世界の名建築を訪ねて。国際的建築家集団MADの新機軸“風穴の開いた”集合住宅「フェイク・ヒルズ」/中国

30年以上にわたって世界中の名建築を取材してきた建築ジャーナリスト・淵上正幸氏に、その独創性で際立つ建築物を紹介いただく連載22回目。今回は、中国の北海(ベイハイ)市にある「フェイク・ヒルズ(Fake Hills)」を取り上げる。(文/保倉勝巳)
独創的な設計のシンボルにとどまらない、巨大な穴の役割とは
最も高い部分で地上30階超、106mに到達する高層大規模マンション。ジェットコースターのようにうねる屋上のラインもさることながら、何より目を奪われるのは、マンションを貫通する3カ所の穴だ。
最大のものは中層階にあり、高さは10数階分に相当する。経済効率の観点から見れば、穴をつくらず住戸を設け、その分、利益を増やす選択が普通だろう。なぜこの設計が採用されたのだろうか?
「この穴は独創的な設計を象徴しているのもさることながら、非常に実用的な役割を2つ担っています。1つはフェイク・ヒルズの背後にある既存の住宅街に、海からの風を供給することです。フェイク・ヒルズの敷地は横に長く、約800mに達するため、もしこうした穴がなければ、背後の住宅街はマンションが壁のような存在になって海風が遮断されるリスクがある。穴を通ってくる風が、既存の住宅街の環境悪化を防ぐのです」
巨大な穴を通じて、地域コミュニティと共存しているというわけだ。
「そしてもう1つがマンション自体のクールダウンです。フェイク・ヒルズが立っているのは、ハワイとほぼ同じ緯度に位置する常夏のリゾートアイランド・海南島や、ベトナム国境が近い北海(ベイハイ)市。白砂が24kmも続く中国でも有数の美しいビーチには、夏になると国内外から多くの海水浴客が訪れます。南シナ海に面した亜熱帯海洋性気候の暑い土地なので、3カ所の穴を風が通り抜けることで徐々に建物が冷やされ、冷房効率が良くなることに期待ができるのです」
自然エネルギーを活用した、パッシブデザインのマンションともいえそうだ。また、穴の中を海風が吹き抜けることでマンションが受ける風圧が下がり、建物の耐久性が向上する効果もあるだろう。
「貫通した穴をもつ建築物はまれに見ることができますが、ほぼ四角形や円形です。フェイク・ヒルズのようにランダムな手描きのような形は希少で、強いインパクトがあります。ただ、ランダムに見えますが、穴の大きさや場所は、上下する屋上のアウトラインとも連動した緻密な構造計算に基づいて設計されており、マンションの堅ろうさに何ら影響がないことは言うまでもありません」
また、「ビーチ、道路とマンション高層棟の間のスペースにも注目してほしい」と淵上氏。
「ここには、中低木が生い茂る緑地帯やプール、テニスコート、低層の住宅棟などが点在しています。約10万平米の敷地の多くを占めるこの緩衝地帯ともいうべきスペースが、白亜の流麗なフォルムを際立たせています」

マンション高層棟と道路、ビーチに挟まれたスペースには、緑豊かなランドスケープが描かれている。フェイク・ヒルズの住人はもちろん、地域の住民なども通り抜けられ、多くの人が憩える場になっているようだ。地上に接したトンネル状の穴(写真左)を抜けると、フェイク・ヒルズの裏側に広がる住宅街に至る(c)Xia Zhi

上の写真で説明した穴からマンション背後の住宅街を見る。撮影時、道路の両端では整備工事が行われていたようだ(c)Xia Zhi
伝統的な中国建築と、あの世界的建築家のDNAが融合
設計は中国・北京に本拠地を置くMADだ。馬岩松(マー・ヤンソン)と日本人建築家の早野洋介、党群(ダン・チュン)が2004年に設立した、中国を代表する世界的な建築家集団である。
同社公式サイトのリリースによると、デザインにあたって参考にしたのは「伝統的な中国建築の自然へのこだわり」とのこと。さらに設計コンセプトは「“人工の丘”の形をした曲線のアウトラインを作り出す」だった。物件名の『fake Hills(偽の丘)』は、設計コンセプトを受けてのネーミングだ。
馬と早野の両氏は、ともにザハ・ハディド・アーキテクツ出身。ザハ・ハディドは、一旦採用されながらも白紙撤回された、東京の新国立競技場のデザインをした人物である。あの前衛的で、曲線を活かしたダイナミックな完成予想図を覚えている人も多いかもしれない。
「MADは、中国国内にとどまらず、欧米などでも高層集合住宅や博物館、美術館、劇場など多様な建築の設計を行っています。特徴はザハ・ハディドのデザインを彷彿とさせる、曲線や曲面を多用した造形ですね。その優美な外観から“マリリン・モンロー・タワー”の愛称もある、カナダの『アブソリュート・タワー』などが代表作です」
ちなみに日本での実績としては、愛知県岡崎市ののどかな田園地帯に立つ、住居兼幼稚園「クローバー・ハウス」がある。やはり曲面が印象的で、ポップアップされたテントを思い起こさせる外観がプレゼンスを放っている。

マンション中央部の切れ込みはフロア10数階分に相当する深さ。足元の水景に映り込む“逆さフェイク・ヒルズ”がおもしろい(c)Xia Zhi
「フェイク・ヒルズの曲線が上下するアウトラインは、まさにMADの仕事を連想させるものです。ただ、巨大な穴を貫通させた集合住宅は極めて希少。その意味で彼らの新機軸を感じさせるデザインといえます」

マンション中央にうがたれた巨大な穴はインパクト抜群。設計の段階で作成された完成予想図では、マンションの端に超高層タワー棟が描かれていたが、未完に終わっている(c)Xia Zhi
【編集後記】
インドに抜かされはしたものの、それでも14憶人以上が暮らし、世界第2位の人口を擁する中国。都市部における開発の多くは大規模な集合住宅の計画であり、できるだけ早く投資効果を得るため、プロジェクトの多くは画一的かつ安価なものが多いという。
その点でフェイク・ヒルズは極めてチャレンジングな建築だ。既存の自然環境や地域社会と融合しつつ、北海市に新たな景観を創出した。街の新たなランドマークとなり、国際的な知名度の向上にも貢献しているのは間違いないだろう。願わくば、南シナ海の海上からフェイク・ヒルズの全容を眺めてみたいものだ。
監修・取材協力/淵上正幸

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