【連載コラム】マンガライターちゃんめいの「一曲、読んでみる?」第8回-『パーフェクトグリッター』(をのひなお)とano「この世界に二人だけ」

【連載コラム】マンガライターちゃんめいの「一曲、読んでみる?」第8回-『パーフェクトグリッター』(をのひなお)とano「この世界に二人だけ」

このマンガを読むとあの曲が脳内に鳴り響く…。

それは逆もまた然りで、時にマンガと音楽が出逢う奇跡みたいな瞬間がある。本連載では、そんなマンガと音楽の邂逅に恵まれた瞬間をマンガライターのちゃんめいが徒然なるままに綴っていきます。

<紹介する作品>

・『パーフェクトグリッター』(をのひなお)
・ano「この世界に二人だけ」

自分にとっては良い人でも、他の人から見ればそうではない。そんな立場や距離感の違いで生まれる印象の差は、昔からごく当たり前にあった。けれど、SNSが日常に溶け込み、自己表現やコミュニケーションの場がネットを介して広がった現代では、その揺らぎが一層強調されるようになったと思う。

例えば、タイムラインに流れてくる姿は輝いて見える。あるいはDMでのやり取りでは人懐っこく優しい。でも、実際に会ってみると「あれ、こんな人だったのか」と戸惑うことがある。逆に、自分が相手にそう思わせているかもしれない場面だってあるだろう。

つまり、手のひらに収まる小さなスクリーンの向こうには、加工アプリや言葉の選び方、発信するタイミング……無数の“フィルター”が重なっている。そうした層を透かして覗くたびに、その人の姿は別の像を結び、時に見る側の状況によって印象は幾重にも変化してしまう。だからこそ、その人の“本当の姿”を見極めることはより難しくなった。いや、そもそも“本当”なんて最初からどこにも存在しないのかもしれないけれど。

そんな現代の質感を、鋭く、そして鮮烈に描き出した作品がある。それが、をのひなお先生の『パーフェクトグリッター』だ。“明日カノ”こと『明日、私は誰かのカノジョ』で社会現象を巻き起こしたをのひなお先生が今作で挑むのは、SNSが生み出す光と影、そして“本当の姿”という曖昧な存在をめぐる物語である。

主人公は、郊外の実家で暮らすフリーター・モモ。夢もなく、親しい友人もいない。朝起きて、アルバイトへ行き、帰宅してベッドに沈む。そんな代わり映えのしない日々を過ごす、彼女の唯一の心の拠り所は加工アプリで自分の写真を整え、SNSに投稿することだった。

数こそ少ないが「いいね」がつくと、今日一日をなんとかやり過ごすための小さな糧となる。そんな漫然とした日々を過ごすなかで、ある日、モモの元に一通の通知が届く。なんと憧れのインフルエンサー・イチカが自分のことをフォローバックしてくれたのだ。その瞬間から、モモの日常は少しずつ変わり始める。

自分の好きなメイクやファッションに身を包み、ついにイチカと実際に会うモモ。やがて孤独な気持ちを共有するようになり、家族や同級生とは交わらなかった感情を、イチカは軽々と受け止めてくれる……。こうしてモモは、次第にイチカに強く惹かれていく。

けれど、ある日を境にイチカは不可解なメッセージを残して姿を消してしまう。DMは既読がつかず、どこに行ったのか誰もわからない。動揺しながら手がかりを求めたモモに、イチカの友人だという女性が放ったのは冷たい一言だった。

「あたしはイチカは悪魔だと思う」

自分が知っているはずのイチカと、他人が語るイチカの像はまるで違う……。SNSを通じて数え切れないほど彼女を見てきたはずなのに、実際には“何ひとつ知らなかった”のだと気づかされる。そこから浮かび上がるのは、現代を生きる少女の憧れと孤独が交錯するガールズサスペンス。読めば読むほど、私たち自身が普段スクリーン越しに抱いている“誰かの姿”そのものを問い直されるような感覚に陥る。

こうして本作を読み進めるたびに、私はその緊張感に飲み込まれていった。けれど、ano氏の楽曲「この世界に二人だけ」を聴いたとき、不思議と『パーフェクトグリッター』という物語と重なり合い、サスペンスの色合いを超えて、モモとイチカの関係がまるで別の物語として響き出したのだ。

恥ずかしいこと君となら
なんでもできちゃうな
君が笑ってくれるから まるで恋人ごっこ

「この世界に二人だけ」/ ano

このフレーズのように、モモにとってイチカと過ごす時間はきらきらと輝き、隔絶された楽園のようだ。家族の中にいても、友達の中にいても感じてしまう孤独を、イチカだけは理解してくれる。モモにとってイチカと過ごす時間はまさに「この世界に二人だけ」であり、求めていた理想そのものだったのだろう。

しかし同時に、この曲には“その世界が決して永遠ではない”という切なさが宿っている。ano氏が囁くように歌う儚い声と、翳りを帯びたギターサウンドは、「この世界に二人だけ」を願いながらも、その世界が少しずつ零れ落ちていく様子を静かに映し出す。

モモだってそうだ。物語が進むうちに、否応なく「この世界に二人だけ」の終わりと向き合うことになるのだ。まず、イチカを探すため、彼女は外の世界へ足を踏み出し、他者と関わらざるを得なくなる。そこで初めて、SNSでは見えなかった“別の世界”が広がっていることを知る。閉ざされた二人の時間はひび割れ、現実が流れ込んでくる。そのとき、私にはこの曲と物語がどこかで呼応し合っているように思えてならない。

――物語がこの先どこへ向かうのかはまだ分からない。イチカの正体は何なのか、本当はどんな人間なのか、あるいは名前すら偽りなのかもしれない。けれど私は、どうか「この世界に二人だけ」の歌詞のように、と願わずにはいられないのだ。

君だけに教えるよ 僕の名前を
「この世界に二人だけ」/ ano

せめて最後に、モモがイチカの“名前”を呼ぶことだけは叶ってほしい。SNSの中に散らばった無数のフィルターをすり抜け、ただひとつの名前を呼び合うこと。それはきっと、虚構にまみれた世界の中で、ほんの少しだけ触れられる“本当の姿”なのかもしれない。

●マンガライターちゃんめいの「一曲、読んでみる?」は毎月1日22時に掲載予定です

プロフィール

ちゃんめい
マンガライター。マンガを中心に書評・コラムの執筆のほか作家への取材を行う。宝島社「このマンガがすごい!2024、2025」参加、その他トークイベント、雑誌のマンガ特集にも出演。オールタイムベストは『鋼の錬金術師』(荒川弘)。
https://x.com/meicojp24
https://chanmei-manga.com/

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