ゴミ屋敷や引きこもりの背後に”SOS出せない住宅弱者”。住宅確保・外出サポート・ごはん配達など見守りで使命感もやす 社会福祉法人「悠々会」東京都町田市

住まいに困る人に1部屋ごと賃貸物件を借り上げて提供。住宅の提供と生活支援を一体で行う社会福祉法人・悠々会(東京都町田市)の取り組み

介護事業などを展開する社会福祉法人・悠々会は、住まいの確保に困る人(住宅確保要配慮者)に対し、1件ごとに賃貸物件をオーナーから借り上げ、転貸(サブリース)して住宅を提供しています。加えて入居後の見守りなど、必要とされる生活支援を一緒に行っているのが「あんしん住宅事業」です。悠々会 共生社会推進室室長の鯨井孝行(くじらい・たかゆき)さんに詳しいお話を聞きました。

ファミリーの多い、東京都町田市。土地に高低差あり、高齢者には外出しにくい面も

東京都町田市は、都心へのアクセスが良く、自然も豊かな暮らしやすい街。子育て世帯も多く住んでいます。町田市鶴川を主な事業エリアとして20年以上、住まいの支援活動をしている悠々会の鯨井さんは 「一方で、地形的には多摩丘陵に位置し、坂が多いのも特徴。高齢者にとっては、上り下りがきつく、外出しづらい面もある」と言います。

町田市は東京都と神奈川県の境にあり、新宿・渋谷・横浜などへのアクセスが良好。駅から少し離れると里山の風景が広がり、高低差の大きい坂も多い(画像/町田市)

町田市は東京都と神奈川県の境にあり、新宿・渋谷・横浜などへのアクセスが良好。駅から少し離れると里山の風景が広がり、高低差の大きい坂も多い(画像/町田市)

悠々会は特別養護老人ホームの運営や在宅看護サービスのほか、地元に根ざした福祉活動を続けている社会福祉法人。市の地域包括支援センター(介護保健法で定められた、高齢者をはじめとする地域住民の介護・医療・保健・福祉などの総合相談窓口)の運営業務も受託しています。なかでも鯨井さんが居住支援コーディネーターとして所属する悠々会の共生社会推進室は、地域のお困りごとを解決するための部署です。

買い物や病院への外出支援を行う「モビリティ事業」や、ひとり親世帯に2週間に一度、ごはんを届けつつ見守りを行う「おうちでごはん事業」などを実施。事情があって住まいを確保できずにいる人たちへの住まいの支援(居住支援)にも乗り出しています。

「町田市支え合い交通事業」の一環として鶴川団地で始まった悠々会のモビリティ事業は、外出が困難な高齢者などを限られたエリア内で送迎するサービス(画像提供/悠々会)

「町田市支え合い交通事業」の一環として鶴川団地で始まった悠々会のモビリティ事業は、外出が困難な高齢者などを限られたエリア内で送迎するサービス(画像提供/悠々会)

外出に支援が必要な人は「FREEMO(フリモ)」として30分500円の運賃(別途、乗車カード発行手数料として3000円)で乗り合いサービスを利用できる(画像提供/悠々会)

外出に支援が必要な人は「FREEMO(フリモ)」として30分500円の運賃(別途、乗車カード発行手数料として3000円)で乗り合いサービスを利用できる(画像提供/悠々会)

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「声に出せないSOSに応えたい」と始めた、住まいの支援

そもそも居住支援の必要性を感じるようになったのは20年ほど前のこと。当時、民生児童委員をしていた悠々会の理事長、陶山慎治(すやま・しんじ)さんが地域包括支援センター業務の一環で、生活保護受給者や高齢者の家に行ったとき、扉を開けると中はゴミ屋敷になっていることが度々ありました。外部とつながるすべを持たずに引きこもる人が多く、助けを求めるSOSの声の上げ方を知らずにいたのです。

陶山さんは「もっと早く気づいていたら、こんなことにならなかったのでは……」と思いながら、社会福祉の業務からは、なかなか住まいの支援につなげられません。身元保証人や緊急連絡先がなかったり、高齢のために孤独死や認知症の発症などによるトラブルを懸念する管理会社やオーナーから賃貸借契約の更新をしてもらえなかったりするケースも。陶山さんは「行政や不動産会社ともっとつながる必要がある」との思いを強くしたそうです。
そしていざ、本気で居住支援に取り組もうという機運が高まったのは2016年ごろになってから。

「高齢や身元保証人や緊急連絡先がないために、『賃貸契約を更新してもらえない』『立ち退かなくてはならない』という話をそれまでにも増して多く聞かれるようになりました。このことについて問題意識を持ち続けてきた陶山が所有していた不動産を活用して貸し出せないかと考えたのがきっかけです」(鯨井さん、以下同)

悠々会では地域の運営組織と連携して、イベントの手伝いをするなど、地域に根ざした福祉を目指して活動している(画像提供/悠々会)

悠々会では地域の運営組織と連携して、イベントの手伝いをするなど、地域に根ざした福祉を目指して活動している(画像提供/悠々会)

オーナーから1部屋ごとに賃貸物件を借り上げ、サブリース

悠々会が実施する「あんしん住宅事業」は、住まいに困っている人から要望などを細かにヒアリングした上で、不動産会社に要件を伝え、オーナーから悠々会が入居希望者に合う物件を直接借り上げてサブリース、つまり入居希望者に転貸するというもの。オーナーへの家賃支払いの責任を負うのは悠々会となり、入居者は悠々会に対して毎月の支払いをします。町田市の賃貸物件の3~4割が空室といわれるなか、悠々会が借り上げて入居に関する責任を持つことで、オーナーは空室が減り、家賃滞納や入居者の孤独死などの心配を軽減できます。この仕組みによって、これまで賃貸物件を借りることが難しかった人たちにも貸すことができるようになりました。

相談者の希望にあった物件を一緒に探し、悠々会がオーナーから直接借り受け(マスターリース)して、入居を希望する人に転貸(サブリース)する(資料提供/悠々会)

相談者の希望にあった物件を一緒に探し、悠々会がオーナーから直接借り受け(マスターリース)して、入居を希望する人に転貸(サブリース)する(資料提供/悠々会)

入居者にとっては、一緒になって住まい探しをしてくれる人がいるという安心感、さらに無理のない希望の範囲内で家を借りられる上に、24時間見守りシステム、買い物や通院などの周辺地域へのモビリティサービス付き。安定して生活していけるよう、悠々会が必要な行政の制度や、しかるべき支援団体やサポートを紹介するので、入居後の日常生活の不安や不便も軽減されるでしょう。

この見守りサービスやモビリティサービス利用にあたって、入居者が家賃以外に追加費用を負担することはないそう。オーナーから月3万円~4万円で借りて、家賃5万円で入居を希望する人に貸し出します。差額の平均1万5000円ほどが悠々会の収益で、見守りなどのサービス提供費用や人件費に充てられる仕組みです。

引越しや入居後の生活支援や見守りなど、必要とする支援がセットになった悠々会の居住支援(資料提供/悠々会)

引越しや入居後の生活支援や見守りなど、必要とする支援がセットになった悠々会の居住支援(資料提供/悠々会)

フードバンクの食糧支援を兼ねた訪問による見守りも。その人に必要な支援を届ける(画像提供/悠々会)

フードバンクの食糧支援を兼ねた訪問による見守りも。その人に必要な支援を届ける(画像提供/悠々会)

サービス利用者の年齢は、20代~90代と幅広く、高齢者以外にも精神疾患のある人や発達障がいのある人などさまざま。それぞれに必要なサポートは異なります。何らかの介護やケアが必要となったら、適した施設を紹介することも可能です。

「ただ、あんしん住宅事業のモットーは『自己選択、自己決定』です。ご本人に自分の希望する暮らしに合った住まいを選んで決めてもらいます。あんしん住宅は、入居者が亡くなるまでずっと住んでいただいてもいいですし、グループ内の特別養護老人ホームを入居先の候補として選んでいただくことも、もちろんできます。そしてほかの会社が運営する施設に移ることも可能です」

周囲の理解、資金……困難を乗り越えながら、社会福祉法人としての使命感で走り続けた

あんしん住宅事業を始めた当初は、不動産会社やオーナーの事業への理解を得られず、高齢者や精神疾患のある人の受け入れはなかなか進みませんでした。

悠々会は法人として宅建業の資格を持っていないため、不動産会社やオーナーの理解と協力が必要です。住まい探しは、利用者と一緒に不動産会社を訪ね、諸条件を交渉するスタイル。不動産会社がNOと言えば、先にはつながりません。今でこそ賃貸物件のオーナーから直接「部屋が空いたので、借りてくれないか」という話もありますが、実績ができるまでには多くの苦労もあったようです。

「実績を積みながら皆さんにこの仕組みや意義を説明していくのは大変でした。大家さんや不動産会社と直接話をしても『貸す意味がわからない』とはっきり言われたこともあります」

ところが今となっては、そのように断られた不動産会社との関係が一番太く強くなり、多くの人が入居した後も大きなトラブルは起こっていないとのこと。現在、約20社の不動産会社とのつながりができ、鶴川エリア全体の物件を網羅して探せるようになったそうです。

「今後ますます空き家が増え、高齢者世帯が市の世帯数の半分以上を占めるようになるでしょう。私たちが、オーナーさんにとってのお客さまとなる入居希望者をお連れすれば空室が減り、サブリースという形を取ることで大家さんにとってのリスクが減ります。WIN-WINの関係が築けるのです」

住まい探しだけでなく、入居後の生活支援や万が一のときの死後事務委任などのサービスも提供する。障がいのある人や高齢者の見守りを行うことで、思わぬ事故や病気からの孤立死による特殊清掃の発生といったオーナーの不安を減らすことができる(画像提供/悠々会)

住まい探しだけでなく、入居後の生活支援や万が一のときの死後事務委任などのサービスも提供する。障がいのある人や高齢者の見守りを行うことで、思わぬ事故や病気からの孤立死による特殊清掃の発生といったオーナーの不安を減らすことができる(画像提供/悠々会)

ただし、この事業にはリスクも伴います。
オーナーへの家賃を支払うのは悠々会なので、オーナーのリスクは減りますが、悠々会への家賃を払う相談者には、日々の暮らしに困っている人も多い状況です。悠々会にとっては家賃滞納などの恐れのある事業であることは間違いありません。

しかし、悠々会では困っている人を広く支援するために、サブリースに際して家賃保証会社を利用せず、入居者の連帯保証人や緊急連絡先も必要としていないそう。

「本人に支払う意欲はあっても、この先、本当に払っていけるか微妙なラインの人もいます。これまでも社会福祉法人として、私たちが手助けしなければ、との思いからリスク度外視で支援することもありました。家賃を継続して払っていただけるように、支援団体や行政と協力して入居者の生活を安定させていくのが私たちの役目です」

現在は事業を始めて9年目。3年ほど前からは黒字に転じましたが「ここまで続けてこられたのは、経営母体である悠々会の他事業部門の支えや国の助成金があったから」だと鯨井さんはこれまでを振り返ります。

元は美容師だったという鯨井さん。デイサービスでのボランティアで90歳の女性に「こんな若い人に髪切ってもらえて嬉しい」と言われたことが忘れられず、福祉の道へ (画像提供/悠々会)

元は美容師だったという鯨井さん。デイサービスでのボランティアで90歳の女性に「こんな若い人に髪切ってもらえて嬉しい」と言われたことが忘れられず、福祉の道へ (画像提供/悠々会)

事業を拡大し、外出が困難な人へのライドシェア事業など、未来に向けた展望も

悠々会は「まだまだ困っている人はたくさんいる」と、居住支援の事業エリアを新たに神奈川県の川崎でも展開する予定です。とはいえ、介護事業などを通じて長く地域に関わってきた地元・鶴川と違い、新たな地で不動産会社や高齢者福祉施設、近隣の事業者との関係を一からつくり上げなくてはなりません。

さらなる課題は、人の問題です。
共生社会推進室で居住支援事業に携わる職員は2024年12月現在、非常勤2名、常勤2名の4名のみで100名以上の利用者に対応しています。今後さらに増えていくことが予想されるなか、スタッフの増員も考えていかなくてはなりません。しかし、居住支援コーディネーターは、それぞれの問題を抱えた相談者に適切なサポートを結びつけていくのが仕事。誰でも務まるわけではなく、知識や経験が求められます。人を育てつつ事業として成り立たせるためには、収益とのバランスも必要です。

それでも鯨井さんたちの支援に向ける熱意はとどまることを知らず、「死後事務委任、身元保証、預託金の部分なども事業として確立していきたい」と展望を語ります。 町田市内には公共交通空白地域もあるため、外出困難者の支援のためのライドシェアについても町田市と計画中です。

ライドシェアを運用するためのアプリ開発や、スマホ使いこなすための高齢者への教室など、鯨井さんたちのさまざまなアイデアが実際に動き出している(画像提供/悠々会)

ライドシェアを運用するためのアプリ開発や、スマホ使いこなすための高齢者への教室など、鯨井さんたちのさまざまなアイデアが実際に動き出している(画像提供/悠々会)

居住支援と福祉的生活支援を結びつけた「あんしん住宅事業」は、他の社会福祉法人との差別化につながり、悠々会のスタッフ募集時には、包括的な支援に興味のある新卒からの応募が増えるという、思わぬ効果ももたらしているとか。人手不足に悩むことの多い介護事業者としては嬉しい副産物です。

「企業であれば難しいことも、社会福祉法人だからこそできることがあるはず」という鯨井さんの言葉に、福祉的支援と居住支援という境目がなくなり、必要としている人に必要な支援を届けられる可能性を感じました。さらに多くの地域でこのような事業が展開・継続され、住まいに困る人たちが一人でも多く、自分の望む暮らしを手に入れられることを願います。

●取材協力
社会福祉法人 悠々会

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