『ケナは韓国が嫌いで』チャン・ゴンジェ監督インタビュー




チャン・ガンミョンによる同名ベストセラー小説をもとに、『ひと夏のファンタジア』などで知られるチャン・ゴンジェが脚本・監督、『グエムル-漢江の怪物-』でも知られる名優コ・アソンが主演を務めた『ケナは韓国が嫌いで』が3月7日に公開される。
ソウル郊外で暮らすケナ(コ・アソン)は、大企業に勤め、大学時代からの恋人もいる、不足のない人生を送っているように見えるが、常に居心地の悪さを感じていた。意見を聞かれることなく従順さが求められる会社、恋人やその家庭との価値観の違いや貧富の差、家庭内で押しつけられる役割――「ここでは幸せになれない」と感じたケナは韓国を抜け出す決意をする。
ケナが生き辛さを感じる社会とは? その原因は? 抜け出したことで幸せになれるのか? 様々な問いを観るものに投げかける本作について、チャン・ゴンジェ監督に語ってもらった。



―本作は、暴力などの鬼気迫る状況ではないけれど、真綿で首を絞められるように生き辛さを感じているという状況がとてもリアルでしたし、その中で「自分」を捨てることなく、違う生き方を選択すること自体が物語の核だと思いました。


チャン監督「まさに。韓国というのは、普通の人でも本当に疲れを感じる場所なんです。必ずしも切迫した状況に置かれている人だけでなく、一般の人でもそう感じる場所。それは、地方に行ったら解決するということではありません。だからこそ国を去りたいと願い、そうした選択をした人物のことを描きたいと思いました」


―その生き辛さについて言葉を交わすハンバーガーショップでのシーンはオリジナルであり、あの有無で作品の空気が異なってくるくらいの大きな印象を残します。


チャン監督「あそこは、脚本の初稿から最終の30稿まで唯一ずっと残り続けていた非常に重要なシーンです。ケナが韓国を去らなかったら果たしてどうなっていたのかという問い、そしてそれに対する答えになっています。
おっしゃる通り原作にはないシーンですが、作家のチャン・ガンミョンさんとは脚本を書いている時に2、3度お会いしており、その際に、映画は監督ものものだから、どのように解釈しようが、どのような方向性に進もうが構わないとおっしゃっていただきました。尊重してくださって、本当にありがたかったです」







―原作にもあった社会問題を、背景などに繊細にちりばめた表現も素晴らしかったです。例えば後半のケナは脱コルセットした状態ですし、ケナの実家周辺はジェントリフィケーションの問題を抱えていますよね。


チャン監督「ありがとうございます。そうした韓国社会が持っている問題点は小説の中で既に言及されていたので、私が新たに調査したことで一番大きかったのは、ケナの行き先についてでした。原作ではオーストラリアとなっていますが、映画ではニュージーランドと設定しました。現地に行って、韓国の留学生や韓国からの移民、ワーホリで働いている方々などにたくさん会って取材をしたんです。ニュージーランドの部分は、そういったリサーチに基づいてつくられています」
*監督はオフィシャルインタビューにて、ニュージーランドに設定した理由を「ジェンダーギャップ指数でも上位にランクインし、女性の首相が産休を取ったことでも話題になるなど、より女性が活躍しやすい社会だと感じた」と語っている。


―チュ・ジョンヒョクのニュージーランドでの留学体験も参考にされたそうですね。


チャン監督「ええ、彼は中学から大学までニュージーランドで過ごしているんですが、学生時代に実際に経験した生活をたくさん話してくれて、とても参考になりました。その土地に順応することができなかった人たちがどのように生きていったのか、そのメンタリティはどうだったのかなど、そういった貴重な話をたくさんしてくれました」






―主演のコ・アソンの演技も本当に素晴らしかったです。ケナについてのお互いの理解をどのように深め、つくりあげていきましたか。


チャン監督「コ・アソンには『ケナは果たしてどういう人物なんだろう』という問いをとにかくたくさんしました。幸いにも小説も台本もありましたので、そういった材料から互いに一生懸命に考えて話をしましたが、あえて一つの枠というか、定義をすることをしなかったんです。
そのかわり、特定のシーンを撮る時や、あるリアクションをする時、セリフを発する時――そういった時に私たちは絶えず『ケナは果たしてどういう人物なんだろう』と問い続けながらつくっていったんです。なので、本作のケナというのは、1人の人物がモデリング化されたというよりも、ケナを探していく過程を続けることでつくっていったという感じです」


―なるほど。ちなみにコ・アソンは読書家で知られていますが、監督からも2冊の本を薦められたとか。どんな本をシェアされたんですか。


チャン監督「1冊は『ミス・ユンのアルバイト日誌(미쓰윤의 알바일지)』というエッセイ集ですね。20代後半の放送作家が、オーストラリアにワーキングホリデーに行くという内容なのですが、私が感銘を受けたので、それを薦めました。もう1冊はちょっと記憶にないです(笑)」


―(笑)。では、この作品を通じて、観客とはどんな対話をしたいですか。


チャン監督「映画のテーマや、そこで描かれている意識、人物についてなど、観客のみなさんからたくさんのフィードバックをもらいたい一方で、ちょっと怖いなって、そういった思いもあります。特に、当事者性と言うんでしょうかーー私自身はケナとは性別も環境も違いますし、韓国を去ったこともありませんから、そういった人物がこのような作品をつくることに対する恐れがあるのも事実です。対話したいけど怖い、その両方の重い感情でもって完成させました」




―とはいえ、監督ご自身も、運営されているインディペンデントのプロダクションも、競争社会の中をクリエイティビティを失わずにサバイブするしんどさ、生き辛さはケナと共通したものがあると思います。


チャン監督「そうですね。社会の基準や秩序、伝統、そういったものを壊してみたいなって思いがあるので、そういった部分ではケナと似ている部分があるのではないかという風に思います」


―最後に、本作はケナのロードムービーとしての側面もあります。監督ご自身は今どこに行ってみたいと思いますか。


チャン監督「夏は暑くなくて、冬は寒くないところに行きたいなって思うんですけど、今は全世界的に気候危機に置かれているじゃないですか。その中で、自分だけ去るというのは罪悪感を感じるから難しいな……」



text Ryoko Kuwahara(https://www.instagram.com/rk_interact/


『ケナは韓国が嫌いで』
3月7日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
https://animoproduce.co.jp/bihk/
監督・脚本:チャン・ゴンジェ『ひと夏のファンタジア』
出演:コ・アソン『グエムル-漢江の怪物-』『スノーピアサー』
チュ・ジョンヒョク「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」 キム・ウギョム、イ・サンヒ、オ・ミンエ、パク・スンヒョン他
2024年/韓国/韓国語・英語/107 分/カラー/DCP/原題:한국이 싫어서/英題:BECAUSE I HATE KOREA
韓国劇場公開日:2024年8月28日/原作:チャン・ガンミョン著「韓国が嫌いで」 配給:アニモプロデュース
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