”まちの映画館”復活から2年。地元映画の放映など住民らに愛される存在へ、商店街の活気めざす 山形「鶴岡まちなかキネマ」

映画の力で商店街に活気を。コロナ禍で閉館した映画館が、市民の声を受けて再生 山形県鶴岡市

山形県鶴岡市。
国内屈指の米どころである庄内平野をはじめとした豊かな食文化を育む農村風景は、数々の映画ロケ地としても活用されてきました。
2006年には撮影に使用したセットを公開する施設、庄内映画村(現:スタジオセディック庄内オープンセット)がオープンするなど、製作関係者だけでなく映画ファンにも親しまれてきました。
こうした独自の映画文化を中心市街地の活性化にも役立てようと、地元団体が立ち上げた映画館を取材しました。

惜しまれつつも閉館した映画館が、市民の声を受け再生へ

稲穂が色づく庄内平野の田園風景。四季折々の魅力が観光資源にもなっている(写真/筆者)

稲穂が色づく庄内平野の田園風景。四季折々の魅力が観光資源にもなっている(写真/筆者)

鶴岡市の中心市街地に位置する「鶴岡まちなかキネマ(通称:まちキネ)」は、2010年に4つのスクリーンとレストランを備えた複合施設として開館しました。
郊外のショッピングモールに客足が集中し、商店街でも閉店する店舗が相次ぐなか、中心市街地に客足を取り戻すことが喫緊の課題となっていました。

鶴岡市中心部の商店街。閉店しシャッターが閉まった店舗もまばらに点在する(写真/筆者)

鶴岡市中心部の商店街。閉店しシャッターが閉まった店舗もまばらに点在する(写真/筆者)

市内の建設業や製造業、地元の金融機関、商店街、個人事業主など32者の出資により「まちづくり鶴岡」が発足し、運営にあたります。地域の活性化のための一手として、映画鑑賞と合わせて商店街での買い物を促す循環を生み出すことが期待されました。当時、鶴岡市内には映画館がなく、8年ぶりに映画館が開館したことで、郊外に出向かずとも市の中心部で映画を楽しめる環境が整備されました。

建物は1932年に竣工した木造の絹織物工場をリノベーションしたもの。
所有者であった松文産業旧鶴岡工場の郊外移転により空き家として残されていた横並びで立つ2棟の工場を、それぞれ2つずつのシアターを備えた映画館へと生まれ変わらせました。
リノベーションの設計は東京都の建築設計事務所、高谷時彦事務所によるもの。
工場操業時には天井で隠されていた屋根裏の梁トラスを剥き出しにし、空間のアクセントとしたデザインは、日本建築学会作品選奨やBELCA賞といった建築業界の賞を受賞し、業界内でも高い評価を得ています。

80席を収容するキネマ3。木造の梁をむき出しにするデザインは映画館としては珍しく、防音に工夫が凝らされた(写真/筆者)

80席を収容するキネマ3。木造の梁をむき出しにするデザインは映画館としては珍しく、防音に工夫が凝らされた(写真/筆者)

高齢のお客さんにも「長時間座っても疲れない」と好評の座席。小規模ながら大手に見劣りしない設備が整えられた(写真/筆者)

高齢のお客さんにも「長時間座っても疲れない」と好評の座席。小規模ながら大手に見劣りしない設備が整えられた(写真/筆者)

エントランスホール上部のトップライト。明るい光が差し込む(写真/筆者)

エントランスホール上部のトップライト。明るい光が差し込む(写真/筆者)

封切作品からミニシアター系の小規模作品まで幅広くラインナップをそろえ、「おいしい鶴岡 食の映画祭」(つるおか食文化映画祭)など地域文化に密着した企画や、エントランスホールを活用した音楽イベントなども催し、地域住民に親しまれてきました。
映画だけにとどまらない多種多様な交流ができるまちキネには、最盛期は年間延べ7~8万人が来館していました。

しかし新型コロナウイルス感染拡大の煽りを受け、2020年5月に閉館が発表され、開館10周年を目前に幕を閉じることになります。
その後、市民から存続を求める署名運動などもあり、隣接する山王商店街の賑わい作りをしてきた山王まちづくり株式会社が運営を担っていくことが決まり、再開に向けた準備が進められました。

そして2023年3月、設備の更新や施設機能の変更に伴う改修工事を経て、新たな体制で再スタートを切ることとなりました。

地域密着の取り組みで、持続可能な運営を目指す

閉館後のまちキネの建物を巡っては、取り壊しの話も出ていたそう。
そうしたなか市内で福祉事業にあたる鶴岡市社会福祉協議会が本部事務局をまちキネ跡地に移転し、取り壊しの憂き目を逃れることとなります。
山王まちづくり株式会社の代表取締役である三浦新(みうら・しん)さんは言います。

「社会福祉協議会さんのご厚意で、なんとかまちキネを残すことができました。取り壊しの話が出てきたときには、反対運動もあり、建物としても愛されていたことが実感できました。リノベーションの設計をしてくださった高谷時彦さんも鶴岡にまで来られるなど、多くの方に支えられて存続でき、再スタートを切れたことは幸福なことでした。鶴岡にはスタジオセディックもあり、鶴岡で撮影された映画を観ることができる環境を維持できたことは、鶴岡の映画文化にとっても重要なことだろうと考えています」

現在、鶴岡まちなかキネマは鶴岡市社会福祉協議会が所有する建物のうち1棟の半分のスペースを借りて、2つのスクリーンで映画の上映を行っています。
閉館前は165席、152席、80席、40席の4つのスクリーンを備えていましたが、78席と40席の2スクリーンに縮小。
大型のシネマコンプレックスで上映されるメジャーな封切り作品の上映が難しい分、地域に根付いた活動を展開しているそうです。

現在の外観。右側の棟にまちキネが入っている。駐車場が広いことから、映画鑑賞前後の買い物に役立てられている(写真/筆者)

現在の外観。右側の棟にまちキネが入っている。駐車場が広いことから、映画鑑賞前後の買い物に役立てられている(写真/筆者)

エントランスホールからチケットカウンター方向を見る。以前レストランとして使用されていたスペースは、現在社会福祉協議会が利用している(写真/筆者)

エントランスホールからチケットカウンター方向を見る。以前レストランとして使用されていたスペースは、現在社会福祉協議会が利用している(写真/筆者)

チケットカウンター。奥のモニターには上映作品の予告編が映されている(写真/筆者)

チケットカウンター。奥のモニターには上映作品の予告編が映されている(写真/筆者)

「再開に向けた諸費用の補填のために、クラウドファンディングを実施しました。当初の目標金額である600万円を大きく上回る、1000万円を超える支援をいただき、市民の皆さんにとって大切な場所だったのだなと改めて実感しました」

そう語るのは、鶴岡まちなかキネマの支配人、齋藤拓也(さいとう・たくや)さん。
閉館前から機材の操作など現場の運営に携わり、開館に向けた準備にも対応してきました。

「メジャーな作品でなくとも、面白い映画はたくさんあります。鶴岡ほどの規模の都市では郊外の大きな映画館だけが残り、ミニシアター系の作品の上映がない地域も多くありますが、その両方にアクセスできる環境は貴重なのではないかと思っています。地元鶴岡で撮影された自主映画を上映したり、地元の映画サークルから推薦を受けてラインナップに加えるなど、地域の人々とも連携しながら運営できているのは、小さな施設だからこその利点ですね」

上映作品は、ミニシアター系の映画を中心に、公開からしばらく経過したメジャー作品もラインナップされています。
「やはり玄人向けの作品だけだとお客さんが固定されてしまい、来館者数も伸び悩んでしまいます。お子さんや若い人にも人気の作品を目的に来館していただいて、ほかにもこんな作品が観られるのかと、知るきっかけにしていただきたいなと思っています」(齋藤さん)

シアターへと続く通路には、上映中作品や近日公開予定の作品のポスターが貼られている(写真/筆者)

シアターへと続く通路には、上映中作品や近日公開予定の作品のポスターが貼られている(写真/筆者)

劇場内はコンパクトな分、お客さんとスクリーンとの距離が近い親密な空間が特徴的です。
スクリーンの手前にステージが設けられており、上映後には監督や出演者による舞台挨拶も度々行われているそう。
アットホームな空間が映画関係者には好評で、遠方から鶴岡まで舞台挨拶に来てくれる関係者は多いといいます。

40席のキネマ4。スクリーン手前のステージで舞台挨拶が行われている(写真/筆者)

40席のキネマ4。スクリーン手前のステージで舞台挨拶が行われている(写真/筆者)

待合のスペースには、映画の感想コメントや上映してほしい作品など、館への要望が掲示されたコーナーも。
スタッフさんによる丁寧な返信が書き込まれ、訪れた人皆の目に入る位置に貼り出されています。
観たいと思っていた作品を取り上げて上映してくれて、それを地域の人びとが共に観る機会につながったら、映画ファンとしては大変うれしいことなのではないでしょうか。
大手の映画館には難しい、小回りの利く運営が地元客に愛されています。

映画の感想が寄せられたコーナー(写真/筆者)

映画の感想が寄せられたコーナー(写真/筆者)

まちキネへの要望が掲示されたコーナー。利用者との相互のコミュニケーションにより運営されている様子が伝わってくる(写真/筆者)

まちキネへの要望が掲示されたコーナー。利用者との相互のコミュニケーションにより運営されている様子が伝わってくる(写真/筆者)

エントランスに掲げられたまちキネのロゴは、再開にあたり俳優の井浦新さんがデザインしたもの。まちキネに舞台挨拶で来ていた井浦さんとファンとの交流をきっかけに、デザインしていただくことになったのだとか。
またエントランスホールに掲げられた巨大な壁画は、山形市の東北芸術工科大学大学院出身の画家、土井沙織さんによる作品。学生時代にまちキネの屋外に描いた壁画を、リニューアル時に修復して屋内に移設したものだそう。
人気画家の学生時代の作品が、来場者を出迎えてくれます。

井浦さんデザインのロゴ。天井の梁をモチーフに、TSURUOKA MACHINAKA KINEMAとレタリングされている(写真/筆者)

井浦さんデザインのロゴ。天井の梁をモチーフに、TSURUOKA MACHINAKA KINEMAとレタリングされている(写真/筆者)

エントランスホールの壁画。鮮やかな色彩と力強いタッチが目を引く(写真/筆者)

エントランスホールの壁画。鮮やかな色彩と力強いタッチが目を引く(写真/筆者)

エントランスに設けられた、工場時代の歴史を伝える展示(写真/筆者)

エントランスに設けられた、工場時代の歴史を伝える展示(写真/筆者)

近隣のカフェで働く店員(30代女性)も、クラウドファンディングで年間パスポートを購入し、よく通っているそう。
「昨年Uターンで東京から鶴岡へ移住してきたのですが、東京で観ていたようなミニシアター系の映画を鶴岡でも観られるのかと嬉しい驚きでした。応援の想いも込めて時々通っています。お店にも、映画の前後で立ち寄ってくださるお客さんは多いですね。長く続いていってほしいと思っています」
着実に商店街への客足の流入につながっているようです。

映画館そばの商店街。シャッターが下りたままの店舗もあるが、UターンやIターンで鶴岡に移住したオーナーが開店するお店も少しずつ出てきている(写真/筆者)

映画館そばの商店街。シャッターが下りたままの店舗もあるが、UターンやIターンで鶴岡に移住したオーナーが開店するお店も少しずつ出てきている(写真/筆者)

一方で運営には課題もあると三浦さんは言います。
「再開に際してはクラウドファンディングのほか、行政の支援も受けていますがそれも最初の3年間までです。クラウドファンディングでいただいたご支援は、応援の意味も込められていたと思いますが、実態としては集まった支援ほどには客足が伸びていない状況があります」

現在の来館者の多くは退職後の高齢世代が中心で、年間の来館者数は2万人ほど。
若い世代や親子での来館が、閉館以前と比較すると落ち込んでいるそう。
シアター数が減少したことを差し引いても、以前と比べると客足が遠のいてしまっているのが実情です。

「新作のメジャー作品が上映できていないことが、お客様のご期待に沿えていない部分だと思うのですが、現状の当館の運営力を考えると難しいのが正直なところです。足繁く通ってくださる方もいらっしゃり、鶴岡まちなかキネマの存在意義は感じているので、今後も継続的に運営していくためにできる対応はしていきたいです」

コロナ禍を経て一度閉館を余儀なくされるも、再スタートを切った鶴岡まちなかキネマ。
鶴岡には豊かな食文化のほか、庄内藩ゆかりの史跡など観光資源も豊富です。
鶴岡へお立ち寄りの際は、大都市圏にはない、市民に支えられた映画館にも訪れてみてはいかがでしょうか。

●取材協力
鶴岡まちなかキネマ
山王まちづくり株式会社

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