シングルマザー向けシェアハウス、月4000円で毎日通える学習塾で母子家庭を支援、就労支援の展望も アーキリンクス・埼玉県上尾市

空き家再生事業や地域活性に力を入れている不動産コンサルティング会社であるアーキリンクス代表の内野巧也(うちの・たくや)さんが、2022年に埼玉県上尾市に開設したのは、母子家庭向けのシェアハウス。そこに集う人たちそれぞれの事情や暮らし、企画立案時の「理想」と運営後の「現実」とのギャップや見えてきた課題などについて話を聞きました。
元社員寮をシングルマザーのためのシェアハウスに
不動産コンサルタントの内野さんは、埼玉県上尾市のシングルマザー向けのシェアハウス「U-STYLE上尾」のほか、子育て世代向けの交流施設や起業家向けのレンタルスペースなどを運営しています。
もともと内野さんは不動産関係の会社に勤めており、空き家再生に取り組むコンサルティング会社を立ち上げようと準備していたところでした。そこに、取引先の不動産会社から「とある企業の上尾市にある元社員寮の利活用について、提案してほしい」との依頼が舞い込んだのです。
「以前に上尾市で働いていたことがあり、事業を考えるために必要な不動産の相場観や住人の雰囲気をよく知る場所でした。シングルマザーの知り合いと話す機会があった際に、一人で子どもを育てながら生活費を稼ぐことや住まいを見つけることの大変さを聞き、シングルマザー向けのシェアハウスとして活用するアイデアが浮かびました」(アーキリンクス内野さん、以下同)

内野さんが立案した時の資料。シングルマザーが自立して生活していくには、住居・仕事・子どもを預けられる先の3つが必要と考え、元社員寮を学習塾や学童保育のあるシェアハウスにすることを提案した(画像提供/アーキリンクス)
プレゼンをしたところ、売主の企業は内野さんの案を「社会貢献性が高い事業に活用してもらえるなら嬉しい」と高く評価し、採用されることに。内野さん自身は提案するだけのつもりでしたが、ほかに売主の意を汲んで建物を購入し、シェアハウスをやろうとする買い手はなかなか現れませんでした。
「自分が出したアイデアですし、自信を持って提案したので、なんとか実現したいと思いました。そこで私自身がオーナーになってシェアハウスを管理運営しようと、物件の購入資金を準備するために銀行の門を叩き始めたんです」
周りの人たちからは反対され、金融機関10行以上からも融資を断られ、内野さんは個人事業としての限界を感じて2020年11月にアーキリンクスを設立しました。国の事業再構築補助金に応募するなどして、なんとか資金を工面し、2021年に元社員寮の物件を購入してリノベーションを実施。2022年には入居者の募集に漕ぎ着けたのです。

U-STYLE上尾は、鉄筋コンクリート造5階建て、1992年5月築の元社員寮の建物。新耐震基準をクリアしており、つくりも木造とは違いしっかりしていたので、まだ十分な利用価値があった。「建物を地域のために利活用してほしい」というのが企画当時の売主の希望だった(画像提供/アーキリンクス)
行き場がなく逃げてくる母子も。シェアハウスの入居者が抱える事情
U-STYLE上尾に母子世帯が入居を希望する際には、まず、内野さんが入居希望者と面談をして建物を見てもらいます。遠方の場合はオンラインで内見を実施することも可能。また、面談で「ほかの人たちとうまくやっていけそうか」や「規則正しい生活をして家賃を支払っていく意思や能力があるか」を確認します。
入居するシングルマザーの年齢層は20代~30代前半が中心。どこにも行くところがなく、やっとの思いでたどり着いた人も多く、沖縄や新潟など、遠方から入居した人もいると言います。
「DVから逃れるため夜逃げ同然で『この日のこの時間なら』というピンポイントのタイミングを狙って引越さなければならないケースもあるので、一般の引越し会社では対応が難しいです。入居者には車代や高速代などの実費だけ負担してもらって私自身がレンタカーを借りて運転して引越してくることもあります」

DVなどの事情を抱えた人は、荷物を運び出せる時間が限られるため、内野さん自身が車をレンタルして引越しを手伝うことも(画像提供/PIXTA)
全16室、共用のリビングとランドリーを備えたシェアハウスでの暮らし
U-STYLE上尾の1Fは、共用部となっており、キッチンやリビングのほか、社員寮だったときの管理人室を改装した部分は、ゲストルームとしても利用しています。
各住戸は社員寮の個室だった部屋2つをつなげて親子で住めるようにリノベーション。各部屋にミニキッチンやバス・トイレを備え、プライバシーを確保したつくりです。2~5階に各4部屋ずつ、計16室あります。そして各フロアには共用のランドリースペースも。

U-STYLE上尾の平面図。1Fは共用部としてリビングやゲストルーム、2F〜5Fは共用ランドリーと4戸×4フロアになっている(画像提供/アーキリンクス)

居室は元社員寮の一人部屋を2つつなげて母子で暮らせるようにした(画像提供/アーキリンクス)

それぞれの住戸にキッチンやバス・トイレなどの水回り設備を設置し、プライバシーを保っている(画像提供/アーキリンクス)
複数の世帯が暮らすので、ルールを一応設けているものの「つけたら消す」「使ったら元に戻す」といった基本的なもののみ。共用部の掃除は、住人の判断や自主性に任せている状態で、フロアによっても整理整頓されているかは差があるのが実情です。
「共用リビングにはキッチンもありますが、使用するのは引越してきたばかりの人で、調理器具などが揃ったら、みんなそれぞれの部屋で生活が完結しています。無理にコミュニケーションを活性化させることはしていません」
これまで、内野さんはシェアハウス内の学習塾の先生と一緒にBBQなどのイベントを企画してきました。しかし、参加する家庭は限られるそう。
「シェアハウスを始める前は、住人同士の育て合いや助け合いが生まれてくるだろうという勝手な期待がありました。しかし現実は全く違い、皆自分の生活で手一杯です。ですから、今はそれぞれが頑張って生活してくれれば、それで良いと考えています」

2カ月に1回開催されるBBQイベントに参加するのはいつも決まった4、5家庭。「子どもが参加したがっているから」というのが主な理由で、母親が進んで住人同士の交流を求めているわけではないそう(画像提供/アーキリンクス)
シングルマザーが自立していくための支援も。学習塾の運営や職業紹介
着の身着のままでシェアハウスにたどり着くシングルマザーに必要なのは、仕事、そして働いている間も子どもたちを安心して預けられる場所です。
「子どもたちの見守りをできないかと考えているときに、上尾市で学習塾をしていた人から『シェアハウスで子どもたちに勉強を教えることができないか』と提案がありました。話してみると『学習の行き届かない家庭の子どもたちに勉強の楽しさを伝えたい』という思いのある人です。そこで2Fの元ラウンジだった場所を学習塾に提供することにしました」
子どもたちは一人月4000円で毎日でも通えるシステム。シェアハウスの入居者でなくても、学校外で勉強できる環境が十分に整っていない子どもを受け入れています。先生や生徒はエントランスから螺旋階段を使って住人と顔を合わすことなく2Fの学習塾スペースに出入りできるので、過去にDVを受けたことがあるなど、外部の人との接触を避けたい住人への配慮が可能です。
また、仕事については、現在ハウスクリーニングや日常清掃などの清掃サービス事業を計画中とのこと。当初の内野さんの企画通り、住まい・仕事・子どもを預けられる場所の3つの提供を目指しています。

元ラウンジだった場所は、学習塾のスペースに。住人と接触せずに出入りができるつくりで、シェアハウスに住んでいる人以外でも通うことができる(画像提供/アーキリンクス)
シェアハウスを事業として成り立たせるために
社会貢献的な取り組みを行うシェアハウス事業として継続していくコツを、内野さんは「入居者と一定の距離を保つこと」だと話します。
「一線を引いておかないと感情移入してしまい、ボランティアと変わらなくなってしまうからです。事業を成立させるには、私が住まいという“箱“を提供し、そのほかの部分は行政やNPOなどの支援団体さんにお任せする協力体制や仕組みをつくっていくのが理想でしょう」
U-STYLE上尾に関して言えば、事業としては決して利益率の良いものではありません。しかし、このような取り組みを多くの人に知ってもらうことで、会社やほかの事業展開に対する周囲の認知度向上につながっていることは、成果の一つと言えるでしょう。
「営業活動は全くしていないのですが、幸いなことに建築や不動産にまつわるお仕事のご依頼を多数いただきます。独立して開業する時、空き家再生を通して社会貢献することを念頭に置いていました。社会課題解決の糸口として、社会貢献的な取り組みをしながら事業を継続できている事例の一つになるのではないでしょうか」

U-STYLE上尾を運営しているアーキリンクスの内野さん。行政との関係は良好で入居者の約半数は自治体からの紹介だと言う。また「企業と連携してシングルマザーの就労にもつなげていきたい」と話す(画像提供/アーキリンクス)
内野さんが、今の課題の一つとして挙げるのは、入居者の自立への道を広げるための活動です。
「U-STYLE上尾を半年〜1年程度のステップハウスとして捉えている人も多いです。私もここでの暮らしがシングルマザーの自立に向けた準備期間になればいいと考えています。不動産会社と連携して次の住まいとなる物件情報を提供することや、就職先の紹介にも力を入れていきたいですね」
母子家庭の生活に気を配りながらも、事業を成立させるためには適度な距離を保ち、感情移入しすぎないことも必要だという現実を伺えました。この距離感を保ちながら社会が抱えるさまざまな課題を解決することが、内野さんの目指しているものなのかもしれません。
●取材協力
アーキリンクス株式会社

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