ほわっと幸せな気持ちになるエッセイ〜角田光代『ちょっと角の酒屋まで』

 角田光代氏の新作小説『明日、あたらしい歌をうたう』(水鈴社)が発売になった。心の中にずっと存在していて、苦しい時に力をくれるものが私にもあったということを思い出させてくれる物語だった。角田光代氏のファンの方はもちろん読むだろうけれど、今まで読んだことのない方や、若い世代にも出会ってほしい小説である。語りたい気持ちはあるが、それはまたの機会にするとして、今回は別の本を紹介させていただきたい。

 雑誌『オレンジページ』に連載されている食や日常生活をテーマにしたエッセイである。掲載されているのはここ3年くらいの間に書かれたものなのだが、連載を始めてからは今年でなんと20周年なのだという。2006年といえば、『対岸の彼女』(文春文庫)が直木賞を受賞した翌年で、映画やドラマにもなったベストセラー『八日目の蝉』(中公文庫)が刊行された前年だ。どちらも売れ続けているのでつい最近のような気もしてしまうけれど、そこから著者は多くの名作を生み出した。私たちの暮らしもだいぶ変わったし、作家と読者の関係も変化したなあと思う。今はSNSなどで自身の日常を発信する作家も多くなったけれど、当時はさほど多くなかった。好きな作家の人となりを想像できるのは、主にこういうエッセイからだったのだ。

 角田氏のことは、新刊を読むたびに「すごい作家だ!」と思う。その気持ちが年々増していく一方で、とても身近な人のようにも感じるのは、飾らない日常を親しみやすい言葉で、こうやって書き続けてくれたからなんだなあ。そんなことを、しみじみ思いながら読んだ。

 旅とおいしいものが好きで年齢も近い私には、著者と共感するところが結構多い。近年は旅先でレストランを選ぶ時には、近くのレストランをスマートフォンで検索するのが当たり前になっているけれど、著者は極力検索機能を使わないようにしているそうだ。勘に頼って後悔してもそうしたくなる気持ちや、失敗が続いた後においしい料理に出会った時の喜び……。めっちゃわかる!

 一方、旅の達人というイメージもある著者が、飛行機の事前チェックインが必要なことを忘れて予定していた便に乗れなかったり、せっかく購入した食べ物や調味料を保安検査場で没収されたりなどのエピソードを読むと、「角田さーん、大丈夫ですか?」と声をかけたくなる。

 ちなみに、著者はよく転ぶらしい。「自分がよく転ぶ方なのかどうか、判断しかねる。」と書いているが、エピソードを読む限り、明らかに転びすぎです! 「酔って転ぶのは、なんていうか、もうしかたのないこと」って……。いやいや、そんなことはないでしょう。偉そうに書いてしまったが、実は私も、先日なんでもないところで派手に転倒し(酔ってもいないのに )、治療中の身の上だ。昔から人よりよく転ぶという自覚はあるんだけど、どうすればいいんですかねえ?いつかどこかで著者と会うことがあったら、「私もよく転ぶんですよ」といきなり話しかけてしまうかも。(それ、不審者だって)

 笑ったり、共感したり、ツッコミを入れながら読んでいるうちに、気の置けない友達と一緒に、ゆるゆると楽しいお酒を飲んだような気持ちになっている。楽しかったねー、また飲もうね、という気持ちで本を閉じる。なんだか、ほわっと幸せな気分だ。

(高頭佐和子)

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