戸田市の不登校生の居場所づくりが子ども・保護者・教員にも好影響。教室でも保健室でもない”学びの場”、高校内に中学生向けの支援教室など
全国の不登校の小中学生は昨年度(2023年度)、11年連続で増加して34万人超と過去最多に。10年前に比べると、小学生は5倍、中学生も2倍以上となっている。背景には、無理して学校に行かせるよりも、自分が学びやすい場所で学ぶ選択肢を模索するほうが優先だと、学校の現場と保護者の意識が変化していることも大きいだろう。
2023年3月に文部科学省が「COCOLOプラン」という不登校対策を発表したが、先んじて2022年より不登校対策を行ってきたのが、埼玉県戸田市だ。不登校の児童・生徒の学びの場の確保など、「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策」に注力し続け、現在も一歩進んだ取り組みをしている。
戸田市の教育委員会に取材し、不登校対策について話を伺った。
全小学校に教室以外の学びの場を選択肢のひとつに。中学校でも新設
ひと言で不登校といっても状態はさまざまだ。家から出られない、外出はできるが登校は難しい、学校には行けるけれど教室には行けない、教室に行ける授業と行けない授業がある、など。
なかでも、「学校には行けるけれど、教室には行けない」――そんな小学生の児童の居場所は、これまでは保健室などが主だったが、戸田市では児童の支援の場として「ぱれっとルーム」を設け、専任の職員が常駐している。
モデル校として3校で導入されたのが2022年4月。「学校に行けなかったけれど、この場所なら登校できる」という児童も多く、同年11月には全市内小学校に設置されることになった。
「ぱれっとルームは、あえて“教室”ではない雰囲気づくりを心がけています」と、戸田市教育委員会の菊地孝徳さん。
「例えば、大きなデスクで、みんなでおしゃべりしながら作業する方がしっくりくる子もいますし、一人でいたい子には、パーテーションで仕切られた空間を用意しています。ソファを置いたり、イス代わりにバランスボールを置いたりしている教室もあります」(菊地さん)
なかには、下駄箱から近く入室しやすくしたり、保健室や職員室にも近い動線にするなど、設置場所の位置を工夫している学校もある。
ソファや床に直座りできるスペース、パーテーションなどがある、各学校のぱれっとルーム。「いつもの場所という安心感を与えることが大切です」(画像提供/戸田市教育委員会)
(画像提供/戸田市教育委員会)
(画像提供/戸田市教育委員会)
専任の職員は基本的に1名だが、校長、教頭、教育相談担当の教諭、各児童が在籍するクラス担任が訪れる。学業面で不安な児童も気軽に相談ができるし、オンラインで自分のクラスとつなぎ、リアルタイムで授業を受ける児童もいる。例えば「国語だけなら教室で受けられる」「体育なら参加できる」と、その都度、児童一人一人に合わせた時間割で過ごすことも可能だ。
似た悩みを持つ異学年の児童が過ごすからこその、良い影響もある。
「6年生が自然と低学年のサポートをすることもあります。それが6年生本人の自信につながったり、逆に低学年は高学年に優しくしてもらったことで、学校が安心できる場所になったりしています」(菊地さん)
児童がおのおののペースで過ごす、ぱれっとルーム(イラスト/いぢちひろゆき)
さらに、これまでは小学校のみだった戸田型校内サポートルーム「ぱれっとルーム」を、今年(2024年)秋から中学校にも拡大。「きゃんばすルーム」という名のサポートルームを設置した。
中学校では、学習に対する不安が不登校のきっかけになりやすいため、学習支援についても積極的に各学校が取り組んでいる。
「まだ始まったばかりですが、学習に対する不安を和らげ、自信を付けたり、社会的自立につながることが期待されています」(菊地さん)
学校以外の居場所でも学びの時間を持つ選択肢
もちろん、学校以外での学びの場を選択する児童・生徒もいる。
そのひとつとして、戸田市役所隣にある教育支援センター内にある「すてっぷ」と、戸田市西部福祉センター内にある「西すてっぷ」がある。それぞれ、不登校支援に知見のある民間企業に委託しており、民間企業のノウハウを活かして個別に対応をしている。
取材時に訪れた際も、若いスタッフと数人の児童・生徒が社会科の勉強中だった。同じ教室内にいても、英語の自習をしている生徒もいるなど、学校とはまったく違うアプローチがされている。
学校とはまた違った雰囲気で学ぶ「すてっぷ」(イラスト/いぢちひろゆき)
「常時3名ほどのスタッフがおり、おのおのにあったペースで過ごしています。スタッフは、お兄さん、お姉さんのような20代から、定年退職した元・教諭のベテランまで幅広い。学校とはまた違う、親しみやすい雰囲気で接しています。『西すてっぷ』には、施設内に図書室があるので、そこで過ごすこともあります。料理室があるので調理の時間もあり、施設で行われる地域のお祭りを手伝うなど、これまで接点のなかった人と関わる機会もあるんです。一方、『すてっぷ』は、市立図書館で読書したり、体育施設に運動をしに行ったりするなど、体験的な活動にも積極的に取り組んでいます」(戸田市教育センター所長の伊藤和三さん)
「すてっぷ」では菜園で収穫体験も(イラスト/いぢちひろゆき)
不登校の中学生向けの居場所を高校のなかに設けた理由
「高校進学はどうなるのか」を心配する保護者もいるだろう。本人も気になるはずだ。
ひとつの取り組みを紹介したい。
それは、埼玉県立戸田翔陽高等学校内に設けた、不登校生徒支援教室「いっぽ」だ。埼玉県教育委員会と戸田市教育委員会とが連携し、不登校となっている戸田市の中学生を対象に、学習支援や体験活動などが行われている。
戸田翔陽高校内にある「いっぽ」(写真提供/戸田市教育委員会)
(写真提供/戸田市教育委員会)
ちなみに戸田翔陽高等学校は、自分の好きなように授業の時間割を組める高校。大学進学を目指して受験科目を選んでも良いし、「好きなこと」を追求して専門的な授業を多く受けてもいい。いわば大学のカリキュラム選択に似ている。これまで通ってきた小・中学校とは違う体制は、中学生に新鮮にうつるだろう。
「高校生がいきいきと生活する様子を目の当たりにして、高校生活のイメージがわき、勉強のモチベーションが上がる子もいるようです」(菊地さん)
先輩の高校生たちの様子が、生徒たちの心境を変化させるスイッチにも(イラスト/いぢちひろゆき)
ぱれっとルームは児童、保護者、教員にもポジティブな影響
小学校に不登校児童向けの教室と専任の職員を置くことは、現在は他自治体でも行われているケースもあるが、戸田市ではすでに2年間継続的に行ったことで、成果を実感しているそう。
例えば、ぱれっとルームを利用している児童の9割が「楽しい」「やや楽しい」と答えており、保護者のアンケートでは、8割が「子ども達の良い変化を感じた」と答えている。
「不登校児童自体は増加傾向ではありますが、昨年度まで不登校であった児童が登校を開始したり、欠席日数が減少したりしています。なかには3年間不登校だった児童が急に登校できるようになったケースもあります」(菊地さん)
また、子どもが不登校状態であることを保護者だけで抱え込むことは、保護者にとっても心理的な負担が大きい。教員にとっても、担任だけが抱え込むのはリスクだ。
家庭とも教室とも違う、第三の場所「ぱれっとルーム」の導入で、「ストレスは減ったか?」の質問に7割超の保護者が「あてはまる」「まあまああてはまる」と答え、8割超の教職員が「肯定的な変化があった」と回答している。
「例えば、ぱれっとルームに行くために決まった時間に起き、規則正しい生活をする。すてっぷにいけば、その場にいる職員と”おはようございます”“いってきます”と言葉を交わす。そういった一つ一つの積み重ねも大切だと考えています」(菊地さん)
そうした、この2年間の結果の背景には、言語化はしにくいけれど確実にある、「学校生活を送りにくいと感じている子どもたちへの寄り添い方」が教職員の間で共通認識として共有されてきた結果だと実感しているそう。
「ひと昔前は、“不登校といえば問題行動”のように思われがちでしたが、現在は多種多様です。集団生活が苦手、学力面でのつまずき、発達の問題、家庭での問題――それらが複合的に絡み合っている場合もあります。傍から見れば、同級生と仲良く過ごしており問題ないように思える子もいますし、本人ですら原因が分からないことも多いんです。『これをしたから、効果があった』というのも難しい。まず、「学校に行きたいな」と思えるような魅力的な教育活動を展開すること。そのうえで、さまざまな受け皿を用意し、保護者と学校が協力し合い、その子にあった対策をその都度模索する。その当事者意識は全教職員の間で育ってきたと思います」(伊藤さん)
今後は、戸田市のこうした取り組みが埼玉県全域へも広がるかもしれない。実際に視察も多く、メディアで紹介されることも多いそうだ。
「とはいえ、戸田市で行えることは、どこでもできるはず。子どもたちが、誰一人取り残されずに学べる環境を整えるためには、子どもが学校や社会に合わせるのではなく、学校や社会が子どものニーズにどう合わせていくか、が大切。そのためにはどうすればいいかをずっと模索し続けています」(伊藤さん)
●取材協力
戸田市
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