「地方移住」成功の答え。いきなり田舎に住むと詰む?47都道府県を取材した編集者が明かす”人口30万人都市”が狙い目な理由と自分に合うまちの探し方|徳谷柿次郎

理想の移住先は自分の中にある。編集者・徳谷柿次郎と考える、地方移住の解像度の上げ方

東日本大震災やコロナ禍など、「当たり前」だった暮らしの地盤が揺らぐたびに、住む場所や生き方を見つめ直す人が増えてきた。地方移住への関心が高まる一方、「どこがいいかわからない」と立ち止まる人も多い。

全国47都道府県を取材し、自身も首都圏から長野県信濃町に移住した編集者・徳谷柿次郎(とくたに・かきじろう)さんは「そもそも地方移住という言葉の解像度が低すぎる」と語る。つまり、憧れや言葉の響きだけで、現地のリアルな暮らしのイメージがぼんやりしているということだ。では、どう解像度を上げればいいのか。移住先を「選ぶ」前に、まず自分を「知る」こと。そのヒントを聞いた。

世界情勢で変化した「移住」への意識

■徳谷柿次郎さんの経歴と移住歴

2015年 47都道府県を取材する「どこでも地元メディア ジモコロ」編集長に就任
2017年 東京と長野市で2拠点生活を開始
2019年 東京の自宅を解約し、長野市へ移住
2021年 長野県移住総合メディア「SuuHaa」立ち上げ
2022年 長野市内に編集会社Huuuuのオフィス兼コミュニティスペース「MADO」を開設
2023年 信濃町に移住し自宅を構える。全国47都道府県を取材で制覇!

「大前提として、人間はもともと移り住む生き物だと思っているんですよ。定住革命って、稲作などの文明の発達によって人が土地に縛られるようになったもので。基本的には、人間は自然環境とか食料確保の観点から、よりよい土地へ移動するのが自然なことだと思っていて」

インタビューは信濃町にある徳谷さんの自宅で行った(撮影/中嶋 真也)

インタビューは信濃町にある徳谷さんの自宅で行った(撮影/中嶋 真也)

徳谷さんが、「地方移住」というテーマを語るとき、まず持ち出すのは2011年の東日本大震災だ。これまでの「当たり前」が大きく崩れた震災を機に、単なる「引越し」とは異なる「移住」という概念がより身近なものとして浮かび上がってきた。当時は東京で編集者として働いていた徳谷さん自身も、「このまま大都市で暮らしていていいのか?」という危機感を覚えたという。その後近年のライフスタイルの多様化も重なり、「人が移り住むこと」は社会的なトレンドへと定着していった。

しかし今、その文脈はさらに一段階深くなっていると徳谷さんは感じている。

「昨今のアメリカとイランの紛争をきっかけに、インフラや流通が当たり前ではないという思いが強くなっている。そもそもどこで暮らしていくのがいいんだろうという僕自身の問いが深くなってきています。どれだけ田舎に暮らしていても、もちろん世界情勢の影響は受けるけれど、『どこで暮らしていれば自分が機嫌よく過ごせるのか』という視点が、この春ごろから一段階変わってきているなと感じていて。食料の生産を他国に頼らず自身でもしないといけないんじゃないかと、家庭菜園からでも畑を始めてみようという動きが出てきているように思います。畑や水といったインフラ以外にも、地方には濃い人間関係から発生する助け合いの恩恵もあると思います。生存に対する危機感からの地方移住は今後さらに増えてくるんじゃないでしょうか」

徳谷さんの自宅の畑では、夏野菜全般、サツマイモ、カボチャ、スイカを中心に育てており、自分の育てた野菜を娘が口にする喜びを感じている

徳谷さんの自宅の畑では、夏野菜全般、サツマイモ、カボチャ、スイカを中心に育てており、自分の育てた野菜を娘が口にする喜びを感じている

さらに、AIの急速な進化も移住への関心と無縁ではないと考えている。

「情報を扱う仕事のあり方が、想像しているよりも速いスピードで変化しているので、そこに危機感を持っている人が周囲でとても増えています。僕たち編集者も含めて。僕の周りの興味深い例でいうと、京都の有名な制作会社のトップエンジニアが、エンジニアの仕事に見切りをつけて大工に転身し、家づくりをガチでやっているというケースも出てきました。あれだけプログラミング教育が大事といわれていたのに、この2、3年で大きな変化が起きている」

WEBメディアの事業から始まった徳谷さんの会社「Huuuu」も、血が通った人間だからこその生存戦略として出版事業、紙媒体の編集に注力し始めた

WEBメディアの事業から始まった徳谷さんの会社「Huuuu」も、血が通った人間だからこその生存戦略として出版事業、紙媒体の編集に注力し始めた

「自然の近くで暮らしたい」「忙しい都市部を離れてリフレッシュしたい」というふんわりした憧れから、「生き残るためにはそれしかないんじゃないか」という、より現実的な危機感へ。移住をめぐる空気は、確実に変わってきている。

山派か、海派か。まずは自分のアイデンティティを問い直す

では、移住先はどう選べばいいのか。徳谷さんが最初に問うのは、意外にもシンプルなものだ。

徳谷さんの暮らす信濃町は、妙高山、黒姫山、飯縄山、戸隠山、斑尾山で形成された北信五岳に囲まれた高原盆地帯にある(撮影/中嶋 真也)

徳谷さんの暮らす信濃町は、妙高山、黒姫山、飯縄山、戸隠山、斑尾山で形成された北信五岳に囲まれた高原盆地帯にある(撮影/中嶋 真也)

「まず、あなたは海派ですか?山派ですか?と。自分が生まれ育った土地が山だったのか、海だったのか、もしくは都市だったのか。そんなアイデンティティの話がすごく重要だと思っていて。山のルーツを持っている人は、山に囲まれた風景を見ると安心感を得られるし、季節の変化を楽しめる。でも海の文化で育った人は、山の閉塞感にプレッシャーを感じて息苦しくなることがある。同じ日本で育っても、その人の育ってきた背景によって景色の受け取り方が大きく違うんですよ」

徳谷さん自身は大阪生まれだが、父方は大阪の能勢町、母方は熊本の山鹿市という、両方とも山深い土地にルーツを持つ。両親の関係が不安定だった幼少期に、山鹿市の山の中で遊んだり、田んぼの側溝でカエルやサワガニ、ミズカマキリを捕まえたりして遊んだ記憶が、いまも鮮明に残っているという。

徳谷さんの自宅の庭からは、黒姫山が一望できる。旅行で信濃町を訪れていたころから、この景色に心を奪われていたという

徳谷さんの自宅の庭からは、黒姫山が一望できる。旅行で信濃町を訪れていたころから、この景色に心を奪われていたという

「20代で地元である大阪を離れて上京をしましたが、気づいたら長野県信濃町という山に囲まれたところに引っ張られてきている。それは実体験としてありますね」

とはいえ、移住先選びは自分のルーツに縛られてしまうのかというと、必ずしもそうではない。徳谷さんは、後天的な書き換えは可能だと言う。

「大人になってからでも書き換えは可能じゃないでしょうか。要は、自分の中に深く根ざした自然への原体験があるかどうかが重要。幼少期に限らず、偶発的に起きた出来事の衝撃の方が大きいこともある。パックツアーで触れたような自然ではなくて、友達に誘われて、いろんなトラブルがありながらたどり着いた中での喜びみたいなものから、アイデンティティの書き換えが生まれることは十分あり得ます」

徳谷さん自身にも、そんな体験がある。東京で暮らしていた29歳のある夏、ふとSNSに「薪割りをして背筋を鍛えたい」と投稿したところ、面識のないフォロワーから「長野で母と田舎暮らしをしています。薪割りできますよ」とコメントがついた。

衝動的に長野行きの高速バスに乗り、朝日村に1泊2日で滞在。慣れない薪割りを続けるうちに、力任せではうまくいかないことに気づく。ほどよく力が抜けた瞬間、「パカーン!」と薪が割れた。

「俺の知らなかった人生のBルートが目の前にバーンと開いた」と徳谷さんは振り返る。山のルーツを持ちながらも、「いつかこんな土地で暮らしてみたい」という感覚が言葉になったのは、あの1泊2日の偶発的な体験があったからだった。

「大人になっても旅の習慣があれば、新たなルートが開けると思いますね。解剖学者の養老孟司さんも都市と田舎を行き来する“現代の参勤交代”を提唱していて。二拠点生活でも関係人口でも捉えるキーワードはなんでもいいんですけど、自分の中の“こうである”を少しずつ崩していく機会が大事です。自然の中でのキャンプも1泊じゃなくて7泊やってみる。離島のAirbnbで一週間過ごしてみる。都市的な時間軸を手放して、未知の世界にどっぷりと浸かると変化が起きるはずです。その点、オンラインMTGを詰め込みすぎたリモートワークでは書き換えは起きないでしょうね」

人口規模で暮らしの質は変わるーー30万人という選択肢

山か海かに加えて、日当たり・日照率も重要な要素だと徳谷さんは話す。例えば北陸が日照率の低さに合わせた家の文化を育んできたように、気候と暮らしは深く結びついている。さらに、その土地の歴史的な背景ーー宿場町だったか、新幹線が通っているか、寺町か城下町かーーという点も、暮らしやすさに影響を与えると徳谷さんは見る。

長野市・善光寺のお膝元に位置し、昔ながらの歴史ある商店とUターン・移住者らによる新しいお店が軒を連ねる権堂商店街

長野市・善光寺のお膝元に位置し、昔ながらの歴史ある商店とUターン・移住者らによる新しいお店が軒を連ねる権堂商店街

「長野市は善光寺があることで、寺町としてさまざまな地域から人が訪れてきた歴史がある。比較的閉鎖的といわれる地方都市の中でも、外から来訪者を受け入れる土壌は育まれているように感じます。一方、寺町ゆえに朝が早く、観光地でありながら夜はお店が閉まるのが早いという一面もあります。同じ長野県内の松本市と比べてみると、長野市は東京とつながる北陸新幹線が通ったことで日帰りの街になってしまった側面がある。一方松本市は泊まらないと少し不便だからこそ、夜のにぎわいは松本の方が強い。どちらが合うかは、その人の性格や生活スタイルによって変わってきます」

歴史をひもといた次は、さらに人口規模という軸で移住先を見ていく。

「人口30万人程度の中核都市がすごく面白くて、移住先として真っ先にその軸で選べばいいのにと思っているくらいです」

人口100万人以上の大都市圏で暮らしてきた人が、いきなり自然豊かな小さな町へ移住しようとする。その大きすぎる飛躍が、地方移住をうまくいかなくさせる原因のひとつだと徳谷さんは見ている。

心地よい規模感を自覚するには、時間と経験が必要だ。数日間の滞在ではわからない、暮らしてみて初めて見えてくることもある。「自分のコンディションやメンタリティ、仕事の状態、家族の状態と密接に関係しています。変数がめちゃくちゃ多い」と指摘する。

「東京や大阪、札幌といった大都市圏で生きてきた人は、まずは一度30万~50万人程度の都市で3年くらい暮らしてみると、地方のグラデーションが見えてくる。20万~30万人規模になると、本屋とか映画館とか喫茶店といった文化的な店舗が充実していますし、この10年でそういった面白い個人店はめちゃくちゃ増えています。地方移住の流れもあって、今後も増え続けるでしょう」

長野県は、この点でやや特殊な地域でもある。長野市36万人、松本市23万人、上田市15万人と、エリアごとに20万~30万人規模の都市が点在している。

南北に広がる長野県。北信の長野市、中信の松本市、東信の上田市はとくに人口が多い

南北に広がる長野県。北信の長野市、中信の松本市、東信の上田市はとくに人口が多い

一方、2万~3万人程度の町になると、「選ぶ理由を見つけるのが難しくなる」と徳谷さんは話す。信濃町のような人口7000人規模の土地まで来ると、判断軸が変わってくる。「自分の気に入った自然にアクセスできるかどうかと、30万人規模の都市への車での移動時間で判断した方がいい。日々の選択肢を増やす環境であれば、田舎でもなんとかなる」というのが徳谷さんの見立てだ。

都市を捨てずに自然へ近づく。「40分圏内」という考え方

徳谷さん自身の移住の軌跡も、このグラデーションをたどってきた。東京と長野市の二拠点生活を経て、コロナ禍をきっかけに東京の家を手放し、長野市の市街地に拠点を移す。いきなり家を建てるのではなく、まずは市街地の賃貸物件から。自分の生活圏の中で、自社オフィス兼コミュニティスペース『MADO』や、取材先で見つけたプロダクトを販売する小売店『シンカイ』、繁華街・権堂でネオスナック『スナック夜風』などを次々に立ち上げながら、まちの中での関係性を育てていった。

Huuuuのオフィス兼コミュニティスペースとして2022年にオープンした「MADO」。移住者や二拠点生活をしているメンバーたちが集い、長野のまちのひとつの入り口となっている

Huuuuのオフィス兼コミュニティスペースとして2022年にオープンした「MADO」。移住者や二拠点生活をしているメンバーたちが集い、長野のまちのひとつの入り口となっている

一方で、自分の中で「もっと自然のある方に行きたい」という欲求も年々大きくなっていった。長野市を拠点にしながら理想の土地を探す中で、知人の紹介で信濃町の空き家と出会う。そうした段階的な移住を経て、徳谷さんは現在の住まいにたどり着いた。

そんな徳谷さんが提案するのが「40分圏内」という移住のフレームだ。

(撮影/中嶋 真也)

(撮影/中嶋 真也)

「100万~200万人規模の都市は選択肢が多く、仕事もあって、自然にも1時間でアクセスできる。そういう規模感の町から、40分圏内でアクセスできる自然寄りのエリアが、今人気になっているなと感じています」

自身の事例として挙げるのが、自身が暮らす長野県の信濃町だ。長野市から車で40分走ると、標高は300mから700mに上がり、風景が一気に変わる。冬は雪が2m積もる豪雪地帯で、ウィンタースポーツが楽しめる一方で、さらにそこから40分で新潟・直江津に下りれば海に出られ、夏はサーフィンだってできる。

市街地にあるオフィスをあえて離れ、自宅の畑仕事に専念することで脳を休ませる日も

市街地にあるオフィスをあえて離れ、自宅の畑仕事に専念することで脳を休ませる日も

この「40分圏内」という発想は、他の地域にも応用できる。京都であれば、滋賀の湖西エリアがそれにあたる。比叡山の麓、琵琶湖の西側に位置するこのエリアは、100以上の一級河川から水が流れ込む琵琶湖のおかげで、40度近くなる夏でも水温が低く保たれている。山を越えれば40分ほどで京都の中心部へ出られる。

福岡であれば糸島市だ。福岡市内の飲食や文化を享受しながら、車で40分走れば海沿いの糸島市にアクセスできる。札幌市からは長沼町が40分強の距離にあり、農業が盛んな自然豊かなエリアとして知られる。

「自分の好きなまちから40分圏内の尺度で、自分の好きな自然へのアクセスを考えていくと、ひとつの移住のフレームができる気がしていて。考えた結果、自然の中で暮らすんじゃなくて、まちで暮らしながらたまに遊びにいけばいいや、っていうのもありですよね。土地の境界線を超えて、暮らしのフィールドを広く捉えたら移住の選択肢がグッと増えます」

ネットの検索条件だけでは出会えない、地方の家探し

移住先の候補地が絞れてきたら、次は家探しだ。徳谷さんは、理想の住まいを叶えるためには、まず「自分の欲望を言葉にすること」を挙げる。

(撮影/中嶋 真也)

(撮影/中嶋 真也)

「“自分を知る”ということ自体が難しくて、下手な人がとても多い。漠然とした印象で家を探すのは困難です。例えば、友人の家に行って『よかったな』と思ったものの気持ちよさの正体を、ちゃんと言葉にすることが大事。窓から山が見えることなのか、天井が高いことなのか、隣家との距離感なのか。譲れない条件を自分の言葉で持っていないと、何を探しているのかわからなくなる」

さらに、「家」そのものだけにこだわりすぎないことも重要だという。

「サードプレイスという言葉があるけど、第3の場所だけじゃなくて、4も5も6も7も8も、みんなめちゃくちゃ小さく持っているはずなんですよ。自分が長野市に住んでいたとき、一番よかったのは温泉へのアクセスがいいことでした。30分圏内で4つの温泉の選択肢があったから、そこをぐるぐる回るだけで相当リフレッシュできた。家の居心地だけで暮らしの質は決まらない。生活圏の中に、自分が機嫌よくいられる場所を複数持てるかどうかが重要です」

気になる地域に定期的に通いながら、お気に入りのお店や風景を少しずつ増やしていくのもいいだろう。ポータルサイトで地域の相場やベースとなる情報をつかみつつ、最後は現地での信頼関係を築いた先にこそ、本当に相性のよい物件との出会いが待っているのだ。

では、知らない土地で一体どうやって信頼関係を築くのか。一番簡単ですぐにでも実践できることは、「歩くこと」だと徳谷さんは言う。住みたいエリアを実際に歩き、すれ違った地域の人に挨拶をしてみる。ひと言、二言でも言葉を交わす。そうしたちいさなコミュニケーションを少しずつ積み上げていく。

信濃町に移住後、大型犬を飼い始めた徳谷さん。日々の愛犬との散歩も、集落内でのコミュニケーションのきっかけになった

信濃町に移住後、大型犬を飼い始めた徳谷さん。日々の愛犬との散歩も、集落内でのコミュニケーションのきっかけになった

「歩いていると、挨拶されることがある。それがポジティブな場合もあるし、何者だろうと確かめるために声をかけるという人間の機能でもある。何度かそれを重ねて『こいつ大丈夫かも』と思われたら、『家を探してるの?あそこに空き家があるよ』といった現地にしかない生の情報が入ってくる。ロールプレイングゲームのコマンドみたいな感じで、何回か話しかけないと開かない扉みたいなイベントが起きるんですよ」

ニッチなテクニックとして、徳谷さんは「その家に住んでいた家主の人徳や、その土地にたまっている歴史と文脈を見極めること」も挙げる。実際に徳谷さん自身が信濃町で購入した家も、もともとは地元の木材会社の社長が住んでいた物件だった。

古民家にリノベーションを施した徳谷さんの自宅

古民家にリノベーションを施した徳谷さんの自宅

「まず木材会社の社長がつくる家は、立派な材料が使われていそうじゃないですか。腕利きの大工もまわりにいるだろうし。きっと丈夫だろうなと。ここがまず購入のポイントです。さらに隣の家主は、幼いころからその社長との付き合いがある人物で、引越してきたときに『この家をよろしくね』と声をかけて受け入れてくれた。『どこに住んでいるの?』と聞かれたときに、『以前○○さんが住んでいたところです』と言うと、『あぁ、あのお家ね』と近隣住民からの反応もいい。『あそこんちの人はいい人だったんだよな』という家の次の住人は、近隣からの期待値が勝手に上がるんです」

移住の「失敗」を恐れる前に

こうして地域に受け入れてもらえた徳谷さんの話は、移住後の人間関係をポジティブに描いている。しかし、2023年に行われた国土交通省の調査によると、都市部から地方移住を考えている人の中には、「人間関係や地域コミュニティへの不安」を移住のネックとして挙げる人は少なくない。

地方のコミュニティで干渉が生まれることを「田舎の問題」と語る人は多い。しかし徳谷さんの見方は違う。

(撮影/中嶋 真也)

(撮影/中嶋 真也)

「干渉は生きている上で100%起きるものなので、干渉を気にするのであれば地方移住はちょっと考え直した方がいいかもしれない。隣人の顔の見えないマンションがその逆ですよね。自治会や集落という単位では、顔が見えないといけないし、何かあったときには助け合わなければならない。その関係性は、緊急時にこそ力を発揮します。普段の挨拶や、顔を見て話すことから生まれる関係性がある。干渉は煩わしい悪いものではないという、自分の中のイメージの書き換えが必要です」

例えば大きな災害が起きたとき、普段から顔の見える関係を築いていれば、「あの家の人、最近足を痛めていたな。避難できているかな」という自然な気配りが生まれる。「干渉」は、取り残されないためのセーフティーネットでもあるのだ。

お隣さんのブルーベリー畑。「好きに食べていいよ」と言ってもらい、夏になると娘と一緒に収穫を楽しむ(撮影/中嶋 真也)

お隣さんのブルーベリー畑。「好きに食べていいよ」と言ってもらい、夏になると娘と一緒に収穫を楽しむ(撮影/中嶋 真也)

田舎でスローライフ

「田舎でスローライフ」というイメージへの違和感も、徳谷さんは率直に語る。

「『何もしないでのんびり過ごすスローライフ』って、実はめちゃくちゃ贅沢でハードルが高いことだと思っています。本当に田舎でそれをつらぬきたいなら、草刈りや除雪作業をプロにお願いするなど、暮らしの労働をすべて外注できるような時間的・経済的なゆとりがないと成立しません。ここ10年で現代人は時間を奪われ続けているので、むしろクイックに大量のタスクをこなす喜びの方が強くなっている。実際に信濃町に住んでいる私の周りの移住者たちも全然スローな生き方はしていなくて、旅をしながら遊んで働いて、お祭りの準備をして……と、むしろ忙しそうに日々を謳歌(おうか)しています」

(撮影/中嶋 真也)

(撮影/中嶋 真也)

お金の話だけでなく、地方での暮らしは、草刈りや雪かきなど、都市では誰かがやってくれていたことを自分でやる日々だ。

「草刈りを面倒だと思うか、楽しめるかどうかが分かれ目になります。僕は頭を使う仕事をしている分、草刈りや除雪、薪割りというフィジカルな行為がある意味マインドフルネス的に面白がれている。田舎の方が日々の用事が多くて忙しく不便だけど、やることが多くていろんな技術も学べる。それが結果として『どこでも生きられる力』につながります」

5月から9月まで定期的に草刈りが必須。日々の手入れがご近所関係の信頼にもつながる

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豪雪地帯の信濃町は、冬場は膝より高い位置まで雪が積もる。除雪は生きるための術

豪雪地帯の信濃町は、冬場は膝より高い位置まで雪が積もる。除雪は生きるための術

では、移住がうまくいく人といかない人の違いは何か。徳谷さんの答えはシンプルだ。

(撮影/中嶋 真也)

(撮影/中嶋 真也)

「移住に失敗したら、とあれこれ考える前に、まず鏡を見てほしい。あなたは、自分自身をわかっていますか。何かあったときに助けたくなる人間ですか、と。都市も地方も、あくまでも、一対一の人間と人間から社会はすべて構築されています。家探しにしろ、『この人はいい人だな』と思ってもらえたらいい情報が入ってくる。小手先のスキルだけ用意しようとしてもどうしようもないですし、結局は気持ちよく挨拶したり、おすそ分けをもらったらお返しをしたりする基本的なことが求められるだけなんですよね」

では、もし移住してみて合わなかったら?

「合わなかったから出る、でいいと思います。人にも土地にも相性がありますからね。一度移住したからと言って、その土地に縛られる必要は全くない。長い人生の中で、数カ月や数年だけでもこれまでと違う環境に身を置くこと自体は、もっとみんなやった方がいいと思う。これまで思い込んでいた働き方や生き方の根底をいい意味でバラバラにできて、自分の生きるOSをアップデートできるんです。自分の中の当たり前を違う場所で崩すのは、結果的に生きやすくなると思いますよ」

(撮影/中嶋 真也)

(撮影/中嶋 真也)

移住先を「選ぶ」のではなく、自分を「知る」ことから始める。山か海か、何万人の街か、大都市から40分の自然にアクセスできるかーー。解像度を上げていくことで、自分に合う場所は少しずつ見えてくる。そしていざ行ってみて合わなかったとしても、それは失敗ではない。自分のことがひとつわかった、ということだ。理想の移住先は、地図の上にあるのではなく、すでに自分の中にあるはずだ。まずは自分自身に問いかけることから始めてみてはどうだろう。

●取材協力
株式会社Huuuu代表取締役/編集者 徳谷 柿次郎さん
1982年(昭和57年)、大阪生まれ。新聞配達と松屋のアルバイトでコツコツと積み上げる労働の原点を培う。二度目の上京で編集プロダクションに拾われて、社会人の喜びを知る。その後、ウェブ系のコンテンツ制作会社の創業期に転職。企画、ディレクション、バックオフィス全体に関わって、小さな会社の仕組みを学ぶ。35歳で独立。長野県に移住をして、全国47都道府県行脚がスタート。身体性を軸とした都市とローカルの関係性を考え続けている。主な仕事に『ジモコロ』『Yahoo! JAPAN SDGs』『SuuHaa』『OYAKI FARM』『DEATH.』など。40歳の節目で『風旅出版』を立ち上げて自著『おまえの俺をおしえてくれ』を刊行。長野市ではコミュニティスペース『MADO / 窓』を、飯綱町で『PAKAAN COFFEE STAND』『(do)books』を営んでいる。座右の銘は「心配すな、でも安心すな」。

執筆 丸山風音
撮影 中嶋真也

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