「高齢者×若者の共生賃貸」に入居100人待ち!? 若者は家賃半額・高齢者は不安払拭の「ノビシロハウス」5年のリアル|神奈川県藤沢市
「高齢の一人暮らしでも、安心できる賃貸住宅に住みたい」。そんな願いが叶うのが、神奈川県藤沢市にある賃貸住宅「ノビシロハウス亀井野」(以下、ノビシロハウス)です。ここでは、コミュニティメイトとして同じ物件に住む2名の若者のお声掛けに快く応対したり、月1回近隣住民や入居者同士で語らう「お茶会」に参加したりすることが入居のルール。プライベートを守りながらも、自然なつながりと安心感に包まれる住まいです。
高齢になると家を借りにくくなる、という課題を解決するため立ち上げられた「ノビシロハウス」は、入居開始から5年が経過しました。今も全国で100名ほどが入居を待機しています。なぜ今、このような多世代型の住まいが求められているのか。入居者のリアルな声とともに、運営を手掛ける鮎川沙代(あゆかわ・さよ)さんに話を聞きました。
高齢者が賃貸住宅を借りにくい課題と向き合う
2021年1月、神奈川県・藤沢市で生まれた「ノビシロハウス」。小田急線「六会日大前」駅から徒歩7分の住宅地にある、「高齢者が一人で安心して住める賃貸住宅」がコンセプトです。建物は住居棟と、入居者や地域の人が利用できるカフェ・ランドリーなどを備えた棟の2棟から成ります。
もともと不動産仲介会社を営んでいた鮎川さん。「『ノビシロハウス』の構想の出発点は、高齢者のお部屋探しをした時に感じた課題」と話します。
「管理会社やオーナーは、認知症や孤独死のリスクを恐れ、高齢者に部屋を貸すことを避けようとしていたんですね。オーナー側の不安を解消するには入居後の見守りや管理まで担う必要があり、単なる部屋の仲介だけでは限界があると気づきました。そこで、自前で管理まで行える管理会社として株式会社ノビシロを設立したのです」(鮎川さん)
「ノビシロハウス」を運営する株式会社ノビシロの鮎川沙代さん(写真撮影/桑田瑞穂)
そんな折に出会った、地元で介護施設「あおいけあ」を経営する加藤忠相(かとう・ただすけ)さんの影響も大きいそう。高齢者にとって理想の住宅とは何か。考え抜いて行き着いたのが、“誰かと程よく触れ合いながらも独立性がある賃貸住宅”、「ノビシロハウス」でした。
ちょうどそのタイミングで、「この場所(現在のノビシロハウスが建っている場所)を購入しませんか」という話が加藤さんに舞い込んできました。対象地は、平成16年築の軽量鉄骨アパートと隣接する更地です。その軽量鉄骨アパートは、もともとは学生向けでしたが、当時はコロナ禍によるオンライン授業化の影響で退去が相次ぎ、空室だらけになっていたのです。「今なら私たちが理想とする住まいが実現できる」と、あおいけあが土地の購入を決断し、「ノビシロハウス」の建設・運営へと一気に動き出しました。
住宅エリアは全部で8室ある。そのうちコミュニティメイトの部屋は2室(写真撮影/桑田瑞穂)
住宅のほか、ランドリーやカフェ、企業の事務所など、人が往来する仕掛けがある(写真撮影/桑田瑞穂)
ランドリーは入居者のほか、近所の人も利用できる(写真撮影/桑田瑞穂)
高齢者が暮らす部屋は、6畳の1K。周辺相場が5万円のところ、家賃は8万円です。決して安くない設定でのスタートは、「賃貸の常識から考えるとリスクと隣り合わせの挑戦だった」と鮎川さんは振り返ります。紹介や仲介は一切使わず、集客はゼロから。
ところが、完成後にコミュニティメイトである学生と高齢者の入居が始まると、この挑戦は周囲から大きな注目を浴びることになります。依頼5年間、入居者の入れ替わりはありながらも絶えず満室稼働を続けています。
程よい距離感と会話、接す面白さと難しさ
ノビシロハウスの仕組みで印象的なのが、入居者の参加が必須の「お茶会」です。幹事役を担うのは、コミュニティメイトとして暮らす2名の若者。テーマは決めず「雑談を楽しむ場」で、堅苦しさはありません。
カフェではテイクアウトもOK。住宅地の真ん中に立っていて飲食店などが少ないため、近所の人がふらりと足を延ばしてくれる(写真撮影/桑田瑞穂)
本格的なドリップコーヒーのほか、地産の果物を用いたソーダドリンクも。取材時は平日にもかかわらずほぼ満席(写真撮影/桑田瑞穂)
近隣住民や見学希望者も参加でき、カフェには研究目的の大学院生や元スタッフといった「常連」も集まります。「久しぶり」と顔を出せば、昔話に花が咲く。ちょっとした同窓会の場にもなっているようです。
「最近、就職活動しているんです」と大学生の参加者が話せば、「そうか、大変そうだな。頑張ってる?」という声がかけられる。久しぶりに訪れた人が「最近、暑いから散歩に行くのが大変で」とこぼせば「わかるわかる」と呼応する高齢者や学生たちの姿も。
取材時にノビシロハウスの見学に来ていた中学生が「どんな生活をしているんですか?」「昔の暮らしって、どんなことしていたんですか?」と質問すると、90代男性の参加者が「戦時中は教科書が黒塗りだったんだ」「疎開先で空襲にあってね」と経験談を話してくれる。出身地の文化の違いを面白がったり、自分が知らない時代を生きた人の経験談を興味深く聞いたりするなど、世代や背景を越えた交流が生まれています。
お茶会の様子。多世代が揃う(写真提供/株式会社ノビシロ)
カフェではスタッフの方がお茶会の様子を見守る(写真撮影/桑田瑞穂)
もう一つの特徴が、前述したコミュニティメイトの存在です。2名の若者が高齢者と同じ棟に暮らし、家賃は半額。代わりに最低週2回(うち1回は対面)の声かけが求められます。方法は自由で、一緒にお茶をする人もいれば、LINEで連絡を取る人、玄関先で立ち話をする人もいます。
「若者にとって、知らない高齢者と話すのはハードルが高い。怒られたらどうしよう、会話が盛り上がらなかったらどうしようと不安に思うものです。だから役割を与えることで、声をかけるハードルを下げたかった」と鮎川さんは話します。
コミュニティメイト同士や鮎川さんとの間でも入居者の変化を定期的に共有しており、ある90代の入居者はこの体制のおかげで大きな波を乗り越えたと言います。
新型コロナに感染し、入院・隔離生活で一気に衰弱してしまったなか、別の高齢の入居者が荷物を届け、鮎川さんが病院とのやり取りを担うなど、自然な支え合いが生まれました。
本人も「絶対、元気になって戻ってくる」という意志が芽生え、リハビリの末に無事帰還。「頑張る目標があったことで、入院前より元気になったんです」と嬉しそうに語っていたそうです。
しかし、若者の役割はあくまでコミュニティメイト。鮎川さんは「安否確認のようなケアは一切していません。求めているのは、ただ仲良くなることなんです」と話します。
5年間の運営の中では、「見守り」という言葉が独り歩きし、家族から安否確認サービスと誤解されることもあったと言います。良かれと思ってご家族が高齢者の入居を決めても、本人が声かけを苦手に感じ、退去に至ったケースもありました。
「自分が“ここで暮らしたい”と思えないと、周りがどんなに“いい”と思っても、暮らしていて苦しくなるんです」と鮎川さん。「見守り」と「声かけ」、「交流」と「一人で静かに暮らす」の差は想像以上に幅があるよう。だからこそ入居前には必ずお茶会に参加してもらい、そのニュアンスを肌で感じてもらうほか、個別面談でも希望を丁寧に確認し合っています。
世代を超えた交流と、退去後も続く関係
コミュニティメイトの入居者はどんな思いを持って暮らしているのでしょうか。
現在入居する大学3年生のコミュニティメイト宮川陸(みやがわ・りく)さんにノビシロハウスでの暮らしについて聞いてみました。
コミュニティメイトの宮川さんは近隣にある慶應義塾大学(SFC)に通う3年生。3年生になってから入居した(写真撮影/桑田瑞穂)
「多世代の交わりがあることが面白いんです」と話す宮川さん。以前は隣駅「湘南台」エリアのシェアハウスに住んでいましたが、トイレ・キッチン・シャワーが共用で自由に使いづらいことや、プライベート空間の不足にストレスを感じていたそうです。「ノビシロハウス」のことをテレビで知った友人からの紹介がきっかけとなり、入居の応募をしました。
入居前の面接では、共働き家庭で祖父と過ごした時間が長く、その日々が今も思い出に残っていること、高齢者との関わりを「楽しそう」と感じていることを鮎川さんに伝えたそうです。晴れて入居した宮川さん。今は「プライベートな時間と空間を確保しつつ、多世代による程よい刺激もある暮らしに満足している」と話してくれました。
住居棟とカフェのある棟の2つの棟は通路を通じてつながっているため、出入りの際に自然と顔を合わせる(写真撮影/桑田瑞穂)
国内だけでなく海外でもシェアハウス暮らしを経験してきた宮川さん。これまでは同世代との交流が中心だったといいます。一方、ノビシロハウスの「多世代」という環境は初めての感覚だそう。小学生のころに祖父を亡くしている宮川さんにとって、高齢者との交流は「今は亡き祖父との時間を取り戻しているような気持ち」なのだと言います。年齢差のある会話にも抵抗はなく、むしろ好奇心を持って向き合っているそうです。
ある90代の入居者は、はじめはあまり話してくれなかったそう。しかしお茶会の回を重ねるごとに、だんだんと自分の身の上話をしてくれるように。話を聞くのが好きな宮川さんが耳を傾けていると、次第に入居者の方が打ち解けていったそう。今では「孫のような関係」と表現してくれるようになりました。「そう言ってもらえるのが嬉しいんです」と笑顔で語ります。
「行き来しやすい建物のつくりなので、自然と顔を合わせて声をかけ合う」と話す宮川さん(写真撮影/桑田瑞穂)
今は楽しく暮らしている宮川さんも、就職先によっては「ノビシロハウス」を退去する可能性があります。しかし「ノビシロハウス」の魅力は帰ってくる場所があること。カフェがある限り、卒業生はいつでも足を運ぶことができます。
「卒業しても遊びに来るつもりですし、実際卒業した コミュニティメイトの方がよく来ていて、以前の話を聞けるから楽しい」と途切れないつながりの魅力を話してくれました。
ゆるやかなつながりこそ、高齢者の自立した生活を支え続ける
「ノビシロハウス」の誕生から5年。100名近くの入居希望者が待つ中、2号棟・3号棟と次なる物件が求められるようになりました。そんな中、2027年についに2号棟が誕生します。
場所は東京都・東久留米市。環境や人、地域との共生を第一に考えている地主、秋田茂良(あきた・しげよし)さんとビジネスパートナーである荒川博典(あらかわ・ひろのり)さんとの出会いがきっかけでした。
秋田さんは、この地で300年続く花緑生産農家「秋田緑花農園」や、地域に開かれた「タネニハの森」を営む12代目当主。荒川さんとともに「タネニハ不動産」を運営しており、地域に土地を開きながら、住民同士が交流できる場づくりに力を入れて住宅を開発・運営してきました。「ノビシロハウス東久留米」でも場づくりを担います。
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来年の完成・入居を前に、すでに、この土地の風景や暮らす人たちの様子を体験できるお茶会やノビシロハウスの説明会を開催しており、60人規模の会は毎回すぐに満席になるほど。入居希望者だけでなく地域住民も興味を持って話を聞きに来るため、自然と顔見知りになれる場にもなっています。中には沖縄に住む80代の方からの問い合わせもあり、遠方にまでその話が届いているようです。東久留米での新たな暮らしと交流がどのように育っていくのか、今後が楽しみです。
東久留米で開催したお茶会の様子。入居希望者・近所に住む人・なんとなく興味を持った人まで、さまざまな人が集っていた(写真提供/株式会社ノビシロ)
ノビシロハウスは、2040年までに全国で100棟という計画を掲げています。高齢化が進む日本社会において「多世代が交流しながら互いに支え合える新しい住まいの形を、より多くの地域へ広げていきたい」と鮎川さんは語ります。
依然として高齢者の入居問題は解決には至らず、「大家の資産を守ることが優先されがちなんです」と苦しい表情で話してくれた鮎川さん。一方で、そんな課題感から始まったノビシロハウスが、想像以上の入居希望者を集めている現状に、高齢期のひとり暮らしにつながりを求めている人が多いことに手ごたえを感じています。
「高齢者が過剰なケアを受けずに最後まで自立して生活できることが、本人の生きる希望になり、ひいては大家の悩みを減らすことにもつながる」とも考えていると言います。
最後に「今後も賃貸業という枠組みの中で、人と人との関わりを生み出す拠点を増やしていきたい」と語ってくれました。
「ノビシロハウス東久留米」完成予定図。亀井野とは異なり、マンション型の大きなコミュニティになる(写真提供/株式会社ノビシロ)
高齢者を分断せず、境界線は保ちつつも、声をかけ合う関係を築くことは、家主やオーナーにとっても、暮らす人にとっても、健やかな形なのではないでしょうか。5年間で築いてきた「仲良くなろう」という関わりの形は、東久留米という新たな土地でも、少しずつ形を変えながら受け継がれていきそうです。
●取材協力
・株式会社ノビシロ
・ノビシロハウス亀井野
・ノビシロハウス東久留米
第1回アーツ&スナック運動
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