失われていく被爆体験の記憶と、残されるべき言葉。『八月の声を運ぶ男』柴田岳志監督インタビュー「生きてく上で“物語”が必要な時がある」

1000人を超える被爆者の声を未来に繋ぐ男がいた──。失われていく被爆体験の記憶と、残されるべき言葉。そのはざまで、「伝える」とは何かを問いかける、映画『八月の声を運ぶ男』が8月21日(金)より全国のTOHOシネマズにて公開となります。(一部劇場を除く)

本作は、長崎に暮らし日本全国を渡り歩いて被爆者の声を集め続けたジャーナリスト・伊藤明彦さんの実話を基に、原爆によってもたらされた数奇な出会いの物語を、大河ドラマ「麒麟がくる」(2020年)などで知られる、広島県出身の脚本家・池端俊策が描き、NHKにて戦後80年ドラマとして2025年8月に放送。第34回(令和7年度)橋田賞、放送批評懇談会による第63回ギャラクシー賞テレビ部門大賞など、大きな話題を呼びました。

ジャーナリストとして被爆者の声を集め続ける辻本を演じるのは本木雅弘さん、辻本の活動に共感し協力的にインタビューを受けるものの、どこか謎に溢れる男・九野役に阿部サダヲさんら豪華出演者の熱演も必見です。監督を務めた柴田岳志さんにお話を伺いました。

──作品拝見させていただいて、本当に素晴らしかったです。ドラマ版がもともとありますが、劇場映画にするにあたり、どの様なことを意識しましたか?

ありがとうございます。映画とテレビは同じ映像作品ですけれど、よく考えてみると、表現方法がちょっと違うんですよね。特にこの作品は映画だからこそ出来ることもあるのではないかと思いました。ストーリーを進めていくだけではなくて、辻本と九野という2人が背負っている人生を感じるストーリーの余白みたいなものがある作品なので。その2人が背負ってきたものを、映画ではより深く追求出来ることもあると思いましたし、テレビ版と映画版のそれぞれの味わいを出したいなと。
その結果映画では、ドラマ版で出ていない未公開シーンも増えています。

──ドラマと劇場映画は観る環境も異なりますよね。

それも大きいですよね。僕はずっと長い間テレビドラマを作ってきたので、「チャンネルを変えられないものを作る」という考えが染み付いていて。劇場映画の場合は基本的には一度着席したら最後まで観てくださいますよね。そうすると、同じ物語でも時間の流れも変わってくると思います。映画だとじっくり描いていくことで世界に入っていくことができるというか。テレビと映画どちらが良い・悪いではなくて、それぞれの描き方があるなと思います。
この作品では、舞台である1970年代の東京の様々な生活音が聴こえる様になっていますが、映画ですと音響も5.1サラウンドで作っているのでより感じていただけるかなと思います。

──本作を鑑賞して本当に凄いお話だなと感動し、実話であることに改めて感動しました。ドラマ放映時にも大きな反響があったかと思いますが、監督はどう感じられていましたか?

このテーマに僕個人としてもとても興味がありましたし、やる意義があると思いましたが、繊細な部分を含む題材なので伝えるのは難しいだろうな、でもそれを伝えたいなという気持ちがありました。なので、放送が終わって色々な感想を見た時に、僕が心配する必要も無いほどに、たくさんの方がこの物語の本質を掴んでくれているんだなとホッとしました。すごく嬉しかったです。

──九野というキャラクターの描き方がとても難しそうですよね。少し間違えると意図したものと変わってしまうというか。

そうですね。被爆体験をテーマにした作品ですが、戦後81年経って当事者の方がどんどん少なくなってきています。そんな中で、この体験をどう伝えていくのかというのは切実な問題なんですよね。
本作の主人公のモデルとなったジャーナリストの伊藤明彦さんは、1970年代に「将来的にどんどん被爆者が減って、伝えることが難しくなってくる」ということを予想して、1,000人を超える声を集めていたと。そうすることで、当事者の皆さんが亡くなった後も声は残るんですよね。そして、その声を聴いていくうちに伊藤さんは「被爆者が抱える葛藤」を感じることになり、自身も葛藤する。被爆者の声を集める自分の行為に意味はあるのか、と。被爆した方の体験を再現して描くのではなくて、その体験をどうやって伝えていくか奔走した人の生き方を通して戦争を伝える。戦後80年を過ぎた今だからこそ、ふさわしい内容だなと思いました。

──現代はスマートフォンで誰でもサッと録音出来ますけれど、あの時代に重くて高価な録音機を持って、長距離を移動していたなんて、本当に頭が下がりますよね。

凄いことですよね。1970年という時代ですから、被爆者は広島・長崎にいるだけではなく、全国に散っている。その方々を大きい録音機を持って訪ねていた。その録音機が今も長崎に残っているのですが、すごく重いんです。本作の撮影でも同じタイプの録音機を使っているのですが、重さもそのままにしています。本木さんご自身が「この重い録音機を持って歩くことに意義がある」とおっしゃってくださって、実際に何時間もかついで歩いてくれています。

──素晴らしいことですね。そして本作はサスペンスとしてもとても見応えがあって、何度もドキッとさせられました。

被爆者の声を集めるということ自体が凄いことなのに、「最も感銘を受けた被爆者の話にフィクションが混ざっているのではないか」と疑いはじめることが物語に大きなうねりをもたらしていきます。そして、最終的にこの主人公が「フィクションかもしれないけれど、そのこと自体にも意味があるんだ」と気付いていく。つまり、被爆体験を語る人が、どうしても語りたくないことは言わないかもしれないし、あまりにも強烈な経験を大きく言うこともあるかもしれないけれど、そのことも含めて、それが“真実”なんだと辻原が目覚めていく所が僕も非常に面白いと思いました。
現実の被爆体験の話はものすごく大切だけれど、そこから発生したフィクションも含めて、それが伝えていく手立てになると。

昔で言えば琵琶法師が「平家物語」を語り伝えてきましたが、あれも、実際の体験が基になっているけれど、最終的には一つの物語としてフィクションを伝えている。そうやって絶対に後世に伝えていくべきものの中には、フィクションであるということも、ものすごく大きな力になることがある。本当に辛い体験をした人は、そのあまりの辛さに、忘れないと生きていけないことだってある。九野がそうだった様に、人間が生きてく上で物語が必要な時があるのだと。

──「人間が生きてく上で物語が必要な時がある」その通りだと思います。

脚本を書かれた池端俊策さんは広島出身なんですよ。その池端さんが「人間は本当に辛いことは言わない」とおっしゃっていて、当時、周りに被爆者の子どもがたくさんいたけれど皆その話はしなかったと。面と向かって向き合っていたら生きていけないくらい辛いことってある。なおかつ、今からだと考えられないですけれど、当時は被爆者差別も多くて、後遺症で身体が辛いのに「あいつは怠け者だ」と誤解されたり。そうすると当然被爆者たちが自分の体験を隠さないと生きていけなかったわけですから、その中で体験を語ってくれる人を見つけて、声を録るということは本当に大変だったと思います。

──劇中での「自分の子供にも孫にも伝えたい」と語っていた女性の言葉がすごく印象的で感動しました。伊藤さんと、劇中の辻本は人生を賭けて声を集めましたけれど、柴田さんご自身の作品を作るモチベーションとなっているもの、自分を駆り立てるものはありますか?

これまでも戦争をテーマにした作品を作ってきましたが、固定観念で描くことはしたくないんですよね。本作は、「伝える」ということが中心になりつつ、その中にフィクションが入ってくるという新しい切り口がありました。戦争作品の新しい側面を観せられるのではないかという想いが一番大きかったです。
いつも作品に入る前、出来る限り取材をするのですが、今回も被爆体験者の方や、関係者の方にお話をお聞きしていく。そうすると、自分が勝手に思い込んできたものが壊されてくんですよね。自分が全然理解出来ていなかったのだと気付けるし、新しい発見がたくさんある。その発見1つ1つが、ドラマを作る大切な力になっています。そしてそれを観客の方に届けたいと思うわけです。

──現場に足を運ぶことで、思い込みを壊し、発見を得る。ということですね。

「原爆が落ちて、たくさんの被災者が病院に収容された」と書いてあったとしても、実際には当たり前のように病院も爆撃されている。つまり“病院”と書かれているものは、ギリギリ建物であるくらいの小屋であったり、たまたま崩れなかった学校であるわけです。そういう一つ一つを、現場を訪れたり当事者にお話を聞くことで確認して、思い込みを正すことが出来る。そういう時間が、もちろん大変ではありますが、自分にとって最も意義のあることだなと感じています。

──素敵な映画と素敵なお話をありがとうございました!

●タイトル:『八月の声を運ぶ男』 
●公開日:2026年8月21日(金)より全国のTOHOシネマズにて公開
●原案:伊藤明彦『未来からの遺言 – ある被爆者体験の伝記』
●作:池端俊策
●音楽:清水靖晃
●監督:柴田岳志
●出演:本木雅弘 石橋静河 伊東蒼 尾野真千子 田中哲司 阿部サダヲ
●製作・配給:WOWOW

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藤本エリ

映画・アニメ・美容が好きなライターです。

ウェブサイト: https://twitter.com/ZOKU_F

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