地元に残したい店で買い物や食事をして地域を育てる「バイローカル」運動。大阪・昭和町に10年で70店舗以上も増加、土地評価も上昇中

2024年10月、大阪を拠点にエリアの価値向上に取り組むビーローカル・パートナーズが、国土交通省主催の「地域価値を共創する不動産業アワード」(2023年募集の第2回)の優秀賞、「2024グッドデザイン賞」を受賞しました。舞台となったのは大阪の昭和町を中心とするエリア。いったいどのように街を変え、経済効果をもたらしたのか。主力メンバーである都市計画家の加藤寛之(かとう・ひろゆき)さんにお話をうかがいました。
天王寺の再開発で気がついた「地元によい店がある幸せ」
昭和の時代に区画整理された街だから、ついた名前が「昭和町」。Osaka Metro御堂筋線「昭和町」駅を降りると、駅名のとおり昭和の面影をたたえた、下町情緒に溢れる光景が広がります。わずか一駅隣に60階建ての「あべのハルカス」がそびえ、「あべのキューズモール」などさまざまな大型商業施設を擁する一大ターミナル・天王寺駅が存在するとは信じがたいほどのギャップを感じました。

お話を聞いた阪堺電鉄上町線「東天下茶屋」駅近くの様子(撮影/出合コウ介)
昭和町の特徴は個人商店の多さ。どこも活況を呈しています。昨今「どの駅前も並んでいるのはチェーン店ばかり」といった印象がありますが、それだけに昭和町の独自性は貴重です。
このように古き良き浪花の原風景が温存された昭和町ですが、一時期は衰退したのだとか。大学卒業後から昭和町に住み、このたび「地域価値を共創する不動産業アワード」の優秀賞、「2024グッドデザイン賞」を受賞したビーローカル・パートナーズの加藤寛之さん(49)は、こう振り返ります。

ビーローカル・パートナーズ 加藤寛之さん(撮影/出合コウ介)
加藤寛之さん(以降、加藤)「2010年くらいから隣の天王寺駅周辺の開発が進み、昭和町の住民がみんなそっちへ出かけるようになってしまいました。かくいう僕自身、ランチへ行くとなると天王寺や難波、梅田などの繁華街を利用していたんです。するとね、地元の店が閉店し、衰退していくんですよ。閉店や他の地域への移転が増え、昭和町は空き家・空き店舗が増えていった。あ、これはヤバいなと」
加藤さんの職業は都市計画家。人口減少や空き家問題などで都市機能が失われ衰退する街を救うべく、全国を飛び回っています。そうして地域商業や人間関係の再構築・新しい価値の創造を行っているのです。これまで兵庫県丹波市、大阪府枚方市、三重県伊賀市、大阪市浪速区芦原、鹿児島県鹿屋市、静岡県沼津市、奈良県大和郡山市のまちづくりに携わってきました。
しかし、まさか自分が住む地元・昭和町がこんなに深刻な事態に陥るとは。
加藤「考えてみると、自分自身が地元でごはんを食べないんだから、そりゃ衰退しますよ。ただ、繁華街へ行けば何でもそろうし何でもあるんですけれど、なんだか満たされない気持ちはずっとありましたね。例えばコーヒーを飲むんだったら、わざわざ人混みをかきわけてまでして日本中にある画一的なチェーン店へ行くよりも、やっぱり家の近所にある個人経営の喫茶店でゆったり過ごすほうが豊かだし、幸せだよねって。そんな気持ちが心のどこかにありました。そうして昭和町の現状に危機感を抱いた建築家や不動産業などメンバー6人(現在は8人)が集まり、ビーローカル・パートナーズを発足したんです」
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斜陽化する昭和町に新たな風を吹き込もうと、加藤さんたちが2013年にスタートさせたのが「バイローカル(Buy Local)運動」。
バイローカルとは、住民に地元の店舗での消費を喚起し、地域内での経済循環と乗数効果を生み出し、地域の多様性を担保することで、暮らしの幸福度を向上させる社会的運動のこと。自分たちが住み暮らす地元の店舗で買い物や食事をすることで地域全体に活気をもたらし、持続可能な住みやすいまちづくりを目指すのです。
加藤「バイローカルとは、そもそもは1990年代、アメリカ・コロラド州のボルダー郡で生まれた『大型ショッピングセンターから小さな商店を守ろう』という運動でした。それがいつしか大型店反対運動から、都市のあり方や暮らし方の価値転換という思想と相まってアメリカ全土、さらには世界規模へ拡がっていった。僕は学生時代にバイローカルという思想を知り、すっかり夢中になってしまって。インターネットを使って世界中のバイローカルムーブメントを追いかけていたんです」
そうして加藤さんたち街の有志6名によるビーローカル・パートナーズは、阿倍野区南部から東住吉区西部の区をまたぎ正式な町名とは異なるものの地元民には「昭和町」と呼ばれる界隈、自転車で直径約10分圏内のエリアを対象に、「昭和なまちのバイローカル」という活動をはじめました。
具体的には――、
●年1回5月最終水曜日、老舗から新規店舗までが参加する「バイローカルの日」という青空市を開催(現在は毎年約50店舗ほど参加、7月最終水曜日には「Night Buy Local」も開催し年2回になっている)。
●地元のお店およそ130軒を紹介するマップやクックブック(街の料理人を紹介し、得意料理のレシピを掲載した冊子)の制作と配布。
●ブログ・SNS上でのお店の紹介。
●毎月1回、加藤さんとDjangoのオーナーのジャックさんがホストとなり、街の商売人やキーマンをゲストにライブと配信をする「トークローカル」の実施。

青空市「バイローカルの日」(写真提供/加藤さん)

「バイローカル」MAP(画像提供/加藤さん)
主に上記の活動をしています。
加藤「最初に決めていたのは『行政や自治体にバックアップを求めない』『補助金をあてにしない』ということ。それなしでやれることが前提でないと続かないと思ったから」
バイローカルは“よき商いと生活者が出会う場”
バイローカルのマップを見ていると、まるで宝石のような七色の餃子の店や、冴えたセレクトの書店など新旧の魅力的な個人商店が満載です。「徒歩圏内にこんなにたくさんのオリジナリティと出会えるのか。昭和町カルチャーすごい!」と驚かされます。
加藤「バイローカルは“よき商いと生活者が出会う場”だと考えています。青空市に参加していただいたり、マップに載せたりしている店舗は自薦や他薦ではなく、僕らが『個性があり、よい商いをしている』と思えたお店を“丁寧かつ勝手”に選び、交渉しているんです。そして買う(buy)という行動でお店を『守り育てる』。そうしながら商売人とお客さんがゆるくつながってゆき、地元で過ごす時間を増やし、ご近所の幸福度を高め、エリアの価値を向上させるといった試みなんです」
昭和町で商う店舗を住民が買い支えることで、エリアの価値を高める。店同士を競争させ、収益を上げていくことの多い不動産業では、あまり聞かない考え方です。
加藤「まちづくりというとよく『空き店舗をなんとかしたい』と言うんです。それは根本原因ではないんじゃないかな。先ずエリア全体を育てて温めましょう。そうすれば街に魅力を感じる人が外からやってきて、空き店舗が減っていくんだから」
確かにエリアの価値があがれば、「昭和町って、おもろそうやん」と街への期待感もアップするでしょう。個性的な商売人たちの新規流入が増え、遊休不動産(空き家・空き店舗)問題も解消されます。多彩な商売人同士が業種を超えて網の目のように有機的につながり、地域活動が生まれ、治安もよくなる。地域の人が自分の街を気に入れば、街の変化に敏感でセンスがある人たちが「天王寺もいいけれど、昭和町でも遊んでみようか」と他都市から訪問しはじめ、飲食や買い物をしてゆく、やがては移り住み、さらに商売人も潤う、といった好循環が生まれる。それがバイローカル。
加藤「よく『新しい考え方だ』と評価されます。ありがたいですが、実は決して新しくはないんです。論語のなかで孔子は『近き者説(=悦:よろこ)び 遠き者来(きた)る』と語っています。領内の者が喜べば、領外の者もやってきますという意味です。これ、真理じゃないかな。バイローカルの精神は、すでに紀元前の書物に記されているんですよ」
昭和町という小さなエリアに70軒もの店が新規参入
そうして加藤さんたちは、およそ10年もの時間をかけながら、じっくりと着実にバイローカル運動を実践してきました。自社でも長い間空き店舗だった物件をリノベーションし、2018年よりチン電の愛称で親しまれる阪堺電鉄上町線の「東天下茶屋」駅を降りてすぐの場所にてレストランとベーカリーカフェ「THE MARKET」を運営しています。

東天下茶屋停留所すぐそばの「THE MARKET」は昭和40年代に建てられた商業施設をリノベし、ikedaya BBQ StyleとTHE MARKET Bakeryの2つの店舗が入ったフードコート。店内は地元の人たちでいつも活気いっぱい(撮影/出合コウ介)
こうした行動の甲斐があり、昭和町エリアには10年前に比べ70店舗以上もの新規出店があったのです。地価はなんと10年前から45.5%も上昇。PTA経由による地域のネットアンケートでは9割近くの住民が「以前よりも地域の雰囲気がよくなった」と回答したというから驚きです。そのような成果が、このたびの受賞につながったのでした。
加藤「衰退している地域へまちづくりの仕事で訪れると、たいてい『我が街にもスタバ・ユニクロ・無印が欲しい』という話になりがちなんです。でも、もしも自分が旅人だったら、チェーン店へ行きたいですか? ここにしかない、地域の人が愛してやまない場所、飲食店などに行ってみたいじゃないですか。僕は日本の地方が衰退している原因は『自分の街には何もない』といった自己肯定感の低さにあると思っています。“地域の人々が愛してやまない場所や店をつくりだしてゆく”、それが僕たちの都市計画の考え方なんです」
バイローカルの参加する店の数々
では、バイローカルには、どのようなお店が参加しているのでしょう。
2017年にオープンした「ジェラート屋オオジ」はフレッシュミルクや旬のフルーツを使った本格ハンドメイドジェラートのお店。観音山はっさく・石窯焼きりんご・桃アッサム・完熟梅・堺の抹茶など常時10種の季節商品が並び、ここでしか味わえない味覚に出合えます。コーヒーやワイン、アクセサリーも販売し、きっと目移りしてしまうでしょう。

季節のフルーツや野菜を使ったハンドメイドのジェラートを提供する「ジェラート屋オオジ(撮影/出合コウ介)

定番の「みるく」や旬のフルーツを使ったジェラート10種類から選べる(撮影/出合コウ介)
店頭に立つのはオオジコーポレーション代表・脇正則さん。ジェラート職人の妻が堺市で製造し、できたてを直送しているのです。
脇正則さん(以降、脇)「素材の味をそのまま活かし、それでいて、そのまま食べるよりもおいしいジェラートになるよう心がけています」
昭和町近辺の雰囲気を気に入って、この場所を選んだ脇さん。青空市「バイローカルの日」にも毎回参加しています。

脇正則さん(撮影/出合コウ介)
脇「大資本ではなく個人のお店が頑張っていて、『いい街だな。ここにしよう』と決めたんです。バイローカルの日は、たまたま通りかかった花屋さんでパンフレットを見つけ、おもしろそうだと思いたまたま昔から知り合いだった加藤さんに声をかけました。うちはもともとジェラートの移動販売もやっていまして、地元の人たちと触れあう機会がいかに大事かわかっていたんです。だからこそ街に青空市があるのはありがたかったですね」
続いてはこちら「オオサカ堂」。はその名のとおり、大阪産(おおさかもん)の食材・ドリンク・調味料にこだわった、大阪愛に溢れる居酒屋です。素材は尾崎魚港から仕入れる魚や岸和田・富田林の野菜など近場の新鮮なものばかり。メニューには紅しょうがの天ぷら、豚肉を使ったはりはり汁、肉吸いなど浪花のB級グルメがわんさか。大阪ウメビーフや犬鳴ポークなど大阪の銘品が並び、クラフトビールや地酒も堪能できます。

オオサカ堂(撮影/出合コウ介)
加藤さんにとっても、ここは行きつけの店。「とにかく安い。コスパが良すぎる!」と太鼓判を押します。他都市からのお客さんを必ずといっていいほどこの店に案内するのだそうです。
店主の小山尚士さんは阿倍野区在住歴15年。生まれもお隣の住吉区という生粋の浪花っ子です。2018年にオープンするも2022年7月に近隣店舗から発生した火災の延焼で店舗を失いました。そうして自力で再開業資金を集め、180mほど南にある現在の場所で復活を果たしたのです。

オオサカ堂の小山尚士さん(撮影/出合コウ介)
小山尚士さん(以降、小山)「火事をもらってしまったけれど、再開するのならば、できるだけ元の店から近い場所にしたかった。この辺りは静かだし、大阪のどこへ行くのにも便利。それになにより人が温かいね。他の街で再開するなんて考えられなかった」
バイローカルに参加したメリットは、「同業者とのつながりが生まれたことだ」と語ります。
小山「自然と打ち解けました。飲食店同士、こんなに仲がいい街は珍しいですよ。みんなめっちゃ仲が良くて、お互いの店で食事したり飲んだりしてるんです」
上記の2店舗はバイローカル運動の開始後にこの地に店を開きました。バイローカルの一つの大きな効果には、エリアに価値を見出した人々による新規参入があります。そして、店舗数が増えていながらも敵対せず、旧来からある店舗が排他的にならず、受け入れながら共存しているのです。
加藤「店が増えているのに、それぞれの店の売り上げが落ちず、微増し続けている。これはこの10年ほどで昭和町に住む人の消費行動が変わった表れだと思うんです。例えば古着屋さんがたくさんあるんだけれど、アメカジだったり、キレイめ系だったりしてパイを奪い合わないし、店舗同士が仲が良くてお客さんを紹介する。コーヒーの焙煎所なんて6軒、古書店は5軒もあるのに、それぞれに味わいが異なるから、むしろお客さんが回遊できて相乗効果が生まれているんです」
バイローカルが世代の壁をも打ち破った
こちらは「あべの王子商店街」に位置する阪田鮮魚店。漁港から毎朝届く新鮮な魚介が並び、スーパーマーケットでは見ることがなくなった尾頭付きの魚も購入できる貴重な個人商店です。魚介だけではなく、小松菜豚肉たまご塩だれ炒め・オクラおかか和えなど手づくりのお総菜や「おかんの味弁当」なども店頭にズラリと並び、住民の台所の強い味方になっています。

アーケードのある「あべの王子商店街」に位置する阪田鮮魚店。お惣菜やお弁当もある(撮影/出合コウ介)

阪田鮮魚店・3代目 阪田喜彦さん(撮影/出合コウ介)
創業は「70年前は確実に店を開いていたが、それ以前の資料が残っていない」というほど歴史が深い。阿倍野区の歴史の変化を見守り続けた「まちの魚屋さん」です。店頭に立つのは「パンクロックが好き」という3代目の阪田喜彦さん。
阪田喜彦さん(以降、阪田)「店を継いで5年目です。もともとはブライダル衣装の卸をする会社のサラリーマンでした。そして会社に勤めていたころから親の店のSNSを代行していたんです。母が書いたような感じの文章でね(笑)。すると次第にInstagramに注文が入るようになってきて、会社員をしながら店の注文をさばくのが辛くなってきました。そんな折にコロナ禍でブライダル業界が危機に陥り、『だったら、この機会に魚屋を継ごう』と決断したんです」
バイローカルの日では旬を迎える魚の串焼きなどを客にふるまっています。

大阪で取れたお魚は近くの「オオサカ堂」に卸すことも(撮影/出合コウ介)

店内で調理したお惣菜やお弁当が人気(撮影/出合コウ介)
阪田「バイローカルの日に誘われたとき、初めは不安でした。露店なんてやった経験がなかったし、父も僕も半信半疑だったんです。ただ、翌日からお客さんが増えましてね。『こんなに早く効果あんの?』って驚きましたね。加藤さんがバイローカルをやり始めてから街に新しいお店が増え、同世代の店主さんも多くなって嬉しいです。商店街を通るお客さんもかなり若返りました。だからこそお客さんと会話しながら売り買いできる魚屋というスタイルを受け継いで、これからも続けていきたいですね」
こちらは明治14年(1881年)創業という深い歴史をたたえた菓舗「浪花餅」。定番人気の「浪花うさぎ」「くるみ大福」や、「かぶら」など彩りまばゆい上生菓子、「若鮎」などの季節限定の和菓子や山芋を素材とした「かるかん」など手づくりしています。素朴でやさしい甘みで地元に愛されているのです。

街の和菓子屋さん、浪花餅(撮影/出合コウ介)

甘味だけではなく、おかきも並ぶ(撮影/出合コウ介)
店頭に立つのは山村美智子さん。夫である3代目職人・康幸さんとともに店を切り盛りしています。4代目の息子さんも職人として働く家族経営のお店です。

山村美智子さん(右)と夫で3代目職人の康幸さん(左)(撮影/出合コウ介)
山村美智子さん(以降、山村)「もともとは夫のおじいちゃんが東心斎橋で創業したのが始まり。60年前に、この街に移ってきました。住んでいる人のお人柄が温かくて、上品でね。いい街ですよ」
バイローカルの日には、日ごろは店頭にはない焼きたてのみたらし団子やどら焼きをふるまっています。
山村「一時期はこの辺りもさびれてしまってね。たくさんあったお店もたたんでしまいはった。せやけど加藤さんたちが一生懸命やってくれはったおかげで、少しずつ人が戻ってきてるわ。若い人も増えたし、街が再び元気になってきてるわね」
加藤さんは、商店街の魚屋さんや和菓子の店といった歴史がある店に若者が足を運ぶようになったのもバイローカルの奏功の一つだと言います。
加藤「地元の商店街や長く営んでいる個人商店って、意外とハードルが高いじゃないですか。敷居をまたぐのに勇気がいりますよね。『お店のおっちゃん、どんな人なんだろう。恐いのかな』って。バイローカルの日を始めてから、『以前から気になっていたあのお店の人とやっと話ができた』と喜んでくれるお客さんは多いですよ。バイローカルの日をきっかけに常連さんになったという話も聞いたことがあります」
この店があったからバイローカルをやろうと決めた
最後に、加藤さんが「バイローカルのきっかけになったお店」を案内してくださいました。それが2012年にオープンしたレストランBAR「DJANGO」(ジャンゴ)です。扉を開けて現れた光景に驚かない人はいないでしょう。店内の多くのスペースを占めるのが、オーダーメイドで仕上げた巨大なソファ。さらにテーブル・シャンデリア・カトラリー・お皿・グラスまで、ほぼすべてのものがオリジナルデザインというこだわりようなのです。

レストランBAR「DJANGO」(ジャンゴ)(撮影/出合コウ介)

内装も外観も、オーナーであり店主のジャックさんオリジナルデザインによるもの(撮影/出合コウ介)
加藤「世界で一番かっこいい店です。以前DJANGOの近くで一棟貸しの宿を営んでいたとき、200組くらいの外国人をここに案内しました。すると、ありとあらゆる国の人が僕らの宿のレビューにこの店やジャックさんのことを書くんです。中東・アメリカ・ヨーロッパ・北欧・ニュージーランド・韓国・中国、みんな『うちの国にこんな店ない』って。ブルックリンの黒人アーティストカップルが真剣に『この店を我が国に誘致したい』と相談されたことがあるほど。海外の人の目から見ても、ここはすごい店なんですよね」
オーナーのジャックさんは、以前は関東で大型の飲食店を2軒も経営していました。

ジャックさん(撮影/出合コウ介)
ジャック「でも、自分自身が本当にやりたかったのはこんな飲食店なのか?と疑問を抱くようになったんです。それで故郷であるこの街へ戻り、自分が納得できる店を開こうと考えました」
ジャックさんのこだわりは強く、元あった物件を解体するところから店づくりを始めました。それゆえにオープンまで1年半もの時間を要したと言います。
加藤「ずっと工事中で、自転車で前を通るたびに『ここにいったい何ができるんだろう?』と不思議に思っていました。そしてネットで調べたらDJANGOのホームページがあり、ジャックさんがメイキングを投稿しているんです。それから工事が進む様子をネットで観察するようになり、想いをかたちにしているジャックさんに対して次第に憧れの気持ちが芽生えてきました」
そうして、いよいよオープンしたDJANGO。初めて店内に足を踏み入れた加藤さんは、すでにメイキングを見ているにもかかわらず衝撃が走ったと言います。そして、それがバイローカルを発足させる後押しになったのです。

(撮影/出合コウ介)
加藤「ちょうど繁華街では満足できない自分がいて、もやもやしていた時期だったんです。そこにDJANGOが現れた。天王寺やなんば・梅田に出かけなくても、家の近所にこんなにおしゃれで誇らしい、誰かに自慢したくなる店があるって、なんて幸せなんだろう。DJANGOは僕がバイローカルをやる完全なきっかけになりましたね」
そうしてバイローカルの旗を揚げた加藤さん。もちろんジャックさんにも参加を呼びかけました。しかし、ジャックさんの反応は、当時は「さほどよくなかった」とのこと。
ジャック「バイローカル? 何それ。怪しい宗教? 俺には関係ないし、どうでもいい。そんな気持ちでしたね。街の人に来てもらう代わりに間口を広げたり、クオリティーをさげたりするなんて絶対にいやだったし。しかし、カトちゃん曰く、そうじゃない、お客さんに媚びてほしいわけじゃないと。そのうち熱意にほだされて、じゃ、やるわと折れました」
そうしてジャックさんが青空市に用意したのが、豚の丸焼き。これには皆、度肝を抜かれました。かかった費用は総額なんとおよそ20万円。

青空市で用意した豚の丸焼き(写真提供/加藤さん)
ジャック「個人商店が年一日の青空市のために20万円を出費するって、相当な覚悟が要るんです。雨が降って中止になったら、残るのは赤字だけですしね。カトちゃんが本気だから、こっちだって本気で応えた。店を巻き込んでやるんだったら、それくらい腹をくくってくれよという僕からのメッセージでもありましたね」
取材を終え、「居住圏のお店に対して大切に思う気持ちが果たして自分にはあっただろうか」と顧みました。ほっとする陽だまりのようなお店が我が家から徒歩圏内にある豊かさ、幸せを改めて考えてみたい、そんな気持ちになったのです。

地元にホッとできる場所がある豊かさ(撮影/出合コウ介)
加藤「まちづくりってよく『にぎわいを取り戻す』って言うじゃないですか。でも、にぎわいってそんなに大事かな。にぎわえばいいわけではないと思います。いろんなまちづくりに関わるとき、僕はまず『絶対に残したいもの』を挙げてもらうんです。店でも光景でもなんでも。にぎわいよりも残したいもの。商店街で店主とお客さんが冗談を言いあったり、ベビーカーに乗っている赤ちゃんをあやしたり、人々が日常を穏やかに過ごしている風景のほうが僕は素敵だし幸せじゃないかな。今日もさっきまで大きなターミナル駅にいたんですが、落ち着かないし、人混みに疲れてしまいましてね。昭和町に戻ってきたら、ほっとするんです」
一人ひとりの日ごろの小さなバイローカル運動が、地域の衰退を救う第1歩なのでしょう。
●取材協力
ビーローカル・パートナーズ 加藤寛之(かとう・ひろゆき)さん
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