「前橋国際芸術祭 2026」開幕へ!マルジェラや蜷川実花も参加、コンビニすらなかったシャッター街が10年で“アートの聖地”に化けたワケ
群馬県前橋市の中心市街地で、2026年9月19日(土)~12月20日(日)の80日間、「第一回 前橋国際芸術祭 2026」が開かれます。かつては「教科書に載るシャッター街」とまでいわれた街に、国内外から約70組の作家が集まります。なぜ今、前橋で芸術祭なのか。事務局長を務め、まちづくり会社「まちの開発舎」代表でもある橋本薫(はしもと・かおる)さんに話を聞きました。
「いい街だよね」で終わらせない。“何もない街”として捉え直した2016年
芸術祭の背景には、10年間のまちづくりの歩みがあります。
まちづくりが本格的に動きだしたのは2016年。ジンズホールディングス(JINS)の創業者で前橋市出身の田中仁さんが提言し、官民が協働してまちづくりのビジョン「めぶく。」が定められたことが契機となります。橋本さんは当初から関わってきました。
芸術祭の事務局長を務める、橋本薫さん(写真/筆者)
ビジョンの策定は株式会社ジンズホールディングスの代表取締役CEOである田中仁さんによる田中仁財団の働きかけによって市民調査から始まりました。そこで抽出された「Where good things grow」(いいものが育つ場所)を、前橋出身のコピーライター・糸井重里さんが「めぶく。」の3文字に翻訳しています。
印象的だったのは、その過程で出てきた市民の声の扱い方です。
「前橋って総じて『いい街だよね』と、みんなが言うんですよ。山はきれいで空は広いし、人も優しくて。でも、糸井さんがそれを『いや、そんなの日本中にあるよ』と」(橋本さん)
いい街ならどこにでもある。では前橋にしかないものは何か。そこで浮かび上がったのが、当時の前橋の状態そのものでした。
「衰退が進みきった状態で、唯一、前橋に特徴があったとすれば、チェーン店がないことでした。コンビニすらなくて、ナショナルチェーンが1店もない。これはもう、何もない街として捉え直して、これから芽吹いていくんだ、そこに立ち返ってまちづくりをやろう、というのが『めぶく。』のビジョンなんです」(橋本さん)
弱みとして数えていたものを、そのまま出発点に置き換える。この転換が、以降10年のすべての判断の下敷きになっています。
空き店舗が目立つ通りにも、近年は個人経営の新しい店が少しずつ増えている(写真/筆者)
特徴的なのは、「めぶく。」に具体的な事業計画が紐づいていないことです。
「『めぶく。』はあくまでも目指すべき姿であって、具体的なスケジュールや計画は引いていないんですよね。まちづくりでいろんなことが起きてくるけれども、それは芽吹くことにつながるのか。これをやることで市民は芽吹くんだろうか、外から来る人は芽吹くんだろうか、という判断基準として機能しているんです」(橋本さん)
計画表ではなく、判断基準。だから10年のあいだ、若い人を呼び込み、店を増やしてきたにもかかわらず、そのなかにチェーン店は入っていません。現在、まちなかに出店しているチェーンは無印良品くらいだといいます。
「コンビニつくろうよ、という話にならなかったのは、やっぱりビジョンがあったからだと思うんですね」(橋本さん)
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地元企業66社が毎年寄付を出し合う。3億円の遊歩道を民間の手でつくった
ビジョンだけでは街は変わりません。橋本さんは、まちづくりには3つの要素が要ると言います。
「お金と人とビジョン、この3つがそろわないとまちづくりは実現しない。全国のまちづくりを見ていても分かりきっていることです。お金の部分を税金に頼るまちづくりは、やはりどこかで止まってしまうんです」(橋本さん)
前橋の中心部では、ある再開発事業をめぐって「やる・やらない」が40年にわたって繰り返されてきました。やるかやらないか分からない土地の周辺には、誰も投資をしません。結果として街の時計は30年、40年止まったままになった、と橋本さんはいいます。
40年にわたって計画が動かなかった再開発予定地の周辺。時間が止まったような区画が中心市街地に残る(写真/筆者)
だから民間で回す。「めぶく。」の発表と同時に立ち上げられたのがビジョン策定の発起人でもある田中仁さんが立ち上げた「太陽の会」です。地元の経営者が集まり、各社の純利益の1%を毎年まちづくりに寄付する仕組みで、年間約6000万円が集まりました。
もっとも、言うは易しです。株式会社には株主も社員もいて、純利益の1%を寄付するなら給料を上げてほしい、という声は当然出ます。
「だけど、地域が良くならないと社員の皆さんの仕事もなくなる。地域があって企業があるわけです。そこを社長さんたちが説明をして、それができた会社が参入してくれています」(橋本さん)
そのお金の使い方も独特です。5年かけて貯めた3億円を、中心部を流れる馬場川沿いの通りの再整備に充てたのです。しかも、その資金を市に寄付して工事をしてもらう形はとりませんでした。
「3億円を前橋市に寄付して、これできれいにしてください、とやってしまうと、預かった行政側は入札をして公平にお金を使わなきゃいけないので、そうすると結局チープなものになっちゃう。だから民間で工事までやって完成させて、できあがったものを寄付する。日本で初めてのアクションでした」(橋本さん)
太陽の会の寄付によってMDCにより整備された馬場川通り。水辺に沿って遊歩道が設けられ、腰かけられる場所が随所にある(写真/筆者)
行政が敷き直せるのは、せいぜいアスファルトの表面まで。昭和の時代につくられた通りをつくり替えるだけの予算は、そもそも組まれていないのだといいます。
太陽の会の仕組みは現在、少し形を変えています。純利益の1%では会社の規模によって金額差が大きくなり、多く出す人の声が大きくなってしまう。そこで一律・年間50万円に改めたそう。集まる額は半分になったものの、参加企業は66社と倍以上に増えました。
まちづくりのランドマークとして2020年に開業した「白井屋ホテル」も、同じ発想でつくられています。江戸期から続いた白井屋旅館を田中仁財団が取得し、建築家・藤本壮介さんの設計で再生したホテルです。客室には部屋ごとに異なる現代アートが飾られています。アートによるまちづくり、という方向性が示されるきっかけになったプロジェクトでもあります。
「当時、この街からパン屋さんやケーキ屋さんがなくなってしまっていたんです。コーヒーを飲めるところも、美術館のミュージアムカフェのほかには小さな喫茶店があるくらいで。街になくなってしまった機能が、あそこには詰め込まれているんです」(橋本さん)
街に来たついでにパンを買う、お祝いにケーキを買って帰る。郊外の店でしていたことが、街なかでできるようになりました。同じころ始めた「めぶくフェス」は、その1年間で街に“芽吹いた”人をみんなで紹介し、祝うイベント。そこに出店していたキッチンカーの若い店主が、翌年には実店舗を構えました。そうした動きが少しずつ積み重なっています。
白井屋ホテル。古くなった建物をリノベーションしたヘリテージタワー(写真/筆者)
白井屋ホテル、ばばっかわ通り沿いの新築棟、グリーンタワー。1階にはベーカリーやパティスリー、コーヒーショップが入り、宿泊者以外も日常的に利用できる(写真/筆者)
街の変化を象徴するのが「ブックフェス」です。糸井重里さんの発案で、全国の家庭に読み終えたまま眠っている本を送ってもらい、来場者に無料で配るイベント。2回の開催で、1回あたり約7万冊が集まり、約6万人が訪れたそうです。そして、本屋のなかった街に本屋が生まれました。絵本屋もできて、さらにもう1軒。
「前橋って、面倒くささを愛でる人たちに愛されるのが一番の勝ち筋だと僕は思っていて。電子書籍じゃなくて「本」を「物」として買っている「本物」好きな人たちには、この街はすごくマッチするんです」(橋本さん)
すぐに答えが見えない、歩いてみないと欲しいものがあるかも分からない。郊外の大型店とは正反対の性格を、そのまま強みとして育てていく考えです。
ブックフェスをきっかけに出店した書店、水紋。芸術祭ではトークイベントの会場としても使われる(写真/筆者)
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レンガという“記憶の素材”を、民間の共通ルールに
まちなかを歩いていて気づくのが、新しい建物や道路にレンガが多用されていることです。これも意図的なもの。前橋はもともと絹産業の集積地で、商品が燃えないようレンガ造の倉庫と問屋が数多く並ぶ街でした。
「お金も文化も人も集まってくるような、すごく豊かな街だったんですよ。だけど、その倉庫を戦時中に軍事工場に転用していて、空襲で街の8割方が焼失してしまう。だから歴史を感じられない、観光資源が何もない街になってしまった。そういう時代があったということを記憶にとどめるために、レンガという素材を戻していくんです」(橋本さん)
失われたものを復元するのではなく、素材だけを引き継ぐ。行政の条例ではなく、民間が自主的に共有するルール(デザインコード)です。
遊歩道がレンガで整備された、広瀬川河川敷。2018年に官民連携事業により太陽の会が寄付をして、岡本太郎の作品「太陽の鐘」が移設された(写真/筆者)
そのルールが並んで見えるのが、商店街の一角です。空き家だった土地が1軒ずつ取得され、レストランや店舗が4棟、段階的に建てられました。4棟まとめて開発したほうが合理的ですが、バラバラな個性をもったお店が並ぶ方が、商店街の魅力にはつながる。レンガを使うというルールだけは共有して、別々に開発されたのだそう。
商店街の角に並ぶ建物。それぞれ設計者も用途も異なるが、レンガという共通の素材でつながっている(写真/筆者)
総事業費予算3億3000万円を市の補助金に頼らず。「前橋でしか生まれない作品」だけを並べる
白井屋ホテルに続き、2023年に「まえばしガレリア」が開業します。東京の有力ギャラリーが入居し、レストランや住居、民泊も併設する日常的に現代アートに触れられる複合施設です。このころから、いずれ芸術祭をやろうという話は出ていたそうです。
まえばしガレリア。ギャラリーと飲食店、住居が入る複合施設(写真/筆者)
実際に動き出したのは1年半ほど前。開催を2026年に定めた理由は明快でした。
「ビジョンが制定されて今年でちょうど10周年なんです。10年を振り返ることと、これからの10年を見据えることの、ちょうどいい起点になる」(橋本さん)
ただ、芸術祭は今や全国各地で開かれています。後発として、なぜ前橋でやるのか。その問いへの答えが、この芸術祭のいちばんの特徴になりました。
「全国の芸術祭を見渡していくと、十数億円程度の総事業費のうち半分以上は自治体が出しているんですよね。その残りを協賛や助成金で賄っている。民間主導でまちづくりに取り組んでいるこの街の特徴を芸術祭につけるとしたら、民間のお金で、自治体のお金に頼らないでやることだろう、と。それができたら本当に前橋らしい芸術祭が生み出せる。一番のイノベーションは実はそこなんです。実行委員長兼総合プロデューサーである田中仁さんらしい芸術祭です。」(橋本さん)
前橋国際芸術祭の総事業費予算は約3億3000万円。これを前橋市からの補助金に頼らずに賄うのだといいます。文化庁からの助成は受ける資金は企業版ふるさと納税の仕組みを使って全国の企業から集めており、1社で数千万規模の支援も寄せられているそうです。
芸術祭の会場マップ。※会場マップ画像の提供相談
もうひとつ、作品のつくり方にも方針があります。
「世界的にも有名な作家の作品を持ってきて飾る、それを目玉にしている芸術祭もあるんです。なぜなら人を呼べるから。でもその作品って、その町の文脈とはかかわりないわけです」(橋本さん)
海外から作品を借りてくれば輸送費も莫大にかかります。そういう「万博みたいなこと」はやめよう、と決めたそうです。
「この前橋でしか生まれない作品で芸術祭をやる。だから必ずアーティストには前橋に来ていただいて、リサーチをしてもらって、作品を作ってもらう。大御所だろうが若手だろうが、みんな一緒です」(橋本さん)
「国際」という言葉をあえて掲げたのも、同じ考えからだといいます。
「海外から借りてきたものをあがめるのでは、『国際』とついていても日本人向けの国際であって、海外の人に向けて日本を発信するための国際じゃない。前橋が世界に打って出るために、地元の人も忘れてしまっているような、前橋の眠っている文化や歴史をアーティストの目を通して掘り起こしてもらう。それを世界が注目してくれるようになれば、本当の意味でのまちづくりのための芸術祭になるだろうということになったんです。(橋本さん)
芸術祭の会場として使用される旧近藤時計店。設営が進む様子をまちの人びとが覗き込んでいた(写真/筆者)
運営の体制も、極力外から専門家を呼び込む形をとっていません。プログラムディレクターには東京藝術大学准教授でアーツ前橋チーフキュレターの宮本武典さんを迎えたものの、実際に運営を担うのは地元のメンバー、それも若い世代が中心の20人ほどのチームだといいます。
「経験のあるプロにお願いすれば早いのかもしれませんが、それをやってしまうと地元のパワーがついていかない。その人達がいなくなったら次ができなくなってしまうので。だから1回目は大変だけど、頑張ってみんなでやろう、それでこそ持続的な芸術祭にしていけるだろうと考えています。芸術祭は、2年に一度のビエンナーレとして計画していますからね」(橋本さん)
バブルの空きビルから現代建築まで。時代を旅するように歩く25ha
芸術祭は街中の20以上の会場で、40組以上のアーティストが作品を展示する予定です。見どころの一部をご紹介しましょう。
市立美術館「アーツ前橋」の展示のひとつが、美術家・川俣正さんの《Tree Hut in Maebashi 2026》です。美術館の目の前にあるケヤキの木に、木材を組んだ小屋が架けられています。
この作品は世界各地で150基以上つくられてきたそうですが、日本国内の公共の場所に設置されたのは前橋が初めてだといいます。街路樹は公共の場所にあるため、こうしたものを取り付けることが日本ではなかなか認められないのだそうです。
「世界中で制作されてきて、これが壊れて人にけがをさせたりしたことは一度もない。だけど日本ではこれまでできなかった」(橋本さん)
今回この作品が実現できたのは、前橋市の担当者が尽力してくれたからだと橋本さんは話します。資金も企画も民間が用意するなかで、行政にしか出せない許可がある。何かあった時の責任分担についても取り決めを交わしたうえで実現したそうです。
2年に一度の芸術祭の開催ごとにパブリックアート(公共空間に恒久設置される作品)を1点、街に残していく方針だといいます。会期が終わっても、街には作品が1つずつ増えていくことになります。
まちの中心部に建つ、アーツ前橋。商業施設を改修し、2013年に開業した(写真/筆者)
アーツ前橋の前のケヤキに設置された川俣正さんの《Tree Hut in Maebashi 2026》。芸術祭のオープニングに先駆けて完成した(写真/筆者)
まえばしガレリアでは、ファッションデザイナーとして一時代を築き、現在はアーティストとして活動するマルタン・マルジェラの展示が行われます。
「この方の作品が前橋に来る、というのは、かなりの激震だと思います。どんな作品が展示されるのか、楽しみにしてください」(橋本さん)
まちとギャラリーが連続する、まえばしガレリア(写真/筆者)
会場は美術館やギャラリーだけではありません。街の時計が止まっていたことが、そのまま会場の多様さになっています。
「前橋にはまだ昭和の風情が残ってる場所もあれば、白井屋ホテルとかまえばしガレリアみたいな現代建築もあって、街のコントラストが強いんですよ。いろんな時代を旅するように回っていって、その中に、前橋をリサーチした結果のアート作品が展示されている。そんな芸術祭になります」(橋本さん)
空きビルの多くは電気も通っておらず、ごみが散らかった状態でした。ボランティアとともに片付け、使える状態にするところから準備が始まっているそうです。
「空きビルになってしまうと、目を背けたくなるというか、嫌だな、汚くなってるなと。そういったところにもう一度光を当てる、そういうきっかけにもなればいいなと思いますね」(橋本さん)
代表的な会場が「ハウゼビル」です。バブル期に建てられ、金色に輝く特殊なタイルを外壁にまとったまま、長く空きビルになっていた建物です。
1階には、エレクトロニカ(電子音楽)のデジタルアートとライブの会場が設けられます。かつてディスコが流行していたころに建てられたビルを、現代の電子音楽で再生する構成です。
4階には、蜷川実花 with EiMの展示が入ります。会場となるのは、かつてフィリピンパブだったフロアです。
「夢を持って日本に渡ってきて、接客業で生計を立てている人がものすごくたくさんいて、その歴史も何十年と長く続いてきた。それはもはや文化になっている部分もあるわけで、そういうところに蜷川さんの色彩豊かな作品がインストールされます」(橋本さん)
フロアの裏にある機械室には、日本に来たばかりの人が書き残したとみられるメッセージが、殴り書きのまま残っているそうです。
ハウゼビルの外観。バブル期に建てられた金色のタイルが、そのまま残されている(写真/筆者)
「まだ芽吹いてもいない」。ようやく種を蒔き始めた10年目
芸術祭のあとも、前橋のまちなかは変わり続けます。
会場のひとつであるアーケード商店街では、大阪・関西万博で休憩所の設計もして注目を集めている建築家・山田紗子さんの設計による建物が進行中で、完成は次回のビエンナーレのころ。ほかにも著名な建築家によるプロジェクトが5、6件動いており、4年から6年後にはほとんどが完成する見通しです。
そしてもうひとつ、街の姿を大きく変える計画が動いています。前橋駅から群馬県庁までの約1.5kmを走る国道50号を、自動車を通さないトランジットモール(歩行者と公共交通だけが通行できる街路)にする、群馬県の計画です。設計者は国際コンペで選ばれ、完成予定は2040年。国・県・市にまたがる道を一度に整備する難事業ですが、民間の動きに県も期待を寄せた結果だといいます。橋本さんもコンペの審査員を担当しました。
国道50号の現況。将来はこの区間が歩行者のための空間に変わる計画(写真/筆者)
この10年、全国各地から前橋に視察が訪れるようになりました。ただ、多くの人が同じ感想を残して帰るそうです。
「皆さん帰るときに、これはうちの街ではできないな、とおっしゃるんです。いや、そんなことないからやってくださいよ、という感じなんですけど。太陽の会だって皆できないと言うけど、でもどの街にも中小企業はいっぱいあるじゃないですか。その企業さんが皆50万円ずつ年間出してくれればできるんですよ」(橋本さん)
必要なのは、嫌われ役を引き受ける人がいるかどうかだと橋本さんはいいます。成功している経営者はどの街にもいる。ただ、旗振り役を買って出れば目立つぶん風当たりも強くなる。それを乗り越えられる人とそれを支える人がいるかどうか、なのだと。
10年の節目に芸術祭も開かれ、前橋への注目は高まっています。それでも橋本さんは、道半ばだといいます。
「すごく注目を寄せてくれている。だけど、実態としてはまだまだ芽も出ていないし、まだまだ『めぶく。』という意識じゃないとダメだと、戒めも込めて考えてはいますね」(橋本さん)
遊びに来る人、視察に来る人は増えた。けれど、「移住先、就職先として選ばれる街になっているかというと、まだだと思う」。橋本さんはそう言い切ります。
「地元の若い人たちに、『太陽の会に名を連ねている会社に就職したい、太陽の会の会員になれるような立派な会社を作ろう』と思ってもらえる状態が、まずは次の目標です」(橋本さん)
この10年でようやく種を蒔ける状態になった、というのが橋本さんの見立てです。傍から見ればすでに次のフェーズに移行しているようにも見える「めぶく。」の言葉が、変わらず使われ続けている理由がここにありました。
「第一回 前橋国際芸術祭 2026」は2026年9月19日から12月20日まで。およそ500m四方のエリアに散らばる作品を見て歩くうちに、前橋にしかない魅力が見えてくるはずです。秋の前橋へ、足を運んでみてはいかがでしょうか。
※チケット情報や会期中のプログラムは公式サイトに掲載
●取材協力
前橋国際芸術祭2026
株式会社まちの開発舎
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