶ推理小説大賞」「高校生直木賞」である。「オール讀物」読者ならわかると思うが、どれも実際に存在する季節ものの特集だ。だが、その依頼を受けた〈僕〉は不審に思うのである。前三回と今回の間が、空きすぎているからだ。巻末の初出一覧を見ていただければわかるが、「ただのろうもの」が二〇二二年八月号、「行逢峠」が二〇二三年六月号、「七つ怪談」は同年八月号で、「赤錆び色の記憶」は二〇二五年九・十月号である。二年以上の間が空いているのだ。これは編集者になんらかの思惑があったのではないか、と疑うところからこの話は始まる。一応もっともな理由の説明を受けて、納得はするのだが。その理由というのがまた事実に即していて、ドキュメンタリーを読んでいる感がある。

 ホラーの中には、自分の知っている世界が異界と接してしまうことによって感じる恐怖を描くものがある。それを増幅させるのが実話らしさなのであり、友人の友人のようなどこの誰だかわからない者が体験したことよりも、語り手本人が見聞したもののほうが脅威が迫ってくるという感覚は大きいはずだ。それを最大限に利用しようとして三津田はこの物語形式を思いついたのではないか。「赤錆び色の記憶」は記憶を題材とする某ホラー・ミステリー作家へのオマージュにもなっており、メタレベルでも重ね合わされるものがある。ここまでくると第五話がどのようなしめくくりになっているのかが気になると思うが、それはぜひ読んでお確かめいただきたい。現実と虚構の綱引きは、そういう形で終わるのか、と読了後にしばらく私は感慨に耽った。

(杉江松恋)

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