オーラが視える私、オーラがない彼〜高野史緒『アンスピリチュアル』

オーラが視える私、オーラがない彼〜高野史緒『アンスピリチュアル』

 日本ファンタジーノベル大賞に投じた『ムジカ・マキーナ』でデビューして以来、小説家としてのキャリアは三十年。SF、ファンタジイ、ミステリにまたがって作品を送りだしつづけている高野史緒の最新作長篇。テーマはスピリチュアルだ。

 主人公の若村祝子(のりこ)は子どものころから、人間のオーラが視える能力があった。しかし、その視え方はあやふやで、祝子本人にとってはわずらわしいだけのものだったし、他人に言っても不審がられるだけなので、ひとにぎりの幼なじみだけにしか打ちあけていない。

 いまの祝子の人生は平凡だ。巣鴨の治療院で受付をしているパートタイマー。結婚前に一流化粧品ブランドのカリスマ美容部員だったことだけがささやかなプライドだが、いまは若さが失われ、容姿が衰えつつあることを気にしている。夫との仲はもともとうまくいっていなかったが、彼が浮気している証拠を見つけ、祝子は苦々しい怒りを覚える。

 そんな時期に、平凡な人生から逸脱するきっかけとなる出逢いが訪れる。それもふたつ。

 ひとつは勤め先の治療院の届けもので訪れた歌舞伎町で、通り魔に追われ、あわてて飛びこんだ占いカフェ(店名は「アルカディア」)にいた富永みちる。彼は、祝子をまじまじと眺めるなり、「君、『視える人』でしょ?」と訊いてきた。そればかりか、カード占いで、「名前はのりこ」と当てさえもしたのだ。みちるは祝子の資質を高く評価し、「アルカディア」で働かないかと持ちかける。

 もうひとつの出逢いは、治療院に新しく入社した、若い理学療法士の月島優。まるで少年のような顔だちだが、祝子が驚いたのは彼の外見ではない。優にはオーラがまったくなかったのだ。優は療法士としての才覚を発揮し、またたくまに治療院の看板となる。彼めあての患者が殺到するいっぽう、ほかの療法士からはやっかみの対象となってしまう。しかし、優は淡々とした態度を崩さない。祝子はそんな優に、しだいに惹かれていく。

 夫との破綻した結婚生活、みちるに提案された新しいキャリアの道、優とのあいだに徐々に育まれていく絆……。オーラが視える能力を別にすれば、祝子をとりまく状況は、まさに令和の恋愛ドラマである。もちろん、高野史緒はそんなベタをベタのままには語らない。メロドラマの要素はそのまま活かしつつ、それと切り離せないかたちでスピリチュアルがらみの事件を幾重にも張りめぐらしていく。

 カジュアルなスピリチュアルから、霊感商法、陰謀論、カルトな新興宗教、神秘体験、土着巫女の血脈……。人間関係も輻輳していき、そのなかから、まるでミステリ作品のような意外な真相まであらわになる。祝子はオーラが視えるからこそ、オカルト的なものは信じていないのだが、いやおうなくその渦中に巻きこまれていく。巻きこまれた立場から、いかにして自分の主体的選択を果たすのか、それがこの作品の大きな柱だ。

(牧眞司)

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