【祝 連載200回】ラヴェンダーズAKIRAが語るコラム執筆の日々とこれからのこと

【祝 連載200回】ラヴェンダーズAKIRAが語るコラム執筆の日々とこれからのこと

連載コラム「ラヴェンダーズAKIRA のWANNA GO HOME」が、2026年7月22日に連載200回を迎えた。2018年12月5日にスタートして以来8年間、ラヴェンダーズをはじめとする活動で作品のリリース、ライブを行いながら、一度の休載もなく隔週連載として続いてきた当コラムは、ここで一旦ひと区切りとなる。コラム執筆の日々を振り返りつつ、音楽を始めた頃の知られざるエピソードや今後の活動について等、AKIRAに今の心境を語ってもらった。

――連載コラム「ラヴェンダーズAKIRA のWANNA GO HOME」、8年間おつかれさまでした!

こちらこそありがとうございました!ファンの方にライブの現場で「終わっちゃうんですか?」って惜しまれましたし、逆に読んでなかった人からも、「そんなに長くやってたんだね」って言われました。

――8年間、隔週で休まず連載していたわけですけど、それがなくなって何か変わりました?

締め切りに追われなくなって、日常生活が圧倒的に楽になりました(笑)。ただ、なんか毎回週末ごとにやることを忘れてる気がして、「ああ、書かなくていいのか」みたいなことはありますね。あとオフィシャルのXアカウントを開かなくなりました。もともと公開されたときに反応を見るためにしか使ってなかったから、あんまり見なくなっちゃって、世の中の情報から割と遅れている気がします。

【祝 連載200回】ラヴェンダーズAKIRAが語るコラム執筆の日々とこれからのこと

――連載が始まるまでは、文章を書く習慣はなかったんですか?日記を書くとか。

ほとんどないですね、3日坊主なんで(笑)。でもコロナ禍で「5年日記」を書いてたんですよ。それは連載と同時進行で5年間書き続けました。隔週で連載コラムを書かなきゃいけなかったら書くし、5年日記だったら5年間ずっと続いてないと嫌なので、ずっと書いてました。あと「Duolingo」(語学習慣アプリ)をやってるんですけど、それも一日でも欠けてると気に入らないんで、今770日以上やってます。そういう縛りがあると途中で辞めたりできないんです。もう性格だと思います、それは。たぶん、8年も9年も書いてたら体調が悪いときもあったと思うけど、飛行機に乗ってるときも書いてたし、旅してるときも書いてたし、それが別に苦じゃないっていうか、なぜなら自分のルーティンだからって思ってました。

――8年間も経つと人間的にも成長があると思うんですけど、自分ではどう思ってます?

最初にコラムの打ち合わせをしたときは、そこらへんに歩いてる人を見て、わけもなく「なんだこいつ」とか思っていました(笑)。たぶん人としてもミュージシャンとしても漠然としていて、好きなものもやりたいものもあるんだけど、人間性がバシッと決まった感じがなかったっていうか、ボヤボヤしてたと思う。だから常にイラついてたし。そんなやつに何かひとつ続けられることをくれたのがこのコラムだったんじゃないかなと思います。

――定期的に人に見せるものを得たおかげで、気持ちが落ち着いた感じ?

それはありました。だって、普通は吐き出すところがないじゃないですか?私って頭の中で独り言をめっちゃ言っていて、自分と会話してるんですよ。そういう自分の中で「ああ!」って思ったりするのを文章にして、それを誰かが読んでくれるっていうのは、だいぶ精神安定剤でしたね。それに、だいぶ言葉の書き方、文章の書き方も学ばせてもらったと思うし、成長したと思うんですよ。初期のコラムとか、たぶんしょうもないことを下手な文章で書いていたと思うから、あんまり読みたくないけど(笑)。最初から読んでくれてた人たちは、最後は「こいつも大人になったな」って思ったんじゃないかな。

――自分のモヤモヤを、音楽にして吐き出すっていうミュージシャンもいますよね。

それもありますよ。それが著しくできたのがソロアルバム『L.U.V』だと思います。父(KOZZY IWAKAWA)と一緒にアルバムを作っていて、「こういう感じで、こういうイメージで歌詞を書いてみて」みたいに言われて、たぶん直されるだろうなと思ってバーッて書くんだけど、そんなに直されないで結構採用されたんですよね。だからまあ、悪くないことを書いていたんじゃないかって思いながらやってたんだけど。クソ食らえって思うような気持ちとかも書いたし、優しい気持ちも書いたし、音楽で吐き出していたと思います。

――今は日常的に曲を作ろう、詞を書こうっていうことはあるんですか。

コラムが無くなった今、頭の中に言葉が溢れているときが多いので、それを文章にしたりとかして書いてますね。たぶん言葉って出てこなくなるときがいつか来ると思うので、こんなに何か言いたいことや思うことが溢れてるうちに書いておいた方がいいなと思って。生きてると毎日ウザいなとか、ハッピーだなとかあるけど、それを言語化しておいた方が、未来の自分が助かるというか。明日の自分のために書くみたいな感じですね。

――そういう、書き留めておいた文章が後々曲になったりしたこともあった?

ありますよ。それは恥ずかしさもありますけどね。たぶんみんなそうだと思うけど、大体文章を書くのは夜だから、朝起きたときに見たら恥ずかしいんですよ。でもそれはそのときの私が思った気持ちだから、それはそれでいいかなと思います。

――コラムで書いたことをもとにして歌詞ができたりしたこともありましたか。

いや、コラムと曲づくりは分けて考えてました。曲を書いてるときって別の人格じゃないけど、「これはこういうときの私」みたいなテーマがあった気がするから。ソロアルバムは、そのときの私が書いて歌ってる曲もあるんだけど、その当時の私の気持ちで書いてる曲も多いですね。コラムはわりとタイムリーに現在進行形で、たった今の自分が書いてる感じだけど、歌詞を書くときは、違った感覚があって、「そのときの私だったら何て言うかな」みたいな感じです。

――そもそも、曲や詞の作り方やギターってどうやって身に着けたんですか。

小さい頃から(ザ・コルツザ・マックショウなどの)ライブを見たり、録音してるのを見て真似したりしていました。それと、中学の頃にギターのレッスンに通っていて、そこで教えてもらったんです。大学のときも音楽を専攻していたから、大学でレッスンを受けて、音楽の基礎、音楽理論も習ったし、ピアノレッスンも受けました。父からは、一緒にライブに出るようになってから、リハのときにアドバイスしてもらったり。そういうとき以外にギターを教えてもらったりとかはあんまりないかもしれないです。あと、6年生ぐらいから松任谷正隆さんがやってる音楽学校にボーカルレッスンを受けに行ってました。

――えっそうなんですか!?

小学生の頃、松任谷さんと面接したりしてましたから(笑)。そのときに松任谷さんに、「AKIRAちゃんは、将来は歌手になりたいの?」って言われて。その頃、私は超テレビっ子で、『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』とかスマスマ(『SMAP×SMAP』が好きだったから、歌手としてそういうテレビのバラエティ番組に出たりしたいって言ったんですよ。そうしたら、「AKIRAちゃんは、タレントとかっていうより、アーティストっていう感じがする」って言ってくれたんです。それで「ああ、そうなんだな」って思って。

――松任谷正隆さんにそんな風に言われたら、「私はアーティストになる」ってなりますよね。

でも、もともとなると思ってたから。歌手になるだろうなって思ってたし、それ以外選択肢がない感じで。「まあそっちですよね」っていう感じでした。結構期待してくれて教えてもらってたんですけど、別のところでギターのレッスンとボイスレッスンを受けることになって辞めちゃったんですけどね。

――それは自分の意思で?

そうです。今まで、親にやれって言われてやったってことはないですね。だから今でも音楽を続けてるのは自分の意思だし、ラヴェンダーズでやってることとか、コラムで紹介した音楽とか、ずっと前から本当に好きで聴いてるんですよ。だからそういう音楽をバンドでやってるのも自分が好きでやってることだから。

――お父さんの影響があると思われたくないから行動を共にしたくないって反抗してもおかしくないと思うけど、全然そういう感じはないですよね。

全然ないですね。だっていいもん、めっちゃ。一緒に作ってるものとか、一緒に歌ってるのを側から見ていてもすごくいいから。せっかくそういう機会があってやらせてもらえるんだから、それは別にやらせてもらっても良くない?って思う。

――親子だからって気にしてたらね。

できないです。それはもう別で考えないと。それは一生ついてくるものだと思うから。

――そうやって自ら進んで音楽を学んだり留学したりしてきた経験が、コラムの企画「今週の1曲」に活かされていたと思います。いろんなアーティストや曲を知ることができたことで、意義のあるコラムになりました。

新しい音楽を聴くのが好きなんですよ。とりあえず全部聴いとけ、みたいな(笑)。それで好きなものがあったらそれでいいしみたいな。でも結局私が一番好きなのって、やっぱりスケートパーク・パンクみたいな音楽だなって思ってるんだけど。でもヒップホップも好きだし、最近DJをやったりすることもあって、新しい音楽をどんどん常に入れるようにしています。

――コラムを連載していた間も作品をリリースしたりライブをやってきたわけですけど、今度の音楽活動はどう考えてます?

やっぱラヴェンダーズかなって思います。ラヴェンダーズのライブをやってるときが一番自分らしい気がするから。それって私がビリー・ジョー・アームストロングを見たときに、いろんなバンドをやっていろんなところで歌ってるけど、グリーン・デイのライブがやっぱり一番ビリー・ジョーだなって思うのと一緒だと思います。ラヴェンダーズは長くやってきた気心の知れたメンバーだし、この間新しいベーシストが入ってくれてやったんだけど、やっぱりラヴェンダーズのライブのときの私がいつもの私なんだと思ったんですよね。だからまたアルバムを出したいと思ってるし、こういうパンクロックとパワーポップみたいな音楽ってたぶんラヴェンダーズしかできないと思うんですよね。2017年にデビューして9年、誰もやってなかったホリー&ジ・イタリアンズの曲をカバーしたりとか(コラムのタイトルにも引用した「I Wanna Go Home」)、うちらがやる前は「こんな曲誰も知らなかったじゃん」っていう曲が結構みんなに知られるようになっているのとかを見て来たんですよ。

例えば女の子のバンドでリッケンバッカーを弾いてる人も増えたと思うし、私の気のせいかもしれないけど、こういう英語日本語のチャンポンの曲をやってる人たち、パワーポップみたいなバンドも増えてきていると思うんですよ。でも、こういう2トーンスカの感じもあり、ポップな感じもあり、ブリティッシュな感じもあり、アメリカンなパンクロックの感じもあるみたいなのって、ラヴェンダーズにしかできないんじゃないかなって思います。

――そういう自信がついたのっていつから?

コロナ明けぐらいに、「何を恥ずかしがってんの?うまくできるから別にやればいいじゃん」って思った感じはしました。それまでは若いのもあったけど、常に「上手くやらないといけない」っていうプレッシャーがあって、余裕も無くて。もちろん、今でも緊張しますけど、でもちゃんとできるのがわかっているので。今は大人になったのかなって思います。あと、あんまり人の目が気にならなくなった(笑)。ラヴェンダーズはパンパンのお客さんの前でやらせてもらうことがめちゃめちゃ多くて、いろんなところで本当にいろんな人たちに観てもらったと思うんですよ。それを重ねていくうちに、意外と反応も良かったりウケること多くて、それも自信になりましたね。

――今、ラヴェンダーズでアルバムを作るとしたら、どんな作品になりそうですか。

オリジナルアルバムですね。私たちのオリジナル曲、「HOMECOMING」とか「Going Anyway」とかって、めっちゃいいねと言ってもらえるんです。ああいうオリジナル曲で1枚作りたいと思ってます。そういうのをやってるバンドはいないから、すごくかっこいいと思うし、パッと流れてきて「誰の曲?」ってなるようなものを今だったら作れる気がするんですよね。そういう音源も作りたいし、ラヴェンダーズはワンマンライブをやったことがないんですけど、来年はデビュー10周年なので、記念に感謝祭みたいなイベントをやってみたいなと思っています。

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取材・文:岡本貴之

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